Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

オスが行う子育て


新聞によれば、自民党萩生田光一幹事長代行が5月27日、宮崎市内での党県連の会合で講演したそうですが、そこで語られたことに少し違和感を抱きました。彼は「0~3歳児の赤ちゃんに『パパとママ、どっちが好きか』と聞けば、どう考えたって『ママがいい』に決まっている」、「ママといっしょにいられる方がいい」と語ったそうです [1]

哺乳類の場合、子供に直接母乳を与えることは母親しかできませんので、これは絶対的です。しかし上記の発言が子育ては母親がやるものという固定概念の上に立ったものだとするならば、生物学的には正しくはありません。メスは子供を産みますが、すべての種においてメスだけが子育てをするとは限らず、オスが育児する例や集団で子育てする例も知られています。

似たような子育ての性的役割分担の話については、以前、埼玉大学名誉教授長谷川三千子氏の新聞記事に対する中部学院大学教授竹ノ下祐二氏の反論にもありました [2]

オスが子育てする例は生物の世界では枚挙にいとまがないですが、いくつか特異な例を哺乳類、鳥類、魚類から挙げてみましょう。霊長類についてはすでに竹之下教授のツイッター上の解説 [2] があります。

南米には、ヨザル(owl monkey, Aotus trivirgatus)というオキマザル科の夜行性のサルが生息しています [3–5](図1)。一夫一婦制(モノガミー、monogamy)のサルですが、子育てのほとんどを父親が担当します。子は生活の大部分において父親の背中の上や腕の中で過ごし、授乳の時だけ母親に移動します。 

父親の育児はヨザルの家族を成立させる大きな要因になっており、父親がいないと子供の生存に大きな影響があるとされています。

イメージ 1
図1. The Owl Monkey Projectのホームページ [4]

同じく南米に生息するクロエリハクチョウCygnus melancoryphus)も一夫一婦制です。この鳥においては、子どもが生まれると父親が1年以上にも亘って背中に乗せたり、傍に付き添いながら世話をします [6]。 

コウテイペンギンAptenodytes forsteri)は「世界でもっとも過酷な子育てをする鳥」と呼ばれることがあります [7]。メスが卵を産むとオスはそれを受け取り、足の上に乗せ、両肢の間のお腹のだぶついた皮で包んで温めます。それを極寒の氷原上で2ヶ月以上も温め続けるのですが、この間は当然ながら絶食状態となります。メスはこの間エサを探して遠出しています。ヒナが生まれたときにメスが戻っていればよいですが、まだ戻ってきていない場合には、オスは食道から分泌した白色のミルクを餌としてヒナに与えて育てます。 

タツノオトシゴタツノオトシゴHippocampus )はテレビのCMでも有名になった海水魚ですが、オスが卵を産むと紹介されています。しかし、これにはちょっとした誤解があって、メスが産んだ卵を稚魚になるまでオスが保護するというのが正しいです。すなわち、オスの腹部には育児嚢(いくじのう)と呼ばれる袋がついており、ここにメスが産卵すると、腹部がまるで妊娠したような膨らんだ状態になります。この"妊娠期間"は2–3週間と言われています。

哺乳類はもともと卵生の生物が進化の過程で卵を保護する成分が乳に変わることによって誕生したとする仮説があり、NHKスペシャルでも放送されていました。そして、母乳を通して子と母親の結びつきが強くなったと解釈されています。しかし、上記のヨザルの例を見ると、授乳のみが母親の役目という中で父親の積極的な子育てがモノガミーを成立させている場合もあるようです。

英国レディング大学の進化生物学者マーク・ペイゲル(Mark Pagel)氏は、ヨザルのようなモノガミーの生活は特定の生態学的条件下で発達すると述べています [4]つまり、ベストファーザー生態学的な必要性から生まれるということです 

人間の場合は、きわめて発達した大脳皮質とともに高度な社会生活を営み、技術を行使するという点でほかの生物と一線を画します。極端に言えば、たとえ母乳がなくても子供は育てられる(授乳は誰でもできる)という特殊な生物です。

現代社会では、人間はあらゆる生物学的価値を非生物学的な貨幣価値に置き換えてしまっています。常に社会との関わりを必要とし、また逆に社会からの選択圧とストレスを受け続けています。貨幣価値としての金を得るためには、育児に専念できない状況も時として要求されます。

すなわち、「育児は母親でなければならない」という古典的通念を通り越して、人間はもはや子育てにおいてもきわめて特殊な生態環境に置かれてしまっているわけです。

その意味で、ヨザルのモノガミーの営みは、私たちの育児を含めて家庭生活のあり方を考える材料の一つを提供してくれるのではないでしょうか。そして、現代の育児の多様なあり方は人間の特殊な生態学的な必要性から出てきているものです。それだからこそ、「育児は母親」とする考えの押し付けがあるとするなら、その生態学的必要性からくる生活を阻害するもの以外の何ものでもないでしょう。


参考文献

1. 朝日新聞DIGITAL: 萩生田氏「赤ちゃんはママがいいに決まっている」2018年5月27日. https://digital.asahi.com/articles/ASL5W4F1ZL5WTNAB00D.html

2. 小川たまか:長谷川三千子氏が唱えた少子化対策の「性的役割分担」にびっくりしました. Yahooニュース 2014年1月29日. https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20140129-00032078/

3. National Geographic: ヨザルが示す愛の神秘. 2013.01.15. http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/7558/

4. National Geographic: ヨザル、動物界のベストファーザー. 2012.06.18. http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/6240/

5. The Owl Monkey Project: https://owlmonkeyproject.wordpress.com/