Dr. Tairaのブログ

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越冬幼虫の生残率-鳥による捕食の影響

先のページで Hestina 属越冬幼虫の生残率ついて述べました。
 
ゴマダラチョウではとくに寄生バチによる幼虫の死亡が生残率の低下の主原因とされていることが多いようです。
 
しかし越冬幼虫と寄生バチに触れたインターネット記事等を見ると飼育環境での観察例が多く、自然条件下の現場のエノキで観察した例はあまりないようです。つまり室内での飼育環境では鳥による捕食や寒さによる体力消耗などの現象は見逃されており、自ずから寄生バチによる死亡が目立つのではと思われます。
 
というわけで、私は自然状態でのエノキ上におけるゴマダラチョウやアカボシゴマダラの幼虫の観察を行なっています。一つはまったくの自然環境下のエノキの観察です。もう一つは、アカボシゴマダラの越冬幼虫が多数見られたエノキ低木に周囲の高木から集めたゴマダラチョウの越冬幼虫を加えて観察しています。すなわち、落ち葉からの起眠、5齢幼虫への脱皮、蛹化、そして羽化までのプロセスで両者に競合的な動きがあるかどうかを見ています。
 
結論から言うと、自然状態のエノキにおいてもアカボシとゴマダラチョウを共存・競合させたエノキにおいても鳥による捕食が著しく、おそらくこれが生残率に影響する最も大きい因子だと思われます。
 
たとえば、アカボシがいたエノキ低木(樹高4 m)にゴマダラを混ぜた場合で紹介しましょう。この木には2月の時点で落ち葉の下に18頭のアカボシ幼虫がいました。そこに約2倍の34頭のゴマダラチョウ幼虫を加え、経過観察を行いました。
 
その結果、16頭のアカボシと29頭のゴマダラチョウが起眠し、ほぼ同時に幹上に上りました。しかしながら幹上にいる段階で過半数の幼虫が鳥により捕食されてしまいました。さらに5齢に脱皮後も次々と捕食され、現時点で残っているアカボシは2頭の5齢幼虫と1頭の蛹のみです。残っているゴマダラチョウも2頭の5齢、4頭の4齢幼虫のみです。

写真のように5齢幼虫が成熟してくると姿が目立つようになり、簡単に鳥に狙われてしまいます。これらのゴマダラチョウ幼虫は今朝までいたのですが、午後にはもういなくなっていました。

イメージ 1
 
一つ疑問が残るのは、成熟した5齢幼虫は蛹化のために移動し、そのために姿を消したのではないかということです。しかし、写真のゴマダラチョウ2頭の場合、移動するはずがないアカボシの蛹も同時に消失しましたので、捕食に遭ったと考えるのが妥当です。ちなみに周囲にはヒヨドリシジュウカラが頻繁に現れています。蛹になったら安全というわけではないのです。
 
このまま観察を続けていきますが、果たして両種の何頭が残ることができるでしょうか。ひょっとしたら全滅するかもしれません。両種の競合性云々以前の話になってしまいます。もっとも高木上においてこれら2種が競合というのは現実離れした話ですが。
 
エノキ幼木に比べると明らかに大きいエノキの方が鳥の視野に入りやすくなり幼虫が狙われる確率が高まると思われます。樹高4 mもあれば鳥が止まるには十分な幹と枝の太さがあります。一旦鳥に狙われると次々と捕食されるということがあるのでしょう。さらにはオオムラサキの例ですが、樹上にいる頭数が多いほど捕食されやすいということも考えられます [1]
 
ゴマダラチョウの場合、越冬幼虫に比較して成虫をなかなか見ることができない最も大きい理由の一つとして、このような高木を好むこの種の生態と鳥による捕食との関係があると考えられます。一方対照的に、一般にアカボシゴマダラは低幼木を好み、周辺の草木の茂みに隠れるように蛹を作ることで捕食されにくい状態をつくっているように思われます。
 
参考文献
 
[1] 小林隆人, 稲泉三丸: オオムラサキの越冬終了後から羽化までの 死亡過程とその要因. Jpn. J. Entomol. 2(2): 57-68 (1999).