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高齢者に集団自決を勧めたイェール大教授ーその意味するところは?

カテゴリー:社会・政治・時事問題

2023.02.14更新

はじめに

昨年末のイェール大学経済学部の助教*、成田悠輔氏による「高齢者は集団自決」発言は、世間を騒がせてきました。優生思想にもつながりかねないこの発言は、本人からすれば比喩的なつもりだったとは言え、大いに物議を醸しており、否定的な意見が多く見られます。その一つとして、ジャーナリスト窪田順生氏は、成田氏の発言を批判的に論述しています [1]

そしてNew York Times(NYT)は、成田氏の集団自決発言を記事にしました [2]。記事の見出しは「イェール大学教授が日本の高齢者に集団自決を勧めたーその意味するところは?」であり、 説明書きとしてとして 「成田氏は、主に日本の年齢階層を見直そうとする動きが活発化していることを指摘したのだという。しかし、彼はこの国の最もホットなボタンを押したのだ」というのがあります(下図)。記事では窪田順生氏の見解も出てきます。

このブログで本記事の内容について紹介したいと思います。

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*注米国のassistant professorは日本の助教とは制度的に異なるのでここでは「助教授」と訳す。そもそも文科省がassistant professorを「助教」と訳したのが誤り。

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1. 挑発的発言

NYT記事は、まず、成田氏の発言を「これ以上ないほどドラスティックなものに思える」という文章で始まり、昨年末のネットニュース番組ABEMA Primeでの例の発言を紹介しています。

すなわち、イェール大学経済学部助教授の成田悠輔氏(37)は、インタビューや公の場で、急速に進む日本の高齢化社会にどう対処するかという問題を取り上げていますが、2021年末の当該ネット番組で、次のように述べました。「唯一の解決策はある程度はっきりしているような気がする、結局、高齢者の集団自殺、集団「切腹」ではないか?」。

そして、小学生の男子から集団自決説について聞かれた成田氏は、集まった生徒たちにホラー映画を例にとって説明しました。それは、スウェーデンカルト教団が最古参のメンバーの一人を崖から飛び降り自殺させるという2019年の映画「ミッドソマー」の一場面の生々しい解説でした。

そして成田氏はこのように言っています。「それがいいことなのか、悪いことなのか、答えるにはもっと難しい問題。もし、それが良いと思うのなら、そういう社会を目指して頑張ればいいのではないか?」

記事では、さらに成田氏が安楽死について「将来的に義務化される可能性もある、議論になるはずだ」と、あるインタビューで答えていることを紹介しながら、彼の発言の意図を以下のように記述しています。

成田氏によれば、彼の発言は「文脈から取り出された」ものであり、主にビジネスや政治において、高齢者を指導的地位から追い出して、若い世代のためにそれを空けようという流れが高まっていることを指摘したのだということです。しかし、記事では「安楽死社会保障に関する彼の発言は、日本で最もホットなボタンを押すことになったのだ」と指摘しています。

記事でも書かれていますが、米国では、彼のことは学会でもほとんど知られていません。一方、日本では、その過激な姿勢からソーシャルメディア上で数十万人の若者フォロワーを獲得しています。それは、高齢社会に経済成長を阻まれたと不満を持つ若者の間での人気によるものです。

成田氏について記事はショック・ジョック(過激な発言で聴衆者の怒りを買うようなラジオのディスクジョッキー)のようだと形容しています。すなわち、彼はアイビーリーグ系統を利用したようなカジュアルなジャケット姿で日本のオンライン番組に頻繁に登場しますが、その姿と言動は、オタクっぽいショック・ジョックのような印象を与えていると言うのです。社会的タブーを軽々と破ることで聴衆受けし、熱心なファンを獲得してきた数少ない日本の挑発者であるというわけです。

よく知られているように、彼のキャッチフレーズは「言っちゃいけないと言われたことは、たいてい本当のことだ」です。

記事では、現在の成田氏の本業やサイドワーク、交流ネットワークについても触れています。教育や医療政策に用いられるコンピュータ・アルゴリズムの技術研究が本業である一方、日本では多くのインターネットプラットフォームやテレビに登場し、雑誌の表紙やお笑い番組エナジードリンクの広告に登場するなど、ますます人気が高まっていることを伝えています。

そして、有名な起業家であり、インターネット上で有害アイデアが錯綜するオンライン掲示板「4chan」のオーナーであるひろゆき西村博之)氏や、証券詐欺で服役したこともあるトラッシュトーク起業家、堀江貴文氏といったX世代の「煽動屋たち」とも、よく顔を合わせている、と紹介しています。

記事はこれらを彼の「趣味の領域」というニュアンスで伝えていますが、その境界線を越えた事例としてまたもや成田氏の「切腹」発言を取り上げています。それは、日本の大学院ビジネススクールであるグロービスが主催したパネルで、彼が「皆さんのような人が次々と切腹するような日本社会になれば、それは単なる社会保障政策ではなく、最高の『クールジャパン』政策になる」と語っていたことです。ちなみに、クールジャパンとは、国の文化財をPRする政府の事業のことです。

記事では、成田氏の挑発的発言と並んでいくつかの他者の「高齢者の淘汰」発言や動きが取り上げられています。10年前、当時の財務大臣で、現在は自民党の権力者である麻生太郎氏は、老人は「早く死ね」と発言しました。昨年公開された、早川千絵監督によるディストピア映画「プラン75」は、退職者を政府主催の安楽死に誘う陽気なセールスマンを想像させるものでした。日本の民間伝承では、家族が年老いた親族を山の頂上や森の片隅に運び、死ぬまで放置しておくという姨捨山の風習があります。

2. 挑発発言の波及と批判

成田氏の発言は当然のことながら、多くの知識人やジャーナリストから批判の的になっています。彼の度重なる発言は、すでに危険な思想を広めていると、彼を非難する人たちは述べています。

NYT記事でまず紹介されているのは、社会学者である本田由紀氏(東京大学大学院教育学研究科)の見解です。先月開かれた、学者やジャーナリストが参加するインターネットトークショーのパネルディスカッションで、は、彼の発言を 「弱者に対する憎悪 」と表現しました。

ジャーナリストの窪田順生氏の名前も挙がっています。彼は上記のように成田発言批判の記事を書いていますが [1]、NYTの記事では「成田氏は無責任だ」という窪田氏の見解とともに、「高齢化社会の重荷にパニックになっている人たちは『祖父母を追い出せばいいんだ』と考えるかもしれない」という発言を紹介しています。

さらに、コラムニストの藤崎剛人氏による、ニューズウィーク日本版での、成田氏の発言を「『比喩』として安易に受け取るべきではないという主張が取り上げられています。藤崎氏によれば、成田氏のファンは、「年寄りはもう死ねばいい、社会福祉は削ればいいと思っている人たち」だということです。

成田氏の人気は、公共政策や社会規範を不当に揺るがしかねないという批判的な意見が増えています。記事では日本での少子化、年金債務、高齢者の認知症孤独死などの問題や、政策立案に対する影響にまで触れています。そして政治家による見解を紹介しています。

その一つが、右派政党「日本維新の会」の参議院議員、音喜多駿氏(39)による見解です。音喜多氏は、成田氏の考えは、年金改革や社会福祉の変更について必要とされる政治的対話への扉を開くものだとしており、「高齢者が年金をもらいすぎていて、若者は裕福な老人まで支えているという批判がある」と述べたことを伝えています。一方で、成田氏が高齢化社会の重荷を強調するだけで、その重荷を軽減する現実的な政策を提案していない、との批判も紹介しています。

記事では、先の大戦の例まで出しながら、その影響を論じています。すなわち、成田氏の言葉、特に「集団自殺」に言及することは、日本が第二次世界大戦中に若者を神風特攻隊員として死地に送ったことや、日本兵が沖縄で何千もの民間人に降伏ではなく自殺を命じたことなどの歴史的事実に対する過敏な反応を呼び起こすことになる、としています。

さらに記事は、優生保護法安楽死についての批評家の心配について言及しています。日本は1948年に優生保護法を可決させ、その下で医師が知的障害、精神疾患、遺伝的障害を持つ何千人もの人々を強制的に不妊化させましたが、成田氏の発言が、それと似た感情を呼び起こすのではないかという懸念です。記事は例として、2016年に起きた東京郊外のケアホームでの19人殺害事件を挙げています。この事件は、障害者は安楽死させるべきだと考えた男が起こしたものです。

安楽死については、成田氏の経験談を記事は紹介しています。彼は、19歳の時に母親が動脈瘤を患ったことを公の場で語り、保険や政府の融資を受けても、母親の介護に毎月10万円(つまり約760ドル)の費用がかかることを説明しました。その上で、安楽死の強制的な実践に言及しています。

日本では、国民の過半数が任意の安楽死の合法化を支持しているとの調査結果もありますが、このような安楽死を合法化している国はありません。記事では、安楽死を合法化している国はどこも「本人が自ら望んだ場合のみ許可している」という東京都市大学の山本史華教授(人文・社会科学系、哲学)の言述が紹介されています。

さらに、コネティカット大学の歴史学者で近代日本を研究しているアレクシス・ダデン(Alexis Dudden)氏の見解が紹介されています。ダデン氏は「成田氏は、デイケアへのアクセス改善、女性の労働力への幅広い参加、移民の幅広い受け入れなど、役に立つ戦略に焦点を当てていない」、「それらは実際に日本社会を活性化させるかもしれない」と述べています。

3. 成田氏と大学の反応

成田氏は、NYTの電子メールによる質問への回答で、「主に、政治、伝統産業、メディア・芸能・ジャーナリズムの世界で、同じ大物が長年にわたって支配し続けている日本の現象に関心を持っている」と述べています。「集団自決」「集団切腹」という表現は、「抽象的な比喩 」であるとも答えています。とはいえ、当該発言についてはさすがに反省もあるようで、記事は以下のような成田氏の弁を紹介しています。

しかし、「潜在的なネガティブな意味合いについて、もっと注意深くあるべきでした」と彼は付け加えた。「自省して、昨年からこの言葉を使うのをやめました」。

成田氏はNYTに対するメール回答で、「安楽死(任意か非自発か)は複雑で微妙な問題」 と述べています。そして「私はその導入を提唱しているわけではない 」、「もっと広く議論されるべきだ」と付け加えています。

成田氏の件について、NYTはイェール大学にコメントを求めましたが、トニー・スミス(Tony Smith)経済学部長も大学の広報担当者も答えてくれなかったと記事に書いています。

記事では、最後に成田氏の指導教員の一人の見解を載せています(以下引用)。

ノーベル経済学賞を受賞し、マサチューセッツ工科大学で成田氏の指導教員の一人だったジョシュ・アングリスト(Josh Angrist)博士は、かつての教え子が 「オフビートなユーモア感覚 」を持つ「才能ある学者」であると述べた。アングリスト氏は、「私は、ユースケが学者として非常に有望なキャリアを続けるのを見たいのです。私が一番心配するのは、彼が他のことに気を取られていることで、それはちょっと残念です」。

記事の内容は以上です。

筆者あとがき

個人的に成田氏のことを一言で表せば「ナイーヴ」でしょう。まともな専門家は、自分の専門に関しては発言を間違うことは、まずありませんが、専門周辺やちょっと離れたところになると、心の奥底にあった本音の部分が、たとえそれが間違いであったりあやふやなことであったとしても、つい口をついて出てくることがあります。ましてや、今回の件は、ABEMA Primeというネット番組の場で、気楽に発言できる雰囲気もあったのでしょう。

経験値があれば、発言には気をつけることもあるのでしょうが、フォロワーの多さや賛同に気が緩んでいるのか、はたまた社会をとらえる能力に問題があるのかわかりませんが、アカデミアに所属する身分としては優生思想まがいのことを述べるのは御法度であったと思います。

若年者 vs 高齢者という二項対立でものを言っていることも想像力の欠如と言えましょう。エイジングは避けられないものであり、今日の若者も明日になれば1日歳をとるのです。そして一歩ずつ高齢者に持病持ちに近づいていくという連続線上に自らの存在があることを自覚しなければなりません。高齢者を自決という言葉で否定することは明日の自分を否定することにもなるのです。高齢者としての親や祖先を否定することは、直接的な子系統である自らの存在を消してしまうことにもなります。

成田氏の自論である「言っちゃいけないと言われたことは、たいてい本当のことだ」は、「たいてい」という形容がついているように逆に「言ってはいけない」こともあるのです。彼の今回の発言は、その部分に触れてしまったということでしょう。

上記記事の中にある「潜在的なネガティブな意味合いについて、もっと注意深くあるべきでした」、「自省して、昨年からこの言葉を使うのをやめました」という彼自身の答えは、その言ってはいけないことを、他者からの批判によって初めて自覚したという証明に他なりません。

記事の最後にありますが、イェール大学当局は成田氏について公に発言することについて困惑しているのでしょう。責任逃れのようにも思えます。ジョシュ・アングリスト氏による、成田氏が「才能ある学者」であるということと、人としての成熟度や持ち合わす叡智の幅は別の問題です。そして、アングリスト氏が心配するように、研究者は研究に専念しないと研究者を続けられません。ましてや学者にもなれません。

2023.02.14追伸:日本のメディア・ジャーナルもNYTの記事を引用して論評していましたので、その一つとしてFLASHの記事 [3] を挙げておきます。

引用記事

[1] 窪田順生: 成田悠輔氏「高齢者は集団自決」発言を“例え話”と笑っていられない理由. 2023.01.19. https://diamond.jp/articles/-/316289

[2] Rich, M. and Hida, H.: A Yale Professor Suggested Mass Suicide for Old People in Japan. What Did He Mean? New York Times, Feb. 12, 2023. https://www.nytimes.com/2023/02/12/world/asia/japan-elderly-mass-suicide.html?smid=tw-nytimes&smtyp=cur

[3] FLASH: 成田悠輔「高齢者は集団自決した方がいい」NYタイムズが発言報じて世界的大炎上「この上ないほど過激」Yahoo Japan ニュース. 2023.02.14. https://news.yahoo.co.jp/articles/5d379d33d4672343ffe0adad5f67c54b9a93db27