Dr. Tairaのブログ

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ニュージーランドのゼロコロナ戦略転換

はじめに

ネットニュースを見ていたら、「NZ、感染ゼロ戦略断念 ワクチン普及でコロナとの共生模索へ」というロイターの記事 [1] が目に飛び込んできました。AFP [2] やガーディアン [3] も同様に伝えています。ニュージーランドはいわゆるゼロコロナ戦略でCOVID-19パンデミックに対応してきたわけですが、記事のタイトルだけ見ると今直ぐにでも、ゼロコロナを断念するというニュアンスにとれます。

しかし、ロイターの原英文の記事やガーディアンの記事、加えてニュージーランドのアーダーン首相の会見を観ると、今直ぐ断念というのではなく、「感染者ゼロは難しいけれども、ワクチン接種率が90%に達するまで、現在の厳しい措置を続ける」というものです。

ところが、早速、橋下徹氏がAFPの記事 [2] を引用しながら、ニュージーランドのロックダウンがあたかも効いていないかのようなツイートをしていました。私は以下のようにそのツイートを引用しながら事実誤認であることを指摘しました。

このようにニュージーランドの「ゼロコロナ断念」記事を誤解しているようなSNS上のコメントが散見されるますし、そもそも日本の大手新聞 [4] でさえゼロコロナを誤解しているフシがあるので、このブログで原記事を参照しながらまとめてみたいと思います。

1. ゼロコロナ戦略

ニュージーランドや日本の野党のゼロコロナ戦略の考え方については前のブログ記事で紹介しています(→withコロナ vs. zeroコロナ)。しかし、日本でこの戦略を理解している人は一体どれくらいいるでしょうか。おそらく、ほとんどの人がゼロコロナ戦略に関する論文もウェブ上の公開文書も読んでいないと思われ、従って「ウイルスをゼロにする」という目的の意味にしかとっていないのではないでしょうか。実際は対策と運用の話です。

現状ではSARS-CoV-2をゼロにすることは不可能です。ただ、不可能なことを恣意的に挙げてゼロコロナ戦略自体を否定することはダミー論証(ストローマン論法)であり、詭弁になります。交通事故ゼロは現実的には不可能ですが、だからといって「交通事故ゼロ」を目指す対策を否定してしまったら、話はすべて成り立たなくなります。尾見茂分科会会長が「コロナ撲滅は幻想だ」と言ったことも一種の詭弁になります。

ゼロコロナ戦略について、テレビを含めて日本のメディアが取り上げることはほとんどありません。テレビは対比的なウィズコロナという言葉しか発しません。一般大衆がゼロコロナ戦略を知る機会などないわけです。

ゼロコロナ戦略をとりやすい物理的条件としては、検疫監視が容易な地理的に隔離された地域(島国など)であること、人口密度が比較的低いことなどがあります。ゼロコロナ戦略をとってきたニュージーランドや台湾はこの条件に当てはまります。事実、この二つの地域は戦略的にほぼ成功してきました。

一方で、この条件に当てはまらない中国も完全な封じ込め戦略をとっています。中国の場合は、国家統制が効いた厳格な法的な管理.監視体制と不活化ワクチンの高い完全接種率(約70%)をベースとして、徹底した検査・隔離・追跡を行なっています。おそらく中国のデータベースにしかない、SARS-CoV-2の本質に迫る豊富なデータ(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)に基づく感染対策の印象を受けますが、皮肉にもパンデミックのような危難に対しては、強権国家でないときちんとした対応をとれないという風にも見えます。

2. ガーディアンの記事

今回の「ニュージーランド、ゼロコロナ断念」の件については、私が読んだ中では、ガーディアンの記事 [3]下図)が最も正確かつ詳細に伝えていると感じました。そこで、この記事を翻訳して紹介したいと思います。

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以下、記事の全訳です。

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ジャシンダ・アーダーン首相は、ニュージーランド排除戦略(elimination strategy)は段階的に廃止され、ワクチン接種率を考慮した新しいモデルが採用されると述べた。そして、オークランドを封鎖から解放するための3段階の「ロードマップ」を作成した。

「ワクチンがなかったので、排除が重要だった。今はワクチンがあるので、やり方を変えることができる。選択肢が増え、将来を楽観視できるようになったが、急ぐことはできない」とアーダーン首相は述べた。

だからこそ、可能な限りウイルスを封じ込め、コントロールし続ける必要がある。その一方で、厳重な規制のみを行う場所というものを、日常的な公衆衛生対策にワクチンを使用する場所へと移行する必要がある」と彼女は述べた。

これまで政府は国をウイルスから守るための野心的な排除戦略を行なってきたわけだが、その戦略からの移行を発表するのは初めてのことである。アーダーン首相は、この戦略はニュージーランドのためによく機能してきたが、そこから移行するポイントは常に存在すると述べた。

「ワクチンは、将来的には私たちが異なる方法を取ることができることを意味している。とはいえ、その場合でも、私たちの戦略は変わらない。つまり、感染者が続いている間は、ウイルスをコントロールし、感染者を根絶し、入院を防ぎたいと考えている。ただ、ワクチンがあるとするなら、私たちはより選択肢をもつことになる」。

週末には新たに50人の陽性者が報告され、その中にはオークランドから約 500 km 離れたパーマストンノースに感染した状態で旅行していたトラック運転手も含まれている。月曜日にはさらに29名の陽性者が報告され、1名を除いてすべてオークランドで発生したため、今回の感染者数は1,314名となった。ノースショア病院の産科病棟に入院していた新生児が、最新の感染者の1人となった。

週末には、ワイカト地域で新たな感染者が発生したことを受けて、ロックダウン規制がオークランド最大の都市の南側の地域にも拡大された。疫学者は、この2週間の間に21人の感染者が出ており、これは地域内での未検出の感染株を示しているのではないかと懸念している。

マオリ族(Māori)とパシフィカ族(Pasifika)は、ウイルスの悪影響を受けるリスクが高く、今回の流行では、これら2つのグループに属する患者がかなりの割合を占めている(パシフィカ族62.6%、マオリ族19.5%)。また、緊急避難所での感染も確認されている。

オタゴ(Otago)大学の副学部長(太平洋地域)である免疫学者のダイアン・シカ–パオトヌ(Dianne Sika-Paotonu)博士は、規制の緩和などの早急な変更は、最も弱い立場にあるニュージーランド人にとって悲惨な結果をもたらすと述べている。

「注意を怠れば、COVID-19のパンデミックが始まる前から医療システムに負担がかかっていたことを考えると、医療システムに深刻なリスクを生じる。入院患者数や死亡者数が多い諸外国の状況を見れば、現実を知ることができる」。

テ・プナハ・マタティニ(Te Pūnaha Matatini)社の主任研究員であるディオン・オーニール(Dion O'Neale)博士は次のように述べている。「感染経路不明の症例による地域感染がまだ続いていることを考えると、このロードマップはより広い範囲での感染リスクを増加させるように見える」。

接触を制限すれば、人々が会ったときの感染リスクを減らすことができるが、それはロシアンルーレットで、銃の中の少ない弾丸でプレイするのと同じことで、プレイする回数を最小限に抑えることではない」。

テ・プナハ・マタティニとカンタベリー(Canterbury)大学のCOVID-19モデラーであるマイケル・プランク(Michael Plank)氏は、ウイルスの社会での感染とそれを抑制するための継続的な対策は、現在の生活の一部であるとしながらも、人々は引き続き警戒しなければならないと述べている。

「排除が不可能であることを受け入れることは、白旗を振って放っておくことではない。ウイルスを放置しておくと、ワクチンを接種していない人や一部の人の間で野火のように広がり、医療システムを圧迫する危険性がある」、「完全にワクチンを接種した人の数が大幅に増えるまでは、感染を可能な限り抑制する以外に方法はない」、「政府は、病院がオーバーフローするのを避けるために、非常にトリッキーなルートを操縦する必要があるだろう」。

オークランドの国境は今のところ閉鎖されたままだが、プランク氏は、国内の他の地域は地域社会での感染や事例が発生した場合の制限に備えるべきだと述べている。

おわりに

以上のように、ニュージーランドはゼロコロナを今断念するというわけでもなく、ワクチン接種率が90%に達成するまで従来の徹底策を続けると言っているだけで、ましてや橋下氏が言うようにロックダウンが効果がないということでもありません。現在の新規陽性者数は数十人規模で、人口比でも今の日本より低い状態にあります(→東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの)。ただ、これをゼロにするのは難しいと言っているだけです。

日本でゼロコロナ戦略を唱えている政党は立憲民主党です。これは「感染拡大の繰り返しを防ぐことで早期に通常に近い生活・経済活動を取り戻す戦略」であり、「ウイルスゼロを目指すものではない」ことも今年2月25日公開のページに書かれています。

然るに、読売新聞は、「立民によれば、水際対策や検査を駆使し、新型コロナウイルスの市中感染を徹底的に封じ込めることを意味する」と書いています [4]。その上で、東大名誉教授唐木英明氏が「立民には実現可能な対策を提案すべきだ。ゼロコロナができると主張するなら、国民が納得できるデータを示すべきだ」と述べたことも引用しています。

ゼロコロナ戦略もウィズコロナ戦略も、目標に向けてどのような感染対策をとるか、どのように運用していくかの道標の問題であって、コロナをどのレベルにするということでもデータを示すということでもありません。ゼロコロナ戦略が感染者0人というなら、じゃあ、ウィズコロナは感染者何人というレベルの話になってしまいますが、そこは不問にされています。

一つハッキリしているのは、ゼロコロナ戦略では感染対策としての具体策が明示されているのに対し、日本政府や与党のウィズコロナには感染対策が一切示されていないことです。あるのは行動制限緩和策と経済対策だけです。メディアもこの点は何も指摘していません。感染対策上、ウィズコロナをどのような意味で使っているのかもわかりません。

いずれにしろ、今回のニュージーランドの件を受けて、野党のゼロコロナ戦略は来る選挙用には至急修正を迫られると思います。何しろ国民はウィズコロナを刷り込まされ、逆にゼロコロナはダメ一択の烙印を押されているわけですから。

引用記事

[1] ロイター:NZ、感染ゼロ戦略断念 ワクチン普及でコロナとの共生模索へ. 2021.10.04. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-newzealand-idJPKBN2GU0BA

[2] AFP News: NZ首相、「コロナゼロ」戦略断念 デルタ株封じ込めできず. 2021.10.04.

[3] Corlett, E.: New Zealand Covid elimination strategy to be phased out, Ardern says. The Guardian Oct. 4, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/oct/04/new-zealand-covid-strategy-in-transition-ardern-says-as-auckland-awaits-lockdown-decision

[4] 読売新聞オンライン:「ゼロコロナ」突然提唱、立民「上意下達」不満も [政治の現場]緊急事態再発令<8>. 2021.03.01. https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210228-OYT1T50210/

引用した拙著ブログ記事

2020年10月3日 東アジア・西太平洋地域の感染流行から見えてくるもの

2020年9月24日 withコロナ vs. zeroコロナ

2020年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19