Dr. Tairaのブログ

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海洋の温暖化と酸性化

前の記事で、地球温暖化の影響がさらに温暖化を加速する「ポジティヴ・フィードバック」を紹介しました(→人類はあと100年で終焉?)。 
 
今日の朝日新聞を見たら、それに関連する「サンゴの白化」を科学コーナーで記事にしていました(図1)。そこで、ポジティヴ・フィードバックを海洋の温暖化と酸性化を例にしてあらためて述べてみたいと思います。
 
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図1. サンゴの白化を取り上げた朝日新聞の記事(2018年4月5日朝刊)
 
サンゴ(珊瑚)は刺胞動物門に属するれっきとした動物であり、固い骨格を発達させ、サンゴ礁を形成します。この造礁サンゴの体内には、必ず褐虫藻(かっちゅうそう)という植物プランクトンが共生しています。この褐虫藻光合成有機物を生産し、それをサンゴが栄養として摂取しています。したがって、サンゴの生存は褐虫藻の活動に依存しているわけです。逆に褐虫藻は、サンゴの代謝産物である二酸化炭素アンモニア光合成の際に利用します。
 
褐虫藻は海水温が上昇すると光合成に必要なクロロフィルの量が減って活動が弱まり、30℃以上の高温が長期間続くと死んでしまいます。このような状態になるとサンゴの白化と呼ばれる現象が起こります。白化したサンゴは褐虫藻からの栄養が供給されなくなりますのでこれも死んでしまいます。このようなサンゴの白化はいま世界規模で起こっています。
 
上記の新聞でも紹介していましたが、世界100カ所のサンゴ礁の観測結果を分析した論文が、今年の1月サイエンス誌に報告されました [1]。それによると、サンゴの白化の周期が短くなっているということです、具体的には、1980年代初めでは25-30年に1回の出来事であったのが、2016年には約6年に1回になったと報告されています。
 
サンゴと褐虫藻の共生体としてのサンゴ礁二酸化炭素の重要な吸収源であり、それを石灰化という形で固定化します。ところが大気中に二酸化炭素が増えて地球温暖化が起こると海水の温度上昇によってサンゴ礁が死滅し、重要な二酸化炭素吸収源が喪失します。そのことによってますます大気中の二酸化炭素が増加し、地球温暖化を加速するポジティヴ・フィードバックが起こる可能性があるのです。
 
大気中の二酸化炭素の増加によって起こるもう一つの深刻な事象が、海洋の酸性化です [2]。海水に二酸化炭素が溶け込んで酸性化する機構は、ル・シャトリエの原理で説明されます(図2)。
 
まず、海水に二酸化炭素が溶け込むと水と反応して炭酸になります。次に、重炭酸イオンと水素イオンが発生します。そして、最終的に炭酸イオンと水素イオンになります。これらの反応は平衡状態にあり、二酸化炭素の溶け込み濃度が小さければ水素イオンの濃度は小さくなり(反応は左に傾く)、逆に二酸化濃度濃度が高ければ水素イオンの濃度が高くなります(反応は右に傾く)。水素イオン濃度が高くなるということは、海水のpHが下がることを意味します。つまり、大気中の二酸化炭素濃度が増加すれば、海水への溶け込みが多くなり、pHが下がるということです。
 
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図2. 海水への二酸化炭素の溶け込みとpHの低下の機構
 
海水は弱アルカリ性で元々pH 8.2近くありますが、現在は8.1まで低下しています。さらに低下速度は年々速くなっているということが報告されています(図3)。たった0.1の低下だと思うかもしれませんが、これは海洋の酸性化が原因が起こったとされるペルム紀の大量絶滅(2.5億年前)のpH低下速度0.7/1万年 [3] と比較すると、実に22倍に相当します。そのことから考えても事態の深刻さがわかります。
 
さらに、北極海周辺ではもっと酸性化が進んでいるとも言われていますし、沿岸などにおける有機物負荷で微生物分解反応が進むと、発生する二酸化炭素でより酸性化が進む可能性があります。
 
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図3. 海洋の酸性化と生態学的、経済学的影響
 
海がこのまま酸性化していくとどうなるか。最も危惧されていることがサンゴや貝類への影響です [4]。サンゴや貝は炭酸カルシウムで自分の骨格や殻をつくっていまが、海水のpHが中性に近づいていくと骨格や殻を作れなくなります。すると、重要な二酸化炭素の吸収源として働いているこれらの生物が急速に減少し、二酸化炭素が海に吸収されなくなります。それによってまた地球温暖化が加速されるのです。
 
また、海洋での生産性が落ち込むことによって、海洋生態系と食物連鎖に深刻な影響を与えるでしょう。海は二酸化炭素の吸収の役割を果たしていますが、それには生物が関わり、いわゆる生物ポンプによってその役割が維持されています。しかし、海洋酸性化はこの生物ポンプに決定的な打撃を与え、それによって二酸化炭素が吸収されなくなり、さらに酸性化が進むことになるでしょう。その結果、海洋生物は種類・量ともに激減することになるでしょう。
 
それは、私たちの産業(漁業)や食生活にも直接影響する重大な話です。つまり、この先貴重なタンパク源である魚介類を食べられなく可能性が出てくるのです。
 
このように海の温暖化と酸性化というダブルパンチで、海洋生物に重大な負の影響を及ぼし、ポジティヴ・フィードバックが起こる可能性があります。同時に私たちの経済活動や生活にも深刻な影響が出ることは確実です。さらには、究極的には人類の持続的生存も危うくする話につながります。
 
引用文献
 
[1] Hughes, T. P. et al.: Spatial and temporal patterns of mass bleaching of corals in the Anthropocene. Science 359, 80-83 (2018). 
[2] 気象庁「海洋の酸性化」: http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/mar_env/knowledge/oa/acidification.html [3] Clarkson, M. O. et al.: Ocean acidification and the Permo-Triassic mass extinction. Science 348, 229–232 (2015). 
[4] 野尻幸宏:海から貝が消える? 海洋酸性化の危機, 地球環境センター.