Dr. Tairaのブログ

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第1章 大量絶滅とは 1.1 大絶滅への序章


私たちは大量絶滅という言葉を聞いて何を思うでしょうか。「大量絶滅? 聞いたことがない」という人もいるでしょうし、「何となく聞いたことがあるけれど、イメージが湧かない」という人もいるでしょう。大方の人にとっては、大量絶滅とは、多くの生物が短時間にいなくなることを想像するかもしれません。しかし大量絶滅について、いつ、どこで、どのくらいの規模で、何が原因で起こるのか(起こったのか)ということについて答えられる人は少ないと思います。

大量絶滅とは、ある時期に多くの生物種が一斉に絶滅することを言います。しかし、絶滅に至る時間的スケールが人類の歴史と比べてもとてつもなく長いので、私たちが実感することはほとんどありません。

一方で、私たちは、新聞、雑誌、テレビ、インターネットなどの情報媒体を通じて、異常気象地球温暖化という言葉を頻繁に聞くようになりました。実際、日本に住んでいても、「気候が何となく変だ」と感じることも多いと思います。4月に気温が30℃を超えたり、夏に35℃以上の猛暑日が続いたり、冬に今までにない大雪が降ったり、豪雨が降ったり、強烈な台風がやたら近づいてきたり、ということは現実に体験していることですし、四季の寒暖のブレが大きくなっているようにも感じます。

また、生物学的には、昔、周りにいたはずの昆虫や小さな動物が、いつのまにか見られなくなったりしていることにも気づいているでしょう。実際に絶滅危惧種として指定されている生物種は年を追って増えています。

結論から言えば、実はこれらのすべてが、いま進行中と言われる地球温暖化と大量絶滅に関係する現象と考えられるのです。現に、記録的な豪雨や猛暑が続くと、「地球温暖化が一因」とする専門家のコメントが必ず聞かれるようになりました。

しかし、そうは言っても、時間的スケールの関係で、大量絶滅に対する実感は湧かないでしょう。たとえ生物の大量絶滅が進行しているとしても、現実として人類はこの世界で生きているではないか、これからも生き延びられる、何も問題はないし、考えること自体に意味がない、と思う人も大勢いるでしょう。

本章では、このような人々も含めて広く一般の人々の関心をもっていただくために、世界で大量絶滅がどのように認識されているのか、どのように研究されているのか、そこから簡単にひも解きたいと思います。以下に例として、科学ジャーナリストと専門家の出版物を紹介します。

まず、ずばり"The Sixth Extinction: An Unnatural History"という衝撃的な英語本が、2014年に出版されました [1]。この本は、「6度目の大絶滅」と題した邦訳本としても、すぐ後に出版されています(図1)。著者のエリザベス・コルバートはこの業績により、2015年のピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞しています [2]。6度目の大絶滅とは、今まさに進行中の生物の大絶滅を指しています。ということは、これまで地球上で5回の大量絶滅があったということになります。

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図1. "The Sixth Extinction: An Unnatural History"の邦訳本「6度目の大絶滅」[1]

E・コルバートは、13章からなるこの本で、過去の5回の大量絶滅の事象を紹介しながら、現在へと話を投影させています。そして科学ジャーナリストらしく、現在起こりつつあるさまざまな生物多様性の喪失と大量絶滅の現象を、現場に足を踏み入れて体験し、具体的に報告しています。また、危機的な状況のみならず、いくつかの鳥類の絶滅危惧種の保護プロジェクトについても紹介しています。そして最後には、第6の大量絶滅の原因は人類にあり、かつその被害者でもあるという言葉を残して本を結んでいます。

その詳細については直接コルバートの書に触れていただくとして、彼女の考えの一端を、ナショナル・ジオグラフィックによるインタヴュー記事 [3] から拾ってみましょう。

印象的なのは、第6の大絶滅に対して世の中に否定的、あるいは懐疑的な見方があることに対して、彼女はきっぱりとそのような論争そのものが的外れであると答えていることです。なぜなら、この論争にはっきりとした答えが出る頃には地球上の生物種の大半が失われ、人類にとってもまったく危機的状況に陥ってしまっているからだと言っています。さらに、現在とてつもない速さで進行する生物種の絶滅に対して、人為的原因以外の答えを求めている研究者は存在しないとし、過去100年間に絶滅した生物種のうち、人類の活動に無関係にあった例を明確に示した論文も見当たらないとしています。

確かに彼女が言うように、現在の大量絶滅が全くの自然現象であって、人類の活動と無関係だと証明することは不可能でしょう。彼女は、若い世代を中心に、今日の人々がこの手の情報に無知あるいは無頓着であることにも警鐘を鳴らしています。生息域が限られている生物種は特に絶滅しやすいとして、生息場所としての島嶼(とうしょ)、とくにニュージーランドを例に挙げて、危機を伝えています。

生物種減少の要因としては、狩猟、侵略的外来種、気候変動、海洋の化学的変化、森林伐採、単一作物の栽培、化学肥料の使用などを挙げていますが、いずれも人間の活動が関わるものです。この中で、地球温暖化を含む気候変動は、私たちが比較的感じやすい現象です。したがって、気候変動の分、大量絶滅も起こっていると考えれば理解しやすいかもしれません。

人類がみずから引き起こしている大量絶滅に際して、人類は生き延びることができるかという問いに対して、コルバートははっきりとした回答を避けています。しかし最後にこのように言い切っています。

"Even if we can survive, is that the world you want to live in? Is that the world you want all future generations of humans to live in?" 

すなわち、「多くの生物種が失われた世界でも、私たちの子孫が生きていくことを望むでしょうか?」という別の表現で、みずからの強いメッセージを発しています。

2015年には、米国スタンフォード大学ウッズ環境研究所のポール・エーリック教授が率いる研究グループによって、「第6の大量絶滅に突入した」と題する論文が、米サイエンス・アドバンシズ誌に発表されました [4]。この論文では、過去1世紀の間に見られた生物種の絶滅速度は、本来の自然界で起こっている(地球のバックグランド)速度の、100倍も速いということが示されました。

この研究で示された絶滅速度は、私たちがよく知る脊椎動物の種だけを対象にして算出されたものです。したがって、当然その速度は過小評価されていることになるでしょう。未知種を含めて、その数がよくわかっていないその他多数の自然界の動植物を考慮すれば、はるかに多くの生物種が私たちに発見されることもなく、絶滅していることでしょう。エーリック教授は、このままの絶滅が続けば、人類はこれから3世代で生物多様性からの恩恵を失うことになると、強く警告しています。

最後に、この論文で記述されている以下の文章を紹介しましょう。

"Averting a dramatic decay of biodiversity and the subsequent loss of ecosystem services is still possible through intensified conservation efforts, but that window of opportunity is rapidly closing."

「急速な生物多様性の減少と生態系の喪失を避けることは、今なお保全の努力によって可能である。しかし、その機会の窓口は急速に閉じられようとしている」


参考文献

1. Kolbert, E.: The Sixth Extinction: An Unnatural History. Henry Holt and Co.; 1st edition, Feb. 11, 2014. ISBN-10: 0805092994(邦訳本: 鍛原多恵子訳「6度目の大絶滅」NHK出版, 2015.03.25)

2. The Pulitzer Prizes: The Sixth Extinction: An Unnatural History, by Elizabeth Kolbert (Henry Holt). http://www.pulitzer.org/winners/elizabeth-kolbert

3. Drake, N., NATIONAL GEOGRAPHIC: Will Humans Survive the Sixth Great Extinction? June 23, 2015. https://news.nationalgeographic.com/2015/06/150623-sixth-extinction-kolbert-animals-conservation-science-world/

4. Ceballos, G. et al.: Accelerated modern human-induced species losses: Entering the sixth mass extinction. Sci. Adv. 1, e1400253 19 June (2015). DOI: 10.1126/sciadv.1400253