Dr. Tairaのブログ

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企業が求める人材と採用状況の矛盾

はじめに
 
私は民間と大学の両方を行ったり来たりしながら仕事をしてきました。それゆえ、両方の良いところと同時に、それぞれが抱えている矛盾や問題についても少なからず理解しているつもりです。そして、それらの問題の多くは、日本社会における一元的な人事採用選考システムの構造的欠陥および民間と大学の相互理解の欠如から派生していると感じています。
 
日本の企業および行政機構の人事採用選考においては新卒一括採用を行なっています。さらに、とくに後者においては偏差値型試験制度で採用しています。世界広しと言えどもこのような新卒一括採用をしている国は珍しいです。
 
日本では民間企業、大学、あるいは行政組織に一旦正規職として就いてしまうと、それぞれの分野を超えて転職することは少ないです。そして、各々の組織の中で独自の価値観と文化が醸成されていき、お互いの相互理解の溝をますます深めてしまうのではないかと感じています。
 
ここでは、日本経済団体連合会経団連)が行なっているアンケート結果を参考にしながら、まず、民間企業における学生採用に関する問題と矛盾点などについて、私が感じてきたことを述べたいと思います。民間と大学の相互理解の欠如については機会をあらためて述べたいと思います。
 
1. どういう人材が求められているか
 
高等教育といえば大学です。そして大学は社会へ向けて人材を輩出する養成機関の役割を担っています。では現在、日本企業は大学に対してどのような人材を求めているのでしょうか。
 
日本経済団体連合会経団連)は2018年4月17日に「高等教育に関するアンケート結果[1] を公表しました。このアンケートは、2017年12月8日~2018年2月8日の期間で実施され、経団連会員企業258社、地方別経済団体に加盟する経団連非会員企業185社の合計443社から得た回答をまとめたものです。
 
まず、このアンケートにある「学生に求める資質、能力、知識」についての回答結果をみると、文系学生・理系学生ともに「主体性」、「実行力」、「課題設定・解決能力」「チームワーク・協調性」、「社会性」、「論理的思考力」が上位に入っています(図1)。
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図1. 企業が学生に求める資質、能力、知識(出典:「高等教育に関するアンケート結果」経団連、2018 年4月17 日 [1] 、横軸は、上位5つの選択肢の重み付け点数 [1位=5点、2位=4点、3位=3点、4位=2点、5位=1点] の積算値 )
 
古今東西、主体性、実行力、課題設定・解決能力、論理的思考力などは、仕事をする上で当然要求される能力です。チームワーク・協調性も必要です。協調性は利害や立場の異なる者がチームワークとして機能する力量をいいます。ところが、日本では、協調性が、同調性や従順性に置き替えられていることが多いことが問題なのです。これは、社会性などとともに、仕事には直接関係ない、人間関係に関する項目です。ここに日本企業特有の意識が現れているように思います。世界ではこのような人間関係に関することはあまり要求されません。
 
採用選考にあたってとくに欧米で要求されることは、専門性およびそれを保証できる学歴や職歴、資格、学位などです。すなわち、仕事に必要なスキルをもっていることとそれが履歴で保証されていることに基づいて人材を的確に採用し、それを適材適所として配置するポリシーがあります。
 
一方、日本においては専門性(専門的知識や専攻分野における基礎的知識)は重要な項目として上位にランキングされていません。専門性は、文系学生はトップ10に入っておらず、理系学生でさえトップ9, 10位の順位にあります。
 
また日本では専門性とともにそれを保証する学歴や学業成績、職歴などもむしろ重要視されず、重要項目であったとしても、いわゆる学歴フィルターという歪んだ使い方がされます。すなわち、それは個人の専門性と能力を保証する所属学科、研究内容、成績を評価するという方法ではなく、単にブランド性を選択する学閥・偏差値フィルターとして使われる傾向があります。
 
このフィルターとは、例に出して悪いですが、たとえば大学での専攻は何か、何を学んだか、どんな経験を積んだかよりも、東京大学を卒業したということだけで優先して採用されてしまうような傾向を言います。しばしば高偏差値大卒を高学歴と混同してしまう社会的風潮も、それを後押ししているかもしれません。東京大学卒業と某地方私立大学大学院修了を比べるならば明らかに後者が高学歴です。
 
2. 実際にどのような基準で採用されているか
 
企業は、図1に示したような能力や資質を学生に求めているとして、実際にはどのような選考基準で学生を採用しているのでしょうか。
 
経団連は、2017年11月27日、採用選考にあたって何を重要視したかというアンケート結果を発表しています [2]。それを見ると驚くことに、さらに人間関係や精神性に関することが重要項目として上位を占めています(図2)。
 
第1位の「コミュニケーション能力」は別として、以下順に「主体性」、「チャレンジ精神」、「協調性」、「誠実性」、「ストレス耐性」、「責任感」などが上位にあります。このなかで主体性や協調性は図1の上位項目と共通していますが、チャレンジ精神、誠実性、ストレス耐性、責任感は図1にもない、精神性に関する項目です。
 
一方で、専門性や履修履歴(赤で囲んだ部分)、課題解決能力、創造性、潜在的可能性(青で囲んだ部分)など、直接仕事の専門性や能力に関わる項目などは後に追いやられています。
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図2. 企業が採用選考にあたって重視した点(出典:「2017年度新卒採用に関するアンケート調査結果」経団連、2017 年11月27 日 [2、棒グラフ上の数字は図1と同様な積算値) 
 
つまり、日本の企業では元々能力に加えて人間関係、精神的資質を採用基準に掲げる傾向があるものの、実際の新卒採用にあたってはさらに精神性を重要視し専門性や能力・実績が追いやられている現状が見えてきます。
 
そして、新卒者の能力も測りきれない状況の中で頭数に合わせて各部署に任意に配置している様子が伺われます。求められる仕事に応じて適材適所に人事配置するという方針は欧米と比べるときわめて弱いのです。日本では、適宜、適材、適所という人事採用の基盤が構築されていないです。
 
どうしてこのようなことになるのでしょうか。理由は二つ考えられます。
 
一つは、学生の履歴に関係なく人材は企業が育てるという古くからの企業風土にあると思います。入社してから一人前に育てるということが前提なので、入社前の学生の専門性や能力はとりあえず横に置き、会社の方針や社風に従順で耐えられる精神性(イエスマンシップとでも言いましょうか)がまず大事ということになります。協調性が同調性に置き替えられる原因にもなっています。
 
言い方を変えれば、企業は新卒者の能力や学業成績をあまり信用していないということになります。あるいは、悪く言えば、学歴フィルターに依存し、個々の能力を見る目がないということも言えます。
 
これが極端が現れた不幸な企業常識の一つが「博士修了者は思考性が凝り固まっていて、使いづらい」、「特定分野の専門知識を持つ人はすぐに活用しにくい」というものです。そして、ここから出てくる考え方が「博士よりも修士修了者を入社させ、育てた方がはるかに優位性がある」というものです。
 
博士が尊重されず、未だに積極的に採用されないこの国の後進性がここに現れており、国際的な競争環境からみてきわめて重大な問題です。海外への頭脳流失の原因の一つにもなっています。
 
もう一つの理由は、上記とも関係ありますが、日本独特の新卒一括採用というやり方です。本来仕事は人手不足に応じて順次労働力を補充したり、新規プロジェクトの立ち上げに応じて必要な人材を新しく採用するというのが普通であり、合理的です。しかし、日本ではこれらに反し、とりあえず新卒一括採用という不合理なことを慣習として行なってきているわけです。
 
とくに、学部の新卒者では経験が少なく能力も未知数です。そのような新卒者を一括採用しなければならない日本の状況は「国際競争の中で生産性の向上を果たす」という点からはきわめて不利です。伝統的な考えや習慣から脱却できず、時代の流れに追いついていない日本の状況が伺われます。
 
私はこれまで三つの会社に関わってきましたがいずれも中途採用で、その際には高い専門性を要求されました。たとえば、最初の会社は非正規雇用でしたが英文翻訳能力とタイピストとしての技能を要求されました。次の会社では新規事業の提案とそれを展開する高い技術力を要求されました。
 
このように、専門性や能力をベースに採用選考を行なっている会社はもちろんたくさんあると思われます。しかしながら、少なくとも経団連のアンケート結果に現れている新卒採用の一般的傾向においては、専門性をもつことの優先性は見えてきません。
 
3. 専門性に期待する動きの矛盾
 
経団連は、2018年6月18日、「今後のわが国の大学改革のあり方に関する提言」という提案・調査報告書を公表しました [3]。これを見ると、人間関係や精神的資質をより重要視して新卒者を採る現状があるにもかかわらず、一方で、専門性に期待するという矛盾した結果が示されています。
 
たとえば、企業が大学に求める教育改革について優先的に推進すべきと思うものでは、「特定職種の実務に必要な専門知識・技能を習得させるもの」、「最先端の知識・技術の学修に力点をおいたもの」、「企業と連携した実践的な教育プログラムの推進」が、上位にあります(図3[2]。当たり前ですが、大学教育に求めるものが決して人間性、精神性の強化ではないのです。
 
さらに、「特定の分野を深く追求した研究・学修が可能なもの」を含む図中の"青い影"で示した項目は、大学院における基礎研究に深く関わるものです。とくに、博士後期課程を通じて学修できるような内容や、幅広い基礎の教養科目(自然科学や人文・社会科学)の修得の中で醸成されるような内容もあります。
 
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図3. 企業が大学等の教育改革のうち、優先的に推進すべきと思うもの(出典:「高等教育に関するアンケート結果」経団連、2018年4月17日 [1]、 棒グラフ上の数字は図1と同様な積算値)
 
2019年4月より開校を予定している専門職大学には、回答企業の約6割が「大いに期待する」「期待する」と答えています。期待する分野・人材としては「システム・エンジニア、プログラマー」、「情報セキュリティ人材」などが挙げられています [3]。しかしながら、実際に、2019年開校に向けて申請が行われている専門職大学の分野は医療、介護などが多く、企業ニーズとのミスマッチがあるようです。
 
企業側が考える専門性とは、企業活動に都合のよい知識と技術をもつ専門性を指すと一義的に考えられますが、加えて、基礎能力を有し、課題探索ができるような人材の養成を大学に期待しているともとれます。
 
4. 産業界に求められる取り組み
 
少子化・高齢化の時代を迎え、大学はこれに対応した教育・研究力の強化と運営の改革に取り組んでいかなければならないことは当然です。これは経団連の報告書 [3] でも強く提言されています。
 
一方で、産業界に第一に求められることは、大学の教育研究に期待していることと採用の実績の間の矛盾を解消することであり、それによって生産性の向上を目指すことではないかと思います。
 
具体的には新卒一括採用を止め、能力に基づく採用を強化し、雇用形態の多様化を推し進めることです。類似の指摘は経団連の報告書でも見られます [3]。これらは別に企業が大学にいろいろと注文つけなくても、企業側が自分で積極的に取り組めることであり、いますぐにでも実行できることです。
 
そして、4割近くにまで増えてしまった正規雇用を止め、専門性の高い正規雇用に転換することです。本来、専門性に裏付けられた革新性(イノベーション)や技術力で価値を生み出し、それらに加えた販売力で利益を出す仕組みをつくらないといけないのに、非正規雇用拡大による分配のバイアスによって利益を確保し、さらにそれを内部留保するという不健全さがあります。これでは社会の消費行動の拡大にも繋がりません。
 
能力や実績の保証の一つとしては、新卒者ではなく、たとえば数ヶ月のインターシップ経験者を積極的に採用するという原則をとることができます。学生は学部卒業後あるいは大学院修了後にいずれかの企業や組織で、たとえば、2ヶ月以上のインターシップを経験し、それを実績として企業側に売り込むというシステムです。
 
在学中にインターンシップを経験していれば、すぐに採用面接に挑戦できる制度をとることもできます。職場体験やインターンシップ・プログラムなどは、すでに多くの大学で実施されています。私が勤めていた大学では、全学生の必須単位として約2ヶ月のインターンシップをカリキュラムの中に取り入れています。
 
また、優秀な博士学位取得者、MBA取得者、法科大学院修了生などについては、仕事内容に応じて優先して採用することもできます。
 
おわりに
 
経団連の調査報告書で浮き彫りになるのは、日本の企業は一般的に専門性を問うよりもいまだに人間関係や精神性重視で新卒学生を採用しており、一方で、大学側に実務型の専門教育を望むという矛盾があることです。建前と実際採用で行なっていることが違うわけです。
 
産業界は都合のよい人材の育成と教育を大学に要求する前に、まずは自分自身の手で真に有能な人材を探し採用すること、適材適所を実践することにもっと力を注ぐべきではないでしょうか。このために能力が計りにくい新卒一括採用から脱却して、採用選考システムの多様化と採用基準の見直しを図るべきだと思います。
 
大学が抱える問題についてはまた別の機会に述べたいと思います。
 
引用文献
 
[1] 日本経済団体連合会: 高等教育に関するアンケート結果. 2018年4月17日. http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/029_kekka.pdf
 
[2] 日本経済団体連合会: 2017 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果. 2017年11月27日. http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/096.pdf
 
[3] 日本経済団体連合会: 今後のわが国の大学改革のあり方に関する提言. http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/051.html
 
              
カテゴリー:社会・時事問題