Dr. Tairaのブログ

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東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上

2021.07.23: 13:14 更新

今回の東京オリパラ大会は、パンデミックという危難に直面し、1年延期したにもかかわらず第5波流行の中での開催という難しい状況になり、さらに開会直前になって、立て続けのスキャンダルに見舞われています。

東京大会に関わるこれらの問題について、国内外のメディアはこぞって大々的に報道を続けていますが、海外の方がより客観的な内容で報道しているように思えます(図1)。

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図1. 日本のテレビが伝える東京大会の問題に関する海外の報道(2021.07.23. TBS 「ひるおび」より).

今朝の新聞各紙の五輪に関する社説を見ましたが、問題を表面的になぞって批判しながらも、「大会の成功を祈る」的な論調が多いです。一方で海外のメディアはより厳しい目で東京大会を捉えており、日本の歴史的な背景や社会に横たわる構造的問題にまで踏み込んで、記事を発信しています。

その一つが、一昨日(7月21日)、ニューヨーク・タイムズ紙が掲載した東京五輪と広告会社電通との関係についての記事であり、このブログでも紹介しました(→東京五輪を支える見えざる手)。

今日は、米国ワシントン・ポスト紙が、”Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say"というタイトルで、今回の小林賢太郎氏解任に関わる五輪スキャンダルを掲載しています [1]。そこで、このブログ記事でその内容を全訳で紹介したいと思います。

以下、筆者による全訳

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20年以上前の反ユダヤ主義的なジョークが原因で、東京五輪の運営に関わった人物がまたもや解任された。多くの人が差別を無害なものとして感じている日本において、オリンピックが不快な事実を露呈させた最新の事件である。

東京大会は「Unity in Diversity(多様性の中の統一)」というスローガンを掲げており、一方のオリンピック憲章には、あらゆる差別との戦いについて少なくとも6つの項目が盛り込まれている。

そのため、組織委員会は、木曜日、開会式のディレクターである小林賢太郎氏を、大会開催のわずか1日前に解雇せざるを得なくなったという大きな困惑の下にあった。

組織委員会は、日本の伝統的な礼儀正しさやおもてなしの心、犯罪率の低さ、清潔で整然とした街並みなど、日本の優れた点の多くがオリンピックで強調されることを期待していた。しかし、ほとんど男性と高齢者のエリート層で占められている組織メンバーが、大衆の反感を買うような見解を持ち続けていることを、この大会は露呈させた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch、ニューヨーク)のグローバル・イニシアチブ・ディレクターであるミンキー・ワーデン(Minky Worden)氏はメールで次のように述べている。「指摘しなければならないこととして、このような男性リーダーたちの状況は、世界の注目を浴びることなく、あるいはオリンピックの聖火の炎を浴びることもなく、そのような彼らの態度や行動として日本社会で受け入れられていることを表しているということだ」。

組織委員会の前会長である森喜朗氏の「会議で女性がしゃべりすぎていると感じる」という発言から、開会式のクリエイティブディレクターである佐々木宏氏の「オリンピグ」に扮した太った女性の登場提案、そして作曲家の小山田圭吾氏による障害を持つ同級生へのいじめの暴露まで、公表、解雇、謝罪が相次いでいる。

これまでの日本では、このような発言は軽視されていたかもしれない。麻生太郎副総理は、2017年にヒトラーを称賛し、その2年後には日本の少子化を女性のせいにした。どちらの場合も、彼は発言を撤回し、仕事を続けている。

しかし、パンデミックの影響で1年遅れで開催されるオリンピックの準備に世界の注目が集まっているなかで、最近のこれらの論争は、すぐにではないものの、辞任という形に追い込むことになった。

それぞれの問題の前には、ソーシャルメディアでの怒りの嵐があった。その多くは、公式の謝罪が不十分だと感じた日本の若年層が主導したものであり、さらに、世界のメディアからの激しい注目と、オリンピックがもたらす監視とが組み合わさった結果である。

これまでのオリンピックでも論争や汚職のスキャンダルはあったが、東京大会での幹部スタッフ・関係者の入れ替わりは他に類を見ないものだった。

今、支持者が言うことは、日本の文化に永続的な変化をもたらすことができるかどうか、という難しい問題が待ち受けているということだ。

「ここからどうやって前進していくのでしょう? 結局のところ、オリンピックは一瞬の出来事なのです」と、マーク・ブックマン(Mark Bookman)は述べる。彼は、障がい者支援者であり、東京の大学の博士研究員として障がい者政策と活動の歴史を研究している。「大会そのものだけではなく、そのあとの波及効果も重要です。この大会のレガシーは何なのでしょう?」と話した。

今回のスキャンダルは、コメディアン、映画監督、漫画家として活躍する小林氏がホロコーストに言及したジョークを言っている動画が浮上したことから始まった。

小林氏ともう一人の芸人が、紙のバットとボールを使って野球の試合をするという演出を提案した。もう1人の芸人は、切り絵の人型を集めるためにステージの片隅に駆け寄ったと思われるが、ここで小林氏が言った。「ああ、あの時から『ホロコーストごっこをしよう』と言っていたんですね」。

サイモン・ウィーゼンタール・センターSimon Wiesenthal Center)は、このジョークが悪意に満ちた反ユダヤ的なものであるとし、さらに、小林氏が障害者に対して不快な発言をしていたというメディアの報道を引用した。

センターの副学部長兼グローバル・ソーシャル・アクション・ディレクターのラビ・アブラハム・クーパーAbraham Cooper)氏は、声明の中で「どんなにクリエイティブな人でも、ナチスの大虐殺の犠牲者をあざ笑う権利はありません」と述べた。そして「この人物が東京オリンピックに関わることは、600万人のユダヤ人の記憶を侮辱し、パラリンピックを残酷に嘲笑することになります」と述べた。

茂木敏充外務大臣は、小林氏の発言について、「文脈や状況にかかわらず、深く攻撃的であり、容認できません。また、このような発言は、オリンピック・パラリンピックが目指す一体感という価値観や、誰もが調和して暮らせる社会を実現するという我々の目標に完全に反するものです」と述べた。

「日本政府としては、2020年の東京大会がオリンピック・パラリンピック精神を真に表現するものとなるよう、引き続き全力で取り組んでまいります」と茂木大臣は述べている。

セレモニーのすべての要素を統括することになっていた小林氏は、謝罪の声明を発表し、橋本聖子東京2020会長がその声明を読み上げて、更迭を発表した。

「振り返ってみると、人々に笑顔を届けることができず、だからこそ深く考えていなかった」、「しかし、実際には史実をバカにしていたわけで、その後、後悔しています」という彼の言葉が引用されている。

しかし、ワーデン氏(上記)は、一連のスキャンダルは、世界経済フォーラムが発表した最新のジェンダーギャップランキングで120位と、主要先進7カ国の中で最悪の位置にあるこの国の、より深い側面を反映したものだと述べている。

5月、自民党は、性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入を、自民党議員の反対により断念した。保守派の議員の中には、党の会合で、LGBTは「種の保存」に反すると発言した人もいたと報じられ、その無神経さが露呈した。

また、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)は、LGBTの子どもや人々、スポーツ選手に対するいじめの問題を広く取り上げてきた。

「これらのスキャンダルは『単発な出来事』や『悪いリンゴ』ではなく、国に人権を守る基本的なシステムがないことの結果です」、「アジアでは一般的ですが、国の人権機関や委員会はありません」とワーデン氏は書いている。

とはいえ、活動家の中には、近年の日本には進歩の兆しがあり、悪いニュースが続く中で希望の光を見出す人もいる。

障害者政策の歴史家であるブックマン(Bookman)氏は、日本の障害者に対する理解や対応は変化しているが、意識やリソースの面ではまだギャップがあると述べている。

「このような問題は、オリンピックのように、変革を促す何らかの力を持っていたとしても、それがあまりにも早すぎた場合には、顕在化します」とブックマン氏は話す。「これらの問題意識や過去の問題の再燃という点では、一方では......失敗が明るみに出てしまっているということです。しかし、それは必ずしも悪いことではありません」と彼は言う。

さらにブックマン氏は「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドであり、私たちはそれを最後のフロンティアと呼んでいます」、「LGBTQコミュニティに対する多くの差別や偏見が起こっています」と述べている。そして彼は、いろいろな不祥事があっても、東京大会が社会にとって多様性と包容性を知るための強力なエージェントになることに期待を寄せた。

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筆者あとがき

今回のワシントン・ポストの記事は、東京大会のスキャンダルの背景には、日本社会に長年にわたって横たわる、人権、ジェンダー、差別に対する低い問題意識や人道主義、政治の後進性があることを指摘しているように思えます。それは、記事がわざわざ取り上げている、日本の男性上位社会、ジェンダーギャップランキングで120位、自民党による性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入断念、などに表されています。

先のブログ記事でも紹介した「自民党電通がセットになった日本社会の支配」の問題も考え合わせると(→東京五輪を支える見えざる手)、旧態依然の政治体制と社会の意識の問題が、東京大会で露呈したということになるでしょう。

今回の小林賢太郎氏解任の後、開会式をどうするかについて、出席理事全員が開会式中止化か簡素化に賛同したということですが、組織委員会はその要望を聞かず、計画どおりの演出で開会式を行うようです。それについて私は以下のようにツイートしました。

IOCNBC、大会組織委員会などのスークホルダー間の意識の問題はあるとしても、民主的で真っ当な意見を反映させることができない、世界標準からズレた組織委員会の独善性と後進性は根深いと思います。まさに今の菅政権と自民党政治の相似形がそこにあるようです。

そして、「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドである」というブックマン氏の言葉にはあらためてハッとさせられます。多様性を宣っている東京オリパラそのものが、実はLGBTQという性質を排除しているという現実があります。これはLGBTQを公言して参加する選手は多数いるものの、男女どちらかにソートされ、かつ差別的傾向があるということです。たとえば、世界的には、男性から女性に転換した選手を排除しようという動きもアスリート自身にあります。

引用記事

[1] Denyer, S. & Lee, M. Y. H.: Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say. The Washington Post. 2021.07.23. https://www.washingtonpost.com/sports/olympics/2021/07/22/kentaro-kobaysahi-fired-tokyo-olympics-opening-ceremonies/

引用したブログ記事

2021年7月21日 東京五輪を支える見えざる手

              

カテゴリー:社会・時事問題