Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

第3の外来生物-1

はじめに
 
少し前に私は2冊の新刊の本を読みました。「遺伝子ー親密なる人類史」[1] と「合成生物学の衝撃」[2] という本です。両方ともゲノム編集というDNA改変技術のひとつについて取り上げており、人類に与える影響の大きさを述べています。この影響とは良い意味でも悪い意味でもということです。
 
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図1. 「遺伝子ー親密なる人類史」[1] と「合成生物学の衝撃」[2] 
 
その後、6月25日、NHKの「クローズアップ現代」で「DIYバイオ」を特集して放送していました(図2)。DIYバイオとは"Do it yourself"の略語であるDIY生命科学のバイオを合わせた造語で、「一般人が自分自身でカスタマイズするバイオ技術と生産物」を意味します。
 
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図2. NHKクローズアップ現代」のウェブページにおけるDIYバイオ最前線の紹介(http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4149/index.html
 
バイオ技術と言えば、大学や企業の研究室で研究者が実験しながら技術を開発しているイメージがありますが、DIYバイオは、まさしく個人レベルで思うままに自宅等で行う技術開発です。放送では、実際に一般人がビル内や自宅に個人用実験室を設け、実験している様子を紹介していました。
 
DIYバイオでは、微生物や細胞の培養というのもありますが、今世界的に主流となっているのは、DNA(遺伝子)改変した生物を造ったり、遺伝子改変した細胞を用いて食品や薬や新しい生物機能を生み出したりすることです。すなわち、地球上には存在しない新しい生物や生物組織が今作り出されており、それがこれから加速化する可能性があるわけです。
 
私は昨年の市民向け講演会で、ゲノム編集のようなDNA改変技術によって生み出される生物を「第3の外来生物」として定義し、この外来生物がもたらすと予想されるさまざまな生態学的影響について触れました [3]。そこで、上記の本の出版やDIYバイオに関するテレビ放送もあったことを機会に、ここであらためてこの問題について考えてみたいと思います。
 
このページでは、まず「外来生物とは何か、その何が問題なのか」という点について概論を述べます。
 
1. 地球上の生物種の数
 
まず、現在の地球における生物種について触れたいと思います。国際自然保護連合(IUCN)が「レッドリスト2002」において外来種を野生生物の三大絶滅要因のひとつと位置づけているように [4]、生物の種の数と外来生物とは深い関係にあります。
 
地球上には3,000万種の生物がいると言われています。この数字は、1982年に米国の昆虫学者テリー・アーウィンが、熱帯密林に生息する昆虫の種の数に基づいて発表した推定数です(図3)。以来、この数字が地球の生物種の数を表すものとして、象徴的に用いられてきました。
 
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図3. T. アーウィンが発表した3,000万種に関する論文の抜粋(赤線部分)
 
では、実際に文献上に記載されている種の数はどのくらいかというと、現在、約200万種です(図4)。これは、アーウィンの発表当時から50万種増えています。
 
図4は、"Your Wild Life"のブログに掲載されている"Species Scape"という絵で、主な生物の分類群における種の数を、その分類群に含まれる代表的な種の個体の大きさとして表したものです [5]。図中では昆虫の代表としてハエが最も大きく描いてありますが、文献上昆虫の種の数が最も多いことを表しています。
 
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図4. "Your Wild Life"に記載されているSpecies Scape [4]
 
文献に記載されている生物は約200万種ですが、実際にどのくらいの種が生息しているかについては正確にはわかりません。アーウィンが示した3,000万種についても、もっと少ないのではないかという批判もあります。しかし、文献の記載種の数の数倍から10倍くらいの未知種が存在するということは、生物学者の一致した見方です。
 
私はこれらの意見を基に、概念的に「1千万種の生物種が存在する」ということを大学生向けの教科書に書きました [6]
 
2. 生物多様性と生物地球化学的循環
 
すべての生物は、種ごとにニッチと呼ばれる進化・生態的地位を生態系の中で獲得し、相互に作用しながら食物網(食物連鎖物質循環で繋がれた強固な生態的ネットワークを形成しています。そして、生物多様性という言葉は、このような生物の種の多様性とネットワークの機能を含めた概念です。
 
たとえば、植物は光合成によりCO2と水から有機物を作り、その副産物としてO2を出します。動物は呼吸でO2を吸い、植物が作った有機物を食べてエネルギーを作り、CO2を排出します。このようにして、植物と動物は物質で繋がり、また食物連鎖上の食う、食われるの関係は、すべて植物が作った有機物が出発点になって成立しています。
 
このように、すべて生物の体を通じたグローバルな物質の流れとネットワークを、生物地球化学的循環(biogeochemical cycle, BGC循環)[6] と言います。BGC循環は地球の自然(ネイチャー)における動的要素のひとつです。
 
BGC循環の構成要素である生物種は、物質の通り道(交換プール)としてはたらき、一つとして無駄なものは存在しません。なぜなら、現存するすべての生物種は進化の過程で適応したものであり、それらの相互間関係はその過程で最適化されているからです。したがって、環境との相互作用BGC循環に組み込まれているかどうかは、生物と非生物を区別する重要な条件のひとつです。
 
ちなみに人間は、人工知能を搭載したヒューマノイド・ロボットを見ると親近感を抱きますが、ロボットは永久にBGC循環の外にある非生物学的存在です。その意味で、人間の知能や思考は機械と共有できても、体はロボットよりも大腸菌の方にはるかに近い存在だと言えます。
 
上述したニッチという言葉は少し難解ですが、人間社会に当てはめれば理解しやすいかと思います。すなわち、ニッチを獲得した会社が市場で生存でき、ニッチを獲得できなかった(無くした)会社はツブれるということです。
 
生物多様性は、私たちの生活にとって直接的、間接的にきわめて重要です。直接的には私たちは周囲の生物を食べ物として、そして医薬やさまざまなバイオ技術の原料(生物遺伝資源)として利用しています。間接的には水や空気や生活環境として恩恵を受けており、これらを含めて(個人的には違和感がありますが)生態系サービスと呼びます。
 
したがって、生物多様性保全とその構成時空間である各々の生態系の保全は私たちの生活・生存にとってきわめて重要になります。
 
重要ポイント(用語のまとめ)
生物多様性:多様な生物の種や量、およびそれらの相互作用とネットワークの機能を含めた概念
●生態系:特定の地域や物理的環境で見られる、まとまった生物多様性(=生物同士および生物と非生物の相互作用で成り立っている、ある一定の環境の系 [土壌生態系、海洋生態系など])
●ニッチ:生態系を構成する生物がもつ、存在できるだけの条件(生態的地位)
●生物地球化学的循環(BGC循環):生物の体を通じた地球規模における物質の流れ
●生態系サービス:人間が生態系や自然界から得られるさまざまな恩恵
 
3. 外来生物の考え方
 
前置きが長くなりましたが、ここで本題に入ります。外来生物というのは、生物学的にに言えば、一定空間の生態系に外部から侵入しかつそこで増殖可能な生物種のことを指し、その生態系に元々存在していない種ということになります。つまり、外来生物とは正確に言えばその地域にとってはよそ者の種(外来種)のことであり、増殖することで元々いた種に対して何らかの影響を及ぼす生物という位置付けです。
 
法令上の観点からは、人間によって自然分布域以外の地域に移動させられた生物を外来生物 / 外来種」「侵入生物 / 侵入種」「移入生物 / 移入種」などと定義しています [7]。 この定義に従えば日本ではこれまでに2000種を超える外来生物が記録されています。
 
環境省は「生物多様性国家戦略の基本方針と自然共生社会の実現へ向けたロードマップ」という方針を発表していますが、その中で、「生物多様性の危機」の3番目として「人間により持ち込まれたものによる危機」を挙げています(表1[8]。すなわち、外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱の問題です。
 
表1. 生物多様性国家戦略の基本方針と生物多様性の危機 [7] 
 
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生態系は、ニッチを獲得し、その環境に適応した生物種によって構成されているので、通常は外から種が入り込む余地はなく、侵入したとしても淘汰されてしまいます(図5上)。しかしながら、そこに捕食者がいなかったり(捕食圧がない)、競争相手がいなかったり、侵入者の生物学的機能が有利に働いたりすると、外来種がニッチを獲得し、定着することがあります(図5下)。

その結果、それまで保たれていた生態系バランスが壊れ、生態系かく乱という不安定な状態になります。

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図5. 外来種の生態系への侵入と生態的かく乱
 
外来生物は一度定着すると、その種だけを標的として物理化学的に撲滅することはまず不可能です。侵入の初期においてはなかなか定着に成功しない誘導期があり、ある時間を経て一気に拡大する現象も認められています。外来種の定着に法則性があるとするならそれを知ることは重要ですが、詳しいことはよくわかっていません。
 
外来種が定着した場合、新たな生態系が構築されることもありますが、多くは生態系がかく乱され、それまでの生態バランスやネットワークが不安定になります。その結果、私たちはそれまでの生態系サービスを受けることができなくなり、産業的被害を受けたり、時には生命・健康にも被害が及ぶ場合もあります。
 
2017年7月、日本魚類学会による市民向け公開講座が開催され、「第3の外来魚問題」というテーマで講演が行われました [9]。ここで、海外からの外来種は「第1の外来魚」、国内の移動によるものは「第2の外来魚」、DNA変異による品種の侵入を指す場合は「第3の外来魚」として紹介されています。
 
私は、この魚類学会による講演における概念を一般の外来種に広げ、侵入の様式によって便宜的に第1、第2、第3の外来生物に分けています(図6[3]。すなわち、第1の外来生物とは国外から侵入する種のことです。日本は陸続きになっている国がないので、海外からの侵入ということで考えやすいです。第2の外来生物は、局所的に国内に生存はしているものの、それが存在していない場所に移動・侵入した存在を言います。
 
そして第3の外来生物ですが、これは人為的に生物の遺伝情報(DNA)が改変された、すべての生物を含み、これらが生態系に侵入することを想定した言葉です。具体的には、従来の品種遺伝子組換え生物ゲノム編集によるDNA改変生物合成生物による生態系汚染を指します。
 
合成生物の意味ですが、文字どおり人工的に生物を合成するということであれば、近いものはもうすでに実現しています [10]。これは、上記の「合成生物学の衝撃」[1]でも紹介されています。現在では、合成生物学(synthetic biology)という学術領域ができていて、DNA改変、生物の部品の合成、コンピュータ上での仮想合成なども含む幅広い分野を包括しています。
 
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図6. 侵入の様式に基づいた外来生物の考え方 [3]
 
すべての生物は長い時間をかけて、環境に適応しながら進化し、ニッチを獲得して生態系の一員として存在しています。一方、第3の外来生物は、進化というプロセスを経ずに環境の適応とは無関係に生まれた生物が生態系に侵入した存在であり、その影響は予測が困難です。しかしながら、第1や第2の外来種による生態系かく乱の実例に基づいて、考察をすることはできます。
 
なお、国際的には図6に示すような外来生物の分け方は現在のところはなく、あくまでも日本において提唱されている概念です。
 
 
外来種はすべてが生態系に深刻な影響を与えるものではなく、実際に日本に侵入して定着し、生態系の一員となっているものは数多くあります。一方で、問題になるのが、実際に生態系や人の生活に悪影響を及ぼす外来種です。
 
このような悪影響をもたらす外来種を特定し、その被害の防止を目的として制定された法律が「特定外来生物による生態系等に係る被害防止に関する法律」(通称:外来生物)で、2005年に施行されました [11]。簡単に言えば、意図的(輸入)あるいは非意図的に持ち込まれる外来生物の中で悪影響を与える可能性の高いものを特定外来生物として指定し、水際で被害を防ごうという目的です。したがって、特定外来生物は第1の外来生物のカテゴリーに入ります。
 
この法律では生態的に影響ありとする種を具体的に「特定外来生物」として指定しており、輸入、販売、飼育はもとより、野外に逃すことも禁じています。行政は、すでに侵入した野外の「特定外来生物」について、駆除する責任があります。
 
特定生物外来法ー重要ポイント
特定外来生物とは、海外起源の外来種であって,生態系,人の生命・身体,農林水産業へ被害を及ぼすもの,又は及ぼすおそれがあるものー科学的知見に基づき指定
●生きているものに限定(卵,種子,器官なども含む)
特定外来生物の輸入・販売を禁止し、侵入したものについては駆除
 
図7には、高次分類群別の特定外来生物の種を示します。幅広い分類群にまたがっており、132種になります [11]。この中のいくつかは、IUCNが指定している「世界の侵略的外来種ワースト100[12] に該当します。
 
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図7. 高次分類群別の特定外来生物の種 [文献11より作成]
 
特定外来生物は年を経るにしたがって増加しています。たとえば、今年になってからは、ちょっと特殊な例として昆虫(チョウ類)のアカボシゴマダラHestina assimilis assimilis特定外来生物に指定されました(図8)。

本種は、国内では奄美大島周辺のみに亜種(Hestina assimilis shirakii)が生息していますが、これとは異なる上記の中国産の名義亜種(種の基準としての原亜種)が人為的に移入・放蝶され、関東地域を中心に定着したと言われています。
 
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図8. 2018年1月に特定外来生物として指定されたアカボシゴマダラ
 
5. 外来生物をもたらす媒体
 
実際に外来生物が、どのようなルートおよび媒体で侵入してくるのかを示したのが図8です。第1の外来生物が輸入される場合は飛行機や船によるものですが、実際には旅行客や船舶のコンテナバラスト水に混じって、非意図的に持ち込まれる場合も数多くあります。
 
バラスト水は、荷を下ろした後に空になった船体のバランスをとるために積み込まれる海水のことで、港に着くとそこで捨てられるために、港から港へ海水中の生物が移動することになります。世界で最も問題になっている外来種侵入の原因の一つです。
 
コンテナが関わるものとしては、最近では特定外来生物であるヒアリの侵入が問題となっており、マスメディアでも取り上げられています [13, 14]
 
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図8. 外来生物をもたらす媒体
 
変わったところでは、外来生物が日本で定着し、それがブランド食品となっているケースがあります。千葉県を中心に売られているホンビノス貝は、バラスト水で侵入したと考えられる外来種ですが、食用としてスーパーで売られています [15](→ホンビノス貝ー食用外来種)。
 
第2の外来生物は国内の移動による別の生態系への侵入で、媒体の中心は自動車です。本来は日本における自生種が他の環境に入り込んで、かく乱を起こすような場合を指しますが、第1の外来生物が車両により運ばれて勢力を拡大するケースもあります。
 
たとえば、宮城県東松島市宮戸地区では、震災前はオオキンケイギクの花は比較的少ない状況でしたが、震災の復興工事に伴って車両が多く入り、種子が運ばれてきた結果、繁殖を広げたと考えられています [16]
 
外来種の多くは意図的に持ち込まれたものです。とはいえ、人間の身体自身が外来種の大きな媒体であることを忘れてはいけません。日本には昨年、海外から2,000万人以上の観光客がやってきましたが(図8挿入図)、体や手荷物に付着した微生物、微小動物、昆虫、花粉などが、気づかないうちに大量に持ち込まれている可能性があります。
 
極論すれば、グローバル化で多数の人々が世界中を行き交うこの時代においては、もはや外来生物の侵入は防ぎようがないと考えられるでしょう。
 
外来生物の侵入の特異な例として自然災害もあります。2011年に発生した東日本大震災の際の津波によって、日本固有の289種がハワイや米国西海岸まで到達したことが報告されました(図9)[17]。その際、浮遊するプラスチックが生物の移動媒体となったことが示されました。
 
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図9. 津波による外来生物の侵入
 
6. 特定外来生物による被害と駆除
 
特定外来生物の侵入、それに関わる被害、駆除については、マスメディアでも盛んに報道されており、枚挙にいとまがありません。近年では、上記のヒアリに始まり、哺乳類のアライグマヌートリア、爬虫類のカミツキガメ、昆虫のアカカミアリ、植物のオオキンケイギクなどのニュースが目立ちます。
 
このブログでも、南米原産であるスクミリンゴガイの日本における分布拡大と、それによる農業被害を取り上げました(→スクミリンゴガイの脅威)。
 
すでに侵入しまった特定外来生物の駆除については、これといった対策がなく、人海戦術による物理的除去が主だったものです。新聞に報道されたものの中からウシガエルの除去、およびオオバナミズキンバイの駆除の例を、それぞれ図10および図11に示します。

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図10. 特定外来生物の駆除の例ーウシガエル
 
 
7. 第3の外来生物
 
第3の外来生物としては、従来の品種による野生型の生息への影響がすでに報告されています。すなわち、品種という変異種の侵入が野生型の生息を狭めたり、野生型と交配することによって、遺伝的汚染が起こり、元の種がいなくなる現象です。
 
昨年開催された日本魚類学会市民公開講座において、近畿大学の細谷和海教授(当時)は、交雑や育種によって選抜されたコイ、金魚、ヒメダカなどの人為改良品種を第3の外来魚として括り、それらが無秩序に川や湖に放流されてきた経緯を批判しました [8]。そして、在来野生集団との交雑による遺伝的かく乱などの負の影響については、国外外来魚に隠れ、過小評価されてきたと指摘しています。
 
近畿大学北川忠男准教授は、メダカを例に挙げてさまざまな改良品種が生み出されてきた歴史的背景に触れ、本来その地域に存在しないはずの遺伝型のメダカを放流することは,野生型メダカを駆逐させる可能性があり、野外流出を慎むことを提言しています [18]

同准教授によれば、全国123地点の河川でメダカを調査したところ、4割の地点で品種ヒメダカの遺伝子をもつものが見つかったとしています [19]。遺伝的なかく乱が進行していることを物語っています。
 
そして、これからはゲノム編集によるDNA改変生物による環境汚染を想定しなくてはいけません。ゲノム編集という技術については、次回でまた詳しく述べたいと思いますが、簡単に言えば、DNAを思うままに短時間で改変し、都合の良い性質に変えてしまう方法です。
 
つまり、従来の品種作成技術においては自然の交配任せであり、「これだ」という性質が現れるまで、気長に待つ必要があるのに対し、ゲノム編集では、自然界では起こり得ないDNAの変化を思うままに、かついとも簡単に短時間で作り出すことができます。図12に従来の品種の作成とゲノム編集による改変のイメージを示します。

実際にゲノム編集が応用されている例として、筋肉を増やした体の大きい養殖魚の生産があります。骨格筋をもつ動物では、ミオスタチンというタンパク質が骨格筋細胞の発達を調節しており、むやみに体が肥大化しないようにしています。しかし、ゲノム編集でこのミオスタチン遺伝子を切断し不活化してしまえば、大型の養殖魚を作ることができます。
 
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図12. 従来の品種とゲノム編集によるDNA改変品種の比較
 
このようなゲノム編集された魚が、環境中に放出された場合はどうなるでしょうか。DNA改変魚が生態系に与える影響については現時点では科学的知見がなく、容易に答えを出すことができません。しかしながら、少なくとも従来の品種が起こしている環境中における遺伝的かく乱の状況から推察することはできます。少なくとも、影響がないということは決して断定できません。
 
ゲノム編集技術でより危惧されることは遺伝子ドライヴ(gene drive)です [20]。この技術も次回であらためて述べたいと思いますが、簡単に言えば、ゲノム編集で使われるCRISPR/Cas9というDNA切断酵素の遺伝子と改変遺伝子をいっしょに標的生物に挿入することにより、世代を超えてそれが子孫に伝わるようにしたものです。子供が生まれるとこの改変遺伝子が高効率で受け継がれますので、あっという間にそれが種の間で拡散し、最後には元のDNAをもった野生種は駆逐されることになります。
 
実は、この遺伝子ドライヴ技術は、外来種の駆除に応用されようとされています。つまり、外来生物を第3の外来生物自身で淘汰してしまうという計画が進行中です。
 
おわりに
 
外来生物外来種)は人間によって自然分布域以外の地域に移動させられた生物として定義されています。一方で生物学的な意味で言えば、皮肉なことに、過去においてヒト自身がアフリカを起源として全世界に生息域を広げた外来(侵入)生物でありました。そして、グローバル化の現代においては、人間自身が外来生物の媒体になっています。外来種が侵入することはもはや防ぎようがない時代になっていますが、少なくともそれによって生物多様性が減少するようなことは避けたいものです。
 
私たちは普段は意識することはありませんが、多様な生物が形作っている周囲の生態系や地球環境から多大な恩恵を受けており、その生態系サービスがない状況では生存がむずかしくなります。外来生物の問題は、このような生態系サービスへの負の影響としてとらえることができます。
 
とくに、第3の外来生物としての品種やDNA改変生物の影響は、私たちが予測できない深刻な事態をもたらす可能性もあります。DNA改変技術は、DIYバイオと称されるオープンサイエンスとして市民レベルにまで拡大しており、その影響はかつてないほど大きくなっていると言えます。これらの技術がもつ問題に関して、将来へ向けての議論を活発にし、何らかの対策を講じることが必要ではないでしょうか。
 
最後にまとめを図13に示します。
 
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図13. 外来生物ーまとめ
 
 
参考文献
 
1. シッジタール・ムカジー(仲野徹監修、田中文訳): 遺伝子ー親密なる人類史(下). 早川書房, 東京, 2018年.
 
2. 須田桃子: 合成生物学の衝撃. 文藝春秋, 東京, 2018年.
 
3. 平石 明: 外来生物生物多様性. 東三河生態系ネットワークフォーラム2017要旨集, pp. 2-3, 2017年11月11日, 蒲郡. https://higashimikawa-seitaikei.jimdo.com/
 
4. International Union for Conservation of Nature (IUCN): Invasive species. https://www.iucn.org/theme/species/our-work/invasive-species
 
5. Your Wild Life: Updating the Species Scape. http://yourwildlife.org/2016/09/updating-the-species-scape/
 
6. 榊佳之・平石 明(編):理工系学生のための生命科学・環境科学. 東京化学同人, 東京, 2011年. http://www.tkd-pbl.com/book/b88534.html
 
7. 国立研究開発法人国立環境研究所: 侵入生物データベース. https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/basics/index.html
 
 
9. 細谷和海:国外外来魚,国内外来魚,そして第3の外来魚. 「第3の外来魚問題」
— 人工改良品種の野外放流をめぐって —日本魚類学会. 2017年7月15日, 東大阪. http://www.fish-isj.jp/event/sympohist/opensympo_2017.html
 
10. Hutchison III, C. A. et al.: Design and synthesis of a minimal bacterial genome. Science 351, aad6253 (2016). http://science.sciencemag.org/content/351/6280/aad6253
 
 
12. GLOBAL INVASIVE SPECIES DATABASE: 100 of the World's Worst Invasive Alien Species. http://www.iucngisd.org/gisd/100_worst.php
 
13. 朝日新聞GIGITAL: 名古屋港の埠頭にも「ヒアリ」中国からのコンテナ上で. 2017年6月30日. https://digital.asahi.com/articles/ASK6Y63QMK6YOIPE02L.html
 
14. 朝日新聞GIGITAL: ヒアリ2千匹以上、コンテナから発見 大阪港と岸和田. 2018年6月16日. https://digital.asahi.com/articles/ASL6J6S9ML6JPTIL00V.html
 
15. 朝日新聞GIGITAL: 千葉)ホンビノスガイ漁獲急増 外来種初のブランド認定. 2018年5月29日. https://digital.asahi.com/articles/ASL5S7D4XL5SUDCB020.html
 
16. YAHOOニュース:特定外来生物から東松島・野蒜の自然を守ろう オオキンケイギク駆除、土のう袋100袋分. 2018年6月12日. https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180612-00010001-nekonome-l04
 
17. Carlton, J. T. et al.: Tsunami-driven rafting: Transoceanic species dispersal and implications for marine biogeography. Science 357, 1402-1406 (2017). http://science.sciencemag.org/content/357/6358/1402
 
18. 北川忠生: メダカ改良品種による野生集団の遺伝的攪乱. 「第3の外来魚問題」
— 人工改良品種の野外放流をめぐって —日本魚類学会. 2017年7月15日, 東大阪. http://www.fish-isj.jp/event/sympohist/opensympo_2017.html
 
19. 日本経済新聞: そのメダカ 人工外来魚? 病気や交雑で在来種を駆逐. 2017年10月29日. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO22790780X21C17A0MY1000/
 
20. Esvelt, K. M. et al.: Emerging Technology: Concerning RNA-guided gene drives for the alteration of wild populations. eLife e03401 (2014). https://elifesciences.org/articles/03401