Dr. Tairaのブログ

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食品の水分活性

はじめに
 
食べ物にどのくらい水分が含まれているかという場合、一般にその割合を含水率として%表記します。含水率70%ということは、その食品の重量の70%が水であるということになります。水分が多いと食べ物が腐りやすい、乾燥していると腐りにくいということは私たちは何となく理解しています。
 
たとえば、アジの鮮魚とその干物を考えたらよくわかります。生のアジを一晩室温に置いておけば、夏は特に腐敗臭がしてきて食べられなくなりますが、アジの干物になると室温でも何日も食べ物としてもちます。このように食品の含水率はその保存・保蔵にとってきわめて重要です。
 
重要ポイント
●食品の腐りやすさは含水率が重要
 
1. 腐りやすさにおける水の状態の意義
 
では、100 mLの水に砂糖を1 g溶かした砂糖水と、これ以上溶けなくなるという限界まで添加した砂糖水(いわゆる水飴状態)を比べた場合ではどうでしょうか。同じ水の量なのに、砂糖水の場合はすぐに変敗(具体的には酸敗)してしまうのに対して、水飴はしばらく変敗することはありません(図1)。
 
これはどういうことかと言うと、砂糖が水に多く溶けることによってそれだけ微生物が自由に使える水(自由水)が少なくなり、そのため水飴状態では変敗しにくくなったと考えることができます。変敗という言葉はやや分かりくいため、語弊はありますが図では腐りやすい、腐りにくいという表現を用いています。
 
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図1. 砂糖水と水飴の変敗のしやすさ
 
重要ポイント
●水に物質が溶けることによって微生物が自由に使える水(自由水)が少なくなる
 
2. 水分活性
 
もう少し自由水について考えてみましょう。食品が変敗・腐敗することは、基本的に微生物の作用によるものです。微生物も生物ですので生活に水が必須であり、食品の成分をエサとして同時に水分を摂りながら増殖します。しかしながら、食品の中には微生物が利用できる水分と利用できない水分があります。上記で言えば、砂糖水の水はほとんど利用できるのに対し、水飴の水は利用できないのです。
 
物理的には蒸発できる水と蒸発できない水でそれは区別され、前者を自由水、後者を結合水と言います。すなわち、遊離状態の水(自由水)は微生物が利用できるのに対し、物質と結合した水(結合水)は利用できなくなるということです。
 
このように、食品中に含まれる水分の中で微生物が利用できる割合(自由水の割合)を水分活性(Awといいます。これは蒸発できる水分量と同じことになり、図2に示す式で表されます。すなわち、純水の水蒸気圧に対する食品の水蒸気圧の相対値が水分活性です。したがって、食品の衛生学的安全性を考える場合には含水率よりも水分活性がより重要になります。
 
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図2. 水分活性(Aw)の定義と微生物の生育に必要なAwの下限値
 
図2に示すように、微生物の増殖に対する水分活性の影響は種類によって異なります。バクテリアには、グラム染色液という染色剤で細胞を染めた後にアルコールで処理すると、脱色されるものと抵抗性を示すものがあります。前者をグラム染色陰性菌、後者をグラム染色陽性菌と言います。グラム染色陰性菌(大腸菌サルモネラ菌など)は最も水分活性の低下に弱く、Aw=0.95でほとんどが増殖できなくなります。一方、グラム陽性菌リステリア菌ウェルシュ菌など)の増殖の下限値はAw=0.90です。酵母やカビはもっと低いAw値まで増殖できます。

重要ポイント
●水分活性=純水に対する食品中の水分の蒸気圧比
●食品の腐りやすさの重要な因子が水分活性
●微生物の種類によって増殖のための水分活性は異なる

3. さまざまな食品の水分活性

食品は塩蔵したり、砂糖漬けしたり、干物などにすることによって長持ちします。これらは科学的に考えるといずれも食品の水分活性を低下させることによって微生物の増殖を抑え、食品の変敗・腐敗を防止すると言うことになります。
 
図3にさまざまな農産物や水産物の食品の大まかな水分活性値を示します。右側には微生物の種類による増殖のAw下限値を示します。たとえば、小麦粉、乾燥穀類。ビスケット、板チョコ、干しエビ、煮干しイワシなどになると、ほとんど腐らないということができます。
 
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図3. さまざまな農産、水産食品の水分活性値(出展:文献[1])
 
重要ポイント
●食品の塩蔵、砂糖漬け、干物などは水分活性による微生物制御法の一つ

おわりに
 
先人たちは、それこそ冷蔵庫などなかった時代に食品を塩漬けにしたり干物にすることで保存・保蔵できることを、経験的に体得しました。微生物という概念がなかった頃に生み出されたこれらの食品保蔵に関する生活の知恵と技術は、数千年の歴史があり、今なお現代においても受け継がれています。改めて先人たちの偉大さに感服するばかりです。
 
私たちが食品を生産し、食べるという生物学的行為を変えられない以上は、いくら電子化の時代になろうとも、これらの知恵や伝統技術は変わりなく踏襲されていくでしょう。
 
引用文献
 
[1] 藤井建夫 (編)食品微生物〈2〉制御編―食品の保全と微生物. 幸書房, 2001年.
 
                 
カテゴリー:微生物の話