Dr. Tairaのブログ

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日本人だけが海藻を消化できる?

はじめに
 
前のページで「食生活と腸内細菌」というブログ記事を書きました。そしたら、それを見たという知り合いから「日本人は海苔を食べているので、外国人と違って海藻を消化できる腸内細菌がいると聞いたが、本当か?」と連絡がきました。私は「半分当たっているけど、半分は不正確」と答えました。
 
あらためて「日本人は海藻を消化できる」、「海藻を栄養にできる」、「腸内細菌」というキーワードでインターネット検索してみると、それこそ読みきれないくらいほどの関連情報が出てきました。できる限り目を通してみたのですが、事実のみを伝えているものや誤解をしているものが混在しており、これは今一度正確に伝える必要があると感じました。
 
そこで、あらためてこのページでできる限り正確にわかりやすく(やや専門的になりますが)解説したいと思います。先に結論から言えば、「海藻を分解できる腸内細菌は日本人に存在するが、すべての人にではないし、他国の人にも見つかっている」ということになります。
 
誤解のないように言っておかなければなりませんが、ノリや海藻に含まれるアミノ酸やミネラルなどは、多かれ少なかれ私たちは栄養とすることができます。一方、海藻の細胞壁を構成する多糖類が一般に難消化性ということです。すなわち、たとえ消化できないとしてもそれは食物繊維としてはたらきます。これを消化できるとなると、食物繊維としてではなく、これも栄養源として直接利用できることになります。
 
1. 発端となったNature論文
 
日本人は海藻を消化できる」というそもそもの情報源は、2010年に出版されたネイチャー誌の論文です [1]。フランスのロスコフ海洋生物研究所(Station Biologique de Roscoff)のJan-Hendrik Hehemann博士らは、海洋細菌の一種であるゾベリア・ガラクタニヴォランス Zobellia galactanivorans の中にポルフィランを分解する酵素を見つけ、この論文に記載しました。ポルフィランは、アマノリ属紅藻類細胞壁に含まれる多糖類で、β-D-ガラクトース単位を含む硫酸化炭水化物の複合体です。
 
具体的には、Hehemann博士らはゾベリア・ガラクタニヴォランスから分離したポルフィランを分解する酵素の遺伝子を組換え実験で大腸菌の中に入れて発現させ、得られた酵素タンパク質のポルフィランに対する分解活性を実際に確かめました。さらに酵素精製物を結晶化させて構造解析を行い、立体構造も決定しました。
 
そしてここからが核心になりますが、彼らはこのポルフィランや寒天の主成分であるアガロースの分解に関わる酵素が既知の生物の中にあるかどうか調べたのです。すなわち、すでにデータベース上に登録・公開されている遺伝情報データに対して相同性検索を行いました。その結果、嫌気性腸内細菌であるバクテロイデス・プレビウス Bacteroides plebeius のゲノム上にこれらの酵素(遺伝子産物としての配列)を見つけることができました。
 
バクテロイデス・プレビウスは、理化学研究所の辨野義己博士らのグループが日本人の糞便から分離し、新種として命名した細菌です [2]。バクテロイデスには「細菌のような」、プレビウスには「普通の」という意味があります。本菌はβ-ガラクトシダーゼ活性をもち [2]、後に実際にポルフィランを分解できることもわかっています[3]。つまり、日本人の腸内に生息している細菌の中に、海洋細菌由来の海藻多糖分解酵素を見つけたというのが、この論文の第一のミソです。
 
Hehemann博士らは、さらにポルフィランやアガロースの分解酵素メタゲノムのデータベースに対して検索をかけました。メタゲノムとは単一の生物のDNAではなく、環境試料から得られたさまざまな生物種の混ざり物のDNA、あるいはそこから再構成されたゲノムを指します。その結果、陸生起源や外海洋起源のメタゲノムにはこれらの酵素は見つかりませんでした。ちなみに、外洋から見つからなかった原因として、彼らは沿岸に比べて藻類がきわめて少ないためだろうと考察しています。
 
ところが、唯一検索でヒットするものがありました。それが日本人の糞便から得られたメタゲノムだったのです。すなわち、日本人13人のうち5人のメタゲノムにポルフィランやアガロースの分解酵素があることがわかりました(ただし、5人に含まれる酵素のパターンは異なる)。一方で、北米人18人のメタゲノムにはこれらの酵素は見つかりませんでした。これが本論文の2番目のミソであり、第一のミソと情報が繋がったわけです。
 
つまり、「海藻を消化できる海洋細菌の酵素遺伝子と同じものが日本人の糞便中やそこから分離された腸内細菌に見つかったということになります。
 
Hehemann博士らが比較した日本人のメタゲノムデータは、実はネイチャー誌の発表の3年前に日本の研究グループによって報告されていました [4]。しかしながら、その日本人グループの論文には、バクテロイデスが腸内の主要細菌であることやメタゲノムに植物由来の難消化多糖類の分解酵素が存在することには触れられているものの、海藻の分解に関する記述はありませんでした。
 
2. 遺伝子の水平移動
 
海洋細菌であるゾベリア・ガラクタニヴォランスのポルフィラン分解酵素アガロース分解酵素が、なぜ腸内細菌のバクテロイデス・プレビウスおよび日本人の糞便から見つかったのか? この疑問に対してHehemann博士らは以下のような遺伝子の水平移動で説明しました [1]。生物の遺伝子は時間経過ととも長い時間をかけてその宿主内で進化していきますが、これを垂直進化と呼びます。一方で、時間に関係なく異種間で遺伝子が伝達されることを、遺伝子の水平移動と言います。
 
日本では、古くから日常的に海藻類を食事の中で摂取しており、なかでもノリ類Porphyra spp.)は栄養的に最も重要な海藻として、そして伝統的に寿司の材料としても使われてきました。その結果、日本人は生の海藻とともにそれに付着したゾベリア・ガラクタニヴォランスを日常的に体の中に取り込み、そしてどこかの時点の誰かの腸で、その菌の酵素の遺伝子が偶然日本人がもつバクテロイデス・プレビウスに入り込んだのではないかと考えたわけです(図1)。
 
バクテロイデス・プレビウスは、紅藻類の多糖を消化するという能力を新しく得たことで、日本人の腸内の中で有利に生息できるようになり、最終的には海藻を摂取する食習慣のある集団に広がっていったのだろう、と彼らは考えました。
 
イメージ 1
図1. Hehemannら [1] が考えた海洋細菌ゾベリア・ガラクタニヴォランスから腸内細菌バクテロイデス・プレビウスへの海藻分解遺伝子の水平移動のモデル(文献 [1] に基づき作図)
 
ゾベリア・ガラクタニヴォランスは2001年に新属・新種として発表された好気性の海洋細菌です [5]。紅藻に付着して生息しており、寒天やカラギーナンのようなラクタンを分解する能力があり、それがガラクタニヴォランス(ガラクタンを食べる意, ちなみにゾベリアは海洋微生物学者Zobellに由来)と名付けられた理由です。
 
一方のバクテロイデス・プレビウスは嫌気性の腸内細菌です。両細菌の生息域や生態はまったく異なることから自然界で接触することはほとんどないでしょう。生の海藻を人間が食べることで体内で両者が出会う機会が生まれ、遺伝子の水平移動を可能としたのではないかと考えられます。
 
ゾベリア・ガラクタニヴォランスとバクテロイデス・プレビウスは綱レベルで系統が異なる細菌ですが、同じバクテロイデス門(phylum Bacteroidetes)に属するということで、比較的遺伝子の水平移動が起こりやすかったのかもしれません。
 
人間の腸内には無数とも言える細菌が生息しており、彼らが生み出すさまざまな物質や消化酵素の恩恵を人間は得ていることはよく知られています。上記のネイチャーの論文は、細菌の酵素を分離し、構造解析をした点についてはありふれた内容ですが、消化酵素遺伝子の水平移動が特有の食習慣をもった民族内で起こったことを示したことは初めての例であり、それがネイチャーに掲載された理由でしょう。
 
ネイチャー誌自身とライバル誌であるサイエンス誌はすぐに論評記事を掲載し、論文内容をセンセーショナルに扱いました [6, 7]
 
3. その後の展開と考察
 
上記のネイチャー論文は、すぐに日本でも興味をもって捉えられ、マスメディアでも「日本人は(日本人だけが)海藻を消化できる」風の伝え方がされましたし、今でもこの手の内容が放送されています。ところがすぐ後に追試とも言うべき論文が、同じ研究グループと他の研究グループからも出てきました。
その中で特筆すべきものの一つが、同じ著者が含まれる2011年に出版された論文です [8]。この論文では、データベース上のメタゲノム検索でポルフィラン、アガロース、アルギン酸などの藻類多糖の分解酵素が、スペイン人39人の中で4人に見つかったと報告されました。もう一つ、2012年にPLoS Oneに発表された論文では、北米人の口腔および糞便のメタゲノムにアガロース分解酵素が存在するとされました [9]
 
Hehemann博士らも追試の論文[3]で、これら二つの論文を引用しながら、ポルフィラン分解遺伝子の受容菌とされるバクテロイデス・プレビウスが実際に紅藻多糖に反応して、この分解活性が発現することを証明しました。
 
これらの追試論文の結果から言えることは、海藻の多糖類を分解できる腸内細菌を有するのは日本人だけではなく、伝統的に海産物を生食する習慣をもつすべての民族にその可能性があるということです。変わらない事実は、海洋細菌から腸内細菌への遺伝子の水平移動が起こり、その遺伝子の機能が一部の人間にあるということです。
 
とはいえ、海洋細菌から腸内細菌へ遺伝子の水平移動は、進化的にかつ生態的に頻繁に起こることではありません。まず第一に、人間が海藻なり海産物を生で食べることで、生きた菌が腸内までたどり着かなくてはなりません。近代では海藻は火を使って準備され、料理されるのでこういった事象が起こる可能性は限りなく低いです。
 
また、たとえ水平移動が起こったとしても、それが受容菌の中で代謝システムとして完成し、かつ人間の集団内に広がっていくには膨大な時間を要します。仮にネイチャーの論文に記載されているように、海藻分解性が日本人の約40%にあるとするなら、約5千万人に母子感染を通じて分解菌が広がることが必要で、複数回の水平移動のイベントが起こったとしても1千年オーダーの時間がかかるかもしれません。
 
北米人の場合で言うなら、その昔、スペイン人が新大陸に押し寄せた頃にはすでに腸内にこの分解機能が備わっていて、それが北米大陸で広がったのかもしれません。
 
この際もっと想像をはたらかせるならば、違う可能性も出すことができます。たとえば、ゾベリア・ガラクタニヴォランスの機能が最初に食物連鎖を通じて魚や海産動物の腸内細菌に水平移動で広がり、それらを日常的に生食していたヒト集団にさらに広がった、そしてそれがバクテロイデス・プレビウスだったということもできます。
 
ただし、魚類等の消化管内にバクテロイデス門細菌がいることは知られているものの、バクテロイデス・プレビウスが存在するという報告はこれまでありません。魚類の消化管のメタゲノム解析を行ってみればおもしろいと思いますが。
 
人間の腸内には100兆個の細菌が存在します。優占菌であれば、そのメタゲノムの塩基配列解読で引っかかってきますが、100万個程度の菌数しかいない種であれば優占菌にマスクされてしまい、実際解読はむずかしいでしょう。現在のメタゲノム解読技術にはこのような技術的課題もあります。「存在した」と言うのは簡単ですが、「存在しない」と言い切ることはほとんど不可能です。
 
おわりに
 
私は、上記のネイチャー論文が出版されたのを契機に大学院の授業でこの論文や関連の論文を取り上げたことがあります。大学院生に論文のプレゼンテーションを行ってもらい、それを受講生全員で考察・議論するという授業内容です。その際にも、科学研究の進め方の検証とともに、論文の一部分が切り取られてマスメディアで大きくバイアスがかかった報道されてしまう危険性を、学生たちと議論したことを思い出します。
 
ネイチャー誌やサイエンス誌といった高インパクトの雑誌に科学的成果が掲載されると、しばしばセンセーショナルに取り扱われます。しかし、その内容の信憑性・正確性とともに、後追いするマスメディアの報道やTVに出てくる専門家と称する人たちの解説には、くれぐれも気をつけなければならないということをあらためて示したくれたのが、この「日本人だけが海藻を消化できる」風の情宣だったと思います。
 
引用文献
 
[1] Hehemann, J.-H. et al.: Transfer of carbohydrate-active enzymes from marine bacteria to Japanese gut microbiota. Nature 464, 908–912 (2010). https://www.nature.com/articles/nature08937
[2] Kitahara, M. et al.: Bacteroides plebeius sp. nov. and Bacteroides coprocola sp. nov., isolated from human faeces. Int. J. Syst. Evil. Microbial. 55, 2143-2147 (2005). http://ijs.microbiologyresearch.org/content/journal/ijsem/10.1099/ijs.0.63788-0#tab2
[3] Hehemanna, J.-H. et al.: Bacteria of the human gut microbiome catabolize red seaweed glycans with carbohydrate-active enzyme updates from extrinsic microbes. Proc. Natl. Acd. Sci. U.S.A. 109, 19786-19791 (2012). http://www.pnas.org/content/109/48/19786.long
[4] Kurokawa, K. et al.: Comparative metagenomics revealed commonly enriched gene sets in human gut microbiomes. DNA Res. 14, 169–181 (2007). https://academic.oup.com/dnaresearch/article/14/4/169/466883
[5] Barbeyron, T. et al.: Zobellia galactanovorans gen. nov., sp. nov., a marine species of Flavobacteriaceae isolated from a red alga, and classification of [Cytophaga] uliginosa (ZoBell and Upham 1944) Reichenbach 1989 as Zobellia uliginosa gen. nov., comb. nov. Int. J. Syst. Evol. Microbial. 51, 985–997 (2001). http://ijs.microbiologyresearch.org/content/journal/ijsem/10.1099/00207713-51-3-985#tab2
[6] A genetic gift for sushi eaters. Nature Apr. 7, 2010. https://www.nature.com/news/2010/100407/full/news.2010.169.html
[7] Schenkman, L: Japanese Guts Are Made for Sushi. Science Apr. 7, 2010. http://www.sciencemag.org/news/2010/04/japanese-guts-are-made-sushi
[8] 5. Rebuffet E, et al.: Discovery and structural characterization of a novel glycosidase family of marine origin. Environ. Microbiol. 13, 1253–1270 (2011). https://doi.org/10.1111/j.1462-2920.2011.02426.x
[9] Cantarel, B. L. et al.: Complex Carbohydrate Utilization by the Healthy Human Microbiome. PLoS ONE 7, e28742 (2012). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0028742 
                                                     
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