Dr. Tairaのブログ

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ロシアの科学は鎖国化と衰退へ向かう

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、様々な民間会社がロシアでの営業を停止していますが、科学界でも制裁の動きが出ています。今月12日には、米国に本社をおく文献情報サービス会社クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)社が、ロシアでの営業停止を決定しました。

クラリベイトの声明によれば、国際法の支配を尊重・支持する立場から国際社会とともにロシアのウクライナ攻撃を非難し、ロシアにおける商業活動を停止するとしています [1]。そして、停戦、敵対行為の停止、民間人の保護、そしてあらゆる相違を平和的に解決するための交渉による解決を求め、ウクライナの人々にとってこれ以上不必要な破壊と人命の損失を避けることを引き続き支持すると述べています。声明にはハッシュタグ #StandWithUkraine が添えられています。

クラリベイトは、世界で最も大きい文献データベースの一つである Web of Science (WOS) を運営しています。世界で出版されている主要学術誌には、掲載論文がどのくらい引用されているかを示すインパクト・ファクター(Impact Factor, IF)という指標が付与されており、IFがどのくらいのスコアかでその雑誌のレベルを知る一つの目安になっています。このIFが付与されるためには、WOSにその雑誌がインデックス化される必要があるのです。したがって、WOS雑誌に論文を投稿し、WOSにその論文の引用数が掲載されるというのが、(特に理工系の)科学者の研究活動の一つの目標になっています。

ただし、WOSにインデックス化されている雑誌は、世界で発行されている雑誌のごく一部でしかなく、さらに日本語で発行されている雑誌はWOSに取り上げられませんので、WOSの引用数だけでは(特に人文・社会科学系の)研究者の研究業績を評価することはできません。

そして昨日(3月21日)、ロシア連邦科学・高等教育省は、テレグラムチャンネルを通じて、ロシアの科学者は今年の国際会議に参加しないことを明らかにしました。これを米国の技術系ニュースメディアであるザ・ヴァージ(The Verge)が伝えています [2]

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以下にこの記事を簡単に紹介したいと思います。

ロシアのこの決定は、先のクラリベイトのロシアでの商業停止決定を含む、国際的な研究コミュニティとロシアの科学界との関係がぎくしゃくしていることを受けたものであることは明らかです。ヴァレリー・ファルコフ(Valery Falkov)大臣は、大学との会合の中で、科学校はもはや、自らの出版物が2つの主要な国際科学データベースを通じてインデックス化されたことを強調すべきではないと述べたと、同省のテレグラム・チャンネルを通じて伝えられています。

世界にはWOSとScopusという2つの主要商業データベースがありますが、ロシアの科学者がこれらにインデックス化された国際誌に研究を発表することは禁止されていません。しかし、今回のロシアの決定は、研究論文の質の指標として、また科学研究の相対的な重要性を評価するために、これらのデータベース掲載を強調すべきでないということです。

この10年間、ロシアは自国の研究機関の国際競争力を高めるために国際的な学者を積極的に採用し、科学団体にWOSやScopusの指標に基づいて研究者の研究を審査するよう働きかけてきました。大学や研究機関の国際的ランキングは、これらのデータベースから得たデータを使って作成することができますが、ある分析によれば、ロシアの科学者の国際的な学術誌への発表は、この後押しのおかげで、2013年から2016年にかけて上昇したそうです。

しかし2週間前、ロシア政府は、WOSやScopusの索引を持つ学術誌に掲載された科学研究をより高く評価することを止めることを決定しました。また、政府の研究プログラムからの助成金で行われた研究を、インデックス化雑誌で発表することを義務付けないとも述べています。

クラリベイトだけではなく、いくつかの研究機関もロシアの関係を断ち切る決定をしています。たとえば、欧州原子核研究機構(CERN)は、ロシア連邦との協力は行わないとしています。国際数学者会議は、予定通りロシアで開催されるのではなく、7月にバーチャルで開催されることになりました。

そして、多くのウクライナの科学者たちはこの数週間、ロシア人科学者の研究の受付を禁止するよう雑誌に呼びかけています。また、ロシアの科学者を国際会議に招待すべきではないと述べています。

ただ、スプリンガー・ネイチャーなどの著名商業誌の会社は、学術交流を阻害することは望んでいないと、出版ボイコットに反発しているようです。Journal of Molecular Structure など、少なくとも一握りの雑誌は、ロシアの研究機関からの研究を受け入れないと述べています。

以上が、ヴァージに書かれている内容です。

今回の戦争を受けて、科学界は、自分の商業主義を優先するか、研究を優先するか、その前に人間としての人道を優先するかというせめぎ合いのなかで、揺れ動いているというところでしょう。一方、ウクライナの科学者は研究どころではないです。それを思えば、クラリベイトの決定は当然かもしれません。

ロシアからは、これから沢山の有能な科学者や研究者が国外へ流出することになるかもしれません。中長期的にロシアの科学は鎖国化と衰退に向かうことは間違いないでしょう。

引用記事

[1] Clarivate: Clarivate to Cease all Commercial Activity in Russia. March 11, 2022. https://clarivate.com/news/clarivate-to-cease-all-commercial-activity-in-russia/

[2] Wetsman, N.: Russian government bars its scientists from international conferences. The Verge 2022.03.21. https://www.theverge.com/2022/3/21/22988994/russia-science-publication-database-conferences

              

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