Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

アビガンは救世主となるか?

現在、世界中の関心事となっているものの一つが、「新型コロナウイルス 感染COVID-19の治療薬がいまどうなっているか」ということです。ワクチンが当分期待できない現状においては、まずは特効薬の登場が求められます。私も日々テレビやインターネットを通じて、その情報を注視しています。日本で開発されたファビピラビルFavipiravir、商品名アビガン)も注目されている治療薬の一つです。

4月3日、菅官房長官は記者会見で、「COVID-19の治療薬として臨床研究が行われているアビガンの臨床研究を拡大すること」、「現時点でおよそ30か国から本薬の提供要請があり、各国と調整中であること」を述べました [1]。 

アビガンに対する世界各国の期待は、報道を通じて伝わってきます。たとえばドイツの新聞は、同国政府がCOVID-19の治療薬として、アビガンの購入手続きに入ると報じました [2]イスラエルでは、80人を対象とするアビガンの治験が行われることも、報道されています [3]。さらに、死者が激増するイタリアでも臨床試験が行われているほか、インドネシア政府も多数を発注したとされています。

4月7日、茂木外相は記者会見で、アビガンを希望する国に提供するため計100万ドルの緊急無償資金協力を行うこと、アビガンを供与した国に研究データの提供などを求めることを発表しました [4]。また、同日の記者会見で、安倍総理大臣は、本人の希望や病院の倫理委員会の了承があれば、アビガンを使えるようにする考えを述べています [5]

元々アビガンは、富士フイルム富山化学が開発した国産のインフルエンザ薬です。ファビピラビルは富山化学によって合成され、抗インフルエンザ活性が見出されました [6, 7]。そして、富山大学医学部の研究グループによって、インフルエンザ感染マウスを使った実験で、抗インフルエンザ活性の有効性とともに、既存の特効薬であるタミフルより強い治療効果が確かめられました。

ファビピラビルは簡単に言うと、RNAを合成(複製)する酵素であるRNAポリメラーゼの阻害剤です。RNAポリメラーゼがRNAを合成するときには、4種の塩基を1個ずつ取り込んで鎖状につなげていくわけですが、ファビピラビルがこれらの本来の塩基(具体的にはブリンヌクレオシド)と競合して(間違って)取り込まれると、そこで合成は停止してしまいます。すなわち、ファビピラビルは、取り込まれた部位以降のRNA鎖の伸長を阻害する、伸長阻止薬としてはたらきます[6, 7]

RNAポリメラーゼはヒトにも存在しますが、この場合はDNAを鋳型としてRNAを複製するDNA依存性の合成反応です。一方、RNAウイルスの場合は、RNAを鋳型とするRNA依存性のRNA合成になります。ファビピラビルはDNA依存性RNAポリメラーゼには作用しにくく、RNA依存性RNAポリメラーゼを特異的に阻害するとされています [6]図1)。

f:id:rplroseus:20200408091150j:plain

図1. ファビピラビルの化学構造と作用機構の概要

インフルエンザウイルスは、ヒトの粘膜上皮細胞にあるシアル酸受容体に特異的に結合しますが、タミフルはこの結合を阻止します。つまり、タミフルはインフルエンザ(具体的にはA型インフルエンザウイルス)に特異的にはたらく薬です。これに対し、ファビピラビルは、RNA依存型RNA合成の阻害剤なので、インフルエンザウイルスだけではなく、RNAウイルス全般に効くことが予想されます。

このような作業仮説の基に、ファビピラビルは、今回のCOVID-19に対しても臨床研究や治験が行われています。

その中でもファビピラビルへの期待を抱かせたのが、大手出版社エルゼビアの科学誌エンジニアリングに掲載された中国の研究グループによる臨床研究の論文です。この論文では、「ファビピラビルを実際の患者に投与して有効性を確かめた」と報告されました。

この臨床研究では、18–75歳の男女を対象して、35人の患者にファビピラビルを1日目に2回 1,600 mgずつ投与、2日目以降は1日2回 600 mgずつ投与し(最長14日間)、さらにインターフェロン IFN-α1b 60 µg を1日2 回併用投与しています。同時に、患者45人に対して、抗エイズウイルス(HIV)薬ロピナビル/リトナビル配合錠を投与して、薬の効果を比べています。

その結果、PCR検査によるウイルスRNA検出が陰性となるまでの日数が、ロピナビル/リトナビル群が11日であるのに対し、ファビピラビル群が4日と、有意に短くなることが示されています。

この論文がウェブ公開されたのは2020年3月18日ですが、今月初めになって突然著者らによって取り下げられました [8]。そして現在は、「取り下げ」"withdrawn"から「一時的掲載中止」"temporary removal"と示されています。論文内容に大きな間違いや不正があったわけではないようですが、取り下げの理由とともに、まもなく差し替え版が掲載されるだろうと出版社は述べています(図2)。

f:id:rplroseus:20200408101244j:plain

図1. 一時的に掲載が中止になったファビピラビルの臨床研究に関する論文 [8].

アビガンの治療効果を確かめた治験の論文はこのほかにも数本あるので、アビガンへの期待値は下がったわけではないと思います。

国内では、開発元である富士フイルムホールディングスが、アビガンのCOVID-19患者を対象とした企業治験を国内で実施しており、6月末終了の予定とされています[9]。早ければ、7月以降に国の承認が下り、実用化ということになります。それまでは、患者が希望したとしても、観察研究の投与ということになります。

この国内治験は、インフルエンザの予備治験(第1、第2フェーズ)のデータがすでにあるため、第3フェーズから始められています。それだけ時間的な有利さがあるわけですが、前回の治験は、新型インフルエンザパンデミックに対応して、第1、第2フェーズ治験のみで緊急承認されていているものです。それだけ慎重な確認が必要になるでしょう。

そして、ここからが問題ですが、国内治験だけで十分な対象者(患者)数を確保して試験を完了できるかという、方法論上の疑問があります。これはきわめて重要であり、多分患者が足りなくなるのではと予測します。実効性やスピードを考えたとき、どうして国際共同治験にしなかったのか疑問が残ります。日本単独でということに拘泥した国策が、後々問題になってくるかもしれません。

もう一つの問題として、アビガンの副作用があります。明確な副作用としてとしては、胎児毒性、催奇形性が知られています。妊婦の方には使用できませんし、若い人にも使用を控えた方がよいかもしれません。

さらに実用上の問題は、投与の時期によってその効果に大きな違いがあるということです。まだ、治験、観察研究の段階ですが、発症から6日以内に投与しないと効果的ではないと言われています。投与量もインフルエンザに比べて多めです。発症から早めに投与というのは、別にアビガンに限らず、ほかのウイルス感染症の薬にも言えることです。

上記の知見に基づけば、もしアビガンを治療薬として使うとなれば、現行の日本の感染陽性者の処置は問題があります。すなわち、現行のシステムでは、発症して4日以上経過しないと検査はおろか、相談すら受けられないからです。モタモタしていると、薬の体内での有効期限を過ぎてしまう可能性があります。

アビガンがCOVID-19治療薬として認められたとして、その効果を最大限に活かすためには、発熱外来を設け、そこで検査とアビガン投与の迅速判断ができるようなシステムを確立しないといけないでしょう。それと備蓄の問題もあります。国は、現在の70万人分から200万人分の備蓄を目指すとしています [10]。しかし、果たして薬の承認も含めて実現するでしょうか?

引用文献・記事

[1] NHK NEWS WEB: コロナ治療薬「アビガン」希望する国に無償供与へ 官房長官. 2020年4月3日 18時45分. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200403/k10012366991000.html

[2] 毎日新聞: ドイツ政府が「アビガン」購入決定 数百万錠、重症者に投与. 毎日新聞2020年4月4日 08時51分(最終更新 4月4日 08時51分). https://mainichi.jp/articles/20200404/k00/00m/030/028000c

[3] 読売新聞: イスラエルが「アビガン」臨床試験へ…80人に投与. 2020/04/08 00:39 https://www.yomiuri.co.jp/world/20200407-OYT1T50230/

[4] 読売新聞: 政府、アビガンを20か国に無償供与…研究データの提供求め治療法確立へ. 2020/04/07 17:34. https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200407-OYT1T50215/

[5] 日本経済新聞:「アビガン使用可能に」首相、本人希望など前提 2020/4/7 21:45. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57787850X00C20A4000000/

[6] Furuta, Y. et al.: Favipiravir (T-705), a novel viral RNA polymerase inhibitor. Antiviral. Res. 100, 446-454 (2013). https://doi.org/10.1016/j.antiviral.2013.09.015

[7] Shiraki, K. & Daikoku, T.: Favipiravir, an anti-influenza drug against life-threatening RNA virus infections. Pharmacol. Ther. Available online 22 February 2020. Article 107512. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102570/

[8] 日本経済新聞:「アビガン有効」中国論文取り下げ 国内研究は続行科学&新技術
2020/4/3 17:15. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57636060T00C20A4CR8000/

[9] 久保田文: 富士フイルム、新型コロナに対する「アビガン」の治験の詳細が明らかに. 日経バイオテク ONLIKE. 2020.04.02. https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/04/01/06763/

[10]  NHK WEB NEWS:「アビガン」200万人分の備蓄目指す 政府 緊急経済対策の原案. 2020.04.05.  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200405/k10012369141000.html

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題