Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

盛り上がらないワールドカップ?

カテゴリー:社会・政治・時事問題

2022.11.24更新

はじめに

FIFAワールドカップ(WC)カタール2022が始まりました。試合のみならず、テレビのニュース画面に映し出される各国のサポーターの熱狂的な姿を見るにつけ、現場の興奮が伝わってきます。私は、20年前の日韓WCの際、東京からの新幹線の車中で、ほぼ一両全部を占領したアイルランドのサポーターたちに囲まれ、"Let's have a blast!"と声をかけられてその中に引きずり込まれたことを思い出します。

日本の初戦はドイツが相手です。日本時間で今夜(現地時間16時)開催されます。強豪相手にどんな戦いになるのか興味があるところです。私はドイツの友人に「お互い健闘を祈ろう」とメールしました。ところが、彼からの返事は「ちっとも盛り上がっていないよ」というものでした。

ドイツでは反WCの運動が起きているそうで、テレビ中継の観戦ボイコットが広がっているとのことです。フランスでもパブリックビューイング設置の中止が決定されています。英国では開会式の中継がなされませんでした。やはりそうなのかという思いがしました。日本でもカタールの人権問題などはチラッと報道はされていましたが [1]、テレビの盛り上がり方はそれを完全にかき消しています。盛り上がりは今夜ピークに達するでしょう。

日本での盛り上がりの前に、サッカーに盛り上がらない?反WCあるいはカタール批判をおさらいしたいと思います。これは、開催国であるカタールの人権問題、差別、環境問題などに関わることです。

1.カタールWCの何が問題か

カタールWCの動きの発端は、昨年2月のガーディアン紙の記事 [2] になります。ガーディアンは、カタールが10年前にWC開催の権利を獲得して以来、インド、ネパール、パキスタンバングラデシュスリランカからの移民労働者が6500人亡くなっている事実を報道しました。これをWC開催に関わる人権問題として報じたのです。

この数字自体は、いろいろ変動していて、様々な引用のされ方をしていますが、一様にカタールのWC開催は労働環境と人権について問題があるという捉え方がされています。そもそもカタール専制主義国家であり、全人口1割の自国民に対して9割の外国人の労働奉仕で成り立っている国です。労働差別とともにイスラム教に根付く男女差別や性的少数者差別もあります。天然ガスの輸出で得た外貨と莫大な儲けで、国民の非課税や教育、医療費無料というシステムをつくりあげ、国民への還元というバランスで成り立っている国です。

今回の批判の主なものは、WC開催に関わる建設やインフラ整備で移民労働者が劣悪な環境におかれ、多数死亡していること、LGBTQ+に対して差別があること、サッカー競技場に化石燃料を使って冷房を施すなど環境負荷の点で問題があること、などです。WC開催に対する抗議や批判はいろいろな形で現れています。

先日、FCバイエルンの公式アカウントは、ファンによる「5760分のサッカーための15000人の死、恥を知れ」という抗議があることをツイートで紹介していました。

WCが始まってからも現場で抗議、反差別の動きは出ています。ハリファインターナショナルスタジアムで行なわれたイングランドーイランの試合では、試合前、イングランドの選手は片膝をついて人種差別に抗議の意思を示しました。イランの選手は国歌を斉唱しませんでした。国内での反スカーフデモに連携したものと思われます。

ドイツやイングランドなどの欧州7ヶ国のチームは、性的少数者差別への反対を示す腕章を付けて試合に臨むことを表明しました。しかし、FIFAはこれを処分の対象とするという警告を出したことを受けて、当該国は腕章を付けることを断念しました。

これらの反差別の動きについては、今朝のテレビ朝日「モーニングショー」でも伝えていました。

2. ファクトチェック

ドイツ放送協会(Deutsche Welle, DW)は、反カタールWCの主張や根拠とされている様々な数字についてファクトチェックを行なっています 。冷静かつ客観的に分析されていると思いますので、ここでそれを紹介したいと思います。原文はドイツ語でしたが、英文訳がウェブにアップされていましたので(下図[3]、それを翻訳して紹介します。

以下翻訳文です。

             

カタールが2022年WCの開催権を獲得して以来、外国人労働者の待遇や人的コストを巡って議論が起きている。カタールのWC用建設現場で何人の労働者が死亡したか、さまざまな推定がなされているが、本当の数字を把握することは困難である。

このファクトチェックでは、FIFAカタール当局、人権団体、メディアが発表した数値のうち、一貫して事実とされるもの、誤解を招くもの、あるいは虚偽とされるものを取り上げている。筆者らは、これらの数字が、カタールでの移民労働者の我慢や苦しみについて、漠然とした印象しか伝えていないことを認識している。

主張:カタールでのワールドカップは、6500人、いや1万5000人もの出稼ぎ労働者の命を奪った

DWのファクトチェック: 誤り

カタールWCに関連して、15,021人の移民労働者が死亡したということが広く報道されているが、この数字は2021年のアムネスティ・インターナショナルの報告書に由来するものである。同様に広く報道されているのが、2021年2月にガーディアン紙が最初に発表した6,500人という数字である。

これらの数字は、報道以来、当該主張の裏付けとして何度も使われてきたが、アムネスティ・インターナショナルもガーディアンも、これらの人々がすべてスタジアムの建設現場で死亡したと主張したことはない。実際、2022年WCという明確な文脈の中でさえ、死亡したと主張したこともない。どちらの数字も、過去10年間にカタールで死亡した様々な国籍と職業の非カタール人を指しているに過ぎない。

アムネスティ・インターナショナルが引用した15,021人という数字は、カタール当局の公式統計から得たものである。これは、2010年から2019年の間に同国で死亡した外国人の数を指している。2011年から2020年の間は15,799人である。

●1万5千人の死者-ワールドカップのためだけではない

この中には、WC関連事業に従事した、あるいは従事していなかった、資格のない建設労働者、警備員、庭師だけでなく、外国人教師、医者、エンジニア、その他のビジネスパーソンも含まれている。ネパールやバングラデシュなどの発展途上国から来た人もいれば、中所得国や高所得国から来た人もいる。カタールの統計では、これ以上の詳細な内訳はわからない。

ガーディアン紙では、ジャーナリストのピート・パティソン(Pete Pattisson)とそのチームが、バングラデシュ、インド、ネパール、パキスタンスリランカ政府からの公式統計に基づいて、6751人という総計を算出した。

カタールはどちらの数字も否定していない。実際、ガーディアンの取材に対し、同国の政府広報室は次のように述べている。「人命が失われるたびに気になりますが、これらのコミュニティの死亡率は、人口の規模や人口統計から予想される範囲内です」。

しかし、それは本当なのだろうか?

主張:"これらのコミュニティーの死亡率は、人口の大きさと人口統計学的に予想される範囲内である。"

DWのファクトチェック :誤解を招く表現(misreading)

カタール政府によると、200万人のうち年間1,500人が死亡するのが通常の平均的な死亡率である。まず、世界保健機関(WHO)によると、カタールの移民労働者の一般的な死亡率は、彼らの自国よりも低いということを明記しておく。

カタールにおける移民労働者の一般的な死亡率は、彼らの母国よりも低い。実際、カタール国民の死亡率でさえ、カタールの移民労働者の死亡率より高いのである。しかし、カタールの移民労働者は母国やカタールの一般人口を代表しているわけではないので、このような数字は誤解を招きかねない。

カタールに入国した移民労働者は、基本的に健康である

たとえば、死亡率が最も高い人口集団は子供と高齢者であるが、移民労働者の中でのその割合は、明らかにどの国の一般人口における割合とも比較にならない。さらに、カタールで働く移民労働者は、その経歴や職業が何であれ、一般に健康な人々である。カタールのビザ取得の条件として、AIDS/HIV、B型およびC型肝炎、梅毒、結核などの感染症にかかった潜在的申請者は除外される。ビザ取得には、あらゆるメディカルチェックにパスしなければならないのだ。

また、このような統計には、帰国後に亡くなる出稼ぎ労働者は含まれていない。たとえばネパールでは、過去10年間に20〜50歳の男性で腎不全による死亡例が大幅に増加した。それらの多くが中東での労働から帰国したばかりの20〜50歳の男性である。

この原因として、湾岸気候の中での重労働に加え、被災者が報告しているように飲料水の量と質が低いことだろうと、ネパールの健康専門家は考えている。

主張:ワールドカップ・スタジアム建設現場での作業関連死は3件のみ

DWのファクトチェック :誤解を招く表現(misreading)

FIFAカタールWC組織委員会も、WC建設現場での作業が直接の原因となった死亡は、3人のみと主張している。FIFAカタールの公式な「業務上死亡」の定義は、カタールが過去10年間に建設した7つの真新しいスタジアム、およびトレーニング施設の建設現場での死亡を指している。この3人の中には、アル・ワクラのアル・ジャノーブ・スタジアムのネパール人男性2人と、アル・ラヤンのハリファ国際スタジアムの英国人男性1人が含まれている。

定義を建設作業に直接関連しない「非業務関連死」に広げると、たとえば、2019年11月に職場から宿泊先に移動中に交通事故で死亡したインド人2人とエジプト人1人を含め、37人が死亡したことを当局が認めている。

しかし、カタールがWC招致に成功したことで、正真正銘の建設ブームが巻き起こっている。これはスタジアムの建設だけにとどまらない。高速道路、ホテル、地下鉄、空港の拡張、ドーハの北にあるルセールの新都市など、大会に関連したさまざまなプロジェクトが進行中だ。FIFAによると、建設のピーク時でさえ、実際、WCの現場で実際に雇用された労働者は3万人を少し超える程度だったという。

したがって、公式発表による3名の死亡は、WCがなければ存在しなかったかもしれない他の建設現場で発生した可能性のある死亡事故を割り引いた数字である。また、移民労働者が勤務時間外に宿泊先で死亡し、それについて適切な説明がなされていない事例が何千件も記録されていることも考慮されていない。

ガーディアンとアムネスティ・インターナショナルによる調査(後者はバングラデシュ政府から提供された数字を使用)によれば、カタールの医師は、死亡者の約70%を急性心肺機能不全による「自然死」とみなしている。しかし、疫学者にとっては、心不全や呼吸不全は死因ではなく、結果である。心停止の原因は心臓発作などの不整脈かもしれないし、呼吸不全の原因はアレルギー反応や中毒かもしれない。

ところが、そのような説明はされない。実際、ドイツの公共放送ARDが2022年に制作したドキュメンタリーシリーズでは、カタールの医師が死亡診断書にそのように記入することを強要されているとさえ報告している。

2014年には早くも、カタール政府が委託した独立報告書の中で、世界的な法律事務所DLA Piperがカタールのやり方を批判し、政府に、予期せぬ死や突然死の場合には解剖や死後解剖を許可するよう、強く勧告している。2021年末には、国際労働機関(ILO)も、事故や死因の記録が十分でないと批判している。

アムネスティ・インターナショナルが取材した専門家によると、正確な死因が未確定なケースは、「適切に管理された医療システム 」ではわずか1%に過ぎないという。さらに、侵襲的な検死が必要になることはほとんどない。約85%のケースで、目撃者や故人の知人を含む口頭での検死で十分として済ませている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチアムネスティ・インターナショナル、フェアーズ・インターナショナルなどの人権団体は、定期的に目撃者の話を取材している。彼らの報告によると、原因不明の突然死の多くは、熱中症疲労、あるいは治療を受けていない軽い病気などが元であることが示唆されている。

結論として、2022年カタールWCに関連する死亡者数は、移民労働者がどこから来たのか、いつどこで死んだのか、死因は業務上のものか否か、などの定義によって様々である。しかし、カタールの公式データには矛盾や欠点があるため、具体的な結論を出すことは不可能である。逆に、カタール当局が信頼できる情報を提供できないのは、一体なぜなのか、という疑問が生じる。

アムネスティ・インターナショナルのEllen Wesemüller氏、The GuardianのPete Pattisson氏、FairsquareのNicholas McGeehan氏には感謝したい。彼らには、調査結果の見解を示してもらうとともに調査結果に対する私たちの理解を助けてもらった。残念ながら、カタールバングラデシュ、インド、ネパール、パキスタンスリランカの当局に何度もコメントを求めたが、出版時点では返答がないままである。

追加取材:Sebastian Hauer

             

翻訳は以上です。

おわりに

日本はもともと欧米先進国に比べて人権意識が弱い国です。カタールWCについて欧州を中心に批判や反差別の動きが出ていることについては、日本のメディアやサッカー関係者、サポーターは割と無頓着のように思えます。ちょっと飛躍しますが、いま話題のSHEINが人権や環境問題で問題視されていることよりも、安さでブームになっていることを好意的に報じるメディアやすぐに飛びつく消費者と似たような傾向があるかもしれません。

カタールWCを巡っての欧州での批判やWC現場での各国チームの言動に対して、スポーツに政治を持ち込むなという意見がSNS上で散見されますが、勘違いも甚だしいと思います。人権を語ることはスポーツ以前の人間の尊厳に関わることであり、政治的でも何でもありません。人権を無視したり、相手への敬意なしでスポーツというのもあり得ないでしょう。

私は中学、高校とサッカー部にいましたし、大好きなスポーツの一つですが、今回のカタールWCについては各国チームを応援しながらも割と冷めた目でも見ています。もちろん、今回のカタールによる、人権問題を無視して、金の力でWCを呼び込んだ大会であるということや、時代錯誤の大規模な環境負荷冷房を行なっているということ、ウイルス拡散のエピセンターになりかねないこと(それに対して無策)、からです。

実は、昨年の東京五輪の際の久保建英選手の発言を受けて、日本チームに対する熱が少し冷めました。以下は、南アフリカ戦を前にして、同国の選手が検査でCOVID-19陽性になり、大量の濃厚接触者が出て、出場できなくなった時の彼の発言です [4]

僕らにとってマイナスではない。僕らに陽性者が出ていたらマイナスですけど、いまのところゼロなので、自分たちのことに集中したい。こんなこと言っていいか分からないですけど、損ではない。自分たちのことにフォーカスしたい。

病気や検査で出場できない相手選手への配慮を飛び越して「損ではない」と言い切る彼の言葉に、日本チームのマインドを感じ取りました。本来なら「ベストメンバーの相手と戦えないのは残念..」といったところではないでしょうか。

大好きなサッカーですが、私は東京五輪での日本チームの試合は一切観ませんでした。もっとも第5波COVID-19流行で、知り合いも病床で苦しんでいる状況だったので、五輪全体を見る気がしませんでしたが。今回も健闘を祈っていますが、中継で観ることはないでしょう。

2022.11.24更新

サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長は、11月19日、カタールに対する西側諸国の人権問題などをめぐる批判は「偽善」だと非難しました [5]。一方で、これに先んじてFIFA前会長は、人権問題で批判広がる中.、カタールでのW杯開催は「間違いだった」と述べています [6]

引用記事

[1] 坂本進: 労働問題・同性愛禁止…批判されても W杯開催カタールの思惑と誤算. 朝日新聞DIGTAL 2022.11.21. https://digital.asahi.com/articles/ASQCP3VWDQCLUHBI02Y.html

[2] Guardian: Revealed: 6,500 migrant workers have died in Qatar since World Cup awarded. Fe. 23, 2021. https://www.theguardian.com/global-development/2021/feb/23/revealed-migrant-worker-deaths-qatar-fifa-world-cup-2022

[3] Walter, J. D.: Fact check: How many people died for the Qatar World Cup. DW 2022.11.16. https://www.dw.com/en/fact-check-how-many-people-have-died-for-the-qatar-world-cup/a-63763713

[4] サッカーダイジェスト:「こんなこと言っていいか分からないですけど…」久保建英が濃厚接触者多数の南アフリカ戦に言及. 2021.07.21. https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=94528

[5] BBC News Japan: FIFA会長、カタール批判は西側諸国の「偽善」 W杯開催国の人権問題めぐり. 2022.11.20. https://www.bbc.com/japanese/63673026

[6] BBC News Japan: FIFA前会長、カタールでのW杯開催は「間違いだった」 人権問題で批判広がる中. 2022.11.09. https://www.bbc.com/japanese/63564501

                 

カテゴリー:社会・政治・時事問題

スパイクタンパク質とスパイクmRNAの核内移行

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は、特に脆弱な高齢者層に深刻なCOVID-19の病態を引き起こし、SARS-CoVやMERS-CoVよりも高い病原性と感染力を持ちます。表面の突起物であるスパイク(S)タンパク質がヒトのACE2受容体に結合することによって細胞中に侵入しますが、このSタンパク質は、SARS-CoV-2特有の病態に関わる主要な病原因子であると考えられています。

Sタンパク質3量体のS1/S2の境界には、他のコロナウイルスのSタンパク質には見られない、特異な塩基性アミノ酸の挿入配列(PRRAR)があって、フーリン(furin)切断部位と考えられています(下記図1参照)。すなわち、塩基性アミノ酸を標的とするセリンプロテアーゼであるフーリンの作用を受けてこの部分の解裂が起こり、細胞への侵入と伝播を容易にしていると考えられています。

具体的には、S1がヒトACE2受容体への結合を、S2が受容体に結合したウイルスの細胞内への侵入を担っていますが、このプロセスが完了するためには、Sタンパク質が結合した後S1とS2の間で切断されることが必要であり、ここに多塩基性挿入配列があることで宿主細胞のフーリンによる切断(S1とS2とに開裂)を容易にしていると考えられます。さらに、ACE2の傍にある膜貫通型プロテアーゼTMPRSS2によってS2の一部が切断されて細胞への侵入(ゲノムRNAの侵入)が完了します。

SARS-CoV-2になぜこの特徴的な塩基性アミノ酸の挿入配列があるのかというのは謎の一つであり、論争の的になっています。その論争に中心にあるのが、この配列は人為的に挿入されたものだ(すなわちSARS-CoV-2は人為的改変ウイルス)とする仮説です(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)。

それはともかくとして、最近の研究で、この塩基性アミノ酸の挿入配列には核移行(核局在化)シグナル(nuclear localization signal, NLS)[1] の機能があり、SARS-CoV-2特有の病原性の関連するゲノムの特徴として考えられるようになりました。すでに、SARS-CoV-2感染気道上皮において、Sタンパク質が核内に移行することが報告されています。最近の研究では、SARS-CoV-2 mRNAが感染細胞の核内に集積していることも示されています。

今回、まだプレプリントの段階ですが、米ノースダコタ大学、NIHなどの共同研究チームによって、SARS-CoV-2感染細胞においてSタンパク質とそれをコードするmRNAが同時に核内移行するという、驚くべき初めての報告がなされました []。そして、この核内移行は、ヒト病原性ベータコロナウイルスに特有のNLSモチーフを持つSタンパク質によって支援されていると結論づけられました。

私はこのプレプリントを一ヶ月前アブストラクトだけ目を通し、読みかけのままにしておいたのですが、昨日これを取り上げた解説記事 [3, 4]を目にしたことにより、あらためて精読しました。このブログ記事で概要を紹介します。

1. 核局在化シグナル

NLSとは,タンパク質の一次構造の中にあるモチーフ(領域)で、細胞内で合成された後に、それが核内に移送されるべきかどうかの目印になります。古くから知られるNLSは、塩基性アミノ酸のリジン(L)やアルギニン(R)残基が数個集まったモチーフであり、一つのポリペプチド鎖の中に複数存在することもあります。

古典的なNLS配列には単粒子モチーフであるpat4とpat7、および二粒子モチーフのbipartiteの3種類があります [5]。pat4は、4つの塩基性アミノ酸(リジンまたはアルギニン)またはヒスチジンまたはプロリンに関連する3つの塩基性アミノ酸の連続したストレッチと定義されています。pat7はプロリンから始まる6残基モチーフで、最初の4残基中3残基の塩基性アミノ酸があるセグメントで定義されます。bipartiteモチーフは、2つの塩基性アミノ酸、10アミノ酸のスペーサー、少なくとも3つの塩基性残基を含む5アミノ酸のセグメントからなります。

SARS-CoV-2のSタンパク質は表面膜貫通型の1型糖タンパク質ですが、他のコロナウイルスのSタンパク質にはないpat7タイプのNLSがあります。このNLSモチーフはプロリンから始まり、6個のアミノ酸が続き、4残基のうち3残基が塩基性である配列を含みます(全体として:PRRARSV)。しかし、Sタンパク質の細胞内局在に関しては、これまで包括的な理解は得られていませんでした。

2. 研究の概要

上述したように、Sタンパク質は表面膜貫通型の1型糖タンパク質ですが、他のコロナウイルスのSタンパク質にはない新規の核移行シグナル(NLS)「PRRARSV」によって核内に移行することが予測されていました。

今回研究チームは、SARS-CoV-2とSARS-CoVのSタンパク質配列の多重アライメントを行ない、前者に特異的な挿入配列とその挿入がNLSをつくることを見いだしました。すなわち、SARS-CoV-2には、 IS1 (GTNGKTR)、IS2 (YYHK)、 IS3(HRSY)、そしてIS4 (NSPR)の4つの挿入配列があり、さらに、IS4 のNSPRがpat7 NLS のPRRARSVをつくる(オーバーラップする)ことを見いだしました(IS4とpat7タイプNLSがPRを共有、図1)。

ここで重要なことは、従来フーリン切断部位として考えられてきた挿入配列(PRRAR)が、IS4(NSPR)が挿入されることでNSLモチーフになっているということです。つまりフーリン切断部位でありながら、核内移行のシグナルとしても機能する可能性もあるということです。したがって、フーリンによる先行切断によってNLSモチーフが破壊されるかどうかということが、NLSの機能性としての重要な判断材料となります。

図1. SARS-CoV-2のスパイクタンパク質にみられるSARS-CoVにはない挿入配列(IS1-IS4)とNLSもチーフ(文献 [2] より転載).

研究チームは、SARS-CoV-2のSタンパク質とSコードmRNAの同時核内移行が起こっているのか in vitro 実験で確かめ、このNLSモチーフが、Sタンパク質の核内移行に関わっているか検証しました。

実験材料として健康な非喫煙者慢性閉塞性肺疾患COPD)患者から初代正常ヒト気管支上皮(NHBE)細胞を得て、擬似的気管支気道上皮を形成させました。この気道細胞に、SARS-CoV-2 USA/WA-CDC-WA1/2020株、SARS-CoV Urbani株、MERS-CoVを感染させて、Sタンパク質とSコードmRNAの核内移行を調べました。Sタンパク質および SコードmRNA の検出にはそれぞれ免疫組織化学染色およびRNA in situ ハイブリダイゼーションを使用し、共焦点レーザー顕微鏡で検出しました。

その結果、SARS-CoV-2 SコードmRNAは核内(10%未満)、および細胞質内(〜90%)に豊富に存在し、mRNAの核内転移を示唆しました。1%以下の症例では、SコードmRNAの完全な移行が観察されました。感染細胞内では、Sタンパク質とSコードmRNAが共局在化し、タンパク質-mRNA複合体を形成していることがわかりました。

Sタンパク質は細胞質小胞体-ゴルジ装置経路で気道細胞の核内に移行し(25%)、その15%は核表面で検出され、タンパク質移行の過渡期であることが示唆されました。注目すべきは、核表面に存在するSコード mRNAの核内移行は、SARS-CoV-2のSタンパク質の支援を受けていたことです。一方、細胞質内に存在するS mRNAはそのような関連性を示しませんでした。MERS-CoVSARS-CoVSARS-CoV-2のNタンパク質も核内移行を示しました。Nタンパク質の核内移行は、すでに先行研究で明らかにされています。

これらの結果は、Sタンパク質のNLSモチーフが実際に機能していることを示唆しており、mRNAとの相互作用で共局在化していることになります。著者らは機械学習モデルの先行研究から、SARS-CoV-2 RNAゲノムとサブゲノムRNAは、宿主細胞のミトコンドリアマトリクスと核に転移している可能性があると述べています。今回の結果は、約1%のSコードmRNAが核内に転移していることを示唆していますが、SコードmRNAの細胞内局在は、SARS-CoV-2の発症に重要な役割を果たすと指摘しています。

研究チームは、さらに、SARS-CoV-2のRNAゲノムがSタンパク質またはNタンパク質と相互作用するかどうかを決定するために、配列ベースの予測モデルを提供するRPISeqウェブポータルを用いて、RNA-タンパク質相互作用を in silico 解析しました。その結果、SARS-CoV-2ゲノムに対するSタンパク質とNタンパク質の結合確率はともにちょうど 1 であることがわかりました。Nタンパク質は、ウイルスゲノムのパッケージングに不可欠な豊富に存在するRNA結合タンパク質です。

Nタンパク質が一本鎖または二本鎖RNAに結合する構造基盤はすでに知られていますが、今回の結果はSタンパク質がSコードmRNAに結合し、核内移行を補助していることを示しています。しかし、Sタンパク質がmRNAやおそらく正鎖RNAゲノムに結合する詳細な機構はまだ解明されていません。

Sタンパク質の核内移行は、他の病原性コロナウイルスと比較して、SARS-CoV-2感染における新しい病原性の特徴と言えるものです。しかし、Sタンパク質のNLSモチーフがウイルスによる病態生理にどのように寄与しているかは、まだ解明されていません。今回の結果から、Sタンパク質はNLSによって核内に移行することが示唆されましたが、このことは2つの重要な点を提起していると著者らは述べています。

その一つ目は、S1/S2境界に挿入されている多塩基性部位「RRAR」自体はNLSモチーフにならないということです。そして、挿入配列IS4の「NSPR」もNLSにならず、P7「PRRARSV」NLSの一部として挿入されることで、初めてSARS-CoV-2のSタンパク質にNLSを作り、このウイルスをヒト病原性コロナウイルスの中でユニークな存在にしている可能性があるということです。

ただし、著者らが挿入配列だと示しているIS4は、あくまでもSARS-CoV-2をSARS-CoVと比較した場合に言えることであって、類縁のコウモリウイルスRatG13やセンザンコウウイルスPangolinと比較した場合には、4残基NSPRのうち前二つのNSは共有されています。このあたりは査読の過程で修正されるかもしれません。

第二の重要なポイントは、上記したように、NLSモチーフがS1/S2境界の多塩基性アミノ酸部位(フーリン切断)との関連で機能するかどうかです。すべての1型膜貫通型糖タンパク質は、シグナルペプチドによって細胞表面に局在化する前に、ER-ゴルジ体経路で処理されます。Sタンパク質が宿主細胞侵入のためにビリオン(virion、宿主細胞の外にあるときのウイルス粒子の呼称)上にあるとき、多塩基性アミノ酸部位は機能的であると考えられます。

翻訳後修飾を受けたSタンパク質の表面移動は、フーリン切断によって処理される多塩基性部位を提供する可能性もありますが、これはウイルス再構成前に細胞質内で起こる必要はありません。したがって、著者らは、塩基性アミノ酸部位のフーリン切断はウイルス侵入のステップでのみ機能し、感染した後の細胞ではNLSは機能できることになると述べています。

今回の結果は、NLSモチーフの存在とSタンパク質の核内移行を直接的に証明するものですが、著者らはNSPR配列が天然由来であるかどうかについて肯定も否定もしていません。あくまでも、今回の結果は、挿入配列NSPRが機能的なNLSモチーフの一部であり、新規核内移行を含むSタンパク質の細胞内分布を増加させることを強調しています。

おわりに

今回の研究 [2] で最も重要な発見の一つは、単一の感染細胞において、Sタンパク質とSコードmRNAの異なる空間分布を1分子レベルで同時に検出したことであり、SコードmRNAと核染色との共局在を画像解析することにより、mRNAが核内に転移していることを明らかにしたことです。SARS-CoV-2のNタンパク質は、RNAと結合することが既に示されていますが 、Sタンパク質がSコードmRNAと結合して核内移行するかどうかの情報は、これまでありませんでした。今回は、SコードmRNAの核内移行がSタンパク質が介在していることを証明したことになります。

SARS-CoV-2のSタンパク質のNLSは、このウイルスの新しい特徴であると考えられ、COVID-19の病態に関わる重要な因子だと思われます。たとえば、宿主の免疫反応の回避に寄与している可能性もあります。

今回の研究は、SARS-CoV-2の感染細胞を利用したものであり、mRNAやアデノウイルスDNAワクチンを利用したものではないことには、注意が必要です。論文内容についてはプレプリント段階であり、まだ査読を受ける必要があります。しかし、この発見の意義はきわめて高く、Sタンパク質やその遺伝子の毒性のポテンシャルをあらためて認識させるとともに、同じことがmRNAワクチンでも起こるかもしれない?ということを想起させるものです。

それにしても、SARS-CoV-2のSタンパク質内の特徴的な挿入配列であるフーリン切断部位が、これまたSARS-CoVにはない4塩基配列が挿入されるこでNLSモチーフになるというのは偶然でしょうか。自然の進化でこのようなことが起きるのでしょうか。加えてSARS-CoV-2のSタンパク質は、他の約30のヒトタンパク質と相同性を持つことがすでに明らかにされています。 SARS-CoV-2のゲノムにはきわめて不自然な配列が多すぎます。

引用文献・記事

[1] 清水敏之,佐藤衛: タンパク質の核内輸送機構の構造的基盤. 生化学 80, 493–500 (2008). https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/11/80-06-04.pdf

[2] Sattar, S. et al.: Nuclear translocation of spike mRNA and protein is a novel pathogenic feature of SARS-CoV-2. bioRxiv Posted Sept. 27, 2022. https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.09.27.509633v1.full

[3] Paharia, P. T.: SARS-CoV-2 spike protein and messenger ribonucleic acid found to translocate into the nucleus. Mews Medical Life Sciences Sept. 30, 2022. https://www.news-medical.net/news/20220930/SARS-CoV-2-spike-protein-and-messenger-ribonucleic-acid-found-to-translocate-into-the-nucleus.aspx

[4] McCullough, P. A.: SARS-CoV-2 spike protein found in the human nucleus. TS News Nov. 15, 2022. https://www.trialsitenews.com/a/sars-cov-2-spike-protein-found-in-the-human-nucleus-75dba3dd

[5] Rowland, R. R. R. et al.: Intracellular localization of the severe acute respiratory syndrome coronavirus nucleocapsid protein: Absence of nucleolar accumulation during Infection and after expression as a recombinant protein in Vero Cells. J. Virol. 79, 11507–11512 (2005). https://doi.org/10.1128/JVI.79.17.11507-11512.2005

引用したブログ記事

2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

不活化ワクチンのmRNAワクチンにはない意義

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

はじめに

私は約1年半前のブログ記事で、mRNAテクノロジーを使った今のCOVID-19ワクチンは失敗ではないかと述べました(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。主な理由は二つあります。その一つはウイルスのスパイクタンパク質に特化したmRNAワクチンでは、スパイク特異的T細胞の誘発には優れているけれども、すぐにウイルスの免疫逃避の変異が起こり、ワクチンの効力が低下することです。短期間のウイルス変異の度にアッップデートしたmRNAを接種しなければならないとなると、これはワクチン戦略としてはもはや成功とは言えないでしょう。

もう一つは、生体の遺伝的なタンパク質発現の機構を利用したプロセスには未知の部分が大きく、健康体に打つには安全性の面で懸念があることです。特にウイルス変異の度に何度もmRNAを体に入れる影響については何もわかっておらず、危険を伴います。

その意味で、mRNAワクチンではなく、昔からある不活化ウイルスワクチンを使うべきだと述べました。その理由は複合的なタンパク質に応答するT細胞を誘発することで、効力は弱くても持続性の面では優れていると考えられるからです。すなわち、タンパク質上のいかなるウイルス変異にも有用なままである複数抗原ベースのワクチンであることです。不活化ワクチンは、CD8+ T細胞と比較してより強力なCD4+ Th1細胞応答を与えると考えられます。何よりも、安全性の面では、歴史的に、経験的に有利と考えられます(ただし、もちろんこれにも懸念はある [後述])。

この私の考えを支持するような論文が、最近 Cell Reports Medicine 誌に掲載されました [1]不活化ワクチンは、多くのタンパク質に特異的なT細胞応答を誘導し、そのT細胞応答の総量はmRNAワクチンで誘導されたものと同等である、というものです。ここで、この論文の概要を紹介したいと思います。

1. T細胞

論文の紹介に入る前に、キーになるT細胞について簡単に復習したいと思います。T細胞は、表面にT細胞受容体(T cell receptor, TCRを発現する免疫細胞(リンパ球の一種)です。一つ一つのT細胞は、特定の抗原と結合できる抗原受容体(補助受容体):T細胞受容体をもち、獲得免疫の司令塔の役割を担います。

T細胞は、抗原刺激を受けていない段階ではナイーブT細胞とよばれる状態ですが、樹状細胞、マクロファージ、B細胞などの抗原提示細胞により、エフェクターT細胞へと活性化されます。その機能と発現する抗原受容体の種類によってヘルパーT細胞(Th1、Th2、Th17)、細胞傷害性T細胞(CTL、キラーT細胞)制御性T細胞(Treg)に分けられます。

体内にウイルスや異物が入ってくると、マクロファージや樹状細胞がそれを抗原として認識し、その情報を受け取ったヘルパーT細胞が、B細胞による特異的抗体の産出を誘導したり、細胞障害性T細胞に攻撃対象を指示したりします。この抗原情報のやり取り、活性化に介在しているのが、MHC(major histocompatibility complex)と呼ばれる糖タンパク質分子、およびMHCと結合するCD4とCD8と呼ばれる補助受容体です。MHCはクラスIとIIの2種類に分けられ、それぞれCD8およびCD4の保存領域に結合します。

マクロファージ、樹状細胞、B細胞などの免疫細胞の表面にあるのはクラスIIのMHC(MHCII)です。活性化シグナルは、T細胞受容体が認識され、MHCII分子の表面に表示される同族の抗原性ペプチドに結合すると、複数の共刺激シグナルにより伝達されます。

CD4を発現したT細胞(CD4+T細胞)はヘルパーT細胞となりますが、その一つのTh1は、樹状細胞上のMHCIIと結合してその抗原提示を認識し、サイトカイン(IFN-γ、IL-2など)を分泌することによってマクロファージ、細胞傷害性T細胞などを活性化します。もう一つのTh2は、サイトカイン(IL-4など)を分泌してB細胞を活性化し、特異的抗体の産出を誘導します

一方、CD8を発現したT細胞(CD8+T細胞)は細胞障害性T細胞となり、樹状細胞がMHCIとともに提示する抗原を認識し、上記のようにTh1で活性化された上で、自己・非自己の識別、ウイルス感染細胞、がん細胞などの不用細胞の破壊・除去に関わります。 

2. 研究の成果ー不活化ワクチンの意義

以下、当該論文 [1] の説明に入りますが、成果の主旨は以下のようになります(図1参照)。

1) 不活化コロナワクチンは、多くのタンパク質に特異的なT細胞応答を誘導する
2) T細胞応答の総量は、mRNAワクチンで誘導されたものと同等である
3) 不活化ワクチンにより誘導されたT細胞は、主にCD4+である
4) 誘導されたT細胞応答は、オミクロンの変異に耐える

図1. mRNAワクチンによるスパイク特異的CD4+、CD8+T細胞の誘導(上)および不活化ワクチンによるヘテロなタンパク質に特異的なCD4+T細胞の誘導(下)(文献 [1] より転載).

COVID-19パンデミックは3年目に突入し、ウイルス学的状況は大きく変化してきました。すなわち、オリジナルの武漢型スパイクタンパク質に基づいて設計されたmRNAワクチンが誘発する抗体に対して、その中和能力から逃避できる新しい変異体が次々と出現し、状況が根本的に変わってきました。このことから、ワクチンの免疫原性について、中和抗体測定に基づくだけでなく、細胞免疫の評価も必要と考えられます。

T細胞は、SARS-CoV-2の感染そのものを防ぐことはできませんが、感染細胞を認識して溶解する能力を持ち、ウイルスの病原性の制御にきわめて重要である可能性があります。そこで、研究チームは、健康な成人集団(コホート)において、不活化ウイルスワクチン(BBIBP-CorVおよびCoronaVac)およびmRNA(BNT162b2)ワクチンによって誘発される、異なるSARS-CoV-2タンパク質に対する細胞性免疫について特性評価を行ないました。

T細胞は抗原に出会うとサイトカインを分泌しますが、この能力を測定する全血中サイトカイン放出試験(cytokine release assay、CRA)を実施したところ、不活化ワクチン接種者はmRNAワクチン接種者に比べて、スパイクペプチド刺激T細胞サイトカイン量が低いことがわかりました。しかし、両ワクチン(不活化ワクチンとmRNAワクチン)は、IFN-γとIL-2分泌プロファイルを持つTh1反応を同じように誘導しました。また、両ワクチンとも、スパイクのS2領域により集中する同等の優占的免疫誘発を示しました。

特徴的なことして、不活化ワクチンは、スパイクタンパク質のみに特異的な反応を誘発しないものの、mRNAワクチン接種者には明らかに存在しない、膜および核タンパク質特異的T細胞が大量に誘導されました。ワクチンで誘導されたIFN-γとIL-2のレベルの定量値に基づく多抗原ワクチン誘導T細胞応答を比較すると、不活化ワクチンはより幅広いT細胞免疫を誘導するだけでなく、T細胞応答の総量としてもmRNAワクチンと同等なレベルで誘導することが示されました。

このように、不活化ワクチンが、異なるSARS-CoV-2タンパク質に対する複合的抗原性T細胞反応を引き起こすことは重要です。なぜなら、SARS-CoV-2に感染しながら無症状の人、あるいはほとんど症状が出ない人では、多様な構造および非構造タンパク質に存在する異なるエピトープに対するT細胞反応を持っているからです。

これは、核タンパク質またはエンベロープと膜に対するワクチンを接種した非ヒト霊長類とマウスの実験でも見ることができます。これらのワクチン接種動物では、より重症化を低くする病態を示し、低いウイルス量を有していることがわかっています。つまり、不活化ワクチンは重症化予防に役立つということです。

もう一つ重要なこととして、不活化ワクチンの広域の特異性は、次々と変異するSARS-CoV-2タンパク質の影響に耐えられる可能性を示していることです。すなわち、すべてのワクチン接種者において、スパイクあるいは膜特異的T細胞応答は、オミクロンの変異によって著しく阻害されるものの、その複合的なワクチン誘導T細胞応答(スパイク、膜、核タンパク質)はオミクロンが変異したとしてもよく保存されていました。したがって、不活化ウイルス接種者における広域的応答T細胞の存在は、変異に耐えうるメモリーT細胞の集団を提供していると考えられます。

今回の研究では、CD4+およびCD8+T細胞濃縮法を用いたT細胞アッセイを実施することにより、不活化ワクチンによる強固なT細胞応答は、CD4+T細胞によってのみ媒介されることが示されました。つまり、不活化ワクチンは、いかなるウイルスタンパク質に対してもCD8+T細胞応答を誘発しないということです。対照的に、先行研究でも証明されているように、mRNAおよびアデノウイルスベクターワクチンの接種者では、CD4+およびCD8+T細胞応答を誘導できることが示されました。

これらの結果は、不活化ワクチン接種によって生じるT細胞のヘテロな特異性の利点を考える上では、臨床結果に基づいてうまく説明される必要があります。つまり、重症化発症予防におけるCD4とCD8の役割は何かということです。

一方で、不活化SARS-CoV-2ワクチンによってCD4+とCD8+の両方のT細胞応答を誘導することを示した他グループの研究もあります。このように観察された違いは、季節性コロナウイルスによって誘導された交差反応性SARS-CoV-2特異的CD8+T細胞の存在の可能性もあり、本当のSARS-CoV-2特異的ワクチン誘導T細胞の決定を混乱させる原因になっているかもしれません。 さらに、ワクチン接種を受けた人の中には、SARS-CoV-2の無症候性感染があって、SARS-CoV-2特異的CD8+T細胞を保有している可能性もあります。しかし、今回のデータと先行研究のデータとの相違を説明しうる主要な要因は、T細胞の特性解析の方法の違いにあると考えられます。

オミクロン出現前のさまざまなコホートにおける不活化ワクチンの有効性に関する臨床的分析から、重症COVID-19の発症に対して防御効果を示すものの、その効果はmRNAワクチンよりも低いことが示されました。一方、香港の最近のデータでは、オミクロン感染者の軽度および重度のCOVID-19発症に対する有効性は、3回接種後の2つのワクチンの有効性は同等でした。

不活化ワクチンにおいては、2回目の接種から3ヵ月後に3回目を接種しても、スパイク、膜、核タンパクのT細胞反応には変化がないことが示されました。3つの異なるタンパク質に対するT細胞応答の大きさは、6カ月前に一次接種を完了し、研究期間内にブースター接種をしなかった人でも同等でした。すなわち、一次完全接種の完了から2カ月後に不活化ワクチンの3回目を接種しても、中和抗体レベルはわずかに上昇しただけでした。これは、不活化SARS-CoV-2が一次接種で産生された抗体によって中和され、免疫系を刺激する抗原の利用率が低下したためであると考えられます。

結論として、不活化ワクチンは、液性免疫原性においては明らかにmRNAワクチンに劣っていますが、mRNAワクチンと同等の大きさで優れたT細胞応答を誘発し、少なくとも6ヶ月間、追加のブースター接種を必要とせずに持続することが示されました。異なるタンパク質(特に膜タンパク質と核タンパク質)を認識する能力により、不活化ワクチンによって誘導されたT細胞応答は、スパイクに特化したmRNAワクチンに比べて、オミクロンに存在する変異により抵抗性を示しました。

しかし、この複合的タンパク質特異的T細胞応答は、CD4+およびCD8+T細胞の協調的な拡大機能ではなく、CD4+T細胞の選択的なプライミングによって媒介されることが明らかになりました。この知見の臨床的意味は、今後大規模臨床試験で評価されるべきであり、それはまたSARS-CoV-2の病原性におけるウイルス特異的CD4+またはCD8+T細胞の影響を明らかにするのに役立つと考えられます。

不活化ワクチンで懸念されることの一つは、一般にワクチン候補のほとんどがそうですが、免疫系を可能な限り高めて強力な免疫を誘導することを目的としているため、接種後の過剰なT細胞応答によってサイトカインストームが誘導される可能性です [2]。したがって、COVID-19ワクチンによって惹起されるT細胞応答は、免疫病理学的ダメージを避けるためにうまくコントロールされなければなりません。

実際のワクチン接種後のサイトカインストームと思われるケースは、mRNAワクチンで報告されています [3]ファイザーあるいはモデルナ製COVID-19ワクチンの2回目の接種後に死亡した4症例について、RNA解析を行なったところ、これらの症例では好中球の脱顆粒およびサイトカインシグナル伝達に関与する遺伝子がアップレギュレートされていました。

おわりに

上述したように、現行のスパイコードmRNAワクチンの問題は、ウイルス変異による免疫逃避と抗原タンパク質の発現プロセスにおける未知の危険性への懸念です。特に後者においては、現に様々な副作用、接種後の有害事象と死亡、後遺症などの事例があまりにも多く、これから現れるかもしれない未知も危険性もはらんでいます。

パンデミックという状況下に鑑み、緊急承認されたmRNAワクチンですが、やはり健康体への導入は早すぎたというか、やるべきではなかったという印象です。ここにきて、不活化ワクチンの意義に関する研究情報も出てきて、ワクチン推進派による相変わらずのmRNAワクチン推しとは裏腹に、科学的には一段とmRNA製剤への風当たりが強くなっている感じがします。

mRNAワクチン批判の論文は、医療専門家が好むランセットやNEJMといった権威ある医学誌にはまず掲載されず、主に新興電子ジャーナルにしか掲載されません。その意味で、今回インパクトファクターが約17というそれなりの影響があるCell Reports Medicineに不活化ワクチンの比較論文 [1] が載ったことは、大きな意味があると思います。

引用文献

[1] Lim, J. M. E. et al.: A comparative characterization of SARS-CoV-2-specific T cells induced by mRNA or inactive virus COVID-19 vaccines. Cell Rep. Med. Published online October 6, 2022, 100793. https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2022.100793

[2] Gao, Q. et al.: Development of an inactivated vaccine candidate for SARS-CoV-2. Science 369, 77-81 (2020). https://www.science.org/doi/10.1126/science.abc1932

[3] Murata, K. et al.: Four cases of cytokine storm after COVID-19 vaccination: Case report. Front. Immunol. 13, 967226 (2022). https://doi.org/10.3389/fimmu.2022.967226

引用したブログ記事

2021年6月9日 ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年) 

なぜmRNAワクチンのレトロポジションの可能性が無視されるのか

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2022/10/31/090709

 

 

mRNAワクチンは接種者全員の心臓を傷つける

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

修飾mRNAベースのCOVID-19ワクチンは、従来型のワクチンに比べて多くの副作用(副反応)と後遺症という健康被害をもたらし、接種後の有害事象や死亡も多発しています。厚生労働省は、10月27日、疾病・障害認定審査会感染症・予防接種審査分科会新型コロナウイルス感染症予防接種健康被害審査部会の審議結果を公表しました [1]。ここには、ワクチン接種との因果関係が審議された118件のうち、100件が認定されていますが、非常に多くの疾病・障害名が列記されています。

mRNAワクチン接種による健康被害として、特に指摘されている障害の一つが血管、心臓に関するものです。ウェブサイトDaily Septicは、27日、「mRNAワクチンは接種者全員の心臓を傷つけ、最大で27人に1人が心筋炎を引き起こすことが判明」とする記事を掲載しました [2]。このサイトはワクチン推進派からはデマサイトとされていて、事実COVID-19に関する過激な記事を掲載していることで有名ですが、今回この記事をここで紹介したいと思います。

当該記事は、多くの文献・記事を引用していますが、査読前のプレプリントYouTube、ウェブ記事を多く含みますので、その内容の信憑性には少し気をつける必要があります。とはいえ、COVID-19ワクチンが稀にですが心筋炎を起こすことは事実であり、一方でワクチン批判の論文は一流学術誌には受理されにくい状況も考えると、この手の記事でも一読の価値はあると考えました。

以下、筆者による全翻訳文です。適宜、記事中で引用されている文献と図を記しました。

               

mRNA COVID-19ワクチンは、すべてのワクチン接種者の心臓を日常的に傷つけているという新しい証拠が出てきた。これは、ワクチンの安全性と最近増加している心臓関連の死亡における役割についてさらなる疑問を突きつけている。

この証拠はスイスのある研究 [3] で得られたもので、ワクチン接種を受けたすべての人に心臓の損傷を示すトロポニン値の上昇が見られ、2.8%は不顕性心筋炎に関連する値を示していた。心臓の損傷や死亡の増加について、公式見解としては、ワクチンよりもむしろCOVID後の影響としてのウイルスが原因である可能性が高いとしている。

しかし、専門家グループHART(Health Advisory and Recovery Team)は、この疑問を考える上で、オーストラリアが比較対照群になりえると指摘している [4]。HARTは、オーストラリアでは2021年半ば以前は目立ったCOVID症例がなかったにもかかわらず(感染報告数3万人、死亡者数910人のみ)、2021年6月からCOVID以外の超過死亡の傾向が見られると言及している(図1参照)。

図1. オーストラリアにおける全死亡平均のベースライン、2021–22の死亡数COVID-19新規陽性例の推移(文献 [2, 4] から転載).

HARTは、オーストラリアにおいて「2021年春からこのように死亡率や医療負荷が大きくなった理由として、事前のCOVIDの影響はなかった」と指摘する。むしろ、「この対照群の結果は、特に若年層における死亡率上昇の原因が、オーストラリア、欧州、米国に共通する何かであることを示唆している」と述べている。

ニュージーランドでは、経済学者のジョン・ギブソン(John Gibson)がブースターと超過死亡の間に時間的な関連性を見出し、「10万回のブースター投与あたり16人の過剰死亡」になると推定した(図2参照)[5]。彼は、死亡者の年齢分布が仮説を裏付けていると指摘する。「ブースターを使用した可能性が最も高い年齢層は、ブースター接種の普及後に超過死亡率が大きく上昇している」と話す。

図2. イスラエルにおけるワクチン接種率、ブースター接種率および超過死亡の推移(文献 [2, 5] から転載)

日本では、名古屋大学の小島誠二教授が、2022年1月から3月のブースター展開時(後述)にも同様の相関を見出したとGuy Gin は報告している [6]。この時期は、ほとんどの超過死亡がCOVIDによるものではなかった(図3)。

図3. 日本におけるブースター接種率と超過死亡の推移(文献 [2, 6] より転載)

ネイチャー系列誌に掲載された研究によれば、イスラエルでは16〜39歳を対象に心停止の緊急通報が1回目と2回目の服用で上昇し、回復した人の服用後に再び上昇し、下降するという同様の傾向が観察された [7]

イヤル・シャハル(Eyal Shahar)博士は、イスラエルの全年齢の死亡データを調べ、「2021年8月のイスラエルにおけるブースター致死率のもっともらしい範囲」を10万人の接種者あたり8~17人の死亡と推定している。オランダでは、ワクチン学者のテオ・シェッターズ(Theo Schetters)博士が、60歳以上のブースター致死率を10万人当たり125人と推定している。

これらの原因については、Doctors for Covid Ethicsのマイケル・パルマー(Michael Palmer)博士とシュチャリット・バクディ(Sucharit Bhakdi)博士が、mRNAワクチンが血管や臓器の損傷を引き起こしているという「反論不能な因果関係の証拠」を発表している [8]。研究および剖検の証拠は、以下のことを示している。

1) mRNAワクチンは注射部位にとどまるのではなく、全身を巡り、様々な臓器に蓄積される

2) mRNAベースのCOVIDワクチンは、多くの臓器でSARS-CoV-2スパイクタンパク質の長期的な発現を誘導する

3) ワクチンによって誘導されたスパイク発現は、自己免疫様炎症を誘発する

4) ワクチン誘発の炎症は、特に血管に深刻な損傷を引き起こし、時には致命的な結果をもたらすことがある

彼らの説明では、部検の証拠が「ワクチン接種後の心筋におけるスパイクタンパク質の強い発現と著しい炎症、組織破壊との相関」を示していることになる。さらに、「ワクチンによる血管損傷は血液凝固を促進し、心臓発作、脳卒中肺塞栓症などの凝固関連疾患が有害事象データベースで非常に多く見られる」と付け加えている。

最近、Vaccines誌に掲載された事例報告では、3回目のCOVID-19ワクチン接種後3週間で死亡した76歳の男性に行われた剖検の結果が、ワクチンの影響を裏付けている [9]。その報告では、死亡した男性の脳と心臓に、ヌクレオカプシドタンパク質ではなくスパイクタンパク質の存在が確認され、ワクチン(ウイルスとは異なりスパイクタンパクのみを生成する)が致命的な炎症の原因であることが証明されている(以下、論文の引用文)。

In the heart, signs of chronic cardiomyopathy as well as mild acute lympho-histiocytic myocarditis and vasculitis were present. Although there was no history of COVID-19 for this patient, immunohistochemistry for SARS-CoV-2 antigens (spike and nucleocapsid proteins) was performed. Surprisingly, only spike protein but no nucleocapsid protein could be detected within the foci of inflammation in both the brain and the heart, particularly in the endothelial cells of small blood vessels. Since no nucleocapsid protein could be detected, the presence of spike protein must be ascribed to vaccination rather than to viral infection. The findings corroborate previous reports of encephalitis and myocarditis caused by gene-based COVID-19 vaccines.

心臓では、慢性心筋症のほか、軽度の急性リンパ組織球性心筋炎と血管炎がみられた。この患者にはCOVID-19の既往はなかったが、SARS-CoV-2抗原(スパイクタンパクとヌクレオカプシドタンパク)の免疫組織化学的検査を行ったところ、スパイクのみが検出され、ヌクレオカプシドは検出されなかった。驚いたことに、脳と心臓の炎症巣内、特に小血管の内皮細胞にはスパイクのみが検出され、ヌクレオカプシドは検出されなかった。ヌクレオカプシドが検出されなかったことから、スパイクの存在は、ウイルス感染ではなく、ワクチン接種によるものと考えざるを得ない。この結果は、遺伝子ベースのCOVID-19ワクチンによる脳炎と心筋炎の先行知見を裏付けるものである。

2回目の投与としてファイザーのジャブを投与され(1回目はアストラゼネカ)、4ヵ月後に死亡した55歳の患者の剖検例でも、同様の所見が得られている [10](以下、引用文)

SARS-CoV-2 Spike protein, but not nucleocapsid protein was sporadically detected in vessel walls by immunohistochemical assay. The cause of death was determined to be acute myocardial infarction and lymphocytic myocarditis. These findings indicate that myocarditis, as well as thrombo-embolic events following injection of spike-inducing gene-based vaccines, are causally associated with a injurious immunological response to the encoded agent.

免疫組織化学的検査では、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質が散発的に血管壁に検出されたが、ヌクレオカプシドタンパク質は検出されなかった。死因は急性心筋梗塞とリンパ球性心筋炎と判定された。これらの知見は、スパイク誘導遺伝子ベースのワクチン注射後の心筋炎および血栓塞栓事象は、遺伝子コード薬剤に対する傷害的な免疫反応と因果関係があることを示すものである。

最近のメタ分析では、心筋炎のリスクは「SARS-CoV-2に感染した人の方がワクチンを接種した人よりも7倍以上高い」ことが判明したとしている [11]。このことは、「CDCとWHOの勧告に従って、すべての対象者にCOVID-19 mRNAワクチンを継続して使用すること」を支持するものであると主張している。

しかし、SNS上での批評はこのメタ分析の多くの欠陥を指摘している。すなわち、この分析の結果は、2300万人を対象とした北欧の大規模研究 [12] において16-24歳の男性におけるワクチン接種後の入院のリスクが、COVID後のリスクよりも最大28倍高かったことと矛盾すると強調している。 

Daily Scepticでは、この研究だけでなく、フランス、英国、米国など、同様の結果を示した他の多くの研究についても記載している(それ以外のことを示す研究もあるとの批評もある)。イスラエルの研究は、ワクチン接種によるリスクの上昇を確認し、次のように述べている。すなわち、「COVID-19感染から回復した成人患者においては、心膜炎も心筋炎も発生率の増加は観察されなかった 」と述べている。イタリアからの研究では、ワクチン接種前のパンデミック期間中に心筋炎が上昇することはなかったと同様に述べている。

また、ワクチン接種はCOVID感染を防ぐものではないので、リスクは相加的であり、ワクチン接種リスクと感染リスクの比較は誤りであることに注意する必要がある。さらに、ワクチン接種に関連する重大な有害事象は心血管系の損傷だけではない。ハーバード大学、オックスフォード大学、ジョンズ・ホプキンス大学(他)の研究者による最近の研究では、mRNAワクチンは、学生年齢の人がCOVID-19で入院することを防ぐよりも、重篤な傷害を引き起こす可能性が最大で100倍近く高いことが見いだされている [13]

これらの研究のほとんどは、臨床的有害事象、すなわち医療支援を必要とするほど深刻な事象のみを対象としている。現在、これらの臨床的な事象は、はるかに多くの不顕性傷害が存在する中の氷山の一角に過ぎないことを示す研究結果が出始めている。タイで行われた調査では、ファイザー社のワクチン接種後の10代の子供の約3分の1(29.2%)に心血管系の副作用が見られ、43人に1人(2.3%)に不顕性心炎が見られたという [14]

上記のスイスの研究は、最近ヴィネイ・プラサド(Vinay Prasad)博士によって明らかにされたもので、ヨーロッパ心臓病学会から発表されたものである。この研究では、タイの結果を確認し、少なくとも2.8%に潜在性心筋炎を認めた(研究者が他の原因の可能性があるとして半数を除外したため、もっと多いかもしれない)。プラサド博士は、これは潜在性心筋炎が臨床性心筋炎の数百倍(2桁)多いことを意味する、と述べている。女性では3.7%と最も高く、これはワクチン接種を受けた27人に1人の割合である(プラサド博士は、男性に多いというタイの研究とは異なると指摘し、研究者が症例を除外する方法と関係がある可能性を示唆している)。

図4. ブースター接種の男女と対象群における血液中の高感度心筋トロポニンT(hs-cTnT)の濃度(文献 [2] より転載).

重要なことは、この研究で、ワクチン接種を受けたすべての人に心臓の損傷を示すトロポニン値の上昇が見られたことである(図4参照、暗い線が対照群の線の右にずれているのは、ワクチン接種者全体にレベルが上がっていることを意味する)。このことは、ワクチンが日常的に心臓を傷つけており、既に知られている傷害は、全体的に発生するはるかに大きな数のごく一部であり、より深刻な例に過ぎないことを示すものである。

これらの傷害は、必ずしも短時間で終わるものではない。研究によると、ワクチン接種後少なくとも4ヶ月が経過した時点でも、多くのワクチン接種者の血液中にスパイクタンパク質が検出されており、何らかの形で産生され続けていることが示唆されている。このように、体内でスパイクが長期にわたって産生されるメカニズムは特定されていない(遺伝暗号が細胞のDNAに組み込まれているのか?)。

しかし、もし循環器系やその他の場所の細胞が、この病原性・炎症性タンパク質を数ヶ月に渡ってまだ生産しているとしたら、上記の剖検で確認されたような自己免疫性損傷のリスクが非常に高くなる。このような自己免疫傷害は、スパイクタンパク質に対する免疫反応を強めるウイルスによる新しい感染によって引き起こされる可能性があり、これが、COVID以外の超過死亡がしばしばCOVID流行に伴う理由を説明するかもしれない。

現在、mRNAワクチンが日常的に心臓を傷つけていることを示すかなりの証拠があり、あらゆる症例でトロポニン値が上昇し、最大で27症例に1症例以上で不顕性心筋炎が発生している。これらは、医療当局やメディアがしばしば主張するような、稀な出来事ではなく、驚くほどよくあることなのだ。

               

翻訳文は以上です。

筆者あとがき

ブースター接種後の超過死亡の増加は、日本のみならず世界的な傾向のように思えます。COVIDによる死亡でないとするなら何なのか、原因を探る必要があります。上記のように、Daily Septicは主に査読前プリント、ウェブ記事、YouTubeからの情報を基にmRNAワクチンの心臓に対する深刻な悪影響を論じており、これが超過死亡の一因との考察も行なっています。サイレポやMDPIのVaccines、JAMA系雑誌に掲載された論文も紹介していますが、ここに掲げられたデータの解釈はより慎重を要するでしょう。

米国CDCのMMRWに掲載された論文では、mRNAワクチンの安全性が強調されており、ワクチンによる超過死亡の可能性を否定する結果になっています [15]。この論文では、ワクチン完全接種者に比べて未接種者の方が非コロナ死亡率が3倍以上高いことが示されています。

しかし、ワクチンの影響がないとすれば、属性、年齢構成、人種構成などが同じなら非コロナ死亡率は接種者と非接種者で同程度になるはずであり、ちょっと変です。しかも不思議なことに、ワクチン接種者と非接種者についてCOVID死亡率が比較されていません。ひょっとして、ワクチン接種者の方が非接種者よりもCOVID死亡率が高く、比較をためらったのでしょうか。そして、COVID死亡とされている中に、ワクチン接種による影響の死亡が相当数含まれているのでは?と勘ぐりたくなります。

5ヶ月前の記事ですが、BuzzFeedはこのMMRW報告を引用し、こびナビ副代表の木下喬弘氏の見解を載せています [16]。彼はこの記事の中で、「ワクチン接種後の死者が増加している」などの情報について誤情報であると断言し、ツイッター上でも最近「コロナワクチンの接種で超過死亡が増えているなんていうことはあり得ない」と否定しています(以下)。

ワクチン完全接種とブースター接種とを分けて考える必要があると思いますが、ここで繰り返したいのは、ブースター接種後の超過死亡の増加は世界的傾向だと言えることです。これがワクチンの繰り返し接種による影響なのかどうかは、今後の検証を待つ必要があるでしょう。科学的立場をとるなら、BuzzFeedの記事や木下氏のツイートのように、現時点で完全に否定できるものではありません。

少なくともmRNAワクチン接種後の有害事象の発生や死亡は過去のワクチンと比べて極めて多く、程度の差はあるにせよ心臓に障害を与えることは事実でしょう。ワクチン接種者の多くは、心臓に障害を受けても自覚症状がない、不顕性障害の状態なのかもしれません。

なお、多くの先進諸国がブースター接種を中止したり、足踏み状態にある中で、日本は断トツの接種率トップで走り続けています。

引用文献・記事

[1] 新井哉: 新型コロナワクチン接種の100件を認定 - 厚労省健康被害審査部会の審議結果公表. CB News/Yahoo Japan ニュース 2022.10.28. https://news.yahoo.co.jp/articles/6533d91301ac9478cf0e33c936b8d50829132525

[2] Jones, W.: mRNA Vaccines injure the heart of all vaccine recipients and cause myocarditis in Up to 1 in 27, study finds. Daily Septic Oct. 27, 2022. https://dailysceptic.org/2022/10/27/mrna-vaccines-injure-the-heart-of-all-vaccine-recipients-and-cause-myocarditis-in-up-to-1-in-27-study-finds/

[3] Prasad, V.: Subclinical Myocarditis - NEW Report from Switzerland - Vital Findings. Youtube 2022.10.20. https://www.youtube.com/watch?v=vveMHtVk_mY

[4] HART: The impact of synthetic spike protein. Oct. 5, 2022. https://www.hartgroup.org/the-impact-of-synthetic-spike-protein/

[5] Gibson, J.: The Rollout of COVID-19 Booster vaccines is associated with rising excess Mmortality in New Zealand. Working Paper in Economics 11/22. University of Waikato June 2022. https://repec.its.waikato.ac.nz/wai/econwp/2211.pdf

[6] Guy Gin: Shot through the heart? Post-booster excess deaths in Japan (updated 8 October). Making (Covid) Waves in Japan, Oct. 7, 2022. https://guygin.substack.com/p/shot-through-the-heart-post-booster

[7] Sun, C. L. F. et al.: Increased emergency cardiovascular events among under-40 population in Israel during vaccine rollout and third COVID-19 wave. Sci. Rep. 12, 6978 (2022). https://doi.org/10.1038/s41598-022-10928-z

[8] Palmer, M. & Bhakdi, S.: Vascular and organ damage induced by mRNA vaccines: irrefutable proof of causality. Doctors for COVID Ethics Aug.19, 2022. https://doctors4covidethics.org/vascular-and-organ-damage-induced-by-mrna-vaccines-irrefutable-proof-of-causality/

[9] Mörz, M.: A Case Report: Multifocal necrotizing encephalitis and myocarditis after BNT162b2 mRNA vaccination against COVID-19.  Vaccines 10, 1651 (2022). https://doi.org/10.3390/vaccines10101651 

[10] Mörz, M.: A Case Report: Acute myocardial infarction, coronal arteritis and myocarditis after BNT162b2 mRNA vaccination against Covid-19. Preprints Posted online Sept. 5, 2022. https://www.preprints.org/manuscript/202209.0051/v1

[11] Voleti, N. et al.: Myocarditis in SARS-CoV-2 infection vs. COVID-19 vaccination: A systematic review and meta-analysis. Front. Cardiovasc. Med., 29 August 2022. https://doi.org/10.3389/fcvm.2022.951314

[12] Karistad, Ø. et al.: SARS-CoV-2 vaccination and myocarditis in a Nordic cohort study of 23 million residents. JAMA Cardiol. 7, 600–612 (2022). https://jamanetwork.com/journals/jamacardiology/fullarticle/2791253

[13] Bordosh, K. et al.: COVID-19 vaccine boosters for young adults: A risk-benefit assessment and five ethical arguments against mandates at universities. SSRN Posted Sept. 12, 2022. https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4206070

[14] Mansanguan, S. et al.: Cardiovascular effects of the BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in adolescents. Preprints Posted online Aug. 8, 2022. https://www.preprints.org/manuscript/202208.0151/v1

[15] Xu, S. et al.: COVID-19 Vaccination and Non–COVID-19 Mortality Risk — Seven Integrated Health Care Organizations, United States, December 14, 2020–July 31, 2021. MMWR 70, 1520–1524 (2022). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7043e2.htm#contribAff

[16] 籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan「ワクチンによる死者は増えていない」専門家が根深い“誤情報”に断言、大規模データから見えたもの. BuzzFeed News 2022.05.20. https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/vaccine-deaths-debunk

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

ロシアは内部混乱に直面ー戦争で辞任した元外交官が語る

カテゴリー:社会・政治・時事問題

ロイターは、ロシアの元外交官が書いたウクライナの戦争をめぐるロシア批判の記事を紹介しました [1](下図)。このロイター記事は日本語でも配信されていますが [2]、短縮版なので、このブログで全文を翻訳して紹介します。

以下、筆者による翻訳文です。

               

ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領のウクライナ侵攻は、プーチン自身を失脚させ、内戦を引き起こし、最終的には国を分裂させるかもしれない混乱への道に導いていると、侵攻をめぐって辞任したロシアの外交官が語った。

ジュネーブにあるロシアの国連常設代表部のボリス・ボンダレフ(Boris Bondarev)参事官は、戦争によって祖国がいかに抑圧的でゆがんだ国になっているかを見せ付けられたと感じ、5月に辞任している。

プーチン・ロシアへの6500字の批判文のなかで、ボンダレフ氏は、国家にはおべっか使いの「イエスマン」がはびこり、そのことでプーチン氏が彼自身のプロパガンダを反映させた情報(エコーチェンバー)のなかで大きな決断を下せるようになっていると述べた。

2002年から2022年までロシア外務省に勤務したボンダレフ氏は、フォーリン・アフェアーズ誌(Foreign Affairs)への寄稿文のなかで、「プーチンが退陣すれば、ロシアの将来はきわめて不確実なものになる」と述べている。

「特にプーチンの主要なアドバイザーが国家安全保障関連出身であることを考えると、彼の後継者が戦争を継続しようとする可能性は十分にある。しかし、ロシアにはプーチンほどの大物がいないので、国は政治的混乱に陥るだろう。カオスに陥る可能性すらある」との見解を示している。

ロシア外務省は、ボンダレフ氏の記事に対するコメントの要求には、すぐには応じなかった。クレムリンは、このような見方について大きな瑕疵があるとして退けており、プーチンの人気は投票箱で繰り返し示されてきたと述べている。

プーチンは、金曜日に、「特別軍事作戦」について後悔はしていないと述べた。彼は、この軍事作戦を、ロシアを破壊し、切り刻もうとする攻撃的で傲慢な西側との存亡をかけた戦いである、と見なしている。

しかし、1962年のキューバ危機以来、西側諸国との最大の対立を引き起こしたも言える戦争が始まって約8カ月が経ったが、ロシアの最も基本的な目的さえも達成にはほど遠い状態だ。

かつての超大国の巨大な軍隊は、はるかに小さなウクライナの軍隊によって、戦場で屈服させられてしまった。ウクライナは米国を中心とする西側諸国の武器、情報、助言に支えられている。米国の情報機関によれば、双方で数万人の死者が出ている。

●ロシアは崩壊するのか?

ボンダレフ氏は、自らを「狂気の列車」から降りた「亡命外交官」と称する。彼は、外務省の経済学者とモスクワのエリート外交学院(MGIMO)の英語教師の息子である。

彼は、自国のプロパガンダに沿って情報を加工し、モスクワに電報で送った外交官がどのように報われたか、を詳しく説明している。「そのようなフィクションを書いた外交官は上司から喝采を浴び、出世街道を突き進むことになった」とボンダレフ氏は言う。

「モスクワは、実際に起こっていることではなく、自分たちが真実であってほしいと願っていることが届くことを望んでいた。あらゆる国のロシア大使たちは、このメッセージを受け取ることで、最も大げさな電報を送ろうと競い合った」。

ウクライナでのいかなる停戦も、プーチンに時間を与えることになる、と彼は言う。「停戦はロシアに次の攻撃のための再軍備の機会を与えるだけだ。プーチンを本当に止められるのは一つしかない。それは完全な敗退だ(comprehensive rout)だ」。

しかし一方で、ボンダレフ氏は、ロシアの崩壊を夢見る人々は、それがどのような結末を生むかを考えた方がいいと語る。

「ロシア人は、プーチンよりもさらに好戦的な指導者のもとに団結し、内戦や外部からの侵略、あるいはその両方を誘発するかもしれない」と彼は言う。

ウクライナが勝利し、プーチンが倒れれば、西側ができる最善のことは、屈辱を与えることではない」。1991年のソ連崩壊後にロシア人が受けた屈辱は、西側諸国の教訓になるはずだとボンダレフ氏は言う。

「西側が援助を行うことで、ロシア人が米国に詐欺にあったと感じた1990年代の行動を繰り返すことを避けられるし、国民が帝国の喪失を最終的に受け入れることを容易にすることもできる」。

               

以上が翻訳文です。

筆者あとがき

ウクライナでの戦争が一日も早く終わってほしいということは、誰もが願うことでしょう。しかし、停戦は次の戦争を生むだけ、解決はプーチンの完全なる敗北と帝国の喪失を受け入れること、という元外交官の言葉は、最も現実味があるかもしれません。そして、次の混乱を防ぐために、西側の援助が必要というのもうなづけます。

この外交官の指摘・見解の中で一つ抜けていることは、プーチンが敗北濃厚となったときに、核のボタンに手をつける可能性を否定できないことです。それだけは避けてほしいです。

引用記事

[1] Faulconbridge, G.: Russia faces internal turmoil, says former diplomat who resigned over war. Reuters Oct. 17, 2022. https://www.reuters.com/world/europe/russia-faces-turmoil-says-former-diplomat-who-resigned-over-war-2022-10-17/

[2] ロイター: ロシア、プーチン氏失脚や内戦に直面も=侵攻巡り辞任の元外交官. Yahoo Japan ニュース 2022.10.18. https://news.yahoo.co.jp/articles/ad4052510163bc3d33686dfbf6b2539201b44757
                

カテゴリー:社会・政治・時事問題

ヴァリオレーション仮説ーマスクの隠れた効果?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

このところ、欧州ではCOVID-19流行が再燃しています。また、米国では新しいオミクロン亜型ウイルスの検出が増えてきました。これらを鑑みると、そして海外からの来日制限・検疫が大幅に緩和されたことを考慮すると、この冬(早い場合は晩秋から)日本で第8波の流行が襲来することは確実です。ところがここへきて、政府は脱マスクキャンペーンに前のめりになってきました [1]厚生労働省は以下のようなツイートをしています。

厚労省は、マスク着用不要を先に押し出しながらも「屋外では原則不要です」、「会話をほとんどしない場合には着用不要です」ときわめて曖昧な伝え方をしています。「メリハリをつけて」と言いながら、厚労省自身がリスクコミュニケーションとしては全くメリハリがありません。そもそも、義務化もしていないのに、パンデミック前からマスク着用習慣のある国民に対して、脱マスクを奨めるなどおかしいです。

マスク着用は、SARS-CoV-2を含む呼吸器系ウイルスの感染低減に重要な役割を果たすは明確になっています。とくに、SARS-CoV-2は当初の武漢型(基本再生産数 Ro=3.3)からデルタ、オミクロンBA.1(Ro=9.5)を経て、第7波流行のオミクロンBA.5(Ro=18.6)では6倍近い感染力になっていると推察されることから [2]、高性能のマスク着用の意義は益々高まっていると言えます。

1. ヴァリオレーション仮説

ところで、感染防止に加えて、マスクの隠れた役割として「ヴァリオレーション仮説」が提唱されています。ヴァリオレーション(variolation)とは、天然痘患者に生じた膿や痂皮の一部を未感染の健常者に接種することで、天然痘ウイルス(variola virus)に対する免疫を人的に惹起・獲得させる方法です。マスクをすれば、しない場合と比べてウイルスの暴露量が減ります。したがって、マスク越しにごく少量のSARS-CoV-2に長期間曝されることによって、天然痘の場合と同じように、自然免疫を獲得することができるというのがヴァリオレーション仮説の主要部分です。

この仮説を提唱したのは、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の感染症専門家、モニカ・ガンジー(Monica Gandhi)博士のグループです [3, 4]。この仮説については、2年前のブログ記事でも少し紹介しています(→あらためてマスクの効果について)。

マスクはウイルス粒子を含む飛沫をろ過し、ウイルス粒子自体も吸着する機能があるので、ウイルスの暴露量を減らすことができます。ガンジー博士らの研究によれば、サージカルマスクで仕切られたシリアンハムスターは、COVID-19の症状がかなり軽くなりことがわかり、マスクが重症度を下げる効果が示されました。また、この軽度の感染から5ヵ月後にSARS-CoV-2に対する抗体が検出されたことから、軽症の感染後でも再感染を防ぐのに十分な免疫を獲得していることがわかったとしています。

これらの結果に基づいて、ヴァリオレーション仮説は次の3つの主要な仮定に依存しています [4]

1) 暴露量の減少:マスクをしているときに感染した人は、マスクをしていないときよりも少ないウイルス量に暴露される

2) 重症度の軽減:ウイルスの暴露量が少ないと、症状が軽い感染症になる傾向がある、つまり、正の用量反応関係がある

3) 後天性免疫:軽度の感染でも、長期間にわたれば自然免疫を獲得することができる

マスクは呼吸器系感染症の感染を完全に防ぐことはできませんが、マスクをしている人は、つけていない人に比べて感染性粒子の吸引量が少なくなります。もし、感染量が少ないほど感染症が軽くなり、最終的に医学的に意味ある免疫力が得られるのであれば、マスクは不顕性感染を維持しながら重症化率を下げる可能性があります。

2. 仮説のシミュレーション検証

ヴァリオレーション仮説はかなりの支持を受けている一方で批判も多く、上記の1)以外は、実験的に証明されていません。この仮説はその後どのようになっているのでしょうか。十分に追試されていないようですが、2、3のシミュレーションの研究があります。

その一つとして、ケーレ(Koelle)らの研究チームによるシミュレーションがあります [5]。彼らが設計した数理モデルSARS-CoV-2に適したパラメータ値でシミュレーションしたところ,感染リスクと重症化リスクはともに暴露量の上昇とともに増加することが示されました。しかし,重症化するリスクは、初期感染ウイルス量が10の6乗を超える高い暴露量においてのみ、意味ある反応になることがわかりました。つまり、マスクをしている状態での自然感染では暴露量が低いため、感染リスクは減少するものの、感染に伴う重症化リスクは減少しないことが予測される結果となりました。

このシミュレーション結果は、ヴァリオレーション仮説の妥当性を弱めるものであり、ケーレ博士は以下のようにツイートしています。

一方で、ヴァリオレーション仮説にポジティヴな意味を与える研究結果もあります。カナダのマックマスター(McMaster University)大学の数学者デビッド・アーン(David D. J. Earn)教授らは、マスクの着用について、感染と重症化リスク軽減の観点から、単純な数学的モデルを用いてその潜在的な利点を検討しました [6](以下図)

彼らは、マスク着用型バリアーの有効性と重要な疫学的指標(Ro、初期流行成長率 [r]、流行倍加時間 [T2],攻撃率、重症感染症の平衡流行率)との関係、および接触時にSARS-CoV-2の感染確率を減少させ、感染期間を変化させる可能性に関する解析的推論を導き出しました。

この研究では、マスクが軽度感染確率(m)に影響すると仮定すると、効果的なマスク着用によって、特に感染力の弱い変異体ほど Ro が減少し、T2 が大幅に長くなるというがわかりました。したがって、r も重症例数もmに強く依存するということです。この結果から言えることは、マスクによるヴァリオレーションの効果を高めることは、全体的にSARS-CoV-2の感染を大幅に減少させ、初期波および平衡時の重症例数を減少させることにより、流行ピークの大きさを減少させるということです。

この面から、研究チームは、ヴァリオレーションがマスクの作用であるならば、現在、COVID-19による医療負担を軽減する手段としてのマスクの重要性が十分に認識されていないと述べています。また、感染力の強いオミクロンや既存のワクチンを回避する新しい変異体の進化の可能性を考えると、ヴァリオレーションの促進におけるマスク着用の有効性をもっと理解する必要があるだろうと述べています。

さらにワクチンとの関係も考察しています。あらゆる年齢層の人々がワクチンを利用できるようにすることは必要ですが、実質的なワクチン接種へのためらいや接種者間でのブレイクスルー感染があり、ワクチンによる集団免疫は達成不可能な目標です。であるならば、マスクによるヴァリオレーションが、COVID-19の緩和と感染対策に貢献する可能性があるとしています。つまり、マスク着用がワクチンの代わりになるというガンジー博士の主張を支持するものです。

ただし、論文でも指摘されていることは、マスク着用によるヴァリオレーションを引き起こす効果の大きさを説得力を持って定量化する実験的研究がない限り、より強力な推論を行うことはできないということです。もしそのような実験データが入手でき、マスク着用が実質的な変動効果をもたらすという仮説を支持するならば、より現実的な改善モデルによって、政策決定に有用な定量的推論を行うことができるかもしれないでしょう。

おわりに

ヴァリオレーション仮説は、支持、否定的批判の両面から注目されています。そのようななかでも一つ確実なことは、マスク着用が感染を低減するということです。これは多くの科学的証拠があります。肝心なことはマスク越しに軽い不顕性感染を重ねることによって、果たして自然とT細胞の免疫が賦活されるかということです。これは実験研究でしかわからないことです。

ただ、ミツバチのSARS-CoV-2汚染の研究結果(→感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)からもわかるように、流行時には空中に大量のウイルスが拡散・浮遊し、濃厚接触者でない多くの人が軽いレベルで常時ウイルスを吸い込んでいることは考えられるでしょう。あくまでも想像ですが、もし、これがT細胞の免疫と関わるとするならば、一時的に集団免疫が達成され、宿主の抗ウイルス活性(RNA編集)とともに流行の収束に貢献しているかもしれません。これが、単一ウイルス変異体による流行波が数ヶ月で収まることと関係あるかもしれません。

第6波、第7波の爆発的流行を経験して、マスクをしていても感染拡大したではないかと主張する人がいますが、これはいささか誤解です。なぜなら、感染はほとんどが、マスクを外した場面(会食、職場、家庭内など)や不完全なマスク着用(材質、品質、つけ方)の状況で、大量暴露により起こっているわけです。感染力が強くなったオミクロン変異体では、マスクなしや不完全マスクの隙をつく能力が高まっていることを認識しなければなりません。上記の研究 [6] でも、マスクをすれば、オミクロンの倍加時間を2倍に延ばすことがわかっています。

日本を含む東アジアのマスク習慣は、おそらく欧米に比べてCOVID-19流行を低減させる方向にはたらいているでしょう。その潜在的ヴァリオレーション効果も考えれば(実験的証明が必要ですが)、欧米の真似をして、ここにきて政府がわざわざ脱マスクキャンペーンに転じることは、愚かなことでしょう。

引用文献・記事

[1] 中村紬葵: 首相がマスク着用緩和に前のめり 周辺はピリピリ、足並みに乱れ. 毎日新聞 2022.06.16. https://mainichi.jp/articles/20221015/k00/00m/010/013000c

[2] Esterman, A.: Australia is heading for its third Omicron wave. Here’s what to expect from BA.4 and BA.5. The Conversation July 4, 2022. https://theconversation.com/australia-is-heading-for-its-third-omicron-wave-heres-what-to-expect-from-ba-4-and-ba-5-185598

[3] Gandhi, M. et al.: Masks do more than protect others during COVID-19: reducing the inoculum of SARS-CoV-2 to protect the wearer. J. Gen. Int. Med. 35, 3063–3066 (2020). https://link.springer.com/article/10.1007/s11606-020-06067-8

[4] Gandhi, M. and George W. Rutherford, G. W.: Facial masking for covid-19 — potential for “variolation” as we await a vaccine. N. Eng. J. Med. 2020; 383, e101 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2026913

[5] Koelle, K. et al.: Masks do no more than prevent transmission: Theory and data undermine the variolation hypothesis. medRxiv Posted June 29, 2022. https://doi.org/10.1101/2022.06.28.22277028

[6] , D. J. D.: Face masking and COVID-19: potential effects of variolation on transmission dynamics. J. R. Soc. Interface 19, 20210781 (2022). https://doi.org/10.1098/rsif.2021.0781

引用したブログ記事

2021年9月28日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2020年11月27日 あらためてマスクの効果について

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

新型コロナウイルスは宿主のエピジェネティク制御をかく乱する

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は2019年末に出現し、COVID-19の世界的大流行(パンデミック)を引き起こしました。その感染拡大の一因としては、ウイルスの宿主細胞の応答を効果的に抑制する能力にあるとされています。

最近(10月5日付で)、米国ペンシルバニア大学の研究グループは、SARS-CoV-2のタンパク質が宿主のヒストンタンパク質を模倣することで、エピジェネティック制御を阻害することを、ネイチャー誌に報告しました [1]。非常に興味深く、かつ重要な報告と思われるので、このブログ記事で、その研究概要を紹介したいと思います。

1. 背景

ウイルスのタンパク質は、まれにですが、ヒトのヒストンタンパク質(特に転写制御に必要な翻訳後修飾を含む領域)を模倣することによって、抗ウイルス応答を弱めることが知られています [2, 3]。そして、最近の研究では、SARS-CoV-2が宿主細胞のエピジェネティックな制御を著しく阻害することが示されてきました [4, 5, 6]

しかし、SARS-CoV-2がどのように宿主細胞のエピゲノムを制御しているのかは明らかになっていませんでした。特に、ウイルスの特定タンパク質が、エピジェネティック制御においては鍵になるヒストンを模倣しているのかについては、依然として不明でした。それを今回の研究では、コロナの特定タンパクがヒストンを模倣すること、そしてそれが宿主のエピゲノムをかく乱してしまうことを証明したわけです。

とは言いながら、一般人にとっては、ヒストンやエピジェネティク制御という言葉は馴染みがないかもしれません。そこで、まずこれらについて、教科書程度の簡単な説明を加えておきたいと思います。

1-1. ヒストン

生物の体の設計図はDNAに遺伝暗号として刻み込まれていますが、このDNAは二重らせん構造をとる細くて長い糸のようなものです。そのまま裸の状態ではもつれてしまいます。そこで、真核生物の場合、ヒストンというタンパク質にDNAを巻き付けて安定化させ、これがコイル状に繋がった構造を形成しています。これをヌクレオソームと言います。具体的には、4種類のコアヒストン(H2A, H2B, H3, H4)が2分子ずつから成るヒストン8量体の周囲を、147 塩基対のDNA二重鎖が巻き付いた構造が、ヌクレオソームの基本単位になります。

ヌクレオソームの基本単位がさらに数珠状に連なって、反復を繰り返し、凝縮してクロマチンとよばれる構造体を形成します。これが核内に収納されています。

DNAの遺伝暗号が読み取られるプロセスを転写と言いますが、クロマチン構造のままだと読み取れません。実際は、転写を媒介するRNAポリメラーゼが、ヌクレオソームのヒストンから段階的にDNAを剥がし、転写反応を行なう(RNAを合成する)ことがわかっています。

1-2. エピジェネティクス

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列はそのままで、あとから加わった化学的修飾が遺伝子機能と発現を調節する機構のことを言います。つまり、DNAの配列(遺伝子)は全く変わらないのに、修飾によって発現する性質や表現型が違ってくるわけです。主な修飾は、DNAのメチル化とヒストンの修飾です。これらの修飾を含めたプロセス全体の調節がエピジェネティック制御です。この修飾が、何らかの原因で変化すると、さまざまな疾病につながることがわかっています。

ヒストンの修飾としては、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化があります。ヒストンが修飾を受けるとクロマチン構造が変化します。その結果、DNAと核内因子(転写因子など)との相互作用が変化し、遺伝子の発現が異なってきます。たとえば、アセチル化は遺伝子発現の活性化に関与します。簡単に言うと、抑制型ヒストン修飾の増加によりクロマチン構造が凝集し、遺伝子発現の活性が抑制されます。一方、活性化型ヒストン修飾の増加によりクロマチン構造が緩むと、遺伝子発現が活性化されます。

上記のようにヒストンは、DNAの安定化とともに、エピジェネティクスに関わる重要なタンパク質です。したがって、もしSARS-CoV-2の特定タンパク質がヒトのヒストンを模倣できる(具体的には同じアミノ酸配列モチーフをもつ)となると、エピジェネティックな制御に重大な影響があるわけです。

2. 研究の概要

今回研究チームは、ヒストン模倣の候補として、SARS-CoV-2のORF8がコードするタンパク質に着目しました。すなわち、ORFタンパクの50–55位に、ヒストンH3尾部のARKSモチーフに一致するアミノ酸配列があること、さらに6残基のヒストン相同アミノ酸配列を見いだしました(図1a)。そこで、ORF8タンパクがヒストンH3の"ARKS"モチーフの模倣として機能するか、そして宿主細胞のエピジェネティック制御を阻害するかどうかを調べました。

まず、HEK293T細胞にStrepタグ付きORF8をコードするコンストラクトをトランスフェクションし、蛍光染色で検出した結果、ORF8タンパクは細胞質および核の周辺に位置していました。そして、ORF8がラミン(lamin)タンパク質B1およびラミンA/Cと共局在することがわかりました(図1b)。ACE2受容体を発現するA549肺上皮由来細胞株(A549ACE2)にSARS-CoV-2を感染させると、感染細胞でも同様の発現パターンが確認されました(図1c)。

ちなみに、ラミンは細胞核内にある繊維状タンパク質で、A、B、C型があり、核膜のタンパク質とともに膜の内側に核ラミナを形成しています。ラミナは核の構造を安定化し、クロマチンの組織化や遺伝子転写などの役割を担っています。

次に、ORF8がクロマチンと結合しているかどうかを、塩濃度を上げてクロマチン結合の解離を調べました。その結果、ORF8はラミンやヒストンが解離するのと同程度の塩濃度でクロマチン画分から解離することがわかりました(図1d)。一方、ARKSAPモチーフを欠失したORF8(ORF8ΔARKSAP)は、このモチーフを持つORF8と比較して低い塩濃度で解離し、クロマチン画分中に低いレベルで存在しました(図1d)。このことから、推定ヒストン模倣部位はORF8とクロマチンの結合強度に影響することが示されました。

さらに、ORF8がゲノムDNAとどこで結合しているかを調べるために、ORF8のクロマチン免疫沈降と塩基配列決定(ChIP-seq)を実施しました。ORF8は明確に定義されたピークを示しませんでしたが、ORF8免疫沈降は入力対照よりも濃縮され(図1e)、特定のゲノム領域、特にH3K27me3に関連する領域で濃縮されていることがわかりました。

図1. ORF8タンパクはクロマチンと結合している(文献 [1] より転載). a, ORF8はヒストンH3尾部に一致するARKSモチーフを50–55位に持つ. b, Strep-ORF8を発現するようにトランスフェクションしたHEK293T細胞のラミン(Lamin)A/C染色. c, SARS-CoV-2に感染させたA549ACE2細胞のORF8およびラミンA/C染色、感染後48時間. d, ORF8またはORF8ΔARKSAPを発現するHEK293T細胞の連続的な塩抽出. e, ORF8 ChIP-seqの遺伝子トラックは、入力コントロールに正規化. f, ORF8がリジン52でアセチル化されていることを示す、トリプシン消化ORF8の標的質量分析. 2+の電荷を持つ879.9508 m/zの無傷のペプチドまたは前駆体が単離され、断片化. タンデム質量分析スペクトルでは、フラグメントのない前駆体(緑)とプロダクトイオンが質量誤差 10 ppmの範囲で一致している. フラグメントの強度は、m/zの範囲内で最も強度の高いイオンに対する相対値. 各フラグメントの色、文字、番号は、そのフラグメントが大きなペプチドに含まれる配列を示す(上). y(赤)、b(青)フラグメントは、それぞれC末端、N末端にマッチしたフラグメントを示す. g, ORF8発現により histone acetyltransferase KAT2A のレベルが低下. .

上記のように、ORF8タンパクはクロマチン関連タンパク質、ヒストン、核ラミナと結合していることがわかり、それ自身もヒストンと同様にヒストン模倣モチーフ内(リジン52)でアセチル化されていること(図1f)、ORF8の発現により、ヒストンアセチルトランスフェラーゼKAT2Aの発現が低下することがわかりました(図1g)。つまり、ORF8の発現により、宿主細胞の修飾制御が阻害されることになります。

主要な知見は以上のとおりですが、ORF8の発現は、複数の重要なヒストン修飾をかく乱し、クロマチン凝縮を促進する一方、ヒストン模擬モチーフを欠くORF8はそのような作用はありませんでした。さらに、ヒト細胞株および死後患者の肺組織におけるSARS-CoV-2感染は、ヒストン模倣モチーフを介して部分的に作用するクロマチンに同様のグローバルな破壊を引き起こすことが判明しました。

著者らは、SARS-CoV-2のORF8タンパク質の欠失の影響は複雑であるとしながらも、明らかにウイルス複製とウイルス量の減少を引き起こすことも示しています。これが、ウイルス生残率への影響は限定的であるようです。

ORF8の意義については、変異株の例を挙げながら考察しています。すなわち、シンガポールで分離されたSARS-CoV-2は、ORF7Bのごく一部とORF8遺伝子の大部分を欠損させる珍しい382塩基の欠損変異株でしたが、この変異が、COVID-19患者における軽症化とインターフェロン反応の改善と関連していることが見いだされていることに触れています。

今回の研究の知見は、患者集団におけるSARS-CoV-2の病原性を高めるるORF8の役割とその根底にエピジェネティックな機構があることを示唆しています。今後、ORF8遺伝子に欠失や変異を持つ新しい変異体が出現した場合に、この知見が、患者におけるCOVID-19の病原性を理解する上で重要な意味を持つと締めくくられています。

おわりに

私は、今朝コーヒーを飲みながら、ネイチャーコンテンツに目を通していて、この論文[1] のタイトルを見て驚きました。コロナのタンパク質がヒストンと同じアミノ酸モチーフをもっていて、それがエピジェネティック制御をかく乱するとは! 直ぐに全文を読みながらこのブログを書き始めました。

SARS-CoV-2の病原性の一部は、おそらくORF8が宿主のエピゲノムに影響を与えることにも関連していることは、今回の論文で推察できることです。ORF8はスパイクタンパク質とは異なる上流の遺伝子領域なので、今のmRNAワクチンには全く影響を受けない部分です。COVID-19の複雑さの一面がまた露になった気がします。

引用文献

[1] Kee, J. et al. : SARS-CoV-2 disrupts host epigenetic regulation via histone mimicry. Nature Published online Oct. 5, 2022. https://doi.org/10.1038/s41586-022-05282-z

[2] Jenuwein, T. & Allis, C. D. Translating the histone code. Science 293, 1074–1080 (2001). https://www.science.org/doi/10.1126/science.1063127

[3] Berger, S. L. The complex language of chromatin regulation during transcription. Nature 447, 407–412 (2007). https://www.nature.com/articles/nature05915 

[4] Ho, J. S. Y. et al. TOP1 inhibition therapy protects against SARS-CoV-2-induced lethal inflammation. Cell 184, 2618–2632 (2021). https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.051

[5] Lee, S. et al. Virus-induced senescence is a driver and therapeutic target in COVID-19. Nature 599, 283–289 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-021-03995-1

[6] Zazhytska, M. et al. Non-cell-autonomous disruption of nuclear architecture as a potential cause of COVID-19-induced anosmia. Cell 185, 1052–1064 (2022). https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.01.024

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

ワクチンと抗体医薬が促す免疫回避ウイルスの出現

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

現在流行のSARS-CoV-2オミクロン変異体は、継続的に進化を続けています。特に医者の中には、今後風邪のようなウイルスになるという人もいますが、それは単なる寓話であり、どのように進化が収束していくかは誰にも予測できません。

一つ言えることは、ワクチンや治療薬が幅広く使われていることによって、これらがウイルスの進化に対する大きな選択圧になっている可能性が大きいことです。次の流行の波は、これまで以上に免疫回避能に優れた変異体によるものになるだろうと、サイエンス誌上で予測・解説されています [1]。

この面で、当初から「ワクチン接種が免疫逃避ウイルスの出現を促す」と警告していたのが、ベルギーのウイルス学者ヴァンデン・ボッシュ(Geert Vanden Bossche)博士です。しかし、このブログでも一年以上前に取り上げたように(→ボッシェ仮説とそれへの批判を考える)、ボッシュ博士の主張はワクチン推進派の専門家から疑似科学呼ばわりされ、批判されてきました。

このような中、最近、中国北京大学の研究チームが、ウイルス進化に関する興味深い論文をプレプリントサーバー「バイオアーカイヴ」に投稿しました [2]ワクチンによって誘発された液性免疫が、ウイルスのRDB(receptor-binding domain)収束的な進化(収斂進化convergent evolution)に働き、深刻な免疫逃避ウイルスの出現を促すという結果を示しています。上記のサイエンスの解説記事でも、彼らの研究が出ています。ここで簡単に、このプレプリントの内容を紹介したいと思います。

ちなみに収斂進化とは、異なる系統の生物、ウイルスが、ある環境要因によって同様の選択圧下に曝された場合に、似かよった表現型へと進化していく現象を言います。

オミクロンの継続的進化は、いま、BA.5を超える増殖力をもつ様々なオミクロン亜型の出現をもたらしています。このように、ウイルスにとって有利な性質をもつ変異体が、同時かつ急速に出現していることは前例がないことです。そして、これらの変異体は進化の過程が異なるにもかかわらず、RDBにおいていくつかのホットスポットを共有していることがわかっています。つまり、収束的に進化(収斂進化)しているのです。

このような収斂進化の原動力や到達点、およびその進化がワクチンや自然感染によって得られる液性免疫に与える影響についてはいまだ不明です。これらの背景から、研究チームは、複数のオミクロン亜型株(BR.2、CA.1、BQ.1.1、XBBなど)について、コロナ感染患者の回復期の血漿や抗体医薬に対する応答を調べました。

調べたオミクロン亜型の系統樹およびRDBにおけるホットスポット図1に示します。亜型は主にBA.5亜系統とBA.2亜系統のクラスターに含まれます(図1a)。ホットスポットとして、R346、K356、K444、L452、N460K、F486が含まれます(図1b)。

図1. オミクロン変異体亜型の全ゲノム最尤系統樹(a)およびRDBホットスポットの主要収束変異(b)(文献 [2] より転載). 系統樹上、オリジナルのBA.5に対して増殖の優位性がある変異体を色付けで示す. 相対的増殖優位性の値は、CoV-Spectrumウェブサイトを使用して計算.

BR.2: BA.2.75.4 sub-lineage with S:R346T

CA.1: Potential BA.2.75.4 sub-lineage with S:R346T

XBB: BJ.1/BM.1.1.1 (=BA.2.75.3.1.1.1) recombinant with breakpoint in S1

結論として、本研究は、オミクロンの収束的変異が、BA.5ブレイクスルー感染によるものを含む回復期の血漿や、エバスヘルド、ベブテロビマブなどの既存の抗体医薬から顕著な回避を引き起こすことを証明しました。この傾向が強いものとしてBR.2、CA.1、BQ.1.1があり、特にXBBは、試験した中で最も抗体回避性の高い株でした。XBBのレベルはBA.5をはるかに超え、SARS-CoV-1重症急性呼吸器症候群コロナウイルス[SARS-CoV]のレベルに匹敵しました。

XBBは図1系統樹に名前がありませんが、BA.2亜系統のBJ.1とBM.1.1.1(BA.2.75.3.1.1.1)の組換え体です。いわゆる抗原シフトの例です。

この収束的進化の起源を明らかにするために、BA.2およびBA.5のブレイクスルー感染回復者から分離したモノクローナル抗体(mAbs)の逃避変異プロファイルと中和活性を測定しました。その結果、液性免疫の刷り込み(humoral immune imprinting)により、BA.2、特にBA.5ブレイクスルー感染では、中和抗体のエピトープ多様性が著しく減少し、非中和抗体の割合が増加し、これが液性免疫圧を上げてRBDの収斂進化を促進することがわかりました。

さらに、様々な免疫の来歴をもつmAb(合計3051mAb)に対する中和活性で重み付けしたDMS(deep mutation scannning)プロファイリングを行ない、BA.2.75/BA.5亜型の正確な収束RBD変異と進化傾向を推測しました。DMSは、無数に起こり得る変異を実験的に再現する技法です。すなわち、受容体hACE2の結合特異性に着目し、RDBタンパク質がとり得る可能性のある膨大な数の変異を、オリジナルの武漢株のRDB配列に基づく変異PCRで取得し、それをプラミドに組み込んで酵母に形質転換しました。そのプラスミドを抽出して次世代シーケンサーで解読しました。

その結果、BA.5またはBA.2.75を土台として、わずか5個の追加の収束変異が、十分なhACE2結合親和性を保持しながら、BA.5ブレイクスルー感染によるものを含むほとんどの血漿試料を完全に回避できることが明らかになりました。今回の研究結果は、現在の集団免疫とBA.5ワクチンのブースター接種は、感染に対しては十分に防御にならないことを意味しています。

本研究は、オミクロンのRBDの収束進化が深刻な免疫回避を引き起こすことを示唆していますが、免疫刷り込みの存在を考えると、新しい変異体が感染した場合、液性免疫レパートリーが効果的に機能しない一方で、RBDに対する免疫圧はますます高くなり、収束的進化を促進することが考えられます。 感染に対して効果的に多様化しない抗体レパートリーと収斂進化の相互作用により、最終的には高度に免疫回避の変異体が出現し、現在のワクチンや抗体医薬に大きな問題を与えることになるでしょう。 

特に、CA.1, BQ.1.1, XBB, および構築した収束変異体の抗体回避能は、すでにSARS-CoV-1に匹敵し、あるいはそれを超えており、広範囲な抗原性ドリフトがあることがわかります。 SARS-CoV-1とSARS-CoV-2のRBDには約50種類の異なるアミノ酸が存在しますが、BQ.1.1のRBDには祖先株と比較してわずか21種類の変異しかありません。このことは、世界的大流行がウイルスの免疫逃避変異の進化効率を大きく促進したことを示すものです。

加えて、これらの収斂進化変異体は、大多数の中和抗体の結合を免れているため、これらの変異体が感染しても、中和抗体をコードする既存のモリーB細胞はほとんど甦らず、非中和抗体をコードするメモリーB細胞のみが呼び起こされる可能性があります。このため、感染後の血漿中和レベルの上昇を引き起こすことができず、患者は重症化する割合が高くなる可能性があります。 従って、新しい収束型ウイルスによる疾患の重症化には注意が必要だと思われます。

今回の変異予測モデルは、次々と出現するSARS-CoV-2変異体に対して、中和抗体製剤やワクチンの開発に役立つ可能性があります。 SARS-CoV-2のワクチンや抗体医薬の開発は、最優先事項であり、構築された収束変異体は、それらの有効性を事前に検証するのに役立つと考えられます。

この冬は第8波の流行が予測されますが、免疫回避の変異体の流行になることは確実でしょう。そして新しい収斂進化型ウイルスがもたらす重症化の可能性についても要注意です。

引用文献

[1] Vogel, G.: Big COVID-19 waves may be coming, new Omicron strains suggest. Science Sept 27, 2022. https://www.science.org/content/article/big-covid-19-waves-may-be-coming-new-omicron-strains-suggest

[1] Cao, Y. et al.: Imprinted SARS-CoV-2 humoral immunity induces convergent Omicron RBD evolution. bioRxiv Posted Oct. 4, 2022. https://doi.org/10.1101/2022.09.15.507787

                   

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)