Dr. Tairaのブログ

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生ゴミ処理の生物学的原理

はじめに
 
家庭で行なう生物学的生ゴミ処理の原理についてはウェブ上でもさまざまな解説記事がありますが、専門用語の用法も含めて間違いも多く見受けられます。ここで、簡単にその原理について紹介しましょう。
 
ここで書いていることは、一般の堆肥化プロセスにも適応できますが、基本的には家庭で行なうような毎日生ゴミを投入し、一定期間処理物を引き抜かない反復回分(fed-batch)処理(=半回分 [semi-batch]処理)を前提とします。
 

1. 生ゴミの分解

 
生ゴミ処理における減量化は大きく二つの作用で達成されます。一つは生ゴミに含まれる水分の蒸散です。もう一つは固形成分の分解・消化で文字通り生ゴミの分解です。
 
生ゴミの分解に関わるのが基材中に含まれる微生物および生ゴミに付着して処理容器中に入ってくる微生物です。中心的な働きをする微生物がバクテリア(細菌)です。毎日生ゴミを投入して処理すると、馴養段階においては数千億個(10の11乗)/gのバクテリアが存在するようになります。そのほかに真菌(カビ、酵母)、微小動物(ササラダニ)などが共存します。
 
図1に示すように、生ゴミ有機物であり、CH2Oと簡略化した組成式で表されます。そして分解されると、最終的に二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になります。やや専門的になりますが、この機構を以下に記します。なお、生ゴミには窒素も含まれ、最終的に窒素ガス(N2)にまで分解されますが、話を単純化すためにここでは窒素については省略します。

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バクテリアは固形物の生ゴミをそのまま食べることができません。そこで図1に示すように、菌体外に消化酵素を出して生ゴミを分解・消化し、低分子の有機物に変えます。このような形ではじめてエサとして細胞内に取り込むことができます。この場合、消化酵素をもっていない微生物でもそのおこぼれで生活できます。
 
エサ(低分子消化物)を細胞内に取り込むとそこから水素を取り出します(これを酸化と言います、厳密には電子を引き抜くこと)。実際は水素という形ではなく、水素イオン(=プロトン)と電子に分かれて細胞内を移動します。そして図1には示していませんが、プロトンと電子は最終的に細胞膜に運ばれます。細胞膜には呼吸鎖(電子伝達鎖)とよばれるプロトンと電子を移動させる場所があり、ここでエネルギーが作られます。その後、プロトンと電子を処理するために外から酸素を取り込み、これにくっつけて水として排出するわけです。これが酸素呼吸(好気呼吸)です。水素が抜けた後の燃えカス(炭素と酸素)はCO2として排出されます。

上記の反応過程は、私たちが食事をし、酸素呼吸により(ミトコンドリアで)エネルギーを作る過程と同じです。
 
要するに生ゴミの分解というのは、生ゴミを酸化して(酸素呼吸により)最終的に二酸化炭素と水に変えるということになります。したがって、酸素(通気)は不可欠です。

重要ポイント
生ゴミの分解とは、呼吸と共役した酸化分解により二酸化炭素と水に変えること
●酸素(通気)が不可欠
 
2. 呼吸と発酵

上に、生ゴミの分解は酸素呼吸による酸化分解であることを述べました。よく誤解されるのが発酵という言葉です。ここで呼吸と発酵の違いについて説明します。呼吸も発酵もエネルギーをつくるための生物反応です。
 
呼吸というのは基質(エサ)から水素(プロトン+電子)を引き抜き、電子伝達鎖を通してエネルギーを作り、最終的な受容体にそれを引き渡す反応です(図2)。最終電子受容体が酸素の場合を好気呼吸(酸素呼吸)、それ以外の場合を嫌気呼吸と言います。私たちは好気呼吸しかできませんが、多くのバクテリアが加えて嫌気呼吸ができます。また、好気呼吸か嫌気呼吸のいずれかしかできないバクテリアも沢山います。
 
それでは発酵とは何でしょうか。呼吸は基質から引き抜いた水素(プロトン+電子)を電子伝達鎖を通して最終電子受容体に渡すわけですが、発酵は電子伝達鎖を使わずに、細胞内の代謝産物を使ってプロトンと電子の処理を行なう反応です。代謝産物は還元されて(還元=電子をくっつける作用)、細胞外に排出されます。これが発酵代謝産物です。

例を挙げれば、乳酸菌は典型的な発酵バクテリアで、グルコースを分解してピルビン酸を作り、これに発生したプロトンと電子をくっつけて乳酸に変え細胞外に排出します。最終的な生産物に種類に応じて、これを乳酸発酵と呼んでいます。

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発酵は酸素を不要とする反応なので、生ゴミ処理過程で酸素不足になると発酵が起こりやすくなります。したがって発酵生産物が発生して臭うようになります。
 
なお、発酵生産物やその臭いが人間にとって不都合な場合は腐敗と呼んでいます。発酵も腐敗もバクテリアにとっては同じ水素(プロトン+電子)の処理反応ですが、人間は経験的にそれが都合がいいか悪いかで呼び分けているわけです。
 
腐敗の場合は、発酵生産物(腐敗産物)の中に食に適さないものや人体にとって有害なものも含まれる場合があるので、ヒトの嗅覚はそれを忌避するように進化してきました。
 
臭いの発生を抑えるためには、酸素呼吸による酸化分解を促進し、二酸化炭素と水にするのが重要であることが理解できます。

重要ポイント
●酸素呼吸による酸化分解は無臭、発酵による分解は臭う
●発酵と腐敗は同じ生物反応

ここで発酵という言葉の使い方について
 
発酵生産発酵工業、発酵食品という言葉にあるように、発酵という言葉は一般的によく使われています。これらは発酵という微生物のエネルギー獲得反応を利用して発酵生産物をつくる過程、その産業、そしてできたものをそれぞれ表す言葉です。このように発酵は、元々はそれに関わる具体的な事象を表わす言葉だったわけですが、転じて微生物の反応そのものに対して一般的に使われるようになりました。

たとえば、生ゴミ処理分野においては発酵分解、好気的発酵という使われ方が見受けられます。このような用法は厳密に言えば、生ゴミ処理が酸素呼吸による酸化分解が主たるメカニズムであることを考えるとおかしいことになります。微生物による分解を指して発酵とか発酵分解ということは間違いではありませんが、上述にように発酵には厳密な生化学的定義があるので、意味していることが明確でないと相手に誤解を与える恐れがあります。
 
ついでに乳酸菌について
 
乳酸菌は典型的な発酵でのみ生活するバクテリアです。呼吸はできません。しかしながら酸素がある条件でも生活できる酸素耐性の性質があります。とはいえ、生活に酸素を使っているわけではないので乳酸菌の反応に対して好気的発酵と呼ぶのは適切ではありません。一方、酒酵母は呼吸も発酵もできる真核微生物です。しかも酸素がある条件でも発酵に傾きやすい性質をもっており、発酵生産物としてエタノールをつくります。このような反応は好気的発酵と呼んでも差し支えありません。
 
乳酸菌は呼吸はできず、しかも消化酵素を出して固形生ゴミを消化する性質ももっていないので、生ゴミ処理の初期分解過程での役割は小さいでしょう。乳酸菌を生ゴミ処理過程に投入する例が見られますが、あまり意味はないと考えられます。
 
3. 生ゴミの減量

前述したように、生ゴミ処理において減量化に働く作用は水分の蒸散と生ゴミの酸化分解です。図3に示すように、生ゴミの約80%は水分です。したがって水分が抜けるだけでも大きく減量できることになります。
 
木箱、コンテナー、植木鉢などを利用した生ゴミ処理では、基本的に毎日生ゴミを投入し、処理物を一定期間引き抜かない方法なので、太陽光と自然風の組み合わせで積極的に水分蒸散を促すことが重要になります。

生ゴミの分解が進むと、これ以上分解がほとんど進まないところまで到達します。すなわち、生ゴミ二酸化炭素と水に分解されていきますが、完全に消滅するわけではなく、処理物が残ります。これには未分解の有機物、ミネラル(無機成分)、およびバイオマス(微生物菌体など)が含まれます。これをさらに熟成すると堆肥(コンポスト)になります。
 
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4. 含水率について
 
生ゴミ処理過程における含水率はきわめて重要です。一般に水分が多い程分解は促進されますが、多すぎると酸素の入り込みが悪くなり、主体的な役割を担う好気性のアクチノバクテリア(放線菌の仲間)と呼ばれるバクテリアの割合が低下し、発酵に傾いて臭くなります。逆に乾燥が進むと、重量は減りますが生ゴミが未分解のまま残りやすくなります。反復回分処理における最適含水率は40%です。
 
一般にみられる傾向として、大型の処理容器を用いて1〜2人分の生ゴミを処理しているような家庭では水分不足であり、小型の処理器を用いているところは水分過多で臭いを発生している状況が見られます。
 
よく見かける記述の一例として「最適含水率は60%」というのがあります。確かに含水率60%では分解は促進されますが、これは系内が常に撹拌されていて通気が十分であるということが前提条件です。一般の家庭でこれを行なうことは困難であり、酸素不足になって臭いが発生する元になります。また大型の容器では、含水率60%にするためには通気を確保すると同時に相当の水を補給しなければならず、現実的ではありません。
 
季節、天候、地域性にも依存しますが、生ゴミ投入量の目安として0.2 kg/20 L/日を実践して行けば、含水率50%以下を達成することが可能で、自然に含水率40%に近づいていきます。これで極力臭いを抑制することができます。

重要ポイント
●含水率は40%が最適(臭い抑制には<50%にする)
●毎日の生ゴミ投入量0.2 kg/20 L(基材として14 L程度)を繰り返せば含水率40-
 50%が達成できる
 
 
おわりに
 
生ゴミ処理による減量化は、生ゴミに含まれる水分の蒸散と生ゴミの酸化分解によって達成されます。酸化分解とは酸素呼吸により生ゴミ二酸化炭素と水に換えることです。したがって、生ゴミ処理には、とにかく空気の供給と太陽光や風による乾燥が重要ということになります。