Dr. Tairaのブログ

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ロボットへの共感

私が以前勤めていた豊橋技術科学大学では、ロボットや視覚心理、認知科学の研究が盛んで大きな成果を上げています。その中で情報・知能工学系における二つの研究を紹介したいと思います。
 
まず、北崎充晃教授のグル-プは、「人間がロボットに共感する」事実を実験心理学的に初めて証明したことを、2015年、Scientific Reports誌に発表しました [1]。被験者に、人とロボットの手にナイフがかかっていて痛そうな状態の写真をと痛くなさそうな状況の写真を見てもらい、脳波を計測した結果、ヒトの手かロボットの手かに関わらず、手が痛そうな状況の写真を見た場合で、同様な反応が見られたということです。
 
この研究成果については、人間がロボットに同情することを実験的に証明した事例として、Nature Japanが日本語の要約を掲載しました [2]。また、いろいろな海外メディアでも紹介され、話題となりました。人間がロボットに共感する事実は、IoTIoB社会における人間の存在を考える上で重要です。
 
次は、岡田美智男教授のグループの研究で、完結型ではない「弱いロボット」に関するものです [3]。岡田教授は、コンパクトで高性能なものを追求していくモノづくりの従来の方向性の中で、人に手助けしてもらいながらいっしょに新たな機能を生み出すという「弱いロボット」の概念を提唱しています。彼の言葉で「パワーダウンシフト」と呼ばれるこのような試みは、人間とロボットとの新しい共生の方向性を示すものです。
 
従来のモノづくりは局所最適化を基本としており、最適化された機械は一つのことしかできません。一方で、人間の思考や態度は敢えて遠回りすることで、かえっていい結果を生むこともあります。弱いロボットとの双方向のやりとりで生み出される価値観は、これからのIoT社会のあり方にも影響を与えるかもしれません。
 
今朝のNHKの暮らし解説では、まさにこの弱いロボットを取り上げ、人間との関わり方の実例を挙げていました(図1)。
 
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図1. 人間の問いに対して、明快な答えが出ない「弱いロボット」の例(2018.7.5 NHKくらし解説より)
 
たとえば、病院を訪れた子供に対して、弱いロボットが敢えて断定的でない、柔らかい肯定的応答をすることによって、その子が診察を受けやすい心の状態になるなどの活用の仕方が示されていました。
 
放送で示されたように、「愛されるロボットの条件」として、見た目のかわいらしさ、双方向性、および弱さのもつ力が挙げられます(図2)。弱いロボットはこの条件を満たす存在ではないかと思います。
 
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図2. 愛されるロボットの条件(2018.7.5 NHKくらし解説より)
 
一方で、人間に姿形が近いヒューマノイド・ロボットに対する親近感が、ある時点で嫌悪感に変わる「不気味の谷」という現象があります。これはロボット工学者の森政弘東京工業大学名誉教授が1970年に提唱した言葉です。
 
すなわち、人間は、ロボットがその外観や動作においてより人間に近づくにつれて、より好感、共感を抱くようになりますが、ある時点で突然不気味に感じられ、人間と見分けがつかなくなると再び強い好感に転じるという現象です。
 
アンドロイド型ロボットの研究で著名な大阪大学石黒浩教授のグループは、上記のようなロボットがもつ不気味さを感じる神経メカニズムについて、2017年、Scientific Reports誌に発表しました [4]。彼らは、Geminoid Fというアンドロイドを用いて、その外観・動作を人間のそれと比較して被験者に見せた場合の脳をMRI解析しました。

その結果、視床下核が視覚的フィードバックを通じて動きの自然さを観察しており、アンドロイドが不自然な動きをした時に、視床下核がその不自然さを検知している可能性があるしています。さらに、アンドロイドの動きは、軽度のパーキンソン病患者の動きと類似し、今後のパーキンソン病の病態解明にも役立つ可能性に言及しています。
 
今の段階のアンドロイドの外観と動作は、人間に酷似してはいるものの、アクチュエーター(コンピュータから出力された電気信号を、物理的運動に変換・駆動する機械要素)等の制約により、人間に比べて動きが微妙にぎこちなく、不自然だということです。
 
人間とロボットが共同で作業を行ったり、生活をしたりするためには、人間がロボットに対して親近感を持ちうることが不可欠です。この意味で、ロボットの容姿や動作を限りなく人間に近くする必要はなく、上述したような、ロボットと認識できる「弱いロボット」を目指すことが、近未来にとって良策かもしれません。
 
人工知能(AI)についても言えることですが、ロボットの活用について気になることは、人間の心を誘導する道具として使うことです。暮らし解説でも言及していましたが、ロボットがうなづくと人間の親近感が増すことが示されていました(図3)。
 
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図2. うなづくロボットで親近感を増す(2018.7.5 NHKくらし解説より)
 
これは、情宣におけるマインド・コントロールにも使うことができます。たとえば、消費税を○○%にするという主張・宣伝を聴衆の前で行うとき、最前列にうなづき・同意ロボットをサクラとして並べておけば、効果が上がるかもしれないということです。

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図2. ロボットによる人間の心の誘導(2018.7.5 NHKくらし解説より)
 
ロボットへの親近感・共感は、極度に大脳皮質が進化した人間に特有のものです。一方で、同じ生物である、昆虫や植物に対しては、どうでしょうか。これからますます電脳化していく人間は、親近感への閾値を心得ておかないと、気づかないうちに心が誘導されているかもしれません。ロボットとうまく付き合っていくことが重要です。
 
引用文献・記事
 
[1] Suzuki, Y., Galli, L., Ikeda, A., Itakura, S. and Kitazaki, M. (2015). Measuring empathy for human and robot hand pain using electroencephalography. Scientific Reports 5,15924. https://www.nature.com/articles/srep15924
 
[2] Nature Japan: ヒトおよびロボットの手の痛みに対する共感を脳波記録法を用いて計測. https://www.natureasia.com/ja-jp/srep/abstracts/70558
 
[3] 岡田 美智男:〈弱いロボット〉の思考 わたし・身体・コミュニケーション. 講談社現代新書, 2017年.
 
[4] Ikeda, T. et al.: Subthalamic nucleus detects unnatural android movement. Scientific Reports 7, 17851 (2017). https://www.nature.com/articles/s41598-017-17849-2
                
カテゴリー:社会とテクノロジー