Dr. Tairaのブログ

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第2章 2.2 先カンブリアの奇跡ー光合成が地球を変えた


40億年前に最初の生命が誕生したとして、原始生命はその後どのように進化し、多様化したのでしょうか。そしてどのようにしてヒトが生まれる進化に繋がったのでしょうか。

先に、地球が誕生してからの88%を占める先カンブリア時代には、化石の証拠を残すような視覚的な生物は存在しないと述べました。すなわち、この時代は微生物の時代であり、約5.4億年前のカンブリア紀の動物の爆発的発生に至るまで35億年を要するのです。

途方もない時間のスケールですが、私たちが博物館を訪れても、この化石が出ない時代の展示情報が少ないことは、よく経験することです。しかし、この時代に生命の基本設計がなされると同時に、さまざまな微生物活動により、現在に繋がる地球環境が形成されました。まさしく生命と地球の共進化の時代であったわけです。

言い換えれば、初期生命から一つの小さな虫をつくるのに、そして現在のような緑豊かな地球をつくるのに、いかに長い時間が必要かということです。この先カンブリア時代の膨大な生命設計の基礎があったおかげで、その後大量絶滅を繰り返しても、生命はその度に立ち直れました。

40億年前に生まれたとされる初期生命は、おそらく現在の細菌に近いような原始的微生物であったと思われますが、果たしてどんな栄養を摂り、そしてエネルギーを得ていたでしょうか。表2-1に示すように、生物はエネルギー源が何であるか、炭素源が何であるかによって、いくつかの栄養形式に分けられます。ちなみに私たちは、有機物をエネルギー源および炭素源として利用し、好気呼吸で生活する化学有機従属栄養生物です。

表2-1. 物質からエネルギーを得る生物(化学栄養生物)の栄養様式
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太古の生物についての一つの考え方としては、当時は有機物のエサが少ないため、無機物からエネルギーを生成するような化学無機独立栄養生物であったということが挙げられます。電子供与体、すなわちエネルギー源の候補として考えられるのは、電子を放出しやすい水素や硫化水素です。これらの物質は地球の内部から容易に供給されます。電子受容体としては硝酸や硫黄のような電子を受け取りやすい物質ではなかったかと推定されています。

そして、当時の地球上には酸素はほとんど存在せず、大気中はCO2で満たされていたので、現在のような効率的な酸素呼吸はできませんでした。したがって、当時の微生物は酸素以外の電子受容体を使う無酸素(嫌気)呼吸で得られるエネルギーを獲得し、CO2を固定し、有機物をつくっていたと考えられます。すなわち、表2-1で言えば、化学無機独立栄養かつ嫌気呼吸で生活する生物であったと推察されます。事実、現生細菌の分子系統樹の中で、最も古い分岐を示すアクイフェックス門の多くの種は、化学無機独立栄養細菌です。

初期生命の栄養様式に関するそのほかの考え方としては、最近、混合栄養も候補として挙げられています。沖縄の海底の熱水噴出孔から分離された好熱性細菌の一種は、同じくアクイフェックス門に属しますが、電子供与体としては水素を利用し、炭素源はCO2有機物の両方も使いながら、それに応じて細胞内の代謝系を変化させます [7]。このような混合栄養の細菌は、普段は独立栄養で生活し、環境に有機物が溜まってくるとそれを利用するという柔軟な代謝系を持っていることで、初期生命のモデルとして考えやすいということになります。

いずれにせよ、初期生命は、無機化合物からエネルギーを得て炭素固定をする、いわゆる化学合成を行なっていたと推察されます。やがて35億年前の頃、物質から得られるエネルギー、すなわち化学エネルギーに替えて、太陽からの光エネルギーを利用する生物が現れました。光合成細菌です。しかし、この頃の光合成細菌は、現生の植物のように水を電子供与体として利用できず、酸素を発生しない光合成酸素非発生型光合成)を行なっていました。

酸素非発生型光合成細菌の登場から数億年の進化を経て、酸素発生型光合成細菌が誕生します。現在みられるこの細菌の仲間は細胞の塊が藍色に見えるので、藍色細菌と呼称されます。あるいは英対語cyanobacteriaをそのままカタカナにして、シアノバクテリアとも呼ばれます。昔は藻の仲間だという認識から藍藻(blue-green algae)とよばれていましたが正真正銘の細菌です。

地球史の中で藍色細菌がいつ誕生したのかについては諸説ありますが、推定時代は27〜22億年前の範囲に収まっています。光合成活動の指標である大気中の酸素濃度増加については、20~24億年前にほとんどゼロの状態から現在の1/100以上のレベルにまで急激に上昇したことが示されています[8]。この酸素の上昇は約23億年前の大氷河期から温暖期への気候回復時と重なることから、急激な温暖化に伴い、藍色細菌が地球規模で大繁殖したことを示唆しています。

図2-2に示すように、藍色細菌の大発生に伴う、この「大酸化事象」とよばれる急激な酸素濃度上昇を経て、さらに大気中の酸素は増加し。現在の20%という濃度に達しました。現在、多くの人々は空気中の酸素は植物がつくっているように思っているかもしれませんが、実は太古の藍色細菌の活動の賜物なのです。

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図2-2. 生命と地球の共進化ー光合成の影響

光合成による酸素の発生(酸素汚染)は、その後の地球の環境と生物進化を一変させました。大量の酸素は海水中の鉄を酸化し尽くし、それでもあまりある酸素は大気中へと放出されました。それまで、大気中の気体成分は大部分がCO2でしたが、藍色細菌により大量に固定されて菌体となり、代わりに酸素が急激に増えていきました。大気中に酸素が蓄積するとやがてオゾン層が形成されました。それによって、それまで直接地球表層にと降り注いでいた有害な紫外線が、オゾン層で大部分遮断されるようになり、陸上での生物の生活を可能としました。

大量に発生した藍色細菌の菌体は、蓄積されて、そのままストロマトライトと呼ばれる化石になりました。あるいは、地中深く埋もれて圧力を受け、長年を経て石油に変化しました。酸化鉄の塊である縞状鉄鉱床の形成や、好気条件で形成される赤色砂岩の登場などは、地球環境における酸素濃度の変化と対応します。

酸素はヒドロキシラジカルのような活性酸素に変化するのでもともと有害ですが、当時の微生物はやがてそれを解毒するシステムを発明し、大気中に高濃度に存在する酸素を効率的に利用する本格的な酸素呼吸のシステムをつくりあげました。いよいよ生物が大型化できる下地が整ったわけです。そして、5.4億年前のカンブリア紀における多細胞動物の大発生へと繋がります。


参考文献

7. Nunoura, T. et al.: A primordial and reversible TCA cycle in a facultatively chemolithoautotrophic thermophile. Science 359, 559-563.

8. Sekine, Y. et al: Osmium evidence for synchronicity between a rise in atmospheric oxygen and Palaeoproterozoic deglaciation. Nat. Commun. 2, Article number: 502 (2011). https://www.nature.com/articles/ncomms1507