Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

虫を通じた教育


私はこの20年間、小中高生や親子を対象とした環境や生物の体験学習のボランティア活動を行なってきました。たとえば、大学でも使うような最新の実験道具を携えての河川の水質分析、生ゴミ処理器の作成と実践、外来生物の探索、昆虫の野外観察などがあります。

このような活動の中で、もう7、8年前のことになりますが、私が体験した、子供と大人の行動に関するちょっとショックな出来事がありました。

あるバス停でバスを待っていると、通りを隔てたところに、きれいにヴィオラ(Viola)の花を咲かせたプランターがズラーっと並んでいるのが目に入りました。それを囲んで、親子と思われる数人の大人と子供が談笑していました。

彼らは、ヴィオラの花を鑑賞していたようでしたが、やがて「きゃーっ」「気持ち悪い」という声が聞こえたかと思うと、子供たちが一斉に手や枯れ木のようなもので、ヴィオラを叩き始めました。

何事かと思ったら、どうやらツマグロヒョウモンの幼虫がヴィオラについていたようで、その黒い様相から気持ち悪いと思ったらしく、叩き落としていたわけです。ショックだったのは、続いて「踏み潰しなさい」という母親らしき大人の声が聞こえたことです。子供たちは一斉に幼虫を踏み潰したり、枯れ木で叩いたりしていました。別の母親は家から殺虫スプレーをもってきて、シューシューかけ始めました。

私は急いで通りを渡り、その輪の中に入り、踏み潰すことを一時止めさせ、それらがツマグロヒョウモンの幼虫であることを説明しました。が、残念ながら、彼らはツマグロヒョウモンを知りませんでしたし、チョウにも興味もなさそうでした。

それどころか、「何ですかあなたは?」、「余計なお世話をしないでくれ」風の、逆ギレの言葉を浴びせられました。子供たちは遠巻きに見ていましたが、どう思ったでしょうか。花をきれいに咲かせている人たちでさえこうですから、一般の人に対する「虫の意味の伝え方」のむずかしさを一層感じた瞬間でした。

それから、しばらくして「ジャポニカ学習帳」のシリーズの表紙から、昆虫の写真が消えることを聞きました。その際、先のツマグロヒョウモン幼虫事件を思い出しました。先日、国立科学博物館の昆虫展を訪れた際もhttps://blogs.yahoo.co.jp/rplelegans130/16396578.html)、歴代のジャポニカ学習帳を並べた展示がありましたが、途中から昆虫の写真がなくなっていることを直に確かめることができました。

一方で、今年の夏、書店で小学館出版の新刊図鑑「イモムシとケムシ」が並んでいるのを見つけました(写真1)。パラパラページをめくってみたら、これがなかなかの力作で、子供向けとしては「よくぞこれだけの幼虫の写真を集めたものだ」と感心しました。2,000円+消費税を払ってすぐに買って帰りました。

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写真1

書店の方に訊いてみたら、親子連れもけっこう買って行くということだったので、上記の昆虫展での盛況といい、世の中にはイモムシや毛虫を含めた昆虫に興味をもつ子供が多いということを再認識しました。

思うに、テクノロジーが発達し、インターネット時代になって、親子でも極端に人工物や清潔感を好む人たちと、昔ながらに自然に触れ合うことを大事にする人たちが、より一層両極端に分かれて存在しているような気がします。親が虫を毛嫌いすれば当然子供もそうなるでしょうし、逆もまた然りということになります。

現在、小中学校の理科や生物の授業では、昆虫はどのように教えられているのでしょうか。地球上に存在する生物の中で、最も生物量として多いのは植物と原核生物ですが、文献上に記載されている種の数としては圧倒的に昆虫が多い事実があることは、学校では教えられていないかもしれません。

図1上は、"Species Scape"としてウェブ上報告されている絵で、各生物群の種の数をその群の代表的な種の体の大きさで示したものです。図に示すように、ハエが大きく描かれていますので、昆虫の種類が最も多いということになります。

具体的には、文献上の全生物の記載種は約200万種で、この半分を昆虫の種が占めます(図1下)。ちなみに、ヒトが属する哺乳類の種の数は、昆虫のそれに比べればわずか0.6%にしかすぎません。

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図1. 各生物群の種の数を個体の大きさで示す"Species Scape"

このように、地球に存在する生物種は昆虫が最も多いわけで、私たちは好むと、好まざるとに関わらず、昆虫と共存していかなければなりません。昆虫の中には益虫もいれば、農業や健康に被害を与えるような害虫もいます。それ以前に、種の数から見て、昆虫は地球の生態系の中で極めて重要な役割を担っている生物です。地球温暖化や環境変動の指標になる昆虫もいます。

私たちは、さまざまな教育の機会を通じて、昆虫に対する正しい情報を得ながら、将来へ向けた人類の集団的生存の道標とすべきと考えます。