Dr. Tairaのブログ

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有馬温泉と鉄細菌

前のページで炭酸水の効能(https://blogs.yahoo.co.jp/rplelegans130/16327041.html)を紹介しましたが、日本には炭酸泉と呼ばれる温泉や水環境がたくさんあります。炭酸泉で有名な場所の一つが兵庫県神戸市にある有馬温泉です(写真1)。日本三大古湯の一つとして知られています。
 
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写真1
 
有馬温泉の炭酸泉を見るには、温泉街を抜けたところにある炭酸泉源公園に行くのが簡単です(写真2)。
 
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写真2
 
公園には炭酸泉源を説明するパネルが掲げてあります(写真3)。炭酸せんべいという文字が見えますが、温泉街には炭酸せんべいというお菓子が名物の一つとして売られています。さっぱりとしたなかなか美味しいせんべいです。
 
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写真3
 
写真4は炭酸泉源を見たところです。炭酸泉が下からブクブクと湧き上がり、泡立った様子が見られます。この泉源自体の水は温かいということはなく、20℃を下回る温度です。有馬温泉では炭酸泉は銀泉と呼ばれており、この温泉の組合で商標登録されています。
 
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写真4
 
温泉街の中心には有馬温泉の歴史を記した掲示板があります(写真5)。豊臣秀吉が湯治のために度々訪れたことが記してあります。
 
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写真5
 
銀泉と比較されるのが鉄分を多く含む金泉です(これも商標登録)。むしろ、温泉街では金泉が目立ちます。金の湯と呼ばれる大衆浴場があり(写真6)、文字通り、湯が金色(鉄色)をしています。
 
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写真6
 
写真7は、金泉の泉源の一つである天神泉源です。
 
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写真7
 
温泉街では、泉源から流れ出したお湯を通す側溝があちらこちらに見られ、コンクリートが金色や赤茶けた色に変色しています(写真8, 9)。
 
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写真8
 
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写真9
 
ところどころ、鉄の沈着物が厚くこびりついている様子が見られます(写真10)。
 
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写真10
 
私は以前から、有馬温泉には鉄が豊富に含まれるため、鉄細菌もたくさんいるのではないかと予想していました。鉄細菌とは、二価鉄イオンを三価鉄イオンに酸化したとき取り出した電子の流れを利用してエネルギーを生成し、炭素(二酸化炭素)固定を行う細菌です。正確には鉄酸化細菌と言います。
 
鉄細菌は、水中の鉄イオンを酸化する結果、菌体の周辺に水酸化鉄を多量に沈着します。それが重なってくると、私たちの目には赤錆のように見えてきます。トンネル内などで壁を伝って水が垂れているところに、赤錆のように変色している部分を見ることがありますが、それが鉄細菌による水酸化鉄の沈着です。
 
私は、有馬温泉には鉄細菌が豊富にいるに違いないという予想のもとに、いろいろと先行研究の文献を探してみたのですが、探し出すことができませんでした。そこで5年前に、自ら鉄細菌の調査を行いました。

写真10に見られるような赤い沈殿物を採取し、すぐに大学の研究室に持ち帰って、まず顕微鏡で観察しました。
 
図1は、赤い沈殿物を位相差顕微鏡で見た画像(左)と、それをSYBR GreenというDNA染色剤で染めたときの重ね合わせ画像(右)を示したものです。すなわち、細胞(DNA)があれば、緑色の蛍光粒子として見えます。図1右に見られるように、赤い沈殿物に埋没するかのように、緑色に光る細胞がたくさん存在することがわかりました。
 
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図1. 有馬温泉の側溝から採取した鉄沈着物の位相差顕微鏡写真(左)およびSYBR Greenで染色した同視野の写真(位相差と蛍光画像の重ね合わせ、右)
 
鉄沈着物の中に微生物が存在していることがわかったので、実際に培養分離を試みました。試行錯誤の上、図2左に示すような集積培養物が得られ、2ヶ月後に図2右に示すようないくつかの純粋培養株が得られました。
 
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図2. 有馬温泉試料から得られた鉄細菌の集積培養(左)および純粋培養株(右)の位相差顕微鏡画像
 
分離株は、カーヴ状の細胞形態を有するもの(図3左)とスパイラルの細胞形態をもつもの(図3右)に大別されました。
 
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図2. 有馬温泉試料から分離された鉄細菌の走査型電子顕微鏡画像
 
鉄細菌としては、これまでレプトスリックス属(Leptothrix)やガリオネラ属(Gallionella)などの菌種が知られていますが、ゲノム解析の結果、図2に示す細菌はいずれも新規の鉄細菌ということがわかりました。
 
残念ながら、事故で上記の分離株は失われてしまったため、学術論文としての発表には至っていませんが、有馬温泉に行けばいつでも採れると思いますので、追試・再現はそれほどむずかしくはないと思います。
            
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