Dr. Tairaのブログ

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ナットウキナーゼが効く?

 
普段夕食後はニュースの時間まであまりテレビを真剣に見ないのですが、今日はたまたまTBSの「この差って何★」という番組を見ていて、アレッ?と思ってしまいました。
 
番組中で、納豆をテーマに白澤先生という人がアレコレ食べ方等を解説していたのですが、その中に「納豆に含まれるナットウキナーゼという酵素血液をサラサラにする」という話があったわけです(写真)。本当か?と一瞬思ってしまいました。
 
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確かに、ナットウキナーゼそのものには血液凝固を防ぐ働き(優れた血栓溶解機能)がありますが、それはあくまでも試験管内での話です。実際に体内で血液に作用するためには、血管内にこの酵素が入らなくてはいけません。しかし、これには問題があります。
 
ナットウキナーゼはキナーゼとよばれていますが、実際はセリンプロテアーゼというタンパク質分解酵素の一種です。酵素はタンパク質からできており、とても大きい分子なので(ナットウキナーゼは分子量約30 kDa)そのままでは血管の壁を通過できません。そのなかに入るには一個一個のアミノ酸にまで分解されるか、あるいはアミノ酸が数個繋がったオリゴペプチドと呼ばれる低分子にまで分解される必要があります。
 
ところが、酵素がそのように低分子化されてしまうと、もはや酵素としての働きは失われてしまいます。つまり、ナットウキナーゼが「血管に入る」ということと酵素としての「活性を保つ」ということは二律相反なのです。実際はナットウキナーゼを経口摂取すると、胃や小腸などの消化管内で消化を受けますので、すぐに分解され、失活してしまうことが予想されます。
 
今回のテレビ番組に限らずナットウキナーゼの血液サラサラ効果がメディア上で盛んに謳われているようですが、果たして吸収されて働いているという根拠はあるのでしょうか? 関連論文を検索してみました。
 
文献を調べてみると、ナットウキナーゼの経口摂取で、抗血栓効果みられたという報告がチラホラ見られました。
 
まず、2009年の発表された台湾の研究チームによる論文では、健康なボランティア、心血管危険因子を持つ患者、および透析を受けている患者45名を対象にしたナットウキナーゼの経口投与で、フィブリノーゲンの血漿中レベルが低下すると報告されています [1]。すなわち、2,000 フィブリン分解ユニットのナットウキナーゼを含む錠剤2粒/日を2か月間摂取した結果、フィブリノーゲン、factor VII, VIIIの血漿中レベルが有意に低下しました。
 
しかし、この研究にはいくつかの問題点があります。まず使用されたナットウキナーゼは、納豆からの抽出物の限外濾過による精製物とされていますが、それでも不純物の影響がある可能性は排除できないでしょう。第二点として、結果の検証のためには、無作為二重盲検およびプラセボ対照の臨床試験が必要ですが、これは省略されています。 そして、ここが重要な点ですが、ナットウキナーゼが活性を維持したまま血管中に至るメカニズムが全く考察されていません。
 
2015年に報告された立命館大学などの共同研究チームによる研究では、日本人を対象としたプラセボ対照二重盲検クロスオーバー試験によって、ナットウキナーゼがヒトにおける血栓症のリスクを低減するための有用な線溶・抗凝固剤となり得ることが示されました [2]。すなわち、2,000 フィブリン分解ユニットのナットウキナーゼ含有カプセルを単回経口投与した健常若年成人12名の採血結果では、抗凝固・フィブリン溶解を有意に亢進することが示されています。
 
しかし、この研究でもナットウキナーゼ錠剤の不純物の問題や、酵素タンパク質が経口摂取で活性を維持したままなぜ血管内に入ることができるのかという問題は残されたままです。
 
このように、ナットウキナーゼが血液をサラサラにするという話は、あくまでも市販のナットウキナーゼを含んだ錠剤を飲んだときの現象論の話であって、ナットウキナーゼそのものが効いたということが実際に証明されたわけではありません。ナットウキナーゼが血液の中に入り働くということが証明されない限り(生化学的、生物学的には考えにくいですが)、あるいはそのほかのメカニズムが解明されない限り、科学的認知はお預けのままでしょう。
 
引用文献
 
[1] Hsia, C.-H. et al.: Nattokinase decreases plasma levels of fibrinogen, factor VII, and factorVIII in human subjects. Nutr. Res. 29, 190–196 (2009). https://deerland.com/wp-content/uploads/2015/04/Nattokinase-decreases-plasma-levels-of-fibrinogen-factor-VII-and-factor-VIII-in-human-subjects.pdf

[2] Kurosawa, Y. et al. : A single-dose of oral nattokinase potentiates thrombolysis and anti-coagulation profiles. Sci. Rep. 5, 11601 (2015). https://doi.org/10.1038/srep11601