Dr. Tairaのブログ

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うま味調味料の安全性と化学調味料

はじめに
 
先にこのブログでうま味調味料について紹介しました
 

 

ここではその安全性や化学調味料という言葉の意味について簡単に述べたいと思います。このページではうま味調味料の一種であるグルタミン酸についてのさまざまな呼び方を示しますが、その定義については下に記します。市販されているうま味調味料(味の素)はグルタミン酸一ナトリウム(=MSG)です。うま味の正体がグルタミン酸と言っても実際はグルタミン酸そのものではなく、それを中和したグルタミン酸です。

 
言葉の定義
グルタミン酸ナトリウムグルタミン酸をナトリウムで中和したもの(=グルタミン酸Na)
グルタミン酸一ナトリウム:グルタミン酸1分子に対してナトリウム1分子で中和したもの(=MSG)
グルタミン酸塩:グルタミン酸の中和物(ナトリウムで中和した場合ナトリウム塩、カリウムで中和した場合カリウム塩とよばれる)
 
1. 食品衛生法によるうま味調味料の取り扱い
 
市販のうま味調味料の主成分は、グルタミン酸の中和物であるグルタミン酸一ナトリウム(monosodium glutamate, MSG)です(図1)。MSGは食品衛生法で、安全性が保証された食品添加物の調味料に分類されています。また同法によれば、うま味調味料は賞味期限を表示しなくてもよい調味料とされています。その理由は砂糖、塩、デンプンなどと同じく長期保存しても品質が変化しないからです。
 
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図1. 市販のうま味調味料とグルタミン酸一ナトリウム(monosodium glutamate, MSG)
 
2. グルタミン酸の体内の分布と生活における摂取
 
グルタミン酸はもともと私たちの体内で作られており、脳内では神経伝達物質として働いています。また、私たちは食事で植物や動物のタンパク質から毎日のように摂っている物質です。
 
うま味調味料のように工業的に生産されるグルタミン酸も、昆布のダシも、タンパク質に存在するグルタミン酸とまったく同じであり、体内でも同じように代謝されます。しかし、このように食事で摂ったグルタミン酸は、乳児期を除いて脳内に入ることはありません。脳内では独自にグルコースからグルタミン酸が作られています。
 
日本料理の基本はダシにあり、昆布のダシ(=グルタミン酸)はそのうちの一つです。日本人は昔から昆布やそのほかの食材から日常的に味のベースとしてグルタミン酸塩を摂取してきました。現在は、昆布のダシの代わりに市販のうま味調味料を使うことも多くなったということになります。美味しいと感じる味、すなわち調味料として効果は、昆布ダシであろうがうま味調味料であろうが、ほとんど同じグルタミン酸塩の量に由来するということになります。
 
さまざまな食材由来でも、昆布のダシでも、うま味調味料でも、料理に含まれるグルタミン酸塩の濃度が濃すぎるとかえって味がマズくなります。これは舌にあるうま味センサーと苦味センサーの働きに関係します。
 
私たちはうま味を摂り過ぎることのないように、味覚が進化してきたのです。
3. 危険性の指摘と安全性の検証
 
上記のように、日本人は昆布のダシをはじめてとして昔から日常的にグルタミン酸塩をうま味として摂取してきました。経験的にもその安全性は保証されているようなものですが、なぜかうま味調味料として登場した途端にその毒性についてさまざま議論されるようになりました。一方、昆布のダシについては同じ物質にも関わらず、毒性云々について過去言われたことがありません。
 
1968年、米国の中国料理店で料理を食べた人が、頭痛や歯の痛み、痺れなどの症状を訴える事件が発生しました。これらは中国料理店症候群と呼ばれました。この症状が、中国料理でよく使われているうま味調味料が原因だとされたことがあります。
 
米国のオルニー博士のグループは、生後10~12日目の複数のマウスにグルタミン酸塩を体重1㎏当たり1 g投与すると、全部に神経細胞の損傷や破壊が起こったと報告しました。
 
しかし、よくよく考えてみるとこの実験はおかしいことに気づきます。マウスの実験を人間に当てはめれば、体重5kgの乳児にMSGを5g、50kgの成人に50g与えたことになります。通常の生活でこのような大過剰の調味料を一度に摂取することなどあり得ないことであり、安全な食べ物でも害が出るのは当然だと思われます。
 
食塩はなくてはならない調味料の一つですが、私たちが一度の食事で食塩を50gを摂った場合を考えたら想像できると思います。
 
その後も、MSGの害毒を報告する論文は国内外で続きましたが、結局はいずれの実験系もヒトへの害毒については正しくないことが指摘され、科学的に安全とされるに至っています。その結果、世界保健機構WHOはMSGを規制の対象外としています。その科学的安全性の検証の詳細については総説 [1]で紹介されており、またウェブページ [2]でも簡潔に述べられています。
 
4. うま味調味料に含まれるナトリウム
 
食塩(NaCl)のナトリウムは、高血圧の原因となることはよく知られています。MSGはグルタミン酸を中和したナトリウム塩であるため、これに含まれるナトリウム量と高血圧症や腎疾患との関連が議論されることがあります。しかし、うま味調味料に含まれるナトリウムは食塩と比較して、重量ベースで約1/3にしかなりません。
 
実際に、料理の味付けにうま味調味料をふりかける場合と食塩をふりかける場合の量を比べてみると、前者は食塩の3-5%のナトリウム量にしかならず、ほとんど問題ないレベルです。逆に、食塩の代わりにうま味調味料を加えることで、減塩料理も物足りなさがなくおいしく食べられるということもあります(これは個人の好みになりますが)。
 
5. 化学調味料について
 
うま味調味料に関しての風評、デマ、および誤解としては化学調味料という言葉に代表されます。かって、NHKは「味の素」という商品名を放送で避けるために「化学調味料」という言葉を代わりに使いました。「化学」という言葉にどのような意味をもたせたのかはよく分かりませんが、うま味調味料が化学的に合成されたことは過去一度もありません。
 
「石油から作られる」と記した書籍やウェブページもありますが、これは完全なウソ(デマ)です。このような化学調味料という言葉といっしょに混乱のもとを作った公共放送の責任は重いと言うべきでしょう。
 
うま味調味料は、発酵法が登場する前は大豆から抽出・製造されていました。すなわち、大豆のタンパク質を酸で加水分解してグルタミン酸を取り出し、苛性ソーダで中和してグルタミン酸Na(MSG)とする製法でした。
 
このプロセスにはもちろん化学的な手順も含まれていますが、たとえば大豆からホエー(大豆乳)を取り出し、にがり(塩化マグネシウムなど)を加えて固める豆腐の製造や、小麦やジャガイモからデンプンを抽出・製造する過程と類似するものです。
 
現在、うま味調味料(MSG)はサトウキビやキャッサバなどの植物を原料として発酵法で生産されています。これを化学調味料と言うなら、同じ発酵法で製造されるお酢もみりんも化学調味料になり、お酒、ビール、ワインは化学アルコール飲料と呼ぶべきでしょう
 
参考文献
 
1. Husarova, V. and Ostatnikova, D.: Monosodium glutamate toxic effects and their implications for human intake: A review. JMED Research, Vol. 2013 (2013), Article ID 608765, DOI: 10.5171/2013.608765 
 
2. 日本うま味調味料協会:http://www.umamikyo.gr.jp/