Dr. Tairaのブログ

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第1章 1.2 大量絶滅をもたらしたもの


ここで、実際に大量絶滅がどのような事象であるのか、過去の例を挙げてみましょう。過去と現在を比較することで、現在進行中の大量絶滅を理解するヒントになります。

地球上では、約5億4,200万年前に動物種が爆発的に誕生し始めました。ここから5,000万年あまりの時代をカンブリア紀といいます。このカンブリア紀から現在に至るまでの地質時代(年代)を顕生代とよびます。過去の大量絶滅はこの顕生代で5回起こっています(図1-1)。

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図1-1. 地質年代と顕生代(5.42億年以降)における5回の大量絶滅

そもそも地質時代とは、有史時代以前の地球史の時代区分をいいます。地質年代は大きい区分から「代」、「紀」、「世」などとよばれ、とくに顕生代では、地層から化石として発見される動物の種類の違いの程度によって、時代区分が決められているものです。したがって、顕生代内での地質時代は、大量絶滅により従来の動物種の多くが姿を消し、新たな動物種が誕生したことによる区分ということになります。

ちなみに、顕生代以前の地質時代は、総称して先カンブリア時代とよばれています。この時代は地球史の88%を占めますが、化石の証拠を残すような生物は、エディアカラン時代(6.2億年からカンブリア紀直前まで)以外ほとんど存在しない時代です。この間、地球全体が凍ってしまった全地球凍結のような大きな環境変動はあったものの、そもそも大型生物がいないので、大量絶滅という概念は当てはめられません。この時代はいわば微生物の時代であり、後で述べるように現在に繋がる重要な地球環境形成が起こりました。

過去に起こった5度の大量絶滅は、4.44億年前のオルドビス紀3.74億年前のデボン紀2.52億年前のペルム紀2億年前の三畳紀、そして6,550万年前の白亜紀に起こっています(図1-1)。大絶滅と言ってもすべての生物種がいなくなるわけではなく、70〜96%の種が絶滅したとされています。

いずれも、地球規模でのさまざまな環境変動が絶滅の原因と推定されていますが、これらの中で、史上最大といわれるペルム紀末の大絶滅と、恐竜の消滅で有名な白亜紀末の大絶滅の二つを、適宜原著論文を引用しながら簡単に紹介したいと思います。

ペルム紀末の大絶滅

2015年、サイエンス誌に、史上最大の2億5200万年前のペルム紀末の大絶滅は「海水の酸性化が主原因だった」とする研究結果が、ニュージランドの研究チームによって発表されました[5]。この大量絶滅では、有名な三葉虫なども含めて海生・陸上生物合わせて、実に90%以上の種が姿を消しました。

この時期の地球には、すべての陸地が一つになった超巨大大陸・パンゲアが存在していました。そしてこの大絶滅は、シベリア・トラップとよばれる、現在のウラル山脈に相当する台地にある火山の活動が起点になったとされています。大絶滅は2段階からなり、まず第1段階では、この台地で超特大規模の火山噴火が起こり、大気中に二酸化炭素(CO2)が放出されました。第2段階として、このCO2濃度が高まった結果、急激に海水に溶け込んで酸性化を行き起こし、海生生物のほとんどが消滅しました。

実はこの論文が出る前に、すでに、このようなシベリア火山の活動で生じた海洋の酸性化が、大絶滅の原因であろうという指摘がなされていました。しかし、決定的な証拠はありませんでした。そこで、ニュージーランド・オタゴ大学の地球科学者マシュー・クラークスンらの研究チームは、この証拠探しの研究に着手したわけです。すなわち、アラブ首長国連邦で採取したペルム紀の岩石を対象として、この期間の海水のpHの変化と大気中のCO2量の関係を探りました。

その結果、上述した第1段階では、大気中のCO2が増加したものの、海水pHは5万年の間ほとんど変化していないことが分かりました。しかし、第2段階になると、CO2が急激かつ大量に放出され、海洋のpHは1万年に0.7というペースで低下、海の石灰化生物のほとんどを死滅させる酸性化をもたらしました。おそらくは火山からのCO2放出が短期間かつ大規模であったために、海の調整能力が追いつかなかったと考えられます。

石灰化生物とは、個体の主要構造が炭酸カルシウムでできている生物で、貝類、サンゴ、甲殻類などが含まれます。海水の酸性度が高まると、貝殻などの生成が阻害され、個体を維持できなくなります。

M. クラークソン博士は、現在起こりつつある海洋の酸性化が人為的なCO2排出が原因であることを取り上げて、ペルム紀末で起こった大量絶滅の研究結果は、現在を考えると、非常に憂慮すべき内容だと指摘しています。なぜなら、現在の海洋のpH低下速度は、ペルム紀の大絶滅時のそれと比べると20倍以上にもなるからです(最終章記述)。考えただけでも恐ろしいスピードです。

しかし、疑問はまだ残っています。ネイチャー誌は、上記論文[5]の解説記事を出しましたが、この中で、ブリストル大学の地球科学者アンディ・リッジウェル博士は、クラークスンらの研究成果を賞賛しながらも、ペルム紀末は地質化学的に複雑であり、ほかの説明もできるとしています[6]

白亜紀末の大絶滅

約6,550万年前に起きた恐竜の絶滅は、最も有名な大量絶滅の例として、一般にも広く知られています。

6,550万年前の地層の痕跡として、K-Pg境界(またはK-T境界)というものがあります。ここで、K-Pgというのは、6,550万年前の中生代白亜紀 [Cretaceous period])と新生代(古第三紀 [Paleogene period])の略称です。なお、頭文字がCではなくKとする理由は、Cで始まる地質年代区分が多いため、ドイツ語の Kreide からとった頭文字Kが、略号として使われているためです。

K-Pg境界は、全世界的に共通して分布する薄い粘土層として認識できます。この粘土層は白亜紀新生代の境目に当たり、現生鳥類につながる種を除いて、恐竜を代表とする大型爬虫類やアンモナイトの化石が、急に見られなく時期として知られていました。すなわち、海洋プランクトンや植物も含めて,最大75%の生物種が絶滅したとされています。

特徴的なことは、K-Pg境界の層からは上下の層に比べて、イリジウムという白金族元素が全世界的に高濃度に存在していることです(図1-2)。この事実を最初に見つけたのは、ノーベル物理学賞受賞者であるルイス・ウォルター・アルヴァレズ親子らの研究チームであり、1980年のことです[7]。彼らは、イリジウムは地球表面では希少な元素である一方、隕石には多く含まれていることから、K-Pg境界での高濃度の存在は、地球に衝突した隕石によって全世界に拡散した結果であると示唆し、これが大量絶滅の原因であると考えました。

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図1-2. K-Pg境界の物理化学的・古生物学的特徴

この隕石説が提唱されたことによって、それでは大量絶滅をもたらすような規模の隕石は、いったい地球上のどこに落ちたのか、という議論が湧き起こりました。1991年、その有力候補としてとして、メキシコのユカタン半島に残るチクシュルーブ・クレーターが上がり[8]、その後、水平重力分布データやその他の詳細な分析データから、このクレーターが隕石落下跡であることが確定しました。

そして、隕石説を含めた諸説の論争を経て、2010年、41名の国際研究グループによって隕石説を完全に支持する発表がなされました[9]。すなわち、「約6,550万年前に恐竜が絶滅した原因は、メキシコ・ユカタン半島で起きた小惑星の衝突である」という結論です。

衝突した隕石の大きさは約10 kmです。衝突のエネルギーは、TNT火薬換算で3×10の8乗から10の9乗メガトンとされています。東西冷戦時代に存在したすべての核爆弾、25,000発を爆発させたとしても到底足りず、その1万倍の爆発エネルギーに相当します。地震の規模はマグニチュード11で、これは東日本大震災地震の約1,000倍のエネルギーになります。

衝突によって舞い上げられた細かい灰やチリは、長期間にわたって地球全体を被い尽くし、太陽光が遮られ、数年から10年間光合成活動が停止したといいます。植物の光合成による一次生産がなければ、食物連鎖が成立せず、消費者である動物は死に絶えるしかありません。とくに、食物連鎖の頂点に立つ肉食恐竜は短期間で決定的な打撃を受けたでしょう。衝突前の生物多様性が回復するのに要した時間は、150万年とされています。

この国際研究グループの報告に対する反論も依然としてありますが、いずれも覆すまでには至っていません。一つの修正説としては、隕石衝突だけでなく、その後「5万年以内に起こった火山活動との複合的要因で大量絶滅に至った」ということが提唱されています[10]。海洋生態系が回復するには、この火山活動の影響がなくなることが必要だったということです。この点は、ペルム末に起こった大量絶滅が火山活動に関連した海洋の酸性化であったことに通じます。

そして、先のM・クラークスン博士の言葉にもあるように、まさに私たちが生きる現在においても海洋が急速に酸性化しています。21世紀の酸性化は、上述したように、ペルム紀末とは比べものにならないほどのスピードで進行しています。大規模な火山活動もないのに、なぜ海が酸性化しているのか、と不思議に感じられるかもしれませんが、人類活動による大量かつ急速なCO2放出が、火山活動の代わりをしているのです。この点については最終章でまた述べます。


参考文献

5. Clarkson, M. O. et al.: Ocean acidification and the Permo-Triassic mass extinction. Science 348, 229–232 (2015). DOI: 10.1126/science.aaa0193. http://science.sciencemag.org/content/348/6231/229

6. Witze, A.: Acidic oceans linked to greatest extinction ever. Nature 09 April (2015). DOI: 10.1038/nature.2015.17276. https://www.nature.com/news/acidic-oceans-linked-to-greatest-extinction-ever-1.17276

7. Alvarez, L. W. et al.: Extraterrestrial cause for the Cretaceous-Tertiary extinction. Science 208, 1095–1108 (1980). DOI: 10.1126/science.208.4448.1095. http://science.sciencemag.org/content/208/4448/1095

8. Hildebrand, A. R. et al.: Chicxulub crater: A possible Cretaceous/Tertiary boundary impact crater on the Yucatán Peninsula, Mexico, Geology 19, 867–871 (1991). https://doi.org/10.1130/0091-7613(1991)019<0867:CCAPCT>2.3.CO;2

9. Schulte, P. et al.: The Chicxulub asteroid impact and mass extinction at the Cretaceous-Paleogene boundary. Science 327, 1214-1218. DOI:10.1126/science.1177265. http://science.sciencemag.org/content/327/5970/1214

10. Renne, P. R. et al.: State shift in Deccan volcanism at the Cretaceous-Paleogene boundary, possibly induced by impact. Science 350, 76-78 (2015). DOI: 10.1126/science.aac7549. http://science.sciencemag.org/content/350/6256/76