Dr. Tairaのブログ

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暮らし解説で観たトキ


NHKの「暮らし解説」はわずか10分ほどの放送ですが、中味が濃く良質の番組だと思います。ときどきデスクワークしながら観ていますが、朝の10時というこの時間帯に一体どれほどの人が観ているのだろうと、いつも思います。

今日の「暮らし解説」のテーマは鳥類の一種トキ(朱鷺)でした。自然生態系に関わる環境問題を考える場合、象徴的に取り上げられる鳥の一つです。ちなみに、朱鷺色は少し黄みがかった桃色のことです。色名は江戸時代に生まれたそうですが、トキの名は、すでに日本書紀』や『万葉集』にも見られるようです。

トキはペリカン目トキ科の種で、学名をNipponia nipponというように、まさに日本を代表する鳥の一つです(図1)。しかしながら、明治時代に乱獲で激減し、2003年に日本産最後の1羽「キン」が死亡したことにより、日本では絶滅してしまいました。現在、日本で見られる野生の個体は、中国からの移入個体が人工繁殖されて、放鳥されたものです。

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図1. トキはどういう鳥か(2018.09.27 NHK「くらし解説」より)

人工繁殖したトキの第1回放鳥(2008年)から10年、野生復帰した個体は220羽にまで増加しました(図2)。人工繁殖は新潟県佐渡市で限定して行われていますが、現在では、本州本土の近隣地域でもトキの飛来が報告されています。

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図2. トキの野生復帰と目撃された地域(2018.09.27 NHK「くらし解説」より)

このように野生トキの個体数が増加した背景としては、大きく二つの要因があります(図3)。一つは飼育繁殖技術の進歩と知識の蓄積があります。すなわち、人工育雛(卵から孵化したヒナを人の手で育てること)から自然育雛(トキの親自身にヒナを育てさせる)に代えたことにより、野生での繁殖が促進されました。もう一つは、トキのエサ場としての周辺生息環境が改善されたことです。

エサ場になる水田から獲れる米は「朱鷺と暮らす郷」認証米になっているそうです。

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図3. 野生のトキの増加の背景(2018.09.27 NHK「くらし解説」より)

放送では、さらに周辺のビオトープの整備が進んで、トキのエサ場として機能するようになったことを伝えていました(図4)。

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図4. 野生トキの増加の一要因としてのビオトープの充実(2018.09.27 NHK「くらし解説」より)

上記のように、野生のトキは順調に個体数を増やしているようですが、新たな問題(というか当初からの懸念課題)も出てきています(図5)。その一つは、増えたトキによって稲の苗が踏まれ、農業被害が出ることです。もう一つは、元々は中国からの遺伝的同一種の5羽から出発して繁殖しているため、遺伝的多様性が乏しいということです。遺伝的多様性に乏しい群集は、環境変化や病気などに対してきわめて脆弱です。

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図5. 野生のトキの増加に伴う問題(2018.09.27 NHK「くらし解説」より)

順調に個体数を増やしているとはいえ、中国・日本・韓国を合わせたトキの個体数は1,800余りと言われており、予断を許しません。これだけでもきわめて少ない個体数であり、ちょっとした環境変化で絶滅に至る可能性はあります。

今日の放送では、最後でもちょっと述べられていましたが、トキの繁殖を促すということはトキだけを見ていればいいということではなく、トキのエサに至る食物連鎖に関わるすべての生物の生息環境の保全を考えるということになります。

トキの生息地では、環境保全を含めてトキを観光資源として売り出そうとする動きがあるようですが、「局所最適化」にならないことを願うばかりです。