Dr. Tairaのブログ

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都市公園の植栽管理を考える-2

私は昆虫の定点観察として都市公園を対象の一つにしています。それゆえ公園内の植栽、樹木の剪定・伐採、下草の刈り込み、落葉の除去などの管理状況を見る機会がたくさんあるのですが、その度にその管理法に疑問が湧いてきます。市による公園管理の名目と実際とのギャップに関する疑問です。エノキの伐採については前回記したとおりです(ブログ記事エノキの伐採)。
 
都市公園には様々な機能があり、主なものとして地域コミュニティーの憩いの場であると同時に、スポーツ・レクリエーションの場としての利用、防災機能、ヒートアイランド現象の緩和、景観形成などがあります。
 
そこで、まずは私が住む街の公園の管理ガイドラインというものをダウンロードして読んでみました。そしたら、以下の4つの機能が目標として掲げられていました。
 
1) 環境保全:人と自然が共生する都市環境の形成に寄与 
2) 景観形成:生物の多様性を育み、四季の変化に伴う美しい景観を形成 
3) 防災:災害時の避難地、救援活動の拠点として都市防災性の確保に寄与 
4) レクリエーション:都市住民の多様な余暇活動や健康増進活動を支える場を提供
 
また、公園の規模として地域公園、近隣公園、および街区公園という3つの区分けがなされていました。

●地域(地区)公園:基準規模 4 ha
●近隣公園:基準規模 2 ha
●街区公園:小規模面積 

 
上記の4つの機能と目標は容易に理解できる内容であり、都市公園の規模によってそのバランスを考慮しながら管理をしていくという方針もうなづけます。しかしながら、1)の人と自然の共生2)の生物多様性云々のところは少し違和感をもちました。なぜなら、このような目標に向けて公園が管理されているとはとても思えないからです。
 
私の街の典型的な公園(地域公園)の様子を写真1に示します。公園全体をツツジやアベリアなどの低木の植栽でぐるっと囲み、その内側に常緑樹が植えられているという、判で押したような造園形態の公園です。下草はきれいに刈られ、落葉も定期的に清掃除去されています。
 
イメージ 1
写真1
 
そもそも日本の都市公園の多くは自然とは異なります。多くの人は公園には自然があると感じているかもしれませんが、そこには自然はありません。端的に言えば人工的な造形の概念を基礎にした造園環境であり、したがって、人と自然の共生という言葉は相応しくありません。さらに、極論すれば生物多様性という言葉もいささか的外れです。
 
上記のガイドラインには「植栽」について次のような記述がありました。

●公園の緑は生物の生息環境の形成、ヒートアイランド現象の緩和など、都市の環境改善に重要な役割を担う
●老齢化している植栽については更新を図るなどし、快適な緑の空間を作っていくことが必要
●植栽を更新する際には、維持・管理面にも配慮しつつ、四季の移ろいを感じられる樹種の選定が必要

 
すなわち、「人と自然との共生」と言いながら、あくまでも人工的な植栽を前提としており、人の手で樹木を伐採したり植えていくという方針になっています。人工的な植栽を前提とし、それを維持管理していく以上自然という要素はありません。
 
また「公園の重要な役割の一つであるやすらぎやくつろぎの場として地域の人が集まり憩える空間となるよう、然環境を保全し、そのために適切な樹木管理を行う」との記述もありました。「自然環境を保全し..」とありますが、公園は元々自然環境ではありませんし、適切な樹木管理も植栽管理の意味に聞こえます。
 
写真2は、よくある公園内の風景です。樹木が植えられて育っている空間ではありますが、下草はまったくなく、落葉さえもきれいに除去されています。このような空間は何を目的にして作られているのでしょうか。少なくとも自然環境や生物多様性の方向性とは程遠い風景です。

私は写真2のような公園の風景を「緑の砂漠」と呼んでいます。下草がすっかり刈り取られた砂漠のような土の上に樹木がモニュメントのように生えている光景です。樹木はありますが生物の匂いがしない公園です。もはやこのエリアの目的がわからない状況になっています。
 
イメージ 2
写真2
 
さらに、市のガイドラインでは、●自然環境に配慮した公園化●生物生息生育環境の質の向上●地域の生活・文化を伝える自然環境の再生●多様な主体の参画、などのフレーズが並びます。これを受けて、「生物相を単純化させることなく、生物の生息生育環境としての質を向上させ、多様な生物が生息する生態系を作り出すため、公園内の一部に小規模でもビオトープ等を整備するなど配慮する」とありました。
 
しかしながら「多様な生物が生息するようにビオトープを作る」という発想はいささか筋違いでしょう。
 
市が本当に自然との共生、生物多様性などの名目どおりに公園づくりを目指すなら、植栽管理のあり方を根本的に変えなければならないと思います。まず自然という概念は、人の手の加わらない自然現象を尊重するところから始まります。
 
公園の造園としての初期設定を行ったら、あとはゾーニングの考え方で自然に任せる区域を設け、公園を自然に進化させていく必要があると考えます。つまり、鳥や風などが運んでくる零れタネを基にして自然に生えてくる草木がたくさんありますが、ゾーニング区域においてそれらを適宜選定しながら、周りの環境やその土地の気候に合わせて残していく方法です。植栽の更新は限りなく最低限にし、自然の息吹を優先する公園の育成です。

私は公園内に零れたタネで自然に生えてきたエノキ、ケヤキ、コブシ、ネズミモチなどの様々な幼木が定期的に伐採されるところを何度も見てきました。しかし、人工的な植栽以外は許さないとも言えるような公園管理のあり方や、すべてに手を加えることが公園整備であるという考え方は、上記の目標とは相容れないものです。
 
もとより日本の都市公園のあり方で悪いところはゾーニングをせずにプレイグランド、緑の憩いの場、文化施設などをごちゃ混ぜにして作ることです。公園の中心が広い土のグランドという作りはありふれた光景としてあります。そこで野球やサッカーの試合が行われていたらもはやお年寄りはゆっくりと散歩もできません。
 
少なくとも地域公園レベル以上の規模においてはゾーニングにより、このような自然に任せたエリアで散策を楽しめるようにするというやり方はあるのではないでしょうか。そのことにより公園ごとの特徴が生まれ、公園の多様性も育まれていくと考えます。