Dr. Tairaのブログ

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第2章 2.3 キメラ生物の登場


先カンブリア時代に生まれた微生物は、細菌だけではありません。細菌と同じように細胞内に核をもたない(すなわち、DNAを包む核膜がない)原核生物で、アーキア(Archaea)という微生物がいます。アーキアは、米国の生物物理学・微生物学者であるカール・R・ウーズらによって発見・命名された生物で、細菌、ユーカリア(真核生物)とともに3超界(three domains)を成します[9]

細菌とアーキアは細胞の大きさや形が似ているので、顕微鏡下で視ただけでは、専門家でも見分けがつきません。事実、ウーズらの命名の前までは、アーキアは細菌の仲間として一括りにされていました。そして、両者の系統進化上の隔たりがわかってからは、しばらく、それぞれArchaebacteria(邦訳:古細菌)とEubacteria(邦訳:真正細菌)という名称で区別されていた経緯があります。

しかし、アーキアは系統進化上においても、生化学的・分子生物学的性質においても細菌とは顕著に異なることがわかったため、1990年、"-bacteria"という接尾語が取り除かれてアーキアという名称になりました[9]。つまり、その名称には細菌であるという概念はもはやありません。それとともに、真正細菌からも「真正」"eu-"がとれて、単に細菌となりました。

次章でも解説しますが、このアーキアは、ヒトを含めた真核生物の祖先型生物であるとされています。これまでの学説では、アーキアの祖先型細胞に、あるとき酸素呼吸を行なう細菌が侵入し、そのまま外に出られなくなり、宿主細胞と相互依存するように共生進化してミトコンドリアになった、そしてこれが真核生物の始まりであるというのが常識でした。いわばアーキアと細菌のキメラ生物の誕生です。

しかし、2015年、ネイチャー誌に北極海の熱水噴出孔近くの海底に存在する驚くべき生物が報告されました[10]。生物といっても細胞や個体が見つかったわけではなく、泥から抽出されたDNA(メタゲノム)を解読した結果、常識外れともいうべき性質の生物の存在が浮かび上がったのです。

ロキアーキオータと名付けられたこの生物は、アーキア型の原核生物であるにもかかわらず、驚くことに、ゲノムの約3%に真核生物に特徴的なタンパク質の遺伝子をもっていました。これには、細胞骨格に形成するアクチン、タンパク質の修飾を行なうユビキチン、細胞の増殖・分化、脂質小胞の輸送に関わる低分子GTPアーゼなどの遺伝子が含まれます。

たった3%の話なのですが、これが意味するところは何でしょうか。それは、従来アーキアと細菌のキメラ的融合によって真核生物が生まれたとされてきたわけですが、実はアーキアがかなり真核型細胞に進化した後、細菌が飛び込んでミトコンドリアができたとする修正が可能になったわけです(図2-3)。さらには、このようなアーキアが、私たちを含む真核生物の祖先であるという仮説や、系統進化的には、ウーズらの3超界とするよりも2超界とした方がよいとする説[11]を強化することになりました。

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図2-3. アーキアに侵入した細菌の細胞内共生進化によるキメラ的融合と真核生物の誕生のモデル図(従来説 [左のライン]と修正説 [右のライン])

その後、データベースから得られる情報を利用して、やはりミトコンドリアの発生は遅かったとする説[12]がだされています(もっともこれに対する批判もあります)。いずれにせよ、アーキアを母体とする細胞に細菌が融合し、ミトコンドリアをもつ本格的な真核生物が誕生したわけです。さらに、この真核細胞に藍色細菌が侵入して共生進化し、葉緑体が出現しました。藻類の誕生です。そしてここから陸上植物へと進化します。

このように、現在地球上に見られるすべての真核生物は、私たちヒトも含めて、すべてアーキアと細菌のキメラ生物であるということが言えます。

さて、ミトコンドリア葉緑体を有する真核生物が生まれ、それぞれ効率的な酸素呼吸と光合成によって十分なエネルギー生産ができると、多細胞化が可能となります。そこで出てくるのが、多細胞生物がいつ頃生まれたか、という興味です。

最も新しい説では、21億年前という報告があります[13]。ネイチャー誌に掲載されたこの論文は、アフリカのガボンにある21億年前の地層から見つかった、最大12 cmにもなる多細胞らしき生物の化石を提示しています。この時期は、先に述べた「大酸化事象」からさほど時間が経過しておらず、事実とすれば、大気中の酸素濃度が急激に増加して、すぐに多細胞生物が生まれたということになります。

その後、地球が丸ごと氷になった「全地球凍結(スノーボールアース)」事件を経て、6億年前に骨格も殻もない謎の生物であるエディアカラ生物群が登場し、その消滅を経て、5億4,200万年前からカンブリア爆発として知られる多細胞生物の爆発的進化と多様化が起きました。

なお、藍色細菌の化石であるストロマトライトは全世界的にみられますが、先カンブリア時代末期の地層以降には急激に減少しています。これは、藍色細菌をエサにする多細胞生物(動物)がこの時代から登場し、原始的な生態系と食物連鎖が構築され始めたことを意味しています。ちなみに食物連鎖がなかった時代の大量の藍色細菌の死骸は、ストロマトライト(石灰岩)になったわけですが、一部は地中でさまざまな作用を受けて石油に変化しました。


参考文献

9. Worse, C. R. et al.: Towards a natural system of organisms: Proposal for the domains Archaea, Bacteria, and Eucarya. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 87, 4576-4579 (1990). https://doi.org/10.1073/pnas.87.12.4576

10. Spang, A. et al.: Complex archaea that bridge the gap between prokaryotes and eukaryotes. Nature 521, 173–179 (2015). DOI: 10.1038/nature14447. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4444528/

11. Raymann, K. et al.: The two-domain tree of life is linked to a new root for the Archaea. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 112, 6670-6675 (2015).  https://doi.org/10.1073/pnas.1420858112

12. Pittis, A. A. and Toni Gabaldón, T.: Late acquisition of mitochondria by a host with chimeric prokaryotic ancestry. Nature 531, 101–104 (2016).

13. El Albani, A. et al.: Large colonial organisms with coordinated growth in oxygenated environments 2.1 Gyr ago. Nature 466, 100–104 (2010). https://www.nature.com/articles/nature09166