マンモスが現代によみがえる?
昨日のNHK「クローズアップ現代」では、「マンモス復活狂騒曲の舞台裏」というタイトルで1万年前に絶滅したはずのマンモスを最新生命工学技術を駆使して現代によみがえるという、日米それぞれのプロジェクトを紹介していました。そんな夢のような話がいま、現実味を帯びてきています。
今年3月、近畿大学が、永久凍土の中から取り出されたマンモスの死骸から“まだ生きている細胞の核”を発見しました。本来、永久凍土の奥深くに埋もれているマンモスが見つかる可能性は小さいのですが、地球温暖化によって永久凍土の融解が進行し、メタンガスの放出がまたそれを促進し、このような新鮮なマンモスが見つかっている事例が増えているのです(図1)。
すなわち、マンモスが見つかることは地球温暖化が進行していることを裏付けているわけで、本来は諸手を叩いて喜ぶべきことではないのです。
図1. 永久凍土融解によるマンモスの出土
マンモスの発掘に拍車をかけているのが、永久凍土の融解とともに中国市場による「マンモスビジネス」です(図2)。マンモスの象牙はとても高価で取引され、彫刻等に利用されています。象牙が5000万円という例も紹介されていました。
図2. 中国市場におけるマンモスビジネス
それでは実際にどのような技術でマンモスを蘇らせようとしているのでしょうか。装そのうちの1つはクローン化技術で、先の近畿大学の研究グループが用いているのもこれです。クローン化とは、元の個体(クローン)と同質のものを作り出したり、一部の遺伝子を増やして再現する技術です
まずはマンモスの細胞の中から核を取り出します。一方でゾウの卵子を採取して、中身を取り出します。そして、この空になった卵子にマンモスの核を注入するのです(図3)。この方法によってマンモスの核を活動させることに近畿大学のグループは成功しています。残念ながら、核の中のDNAが完全ではなく、細胞分裂までもっていくことはできていないそうです。
図3. クローン技術によるマンモスの復活法
より期待をもって考えられているのが、ゲノム編集の技術を用いる方法です。この技術では特定の遺伝子を切断して不活化したり、逆に望みの形質をもつ遺伝子に変えたり、形質を加えたりすることができます。米国ハーバード大学医学部の教授であるジョージ・チャーチの研究室のチームはこの技術を利用してマンモスの復活を試みています(図4)。
なお、ウェブ上の記事でもこのプロジェクトは紹介されています [1]。
図4. ゲノム編集によるマンモス類似動物の創造
彼らが用いるアプローチでは、まずマンモスのDNAの塩基配列とゾウのそれとをコンピュータ上で比較します。そうすると、両者で共通する部分とマンモスに特有な部分がわかります。その結果に基づいて、ゾウのDNAをゲノム編集によってマンモスに近い配列に変えていくのです。注意しなければならないのは、この方法では完全なマンモスではなく、あくまでもそれに近い生物を創造していくということです。
ゲノム編集された核はクローン化技術によってゾウの卵子に挿入されてゾウの子宮内に入れられ、そのクローンを出産するということになります。したがって一回のクローン化の実験においては必ずゾウ自身の卵子が壊されることになります。
図5には、マンモス復活への道として紹介された用いられる技術の変遷を示します。
図5. マンモス復活への道
このようなマンモス復活プロジェクトはアメリカ、日本に加えてロシアや韓国などでも進行中です。
番組では、さらにマンモス復活の鍵を握る“生物を再生する技術”を使って、ペットをよみがえらせるというビジネスも登場していることを紹介していました。1千万円という高額な費用にもかかわらず、日本を含む世界からペットのクローンをつくる注文が相次いでいるそうです。
「死んだ愛犬、愛猫に生き返ってほしい」という気持ちはわからないでもないですが、この生命操作の代償として卵子を殺す、余分に子供を産ませるなどのひどい仕打ちを動物に課している事実を忘れてはなりません(図6)。
ペットクローンはペットへの愛ではなく、自分の心の中にある欲望の化身だと思うのですが。
図6. クローンペット産業の問題点
それにしても、マンモス復活にしろペットクローンにしろ生命をも弄ぶ研究者、技術者の好奇心の前のめり感は半端ないです。マンモスを復活させるために絶滅危惧種のゾウの卵子を殺すなどブラックジョークでしかありません。さらにこれらには功名心や儲けようという欲望も絡んでいます。
先のジョージ・チャーチ教授のプロジェクトの背景には、「永久凍土の融解による二酸化炭素とメタンの大量放出を防ぎ、地球環境を守るためには、大型草食動物が闊歩する『氷河期パーク』を北極圏に作ることが必要だ」というアイデアがあるようです[1]。しかし、私にはこの意味がさっぱりわかりません。
現在は高速で多数の生物種がこの世から姿を消しています。絶滅した、死んだ生物を蘇らせるのではなく、今絶滅しそうな生物を救うことが先決だと思うのですが。
さらに言うなら、永久凍土の融解と古代生物の採取は凍土内に閉じ込められていた未知の危険なウイルスの出現にも繋がりかねません。
引用文献
[1] 相澤 康則:ハーバード大が本気で進める「マンモス復活プロジェクト」その中身. 2018.07.24. https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56609
カテゴリー:科学技術と教育