Dr. Tairaのブログ

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ブースター接種を巡って交錯する科学と政治的思惑

2021.09.18: 15:21更新

はじめに

いまCOVID-19ワクチン接種先進国の間では、3度目の投与となるいわゆるブースター接種や4度目の投与が検討されています。イスラエルではすでに3度目の接種が実施されていますが、それにもかかわらず、いま感染者が急増し、1万人/日を超える新規陽性者数となっています [1]。この数字は、ワクチン接種前の流行をはるかに超えていて、ワクチン未接種者は全体の3割程度までに縮小されているはずなのにおかしな現象です。やはりロックダウンや公衆衛生学的対策の緩和が影響しているのでしょう。

一方で、米国FDAの研究者らは、いま米国の一般人に広くブースター接種をする必要はないという主旨の論文をランセット誌に出版しました [2]。この論文については、本文翻訳を前のブログ記事で紹介しました(→いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない)。

このブログでは、科学と利権と政治的思惑に振り回されるワクチン接種先進国の状況をAP Newsの記事 [3] (下図)を参照しながら紹介したいと思います。

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1. AP Newsの記事

AP Newsは、米国食品医薬品局(FDA)の第三者委員会である諮問委員会(government advisory panel )が、ファイザー社のCOVID-19ワクチンを全面的にブースター接種するというホワイトハウスの計画を完全に却下したことを伝えました [3]。以下、この記事を翻訳しながら紹介します。

1-1. 諮問委員会によるブースター接種に関する勧告

諮問委員会はブースター接種の全面的接種を却下し、代わりに65歳以上の高齢者や重篤な疾患のリスクが高い人にのみ追加のワクチンを接種することを支持しました。これは伝播力の高いデルタ変異体が蔓延する中で、ほぼ全ての米国人の予防を強化するという、1ヶ月前に発表されたバイデン政権の取り組みに大きな打撃となります。

外部専門家からなるこの委員会の助言は、FDAに向けたものですが、影響力はあるものの拘束力のない勧告なので、最終的な"言葉"というわけではありません。FDAは、この委員会の勧告を検討し、おそらく数日以内に独自の決定を下すでしょう。また、米国疾病管理予防センター(CDC)も来週意見を述べる予定です。

意外なことに、この諮問委員会によるブースター接種拒否は、16対2という圧倒的評決で決まりました。諮問委員会での数時間にわたる活発な議論の中で、メンバーは、特定のグループを対象とするのではなく、16歳以上のほぼ全員にブースターを提供することの有効性を疑問視しました。諮問委員会のメンバーは、この決定の理由として、追加投与に関する安全性のデータが不足していることをあげています。

その後、18対0の投票で、65歳以上の人と重篤な疾患のリスクがある人へのブースター接種を支持しました。また、医療従事者や感染リスクの高い人たちも追加接種を受けるべきということに合意しました。

1-2. 勧告への米国内での反応

これらの勧告は、ホワイトハウスのキャンペーンの一部を救うことになります。しかし、2回目の接種から8ヶ月後にファイザーとモデルナの両方のワクチンのブースター接種を米国人に提供するという包括的提案からは、まだ大きく後退しています。一方、ホワイトハウスは、今回の委員会の動きを前進と位置づけているようです。

ホワイトハウスのケビン・ムノス(Kevin Munoz)報道官は、「今日は、COVID-19から米国民を守るための重要な一歩となった」と述べました。「来週末にプロセスが終了すれば、対象となる米国人にブースターショットを提供する準備が整う」と述べています。

米国CDCは、すべての成人ではなく、高齢者、老人ホームの入居者、第一線の医療従事者に対するブースターを検討していると述べています。FDAとCDCは、モデルナやジョンソン・エンド・ジョンソンの接種を受けた人々がブースターを受けるべきかどうかを、今後決定することになるでしょう。

タフツ(Tufts)大学のコディ・マイズナー(Cody Meissner)博士は、「パンデミックの抑制にブースター接種が大きく貢献するとは思えない」と述べています。さらに、「全員に2回の接種を行うことが重要である」と述べています。

CDCのアマンダ・コーン(Amanda Cohn)博士は、「現時点では、ワクチン接種を受けていない人が米国での感染を促進していることは明らかだ」と述べています。

ファイザー社のワクチン研究開発部門の責任者であるカトリン・U・ジャンセン(Kathrin U. Jansen)氏は声明の中で、「ブースターはこのウイルスの拡大を抑制するという継続的な努力においては重要なツールであると引き続き信じている」と述べています。

ブースター接種の必要性については、最近、米国政府内外の科学者の間で意見が分かれているようです。また、世界保健機関(WHO)は、貧しい国が1回目の接種に十分なワクチンを持っていないのに、豊かな国が3回目の接種を行うということに強く反対しています。

今使われているmRNAワクチンについては、接種した人の免疫レベルは時間の経過とともに低下し、ブースターでそれを回復させることができるという研究結果があります。そして、デルタ変異体に対しても、ファイザーワクチンは重症化や死亡に対して高い防御力を持っています。

今回の予想外の出来事(諮問委員会の勧告)は、バイデン政権が科学的根拠に先んじてブースターを推進したという批判をさらに強める可能性があります。とはいえ、バイデン大統領は、トランプ政権のコロナウイルス対策に政治的な介入があったことが明らかになったことを受けて、早い段階で「科学に従う」と約束しましたた。

1-3. イスラエルファイザー vs. 米国

以上のように、FDAの第三者委員会は、7月に国民にブースターを提供し始めたイスラエルの保健関係者やファイザー社からブースターの必要性の訴えを受けたにもかかわらず、圧倒的な拒絶反応を示しました。

ファイザー社の代表者は、防御力が低下し始める前に免疫力の強化を開始することが重要であると主張しています。44,000人を対象とした同社の研究では、症状のあるCOVID-19に対する有効性は、2回目の投与から2ヶ月後には96%でしたが、6ヶ月頃には84%に低下していました。

イスラエル保健省のシャロン・アルロイ−プレイス(Sharon Alroy-Preis)氏によると、60歳以上の高齢者へのブースターの感染予防効果は10倍になり、「新鮮なワクチンのようなもの」で、感染予防効果を元のレベルに戻し、「第4波での重症化を抑える」のに役立つということです。

しかし、ファイザー社とイスラエルの代表者は、いずれも諮問委員会のパネリストから反発を受けました。委員会は、3回目の投与が、若い男性にまれに見られる心臓の炎症などの重篤な副作用を悪化させるのではないかという懸念も示しています。

一方、ファイザー社は、約300万人のブースターによるイスラエルのデータを示し、副反応の発生率はすでに報告されているものと同様であることを述べています。

フィラデルフィア小児病院のワクチン専門家であるポール・オフィット(Paul Offit)博士は、60歳以上または65歳以上の成人に対する3回目の接種には賛成だが、16歳以下の成人に対する3回目の接種はまったく問題だ」と述べています。

追加の予防接種を受ければ、少なくとも一時的には症状の軽い、あるいは症状のない患者が減ると思われますが、問題は、そのことがパンデミックの弧(the arc of pandemic)*に与える影響です。

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筆者注*

原記事にある「パンデミックのアーク」が何を意味するのか、読んでいてもわかりませんでした。

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1-4. 米国の今後の対応

FDAやCDCの責任者を含むバイデン氏のトップヘルスアドバイザーたちは、8月中旬に最初の追加接種の計画を発表し、9月20日の週をほぼ確実な開始日としました。しかし、それは、FDAスタッフの科学者が独自にデータを評価する前のことでした。

今週初め、FDAのワクチン審査官2名が、国際的な科学者グループと共同で、健康な人へのブースターの必要性を否定する論説を発表しました [2]。健康な人におけるワクチンの効果はまだ良好であるというのが理由のようです。

米国外科医総監のヴィベック・マーシー(Vivek Murthy)博士は、バイデン政権の発表は、規制当局に圧力をかけることを目的としたものではなく、国民に対して透明性を保ち、ブースターが承認された場合に備えるためのものであると述べました。「私たちは常に、この初期計画はFDAとCDCから独立した評価を条件とすると言ってきた」とマーシーは述べています。

また、バイデン・プランは、世界の貧しい地域が依然としてワクチンを切望していることについて、大きな倫理的問題を提起しています。しかし、政権側は、米国が世界の他の地域に大量のワクチンを供給していることを強調しながら、この計画は、「我々か彼らか」の選択ではないと主張しています。

以上、AP News記事の紹介ですが、米国はファイザーと睦び付きが深いイスラエルとはちょっと異なり、ブースター接種に慎重な姿勢を示しているようです。FDAの研究者らの「一般へのブースターは必要ない」という論文 [2] も出たばかりです。当面、65歳以上や重篤な疾患のリスクがある人たちに限定してブースターが進むのではないかと思われます。AP Newsは、すでに一部の医療機関では、リスクの高い人に追加投与を行っていると伝えています [3]

2. イスラエルの論文

ワクチン接種については、最先進国であるイスラエルは、ワクチンの効力の低下もあって、とにかくブースターについては前のめりです。上記のイスラエル保健省による、60歳以上の高齢者へのブースターの感染予防効果は10倍になると言う情報については、関連する論文がNJEM誌に9月15日付けで掲載されました [4]。この論文については早速日本語のウェブ記事でも紹介されています [5]

この論文はイスラエルの研究グループによるものです。一次分析として、ブースター接種を受けた高齢者(≥ 60歳)群(ブースター接種群)と受けていない高齢者群(非ブースター高齢者接種群)に分けて、SARS-CoV-2感染率および重症化率を接種後12日以降に比較しました。さらに、二次分析では、ブースター接種から4〜6日後と12日後におけるSARS-CoV-2感染率を算出しました。

その結果、一次分析においての感染率は非ブースター接種群に対しブースター接種群では感染リスク低下倍率の程度は11.3倍となり、重症化低下倍率は19.5倍になりました図1)。また二次分析においては、SARS-CoV-2感染率は、ブースター接種後4〜6日時点に対し12日時点では5.4倍低くなりました。

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図1. ブースター接種による感染リスク低下倍率の経時変化(文献 [4] より転載).

本論文は、以上の結果を踏まえて、「60歳以上へのファイザーワクチンのブースター接種はSARS-CoV-2感染率および重症化率を大幅に低下させる」、「デルタ変異体に対するmRNAワクチンのブースター接種の有効性を示すものである」と結論づけています。

私はこの論文を読んでいて、ちょっと変だと思いました。それは、ブースター接種から12日経過した以降に効果を判定するというアプローチの妥当性についてです。この12日という間隔を選択したことについて、著者らは以下のように記述しています。

We considered 12 days as the interval between the administration of a booster dose and its likely effect on the observed number of confirmed infections. The choice of the interval of at least 12 days after booster vaccination as the cutoff was scientifically justified from an immunologic perspective, since studies have shown that after the booster dose, neutralization levels increase only after several days.

すなわち、「ブースター接種を行ってから,観察された感染症例数に影響が現れると思われるまでの期間を12日とした.ブースター接種後、中和レベルが上昇するのは数日後であることが先行研究で示されていることから、免疫学的な観点から少なくとも12日以上の間隔をカットオフとして選択したことは、科学的に正当化される」と述べています。

しかし、この主張は二つの点で問題があると思います。一つは、著者ら自身がブースター接種後の中和抗体レベルを実際に調べないまま12日を選択していることです。しかもこの根拠のための先行研究として引用されているのが、ファイザー社自身のウェブサイト上の報告です。とはいえ、接種後"数日"ですでに中和レベルが上昇と述べています。別の先行研究では、モデルナmRNAワクチンの2回目の接種で遅くとも1週間後には中和反応が観察されていますので [6]、ブースターでもその程度かもっと早い反応が期待されます。12日を選択する理由がわかりません。

二つ目は、接種後12日目までに起こった感染症例が無視されてしまうことであり、そのことで当然非接種群に対して有意に感染リスク低下倍率が高くなることが予想されます。事実、ブースター接種群において接種後4〜6日時点に対し12日時点では5.4倍感染リスクは低くなったと記述しています。

つまり、接種後12日までの感染を無視することで、非接種群に対して過剰な感染リスク低下倍率が得られている能性があるということであり、恣意的な分析設計を疑わざるを得ないということも感じます。

さらに、これが「イスラエルのデータは不十分」と米国が指摘した点ですが、重症化の定義がICUで人工呼吸器をつけるという状態ではなく、パルスオキメータで一定レベル以下の数値を示した場合としていることです。

権威ある医学雑誌と言われるNJEM誌ですが、時々変な論文を掲載します。査読の過程でチェックできなかったのでしょうか。

おわりに

イスラエルと米国のmRNAワクチン接種、ブースター接種の経緯を見ていると、ワクチンが完全に政治問題化していることがわかります。ワクチン接種に前のめりのイスラエルとバイデン米政権、それにやや慎重な米国の専門家や科学者という構図が見えます。背景には製薬企業の商業主義や政治家、研究者への献金に絡む利権もあると思います。

人の命がかかり、かつ健康な人に接種するmRNAワクチンだからこそ、従来のワクチンのように臨床試験による安全性確認と科学的検証に時間をかけるべきところですが、パンデミックというリスク/ベネフィット比を考えた時に、大規模流行国はその時間をかける余裕がありませんでした。大量接種はもう始まってしまっており、世界は壮大な人体実験を進めながら、その都度修正していくしかないわけです。

今回のNJEM論文のように、科学的にちょっと不十分、あるいは恣意的と思われるものも出てくる始末で、学情リテラシーを上げないと状況を見誤ってしまいそうです。日本は幸か不幸か、米英、イスラエルと比べるとワクチン接種が遅れた分、逆に海外に学べる立場にあります。日本の政治家も専門家も海外のやり方を妄信することなく、適切に判断してもらいたいところです。

2021年9月18日更新(追記)

上記で、イスラエルのブースター接種に関するNJEM論文を紹介しました。この論文ではデータの分析で恣意的な部分があり、ブースター接種の感染予防率の過剰評価になっているのではないかと指摘しました。そう思っていたところ、やはり同じことを感じる研究者が沢山いるようで、今日以下のようなツイートを見つけました。

日本国内の人たちの同様なツイートも散見されます。みなさんこの論文は変だと感じているようです。やはり、ワクチン接種にかかわる政治的判断のみならず、一見根拠を与えると思われる科学情報にも気をつけなければなりません。

引用文献・記事

[1] Lock, S.: Israel, world leader in vaccine booster shots, hit by surge in COVID cases. Newsweek 2021.09.15. https://www.newsweek.com/israel-world-leader-vaccine-booster-shots-hit-surge-covid-cases-1629310

[2] Krause, P. R. et al.: Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses. Lancet Published Sept. 13, 2021. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02046-8

US panel backs COVID-19 boosters only for seniors, high-risk. AP News 2021.09.17. https://apnews.com/article/fda-panel-rejects-widespread-pfizer-booster-shots-1cd1cf6a5c5c02b63f8a7324807a59f1

[4] Bar-On, Y. M. et al.: Protection of BNT162b2 vaccine booster against Covid-19 in Israel N. Eng. J. Med. Published Sept. 15, 2021. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2114255

[5] 平山茂樹: ブースター接種でコロナ感染率が10分の1に. 時事メディカル(Medical Tribune) 2021.09.16. https://medical.jiji.com/news/47173

[6] Widge,  A. T. et al.: Durability of responses after SARS-CoV-2 mRNA-1273 vaccination. N. Eng. J. Med. 384, 80–82 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2032195

引用したブログ記事

2021年9月15日 いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19