Dr. Tairaのブログ

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食料自給率と食料危機


はじめに

国の食料自給率の増減は、私たちの食生活や経済と直結する問題です。戦後驚異的な復興を果たした日本は、食料自給率の上でも1970年には70%を超える1次産業の発展を遂げました。しかし、国の減反政策をはじめとするさまざまな農業政策の失敗とグローバル化に伴う経済・産業構造の変化が加わり、食料自給率は年を追って下がりつつあります。この記事で、食料自給率と食料危機について少し考えてみたいと思います。


1. 食料自給率の現状

総合食料自給率は、熱量で換算するカロリーベースと金額で換算する生産額ベースがあり、日本ではどちらとも長期的に低下傾向です [1](図1)。カロリーベースでは
2016年度で38%しかなく、統計データがある先進国13カ国の中でも最低です(図2)。アメリカ、カナダ、フランス、オーストラリアではカロリーベースで100%を越えていて、食料輸出国になっています。

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図1. 日本の食料自給率の経年変化(文献1より)


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図2. 2016年度における日本と各国の食料自給率の比較(文献1より)


2. カロリーベースト生産額ベースの意味

カロリーベースでの低い食料自給率に対してしばしば指摘されることは、自給率は生産額ベースで議論すべきだということがあります。確かに生産額ベースで食料自給率を算出すると日本は68%とぐんと高くなり、EU諸国と遜色なくなります(図2)。

しかしながら、生産額ベースの食料自給率は生物学的には意味がありません。なぜなら、1日に必要とされる2,000 kcal分の食料が100円に相当しようが、1,000円分の生産価値をもっていようが関係なく、生きるためには2,000 kcalを摂ることが必要であるからです。

人間はお金がなくても食料があれば生きられますが、逆にお金がどれほどあっても食料(=カロリー源)がなければ生きられません。つまり、生産額ベースの食料自給率がたとえ100%であっても、それは生きるための食料が足りていることを意味しないのです。人間の生物学的事情は、有史以前と現在の貨幣経済の時代を比べてもちっとも変わっていません。

本当の意味での、私たちが生存するのための食料自衛戦略は、経済的観点ではなく、いかに生物学的に必要な食料を確保するかという危機管理を基本に練られるべきです。諸外国のとくに輸出国は生産額ベースで自給率を出していますが、当然この基本をふまえた上でのことです


3. 食品ロスと食料危機

消費者庁によれば、日本が国内外で調達した食糧は年間8,400万トンですが、このうち年間の食品廃棄量は約1,700万トンです [2]。さらにこの中で食べられるのに捨てられている分、いわゆる「食品ロス」は年間約500万~800万トンと試算されています。ここに廃棄してまでも輸入する日本の食料の実態が現れています。この食品ロスの国内生産分を補正すれば自給率が少し変わりますが、根本的に引き上げるところまでには達しません。

一方、地球規模では食糧危機が叫ばれています。世界の食料生産量の1/3に当たる年間約13億トンが廃棄される一方で、アフリカの開発途上国を中心に世界人口の約8人に1人が栄養不足の状態にあります。すなわち、現在の食料危機は食料分配の不均衡に由来する危機を指しています。

世界的にみると、農業は、農地の集約と精密農業の組み合わせで実現する大規模農業にシフトしています。また局地的には植物工場での高付加価値をもつ農産物の生産も進んでいます。これらを繋ぐサプライチェーンの活用は、生産者と消費者との間のより効果的な流通とグローバルな分配を技術的には可能とします。

しかし、生物学的事情よりも儲かることを前提とする資本主義の下では、世界的な食料の格差および分配の不均衡は相変わらず解消されないでしょう。つまり、儲かるならばたとえ食品ロスがあってもそれが是正されることはないし、儲からなければ飢餓地域には食料は行き届かないでしょう。


4. 地球規模での食料危機

より深刻な食料危機は分配の不均衡ではなく、文字通り食料そのものが世界的に足りない事態になることです。気候変動や地球温暖化の進行は、作物への温度ストレスや病害虫の増加などの負の効果として現在の食料生産地図を一変させる可能性があります。今まで成立していた農業の生産や形態が通用しなくなり、大幅な減産、飢饉、農業経済の破綻などが突然訪れるかもしれません。

農業だけではありません。現在、海洋は温暖化と酸性化が急速に進行しつつあり、二酸化炭素の主吸収源としての働きも低下する可能性が指摘されています。その結果大規模な生態系の変化を引き起こし、魚介類が獲れなくなる可能性もあります。


おわりに

国の自衛政策の中で食料は最も重要な戦略物資の一つです。しばしば聞かれることとして食料自給率は意味がないという意見もありますが、食料自衛の観点からはいささかナイーヴな考えでしょう。食料不足になれば輸出国は保護主義に傾きます。最も困るのが日本のようなカロリーベースでの自給率の低い国であり、原材料の輸入に頼る食品加工産業や飼料輸入に頼る畜産業は破綻する可能性があります。

国の自衛と食料戦略は、まず生物学的な考え方を基本とする必要があります。


参考文献


2. 消費者庁平成26年版消費者白書:第1部 消費者行動・意識と消費者問題の現状」http://www.caa.go.jp/information/hakusyo/2014/honbun_1_1_3_1.html