Dr. Tairaのブログ

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腸内でなかなか消えないコロナウイルスの"ゴースト"

先月、本ブログで、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の消化器感染とlong COVID長期コロナ症)との関係を示唆する論文が出版されたこと、それをBloombergが取り上げたことを紹介しました(→SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID)。最近、この論文の内容を含めたコロナ長期症状に関する論説記事がネイチャー誌に掲載されましたので(下図)[1]、ここで紹介したいと思います。

記事の冒頭で、「科学者たちは、COVID長期症状が、最初の感染から数ヵ月後に体内で発見されるウイルス断片と関連しているかどうかを研究している」とあります。COVID-19が慢性疾患感染症である可能性を強く示唆する記事です。

以下、全文を翻訳して記します。

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コロナウイルスが大流行した最初の数ヶ月の混乱の中で、腫瘍学・遺伝学者のアミ・バット(Ami Bhatt)は、SARS-CoV-2感染者の嘔吐と下痢が広く報告されていることに興味を持った。「当時、これは呼吸器系のウイルスだと考えられていました」と彼女は言う。バットたちは、このウイルスと胃腸症状との関連に興味を持ち、COVID-19感染者のふん便の採取を始めた。

バットの研究室から何千マイルも離れたカリフォルニアのスタンフォード・メディシンでは、消化器内科のティモン・アドルフ(Timon Adolph)が感染者の腸の症状についての報告に困惑していた。アドルフとオーストリアインスブルック医科大学の同僚たちは、消化管組織生検の標本を集め始めた。

科学者たちによるこの先見の明は、パンデミックから2年が経過して実を結んできた。両研究チームは、最近、SARS-CoV-2の一部が初感染後数ヵ月にわたって腸内に留まる可能性を示唆する結果を論文発表した [2, 3]。この発見は、ウイルスの持続的な断片(バットはコロナウイルスの「ゴースト」と呼んでいる)が、long COVIDと呼ばれる謎の症状の原因となりうるという仮説を裏付ける証拠が増えてきたことを意味する。

しかし、バットは科学者たちに広い視野を持つよう促すとともに、研究者たちがまだイルス断片の持続性と long COVID との関連性を突き止めてはいないことを警告している。「さらなる研究が必要であり、それは簡単なことではありません」と彼女は話す。

COVID長期症状は、多くの場合、急性感染後12週間を超えて持続する症状と定義されている。この疾患には200以上の症状があり、その重症度は軽度なものから衰弱させるものまで多岐にわたる。その原因については様々な説があり、有害な免疫反応、微小な血栓、体内のウイルスの残留などが挙げられている。多くの研究者は、これらの要因が混ざり合って、世界的な疾病の重荷になっていると考えている。

コロナウイルスが体内で持続する可能性を示す初期のヒントは、ニューヨーク市マウントサイナイ病院アイカーン医科大学の消化器内科医サウラブ・メハンドル(Saurabh Mehandru)とその同僚が、2021年に発表した研究であった。それまでに、腸を覆う細胞が、ウイルスが細胞内に侵入するために使うタンパク質を呈示していることが明らかになった。これによって、SARS-CoV-2は腸に感染することができるのである。

メハンドルのチームは、約4ヵ月前にCOVID-19と診断された人々から胃腸組織を採取し、ウイルスの核酸とタンパク質を見つけた。また、免疫系で重要な役割を果たすメモリーB細胞も調べた。その結果、これらのB細胞が産生する抗体は進化を続けており、初感染から6カ月経過した時点でも、この細胞がSARS-CoV-2が作る分子に反応し続けていることが示唆された。

この研究に触発されたバットらは、軽度または中等度のSARS-CoV-2初感染から7ヵ月後、呼吸器症状が終了した後も、数人の人々が便中にウイルスRNAを排出し続けていることを見いだした。

・ウイルスは腸を狙う

アドルフによると、2021年の論文に刺激されて、研究チームはコロナウイルスの徴候がないか生検サンプルを調べたという。その結果、軽度のCOVID-19を発症した研究参加者46人のうち32人が、急性感染から7カ月後に腸内にウイルス分子の証拠を示していることがわかった。その32人のうち約3分の2は、コロナ長期症状を示していた。

しかし、この研究の参加者は全員、自己免疫疾患の一つである炎症性腸疾患を持っており、当該データがこれらの人々の中に活動中のウイルスが存在すること、あるいはウイルスの物質がコロナ長期症状を引き起こしていることを立証するものではない、とアドルフは注意を促している。

一方、腸の外に持続的ウイルスの貯蔵庫があることを示唆する研究も増えている。別の研究チームは、COVID-19と診断された44人の剖検から採取した組織を調査し、心臓、目、脳を含む多くの部位にウイルスRNAの証拠を得た。ウイルスRNAとタンパク質は、感染から230日後まで検出された。この研究をまとめた論文は、まだ査読が済んでいない。

・ウイルスの隠れ家

そのサンプル源であるほぼ全員が重度のCOVID-19を発症していたが、軽度のCOVID-19の後にコロナ長期症状を呈した2人を対象とした別の調査では、虫垂と乳房にウイルスRNAが検出された。シンガポールの科学技術研究庁分子細胞生物学研究所の病理学者ジョー・ヨング(Joe Yeong)は、この論文の共著者だが、これはまだ査読を受けていない。ウイルスは、体のさまざまな組織に存在するマクロファージという免疫細胞に浸潤して潜伏するのではないかと推測している。

これらの研究はすべて、長期間のウイルス貯留がコロナ長期症状に寄与している可能性を裏付けるものであるが、関連性を決定的に示すにはさらなる研究が必要であるとメハンドルは話す。研究者たちは、コロナウイルスが免疫不全でない人々で進化していることを証明する必要があり、その進化とコロナ長期症状とを関連付ける必要がある。「今のところ、逸話的な証拠はありますが、未知の部分がたくさんあります」とメハンドルは語る。

バットは、ウイルス貯留説を検証するためのサンプルが入手できるようになることを期待している。たとえば、米国国立衛生研究所は、long COVIDの原因に取り組むことを目的とした"RECOVER"という大規模な研究を実施しており、一部の参加者の下腸から生検を採取する予定だ。

しかし、Shengは、もっと多くのサンプルを得るために10億ドルの研究を待つ必要はないと話す。コロナ長期症状の人々による組織から連絡があり、感染後に癌診断など様々な理由で生検を受けたメンバーのサンプルを送るというのだ。「本当にランダムなんです、組織はどこからでも手に入るんです。しかし、彼らは待ちたくはないのです」。

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翻訳文は以上です。

筆者あとがき

このネイチャー記事 [1] でも紹介されているバットらの論文は電子ジャーナルMedに掲載されたものです [2]。その内容はBloombergなどのメディアによっても既に紹介されています(→SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID)。

消化器やその他の臓器にSARS-CoV-2(その一部)が長期間残留することが、コロナ長期症状(長期コロナ症)の原因になるというもっともらしい仮説として浮上しているわけですが、少なくともCOVID-19患者(の一部)が、長期間ウイルス断片を保持することは明らかでしょう。

ウイルスの長期残留が長期コロナ症の原因だということになれば、以前からも言われていますが、COVID-19は単なる急性呼吸器感染症ではなく、慢性疾患を起こす全身性、神経性感染症であるというのが本質ということになるでしょう。ましてや、COVID-19がインフルエンザや風邪などと同じとみなすのは荒唐無稽ということになります。

これは果たして「生のウイルス」が残存するということでしょうか。私はこれらの知見に触れて、SARS-CoV-2のRNAレトロポジション現象によってDNAに統合されるという先の研究成果(→新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる)が思い浮かびました。まさかとは思いますが、宿主DNAに組み込まれたSARS-CoV-2の情報が長期間発現して、悪影響を及ぼしているということではないと信じたいですが。

最後に、ネイチャー記事の最後に出てくるShengという人物が誰かはわかりませんでした。

引用文献

[1] Ledford, H: Coronavirus ‘ghosts’ found lingering in the gut. Nature 11 may 2022. https://doi.org/10.1038/d41586-022-01280-3

[2] Natarajan, A. et al.: Gastrointestinal symptoms and fecal shedding of SARS-CoV-2 RNA suggest prolonged gastrointestinal infection. Med Published April 12, 2022. https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001

[3] Zollner A et al.: Post-acute COVID-19 is characterized by gut viral antigen persistence in inflammatory boweldiseases, Gastroenterology Published online (2022). https://doi.org/10.1053/j.gastro.2022.04.03

引用したブログ記事

2022年4月18日 SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID

2021年5月15日 新型コロナウイルスのRNAがヒトのDNAに組み込まれる

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?

オミクロン変異体はこれまでのSARS-CoV-2変異体と同様に重症化度が高い、とする研究成果を、5月6日付けのロイター記事が紹介しました [1]。この研究は、米国マサチューセッツ総合病院ミネルバ大学ハーバード大学医学部の共同研究グループによるもので、今月2日、プレプリント(査読前の短報)として報告されています [2]。本研究は、ワクチン接種、人口統計、併存疾患で調整・補正すると、オミクロンは以前の流行の波と同程度の致死率であることが判明したとしてします。

このブログでは、このロイターの記事(下図)に沿って、この研究を紹介したいと思います。結論から言うと、ワクチン接種や治療薬の進展のおかげで、オミクロンが従来の変異体に比べて軽症に見えているだけだということです。

オミクロン変異体(B.1.1.529系統)は、他の SARS-CoV-2 変異体よりも感染力は強いけれども重症度は低いと、以前から報告されてきました。研究グループは、この仮説を検証するために、米国マサチューセッツ州の 13 病院を含む大規模医療システムの電子カルテと州レベルのワクチン接種データをリンクさせました。そして、13万人以上のCOVID-19患者を対象に、SARS-CoV-2の流行の波に応じた入院と死亡のリスクを比較する統計分析(加重ケースコントロール研究)を実施しました。

入院率および死亡率を調整しないでそのままみると、オミクロンよりも以前の波でそれらは高いように見えました。しかし、医療利用は一定とした上で、様々な人口統計、シャルソン併存疾患指数スコア、ワクチン接種状況などの複合因子を加味して調整・補正すると、入院および死亡のリスクは、全パンデミック期間でほぼ同じであることが分かりました。

研究グループは、この分析結果に基づいて、オミクロン変異型の本質的な重症度は、これまでの変異型と同様である可能性を示しているとしています。これは、感染力は強いが重症度は低いという、これまでの研究での仮定とは相容れないものです。

この研究は、ワクチンの影響を考慮した上でオミクロンの重症度を推定したものですが、専門家は予防接種とブースターショットの重要性を強化するものであると述べています。つまり、ワクチン接種のおかげで、オミクロンの急増時の入院や死亡は、過去の変異型と比較して低く抑えられたというわけです。

イェール大学医学部およびイェール大学アウトカム研究・評価センターのArjun Venkatesh医師は、COVID患者13万人の記録に基づくこの新しい研究はユニークで「かなり強力」だと述べています。先行研究では、死亡や入院の数だけを見てきましたが、この研究では、患者のワクチン接種の状況や医学的な危険因子を考慮し、類似のグループを比較していることをVenkatesh氏は指摘しています。

プレプリントの著者らは、自宅での迅速検査を行った患者を除外したため、より最近のCOVID波におけるワクチン接種患者数および総感染者数が過小評価された可能性など、本報告に潜在する限界を挙げています。一方、Venkatesh氏は、この研究では、モノクローナル抗体や抗ウイルス剤など、「入院を減らすことが知られている」治療を患者が受けたかどうかは考慮されていないと指摘しています。もし、これらの治療法がなかったら、オミクロンはさらに悪化していた可能性があるということです。

世界中の国々は、明らかに致死的な変異体が急増した時でさえ、国民のかなりの割合がCOVIDワクチンを接種したがらないことを経験しています。オミクロン変異体が2021年後半に初めて確認されたとき、公衆衛生当局は、感染者の大多数ではるかに軽い症状になることを述べました。そのことが、ワクチンをためらう人たちに、注射の必要性が低いことを促したのかもしれません。

しかし、Venkatesh氏は、このプレプリントは、ワクチンがオミクロンの最悪の影響から人々を免れるのに役立ったという証拠を付け加えているとしています。「ワクチンやブースターが重要でないと考えるのは間違いだ」と彼は述べています。

以上がロイター記事の内容ですが、この記事を読んで感じることは、ワクチンのおかげでオミクロンは軽症になっており、ワクチンは重要だという結論になっていることです。確かに、ワクチンやブースターのおかげで、全体的にオミクロン感染患者の症状が軽くなったことはあるのでしょうが、個人的にはワクチンの有効性を過大評価しているような気がします。

ここで、先月終わりに開催されたわが国の新型コロナウイルス感染症アドバイザリーボード会合の資料 [3] から、新規陽性者、重症者、および死亡者における年代別ワクチン接種状況を示します(図1)。

図1. 新規陽性者、重症者、および死亡者における年代別ワクチン接種状況(文献 [3] より転載).

オミクロン変異体による状況は2022年からですが、この図を見ると、65歳未満では、ワクチン未接種、完全接種、およびブースター接種で、重症化率や死亡にあまり差異がないように思われます。オミクロンによる死亡の大部分は65歳以上ですが、この年代においても、重症化防止、死亡抑制に対するワクチン接種の劇的な効果というには程遠く、感染者の中でワクチン未接種者の重症化・死亡割合が若干増えている程度にしか見えません。

確かに、デルタ変異体の流行においては重症化・死亡抑制にワクチンの効果はあったでしょう。しかし、オミクロン流行においては、ワクチンの効果はかなり低く、実際にはワクチン接種によって死亡を早めた例もあるのではないか、そして、ワクチンの正の効果と相殺されているのではないかという感じもします。

引用文献・記事

[1] Strasser, Z. et al.: SARS-CoV-2 Omicron variant is as deadly as previous waves afteradjusting for vaccinations, demographics, and comorbidities. Res Square Posted May 2, 2022. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1601788/v1

[2] Ghosh, S. and Lapid, N.: Omicron as severe as other COVID variants -large U.S. study. Reuters May 6, 2022. https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/omicron-severe-previous-covid-variants-large-study-finds-2022-05-05/

[3] 第82回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(鈴木先生提出資料) 2022.04.27. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000934786.pdf

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

世界的な謎の小児肝炎はコロナ関連症状か

私は、先月下旬、原因不明の小児肝炎が欧米諸国で症例報告されているという記事をYahooニュースで目にしました。それを見て直ぐにコロナ関連の症例ではないかと思い、次のようにツイートしました。残念ながら、ここで引用したYahooニュースはすでに削除されているようです。

私がコロナ関連の症例ではないかと思ったのは、急性肝炎が、小児における多臓器炎症症候群(MIS-C)の顕著な症状の一つであり、COVID-19の長期症状としてすでに報告されていたからです [1, 2]。この症候群は、COVID-19の急性期ではなく,感染後遅れて現れており、患者の大半はSARS-CoV-2PCR検査で陰性である一方、本ウイルスの抗体は陽性であることが報告されています [1]。

また、SARS-CoV-2に感染した小児(PCR検査陽性)において、入院時に酵素的な肝機能の異常が認められたことから、回復後もSARS-CoV-2の肝臓への長期的影響について綿密にフォローアップを行うことが推奨されています [3]。このような症例から,MIS-Cにおける肝病変は、免疫媒介反応に付随して起こるのではないかという見解が示されています。

もう一つ、この謎の小児肝炎がコロナ関連と疑ったのは、まだ症例が少ないですが、世界的に広がりをみせていることです。メディア報道 [4, 5, 6, 7] によれば、当初、欧米を中心に症例が多く見られるような感じでしたが、今では日本を含めたアジアや南米でも報告されています。COVID-19パンデミックと関連しなければ、これだけ短期間にこのようなことが起こるでしょうか。

これまで、小児肝炎患者からはA~E型の肝炎を引き起こすウイルスは確認されていないようです。一方、肝炎を発症した5割以上の子どもからアデノウイルス(特に41型)が検出され、一部SARS-CoV-2も検出されたと報告されています [5]。これらの状況証拠からアデノウイルスの関与を疑う見解も示されています。しかし、このウイルスは風邪などに関連し、胃腸炎の原因にもなりますが、単独で健康な子どもで肝炎の原因となることは普通ありません。

世界中で同時多発的に小児肝炎が起こっていることは、仮に他のウイルスが関係しているとしても、やはり第一にコロナ感染との関連を疑うべきでしょう。たとえば、SARS-CoV-2に感染し、そのウイルスが長期間残存、抗原提示することによる免疫システムへの影響、それとアデノウイルスの共感染の影響が考えられます。

今のところ全く謎の小児肝炎ですが、原因についてはこれからの解明に待つしかありません。英国の専門家が、「子どもたちがロックダウンやマスクなどの影響でウイルスに触れられなかったことで免疫力が低下し、重症化している可能性がある」と述べていることは [8]、少なくても荒唐無稽としか言いようがないです。

引用文献・記事

[1] Cantor A et al.: Acute hepatitis is a prominent presentation of the multisystem inflammatory syndrome in children: a single-center report. Hepatology 72, 1522–1527 (2020).  https://doi.org/10.1002/hep.31526

[2] Cheung, E. W. et al.: Multisystem inflammatory syndrome related to COVID-19 in previously healthy children and adolescents in New York city. JAMA. 2020; 324, 294–296 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2767207

[3] Giacomo, B. et al: SARS-CoV-2 infection may present as acute hepatitis in children. Ped. Infect. Dis. J. 40, e214–e215 (2021). https://journals.lww.com/pidj/fulltext/2021/05000/sars_cov_2_infection_may_present_as_acute.38.aspx#JCL-P-11

[4] Rigby, J.: Almost 200 cases of unexplained acute hepatitis reported in children -ECDC. Reuters April 26, 2022. https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/around-190-cases-acute-hepatitis-children-reported-ecdc-2022-04-26/

[5] 後藤一也: 欧米で増える子どもの肝炎、関連が疑われているアデノウイルスとは. 朝日新聞 2022.04.26. https://digital.asahi.com/articles/ASQ4V45GCQ4VUTFL00P.html?oai=ASQ575RGVQ57UTFL004&ref=yahoo

[6] AFP BB News: 謎の小児肝炎、ウイルス性か 米CDC. 2022.04.30. https://www.afpbb.com/articles/-/3402860?cx_part=search

[7] AFP BB News: 謎の急性肝炎、インドネシアで子ども3人死亡. 2022.05.04. https://www.afpbb.com/articles/-/3403202?utm_source=yahoo&utm_medium=news&cx_from=yahoo&cx_position=r1&cx_rss=afp&cx_id=3403605

[8] テレ朝 News: 原因不明の子どもの急性肝炎 ロックダウンなどによる免疫力低下が影響か. 2022.04.27. https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000252895.html

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

重症者が増えなければよいという方針で死亡者増

今年の大型連休(GW)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策についてまん延防止措置などの行動制限の規制が全くない状況です。これに関して、昨日の民放の番組「池上彰のニュース解説」で、昨年の同時期に比べてはるかに感染者数が多いのに、なぜ行動制限がないのかということを同氏が説明していました。要するに、第6波流行をもたらしたオミクロン変異体は従来のデルタ型などと比べて軽症者が多く、重症者数が少ない分、医療崩壊することがないので、行動制限する必要がないという説明でした。

とはいえ、図1に示すように、第6波以降これまで最多の感染者数と死者数を記録しており、最大の被害になっていることは周知の事実です。感染者数が爆発的に増えれば、その分死者数が増えることも当初から想像できたことであり、事実そうなりました(→「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態)。

図1. 日本におけるCOVID-19の死者数の推移(7日間の移動平均値、Our World in Dataより).

私は上記のテレビ番組を観ながら、その感想を以下のようにツイートしました。

死者数は2月をピークに急速に減りつつありますが、BA.2変異体による現流行になってからも、依然としてデルタの第5波に近いレベルを保っています。テレビは、日々の陽性者数や重症者数を重点的に伝えても、死者数についてはサラッとした感じで流すか、全く報じないこともあります。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾見茂会長の弁にも代表されるように、政府や専門家はことあるごとに重症者数が大事と言ってきましたが、これは上述のように、病床のひっ迫や医療崩壊を防ぐための考え方であったと言えます。つまり、人々を感染から守る、罹った人を守るということではなく、「医療システムを守る」ということなのです。都合がよいことに、オミクロンによるCOVID-19は重症化しにくい傾向があり、その結果、患者を入院させるのではなく、自宅療養や施設療養を優先する方針がとられました。

もちろん、オミクロン感染者数が爆発的に増加し、自動的にその都度の病院収容がままならない状態になったことも影響しています。軽症なのになぜ医療がひっ迫したかというのもこの理由です(→オミクロンは軽症なのになぜ病院をひっ迫させるのか?)。

ところが、オミクロン患者では重篤化に至らないまま、いきなり亡くなる事例が増えました。軽症だという理由で、自宅療養や施設療養が優先された結果、ある日突然悪化して亡くなったり、慌てて病院に収容されたもののそのまま亡くなるというケースが多くなったのです。この傾向は現在まで続いています。これがオミクロン流行でパンデミック以来の最多の死者数を記録している理由の一つです。

敢えて誤解を恐れず言えば、感染患者が次々と亡くなっていけば、病院は全くひっ迫せず、医療崩壊も起きません。「重症者が増えなければよい」という重症者数抑制自体が目的化してしまった上に、「オミクロンはほとんどが軽症」という認識が加わって、自宅・施設療養が優先され、かえって死亡事例を増やしているのです。

つまり、リスクコミュニケーションにおける「重症者数が大事」、「オミクロンは重症化率が低い」という情報流布は、犠牲者の実態が見逃されやすいということだけでなく、流行状況が軽視されることで感染患者を爆発的に増やし、かえって医療を圧迫させ、医療崩壊に至るということでも問題なのです。

そしてここがまさに詐欺的と思えるのが、重症者の定義がオミクロンが流行る前の状態のままで「重症者数が大事」と尾見氏をはじめとする感染症コミュニティが言い続けていることです。すなわち、従来は肺炎を起こせば中等症人工呼吸器やECMOを装着すれば重症という定義でしたが、いまのオミクロンCovidは全身性の疾患であることがわかっており、肺炎や人工呼吸器をすっ飛ばしていきなり重篤化し、亡くなるというケースが増えているのです。さらに、人工呼吸器やECMO装着を望まない高齢者もいて、亡くなるということも頭に入れておかなければなりません。

日本がオミクロン流行で最多の死者数を出したのとは対照的に、欧米先進諸国は流行の波を重ねるごとに死者数を減らしています。特にワクチン接種が進んだ以降は、それが顕著です。図2は、フランス、ドイツ、イタリアの死者数の推移を示していますが、オミクロンの流行では最も死者数が減っていることがわかります。

図2. 日本と比較した欧州3国(フランス、ドイツ、イタリア)の日別死者数の推移(7日間の移動平均値、Our World in Dataより).

図3には英国での死者数の推移を示します。上記欧州3国とはちょっとパターンが違いますが、やはりデルタ流行以降急激に死者数を減らしています。英国では規制が全面的に解除されているため、最近ではやや死者数が上昇気味です。

図3. 図2. 日本と比較した英国の日別死者数の推移(7日間の移動平均値、Our World in Dataより).

図4は米国とカナダの死者数の推移を示しています。欧州と比べて流行の波を経るごとの死者数低下は顕著ではありませんが、オミクロンで際立って死亡が増えているということはありません。

図4. 日本と比較した北米2国の日別死者数の推移(7日間の移動平均値、Our World in Dataより).

すなわち、流行を重ねるごとにウイルスと病態について学び、ワクチン接種を含めた感染症対策が改善され、最悪の被害を少なくするという方向に一応向かっている欧米諸国に対し、日本は逆に最悪の被害を増やしているのです。日本は、もともと検査を含めた防疫・感染対策がお粗末なことや医療アクセスが狭い上に、「重症者が増えなければよい」、「オミクロンは軽症で自宅・施設療養でよい」という安易な方針が、そうさせてしまったということでしょう。

栃木県では、基礎疾患のない10歳未満の女子がCOVID-19で亡くなったことが報道されました [1]。県は「死亡した女の子は当初は軽症で基礎疾患がなかったため、自宅療養という判断は妥当だったと考えている。基礎疾患のない子どもでも死亡することがあることを知っていただき、引き続き感染対策をお願いしたい」と述べたそうですが、何をか言わんやです。これでは亡くなった女の子が浮かばれません。

国や専門家の「重症者数が大事」、「オミクロンは軽症」という言葉の裏にある真の意味を、私たちは注意深く読み取る必要があります。これらは詐欺的フレーズと考えた方がよいのです。そして、これらの言葉に安易に広報的に伝えるメディアにも注意しなければなりません。これらのフレーズが強調される限り、次の流行波(第7波)で感染者を爆発的に増やし、医療を圧迫させ、さらに医療崩壊に至り、これまで以上に犠牲者を増やすことが繰り返されるでしょう。

引用記事

[1] NHK NEWS WEB: 新型コロナ 基礎疾患ない10歳未満の女児死亡 栃木県. 2022.05.01. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220501/k10013608211000.html 

引用したブログ記事

2022年2月1日 オミクロンは軽症なのになぜ病院をひっ迫させるのか?

2022年1月27日 「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

迅速抗原検査はオミクロン検出の感度が低い

はじめに

SARS-CoV-2の検査は、現在、プローブ・リアルタイムPCR(RT-PCRが標準法として使われています。一方、発症者を迅速に診断したり、感染をスクリーニングするための迅速(簡易)抗原検査(rapid antigen test, RAT)も多用されており、一部の国では国家検査戦略の重要な柱として実施されています。

しかし、RATはPCR検査に比べてかなり分析感度が低く、たとえば、PCR検査でのCt値>25の低ウイルス排出感染者では、陽性と判定できない場合があることも指摘されています。さらに、RATは一般にウイルスのクレオカプシドタンパク質を標的としていますが、ここに変異が入ると、検出感度がさらに低下することが懸念されています。例として、オミクロン変異体(B.1.1.529)ではそれまでの変異体に比べて検出感度が落ちることを報じたプレプリントを、先のブログ記事で紹介しました(→ステルスオミクロン)。

今年2月には、ドイツの研究チームが、RATのオミクロン検出感度について検討した結果を報告しました [1]。結論として、RATのオミクロン検出の感度が悪いこと、in vitroで拡大培養したウイルスストックでRATの性能評価することは当てにならないことを述べています。このブログ記事で、本研究を紹介したいと思います。

1. 研究の背景

論文に書かれたイントロダクションに沿って、研究の背景を述べます。

SARS-CoV-2検出のためのRATは、迅速かつ安価で、検査室に依存しないポイント・オブ・ケア診断(診療現場での検査診断)を提供することで重宝されています。これらの中には、一般人でも使用できるものが承認されており、公衆衛生上の介入のためのツールとして頻繁に使用されています。SARS-CoV-2のPCR検査の物理的環境がやや限られていることを考慮すると、RATからの検査結果だけで、COVID-19の確定診断、あるいは症状のない人の検疫や隔離を判定するための「非感染」「非感染」状態の証明として提案を行っている保健当局もあります。

一方、異なる検査組織による独立した評価とコクラン(Cochrane))メタ分析 [2] によると、RATの性能が非常に不安定であることが示されています。それゆえ、臨床診断や感染者のスクリーニング検出に対するRATの有用性については、現在も論争が続いています。

SARS-CoV-2のRATで標的となるのは、一般にヌクレオカプシドタンパク質です。RATの大半は、「懸念すべき変異体(VOC)」の出現前に開発されていますが、VOCはヌクレオカプシドタンパク質に異なる変異箇所を持つため、VOC特異的なRAT評価を行うことが必要です。

オミクロン変異体では、スパイクタンパク質に30以上の非同義変異があるほか、BA.1亜系統のヌクレオカプシドタンパク質には、オリジナルのWuhan-hu-1ウイルスの配列と比較して、P13L、DEL31/33、R203K、G204Rという4つの変異が、さらにBA.2ではS413Rの変異があります。これらの変異のうち3つ(P13L、DEL31/33、S413R)は、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ型(B.1.617.2)にはないオミクロンに特有のものであり、RATの性能予測を困難なものにしています。

注目すべきことは、オミクロンのRATの臨床的および分析的性能に関する既往の報告に、一部矛盾があることです。すなわち、組織培養で得られるデルタまたはオミクロン分離株の比較研究では、10種類のRATの分析感度にVOC特有の違いはなく、オミクロンに対するこれらのRATの有効性を結論付けている [3] 一方で、培養VOCを用いた分析比較検証は、臨床検体評価に取って代わることはできないとも述べられています [4]

そこで今回、ドイツの研究チームは、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドを検出する9種類のRATについて,臨床呼吸器材料と培養ウイルス(デルタ株およびオミクロン株)の両方を用いた分析性能を比較することにしました [1]

2. 結果の概要

2-1. 検体およびRATキットの特異性

今回の研究で使用されたRATキットは以下の9種類です。これらの中には日本の富士フィルム製のキットも含まれています。

Test 1: FUJIFILM COVID-19 Ag Test(富士フィルム

Test 2: Novel Coronavirus 2019-nCoV Antigen Test (Beijing Hotgen Biotech)

Test 3: NanoRepro SARS-CoV-2 Antigen Schnelltest (Viromed) (NanoRepro AG)

Test 4: CLINITEST Rapid COVID-19 Antigen Test (Healgen Scientific LLC)

Test 5: Lyher Novel Coronavirus (COVID-19) Antigen Test Kit (Hangzhou Laihe Biotech)

Test 6: COVID-19 Ag BSS self-test (Biosynex Swiss SA)

Test 7: rapid SARS-CoV-2 Antigen Test Card (Xiamen Boson Biotech)

Test 8: rapid SARS-CoV-2 Antigen Test Card (MP Biomedicals Germany GmbH)

Test 9: Medicovid-AG SARS-CoV-2 Antigen Rapid Test Card-nasal (Xiamen Boson Biotech)

上記のRATを適用した臨床検体は鼻咽頭スワブであり、あらかじめRT-qPCRと次世代シーケンシングによるデルタおよびオミクロン型の同定とウイルス濃度検定を行ないました。全てのRATの特異性を評価するために、PCR陰性の鼻咽頭スワブを検体として試験しました。その結果、9つのRATの特異性は、すべて100%(CI 96.3-100%)でした。

2-2. キットの種類ごとの感度

上記の臨床検体を対象として、9つのRATの分析感度を直接比較検討しました。デルタ変異体を含む検体を調べた場合、RAT感度は34.92~58.46%であり、その範囲は、PCR陽性の63検体中、22検体(最低値、テスト1)および38検体(最高値、テスト5, 8)に相当しました(表1)。オミクロン変異体を含む検体においては、全体の感度は22.22〜57.43%であり、PCR陽性101検体中、それぞれ22検体と58検体が正しくスコアリングされました(表2)。

表1. 9種類の迅速抗原検査キット(Test 1〜9)のデルタ変異体を含む臨床検体の検出感度(文献 [1] より転載)

表2. 9種類の迅速抗原検査キット(Test 1〜9)のオミクロン変異体を含む臨床検体の検出感度(文献 [1] より転載)

最近報告されたロジスティック回帰モデル [16] に基づいて、検出限界の50%(ピンクの縦縞の点線)と95%(黄色の縦縞の点線)を決定しました(図1)。

図1. 9種類の迅速抗原検査キット(Test 1〜9)のデルタ変異体およびオミクロン変異体に対する50%検出限界および95%検出限界を示すロジスティック回帰モデル(文献 [1] より転載)

図1に示すように、テスト1(富士フィルム製)では、デルタを含む検体のLoD50(50%検出限界)とLoD95(95%検出限界)のRNAコピー数は、それぞれ1.19×10*6(=10の6乗)と7.03×10*7でした。一方、オミクロンを含む検体では、LoD50 値は 1.11×10*7、LoD95 値は 7.12×10*9 となりました。他のRATキットでは、テスト1よりも感度がやや高くなるものの、デルタ試料に比べてオミクロン試料の方が高いRNAコピー数が必要という同様の傾向になりました。唯一、テスト9では、デルタ試料ではLoD50が1.82×10*5、LoD95が3.02×10*6、オミクロン試料では1.94×10*5、3.41×10*6となり、同程度の良好な分析結果となりました。

全体を要約すると、LoD50においては、デルタでは1.32×10*5~2.05×10*6 RNAコピーとなり、オミクロンでは1.77×10*6~7.03×10*7 となりました。すなわち、RATで陽性となるには,デルタ型に比べてオミクロン型では10倍(LoD50)または101倍(LoD95)の高いウイルス量が必要ということになります。

RT-PCRのCt値<25のウイルス量が高い検体においては、オミクロン検体の陽性率は31.4〜77.8%でしたが、中程度のCt値(25〜30)の検体では、0〜8.3%に減少しました。すなわち、Ct値>25のPCR(オミクロン)陽性検体では、RATは実質機能しないということです。

2-2. 細胞培養で増やしたウイルスストックにおけるRAT感度

先行研究では、in vitroで増やした異なるウイルス株は、RAT感度が同等であることが示されています [3]。そこで、細胞培養によるデルタ株とオミクロン株のストックについて、並行的感度評価を行いました。デルタ株(GISAID 3233464)は、ヌクレオカプシドタンパク質にD63G、R203M、D377Yの変異を持ち、さらに一般に報告されているG215C変異を持ちます。オミクロン株(GISAID 7808190、BA.1亜系)は、P13L、del31/33、R203KおよびG204R変異を保有しています。

結果として、テスト1、5、8および9は、デルタおよびオミクロンのウイルス株を2.5×10^6 RNAコピーまで検出できましたが、他の5キットは感度が低く、陽性と判定するために最大で8倍以上のウイルス RNAが必要でした。興味深いことに、細胞培養で増やしたオミクロンはデルタに比べて、特にテスト2、4、6、7でわずかに検出率が高い傾向がみられました。

要約すると、この解析では、「in vitroで増やしたオミクロンとデルタのウイルスストックはRATによって同等の感度で検出される」という、先行研究の結果を追認するものでした。しかし,これは上記の臨床検体の評価とは明らかに異なり,ウイルス量が同程度のCOVID-19患者においては、実際、オミクロン感染の検出感度が低下していることが示されました。

3. 考察と意義

今回のドイツの研究 [1] の限界は,呼吸器スワブを採取した個人のワクチン接種状況、過去の感染症、症状またはCOVID-19の病期に関する情報がないこと、加えて研究の検査条件とポイントオブケア環境と異なることです。それらを踏まえた上で、この研究成果には二つの意義があります。一つは、もともと PCRに比べてRATの性能は劣るのですが、その感度は市販キットの種類によって大きく異なり、かつオミクロンにおいてはさらに感度が悪くなっていることを示したことです。もう一つは、組織培養で増やしたウイルス株のストックを検体とした場合と臨床検体を用いた場合とでは、感度の結果が異なることを示したことです。

臨床検体とウイルス株培養ストックとの間で、およびデルタとオミクロンとの間でRATの性能が異なる理由は、今のところ不明である、と著者らは述べています。その上で、以下のような4つの可能性を推測しています。すなわち、(1) 宿主の免疫反応によって引き起こされるウイルス誘発性細胞死または細胞溶解の程度が、呼吸器粘膜に見られるVOC特異的なヌクレオカプシドタンパク質のレベルに寄与している可能性、(2)COVID-19のウイルスRNAあたりのヌクレオカプシド比率がオミクロンよりもデルタで高い、(3) 組織培養ウイルスストックでは、より生理的な環境と比較して、ウイルスRNAに対するヌクレオカプシドタンパクの比率におけるVOC固有の差異が平準化される可能性、(4)COVID-19患者の特異的抗体反応が、ワクチン接種や過去の感染履歴で、RATのVOC特異的陽性率に異なる影響を与える可能性、という推測です。

一般に、高ウイルス量のオミクロン感染者は、市販RATキットによって確実に検出されると広く伝えられています。しかし、このような一般的な主張に根拠を与えるような公的機関の評価は、全てのRATキットについてなされていないし、通常のヒト−ヒト間の相互作用条件下で「本当に」感染性のある個人またはスーパースプレッダー候補のグループを確実に特定するということも、科学文献によって立証されてはいないと著者らは述べています。そして、感染力を増したVOCが出現する以前に、Ct値≧27の明らかなスーパースプレッダーが出現した例 [5] や、Ct値≧35の検体からウイルス培養した例 [6, 7] を挙げています。

実験的研究により、新しい宿主への感染には千個程度のウイルス粒子で十分であると推定されていますが、RATによる陽性スコアに必要なウイルス量は千倍以上にも及ぶとされています。予備的な報告によると、オミクロン感染者は、以前のVOC感染者よりもさらに少ないウイルスしか排出しない(少ないウイルス量で感染成立する)可能性があります。著者らは、大半のRATキットの分析感度の低さを考慮すると、オミクロンの臨床診断性能をさらに悪化させる可能性があると述べています。

モデリング研究によれば、感染者を識別するためのRATの感度の低さは、複数回の繰り返し検査によって補われる可能性があるとされています。これは、RATの「再校正された絶対感度」が約80%であるという主張に基づいていますが [8]、独立した実験室ベースまたはフィールド研究の大多数によって支持されていません。SARS-CoV-2迅速抗原検査の性能について、国際機関およびPaul-Ehrlich-Instituteが示した最低要件は、80%以上の総合感度および97%以上の特異度です。このことから、著者らは、これらの基準を満たさないRATは、直ちに市場から撤去されるべきである、と主張しています。

結論として、培養ウイルスストックを用いた in vitro 試験で、RATの臨床的性能の予測価値を求めることは疑問だということが述べられており、RATによるオミクロン感染の検出率低下に対する認識を高めると同時に、最低限の性能を満たす適切なRATのリストを速やかに公開する必要があるとしています。

おわりに

迅速抗原検査(RAT)がPCR検査に比べてかなり分析感度が悪いことは、当初から知られている事実です。問題は、市販のRATキットが数々のVOC変異体が出現する前に設計・開発されていることで、標的とするヌクレオカプシドタンパクに変異を有するVOCに対してはさらに検出感度が悪くなり、実用性に適うかという懸念でした(→ステルスオミクロン)。

今回の論文は、まさにこの懸念が現実のものとなっていることを示したということでしょう。オミクロン変異体については、RATは、Ct値>25となるようなウイルス濃度の検体については実質機能せず、それよりも濃度が高い検体についても、半分以上は見逃す可能性があるのです。現在、オミクロンBA.1/BA.2に対して、69/70欠失、L452R, F486V変異を有するRA.4、RA.5変異体も出現していますが [9]、基本的にRAT検出感度は同様に低いと考えられます。

これらの研究結果は、オミクロン変異体の感染初期においては、たとえ発症時においても、RATでは検出しにくいことを予想させるものです。実際、かなりの高濃度ウイルス排出量にならないと今のRATは機能しないでしょう。

日本でのSARS-CoV-2検査体勢は、海外と比べるときわめてお粗末ですが、RATの検査割合もかなり高く、東京都で言えば、現在全体の検査数の約3割を占めています。上述のように、RATは高ウイルス量のオミクロン感染発症者を検出しているだけの可能性があり、発症時までの見逃しは大きいのではないかと推測します。実際、RATは発症当日では陰性になりやすいと言われています。

RATはウイルス排出量が多い場合には検出できるので、社会活動で感染させないという使用目的には適うのではないかと個人的に考えてきました。実際、多数の人に会う仕事に向かう場合は、その度にRATで陰性を確かめてから出かけてきましたが、オミクロン流行になってからは、考えを改めるようになりました。

なお、日本の空港検疫では、PCRではなく抗原定量検査が用いられていますが、同様にヌクレオカプシドタンパクを標的としています。RATで起きている現象が当てはまるとするなら、オミクロン流行になってから、検疫での検出感度が悪くなっていることも考えられます。

引用文献

[1] Osterman, A. et al.: Impaired detection of omicron by SARS-CoV-2 rapid antigen tests. Med. Microbiol. Immunol. Published Feb. 20, 2022. https://doi.org/10.1007/s00430-022-00730-z

[2] Dinnes, J. et al.: Rapid, point-of-care antigen and molecular-based tests for diagnosis of SARS-CoV-2 infection. Cochrane Database Syst. Rev. 3, CD013705 (2021). https://doi.org/10.1002/14651858.CD013705.pub2

[3] Deerain, J. et al.: Assessment of the analytical sensitivity of ten lateral flow devices against the SARS-CoV-2 omicron variant. J. Clin. Microbiol. Feb. 16, 2022. https://doi.org/10.1128/jcm.02479-21

[4] Bekliz, M. et al: Analytical sensitivity of seven SARS-CoV-2 antigen-detecting rapid tests for Omicron variant. medRxiv. Posted January 17, 2022. https://doi.org/10.1101/2021.12.18.21268018

[5] Lin, J. et al.: A super-spreader of COVID-19 in Ningbo city in China. J. Infect. Public Health 13, 935–937 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jiph.2020.05.023

[6] Liu, L.-T. et al.: Isolation and identification of a rare spike gene double-deletion SARS-CoV-2 variant from the patient with high cycle threshold value. Front Med. Jan. 6, 2022. https://doi.org/10.3389/fmed.2021.822633

[7] Singanayagam, A. et al.: Duration of infectiousness and correlation with RT-PCR cycle threshold values in cases of COVID-19, England, January to May 2020. Euro Surveill. 25, 32 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.Es.2020.25.32.2001483

[8] Petersen, I. et al.: Recalibrating SARS-CoV-2 antigen rapid lateral flow test relative sensitivity from validation studies to absolute sensitivity for indicating individuals shedding transmissible virus. Clin. Epidemiol. 13, 935–940 (2021). https://doi.org/10.2147/clep.S311977

[9] 国立感染症研究所: 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の変異株について (第16報). 2022.04.29. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/11119-covid19-16.html

引用したブログ記事

2022年1月24日 ステルスオミクロン

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

治っていないコロナの病気を後遺症とよぶべきでない

2022.04.22: 18:24更新

今朝、日本経済新聞のウェブ版に目を通していたら、オミクロン変異体によるCOVID-19後遺症が若年層ほど重く 仕事と治療の両立の課題があることが記事になっていました [1]。そして、ツイッター上に、コロナ後遺症専門外来のあるヒラハタクリニック平畑医師の引用ツイートがありました。

当該記事 [1] によれば、を今年1~3月に訪れたオミクロン患者258人のうち、年代別では30代の29%と最多であり、次いで20代と40代がいずれも24%だったということです。主な症状としては強い倦怠感、息切れ、ブレイン・フォグなどであり、仕事を週半分以上休まなければならないほど重い人も30代で多かったということです。

私は、この問題の重要性もさることながら、日本の医者やメディアやいまだに後遺症とよんでいることに違和感をもっています。なぜなら、COVID後遺症の最初の論文報告があり、病気として再認識しようという動きがあり、long COVIDという名称が提唱されてからもう2年も経つからです(→"Long COVID"という病気)。この名称が提唱された理由の一つとして、後遺症と言葉でこの病気をよぶことは避けよう(つまり後遺症ではない)という意図があります。私はこれに関連して、以下のように引用ツイートしました。

世界保健機関(WHO)は、COVID-19の後遺症について "post COVID-19 condition"として「少なくとも2カ月以上持続し、ほかの疾患による症状として説明できないもの」と定義しています [2]。そして、long COVIDという名称も紹介しています。ちなみに現在確定した邦訳がないので、私は「長期コロナ症」とよんでいます。

Long COVIDの詳細なメカニズムは分かっておらず、確立した治療法もありません。しかし、最近の論文は、COVID-19患者が最初の症状から回復した後(検査陰性後)も長期間体内にSARS-CoV-2 [3, 4] やそのヌクオチドカプシドタンパク質 [5] を保持する例を報告しています。そして、これが long COVID の症状と関連があるのではという仮説も提唱されています(→SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID)。つまり、COVID-19は慢性疾患を起こす全身性感染症の可能性があるわけであり、long COVIDはその続きの神経症状を主とする病気であるわけです。

現在、COVID-19の治療費は感染症法に基づき国が負担していますが、long COVIDの治療は自己負担です。新聞記事 [1] は、「他の患者に症状をうつす可能性がなく、他の病気の後遺症と扱いの区別が難しい」との厚生労働省担当者のコメントを紹介していますが、勘ぐれば、あえて後遺症として区別することで国の関わりの負担を軽減する意図があるのではとさえ思えてきます。うつす可能性がなくなればCOVIDでなくなるという、言わば視野狭窄的な見解から厚労省も脱却すべきでしょう。

今日の週刊誌は、岸田政権がどうやら新型コロナ感染症の法律上の扱いをいまの2類相当から5類にする方針のようだということを伝えています [6]。国によるCOVID-19流行の制御・管理を外し、long COVIDも含めて、すべての受診、治療、ワクチンを自己責任・自己負担とすることで、経済活動をよりしやすくし、一方で国の責任を軽くするつもりかもしれません。

Long COVIDの人は、いま世界で1億人いると言われており、withコロナ戦略の下で進行する感染者増大に伴う労働者不足と生産性低下が大きな社会問題になりつつあります(→未来を変え続けるCOVID-19とwithコロナ戦略)。ここで、まだ終息が見えないパンデミックへの対策やlong COVIDの問題への対応を誤ると、国民の健康や国の労働生産性を大きく損なうことになる危険性もありますが、わが国にその認識はあるでしょうか。

2022.04.22更新

上記のように、政府は、新型コロナの法令上の扱いを現在の2類相当から5類に引き下げる意向のようだと書きました。しかし、22日の参議院本会議で、岸田総理は、野党側のこの質問(提案)に対して、「5類」に引き下げることについて、「現時点での変更は現実的ではない」との考えを示しました [7]

引用文献・記事

[1] 高橋耕平、亀田知明: オミクロン後遺症、若年層重く 仕事と治療両立課題. 日本経済新聞 2022.04.20. 23:03 (2022.04.21 5:43更新). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE041R70U2A400C2000000/?unlock=1

[2] WHO: Coronavirus disease (COVID-19): Post COVID-19 condition. December 16, 2021. https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/coronavirus-disease-(covid-19)-post-covid-19-condition

[3] Zuo T et al: Depicting SARS-CoV-2 faecal viral activity in association with gut microbiota composition in patients with COVID-19. Gut 70, 276–284 (2021). http://dx.doi.org/10.1136/gutjnl-2020-322294

[4] Natarajan, A. et al.: Gastrointestinal symptoms and fecal shedding of SARS-CoV-2 RNA suggest prolonged gastrointestinal infection. Med Published April 12, 2022. https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001

[5] Cheung, C. C. L. et al: Residual SARS-CoV-2 viral antigens detected in GI and hepatic tissues from five recovered patients with COVID-19. Gut 71, 226–229 (2022). http://dx.doi.org/10.1136/gutjnl-2021-324280

[6] 女性自身: コロナ5類引き下げで医療費が自己負担になる可能性. 2020.04.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/9653b110c81ccd8f556ad3f3bc5730586adc5526?page=2

[7] TBS NEWS DIG: 岸田総理、新型コロナ「5類への変更は現実的ではない」 変異可能性や知事権限の制限理由に. Yahoo Japan ニュース 2022.04.22. https://news.yahoo.co.jp/articles/5259277a7842b8cbfc17f6345cfa7756dc1d2d12

引用したブログ記事

2022年4月18日 SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID

はじめに

今日(4月18日)、米カリフォルニア州スタンフォード大学の医学ニュースを見ていたら、「軽症のCOVID-19患者は、ふん便中に長期間ウイルスRNAを排出する」という記事 [1] が目にとまりました。どうやら、この長期間のウイルス保持が long COVID長期コロナ症)(→"Long COVID"という病気)の症状にも関係するという内容の記事です。

このニュースの元になっている研究は、同大学の医学・遺伝学のアミ・バット(Ami Bhatt)准教授の研究グループによるもので、その論文が最近、電子ジャーナルMedに掲載されました [2]。この研究成果は、すぐにBloombergを含め、いつくかのメディアにも取り上げられています [3]。このブログではこの研究内容を簡単に紹介したいと思います。

1. Med論文のアブストラク

まずは、バット氏らの当該論文 [2] アブストラクトを以下に示します。

●背景
COVID-19は、呼吸器症状、全身症状、消化器症状を呈する。SARS-CoV-2 RNAは呼吸器系およびふん便試料から検出されるが、最近では、肺と腸の両方の組織でウイルスの複製が起こっていることが証明されている。感染初期のふん便RNA排出については多く知られているものの、長期間の排出、特に軽症のCOVID-19患者についてはほとんどわかっていない。さらに、ふん便中RNA排出に関するほとんどの報告では、これらの所見と消化器症状との関連は認められていない。
●研究方法
我々は、軽症から中等症の113人の患者についてCOVID-19診断後10ヶ月までのふん便中RNA排出動態を解析した。また、ふん便RNA排出量と疾患症状との相関を調べた。
●研究結果
ふん便中のSARS-CoV-2 RNAは、診断後1週間以内に49.2% [95% CI = 38.2%-60.3%]の被験者で検出された。4ヶ月後の被験者の口腔咽頭SARS-CoV-2 RNAの継続的な排出はなかった。しかし、診断後4ヶ月で被験者の12.7% [8.5%-18.4%]、7ヶ月で3.8% [2.0%-7.3%] において、SARS-CoV-2が継続して排泄されていることがわかった。また、消化器症状(腹痛、吐き気、嘔吐)は、SARS-CoV-2 RNAのふん便中への排出と関連していることがわかった。
●結論
ウイルスRNAが、呼吸器内ではなく、ふん便中に長期間存在し、消化器症状を伴って排出されることは、SARS-CoV-2が消化管に感染することを示し、その感染が長期化する可能性が示唆される。

Graphical Abstract

2. Bloombergの記事から

上記論文は、バット氏のインタビューも含めて、Bloombergが記事 [3] にして簡潔にまとめていますので、以下、この記事を翻訳・要約しながら紹介したいと思います。

記事の冒頭で、「軽症から中等症のCOVID-19感染者は、初感染から数ヵ月後にふん便中にウイルスRNAを排出することがスタンフォード大学の研究者によって明らかにされた。このような人はしばしば吐き気、嘔吐、腹痛を伴う」と紹介されています。そして、感染後数ヶ月間、このウイルスを保持することが免疫システムを悪化させ、long Covid症状を引き起こす可能性があるとの懸念が高まっているとしています。

バット氏らの研究は、ふん便中のSARS-CoV-2 RNAとCOVID症状の両方を追跡したこれまでにない最大規模のもので、感染者の約半数が感染後1週間でウイルス排出が痕跡程度になるものの、約4%の患者が7ヵ月後もウイルスを含む排泄物を出していることを明らかにしました。また、ふん便中のウイルスRNAは胃の不調と関連しており、SARS-CoV-2は胃腸管に直接感染し、そこに潜伏している可能性が高いと結論づけました。

バット氏は「それは、体の隠れた部分での継続的な感染が long Covidに重要であるかもしれないという疑問を提起する」、「長引く感染によってウイルスが直接細胞に侵入し、組織を損傷したり、免疫システムを刺激するタンパク質を生成しているかもしれない」と、インタビューで応えています。

SARS-CoV-2感染後、5%から80%の人が悩まされるコロナの後遺症(long COVID)の原因は、まだ誰も知りません。イェール大学の岩崎明子教授(免疫生物学、分子・細胞・発生生物学)は、「少なくとも4つの異なる生物学的メカニズムが、long COVID の異なる状態あるいはサブタイプにつながる可能性がある」と話しています。

岩崎氏は先週、コネチカット州ニューヘブンの研究室でインタビューに答え、「long COVID は複数の異なる病気である可能性が高い」と語っています。これらの病気の一つでは、SARS-CoV-2の持続的な感染が有害な免疫反応を引き起こし、ウイルスを標的とする薬物で鎮めることができるかもしれない、と彼女は述べています。

岩崎氏は、また、「抗ウイルス剤やもモノクローナル抗体剤の投与後、long Covidから回復した人々の話を聞いたことがある」と語り、可能性のある治療法の臨床研究に協力することを考えているようです。つまり、long COVIDに対する直接の抗ウイルス剤やモノクローナル抗体投与の効き目の可能性について試みるようです。

ファイザー社のパックスロビッドは、12月に米食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可を取得し、錠剤で服用する初のCOVID治療薬となりました。当社は、long COVID の研究は行っていませんが、その可能性を評価していると、電子メールで述べています。

米国立アレルギー感染症研究所のエイズ部門のディレクターであるカール・ディフェンバック(Carl Dieffenbach)氏は、「抗ウイルス剤が現在のような形ではなく、完全に認可されれば、研究者はより自由に組み合わせて研究できるようになるだろう」と述べています。ディフェンバック氏は、パンデミックの脅威に対抗するための抗ウイルスプログラムの共同責任者でもあります。

科学者の中には、オミクロンとその亜系統変異体は、COVID感染が長引いた1人の患者の中で進化したと考えている人もいます。このような感染症の除去を早める薬剤があれば、免疫力を低下させる新しい変異体が出現するリスクを減らすことができるかもしれません。

 SARS-CoV-2の感染経路は、感染者の気道から放出される呼吸系粒子によるものがほとんどです。しかし、ふん便に感染性粒子が含まれていることを示すのは困難を伴います。この作業には、危険な病原体を扱うための特別な設備を備えた研究室が必要であり、多種多様の微生物が存在する便から"生きた"ウイルスを分離、精製、検査する必要があるからです。

消化管は、SARS-CoV-2が持続し、定期的にウイルスが排出される呼吸器系以外の主要な部位であることが、2020年に中国の研究者らによって明らかにされています。COVIDが出現してからわずか数週間以内にふん便中にウイルスが存在するが確認されたため、パンデミックの広がりを把握するために下水監視システムが使用されるようになりました。

多くの研究者は、SARS-CoV-2がリンパ組織、脳、その他の臓器に残存している証拠を報告していますが、これは主にCOVIDを発症し、急性死亡した人の解剖所見から得られたものです。岩崎氏は「腸は、抗原やRNAが残存していることが報告されている場所」と述べながら、「long COVID 患者で実際にどの程度起こっていることなのかは不明」と語っています

軽症から中等症のCOVID患者の便に、SARS-CoV-2が含まれる頻度と期間に関するデータはほとんどないと、スタンフォード大学バット氏は述べています。2020年5月、別の研究の一環として、彼女と研究仲間は、long COVID 症状と、人々のウイルス排出の程度と場所のモニタリングを開始しました。

上述したように、感染後の113人の被験者のふん便試料を分析したところ、約13%が、気道からウイルスが除去された4カ月後も、ウイルスRNAを排出していました。また、2人の参加者の便には、感染後210日目になってもウイルスの痕跡が残っていました(上図 [Graphical Abstract] 参照)。

研究者らは、被験者がどの変異型に感染したかを判断するのに十分なウイルスRNAを分離することができず、また、任意の個人から初期および後期の時点で分離された試料が同じ変異体であることを決定的に示すことができなせんでした。それでも、検体はパンデミックの最初の年に採取されたものであり、研究期間中に2つ目の変異体に再感染する可能性は低かったと思われます。

がん専門医としての訓練を受け、腸内細菌と患者の転帰の相互作用を研究しているバット氏は、今回の新知見により、SARS-CoV-2の地域伝播に関する下水から得られる手がかりの理解が深まると述べています。「下水に基づく疫学を見て、それを解釈しようとするとき、人々がどれくらいの期間、どれくらいの量を排出しているかを理解することが非常に重要です」と彼女は述べています。

おわりに

今回のバット准教授らの論文 [2] は非常に興味深いものです。なぜなら、一般にSARS-CoV-2の検査は鼻咽頭スワブや唾液を検体として行なわれていますが、一旦検査で陽性となった感染者がその後陰性になったとしても、実はウイルスはまだ体内にいる可能性があるということを示しているからです(上図)。

ウイルスが持続する場所は消化管であり、そしてこれが長期コロナ症を起こす原因の一つになっているかもしれません。その意味で、ふん便を検体とするSARS-CoV-2検査が重要になってくるのではないでしょうか。

このように考えると、最初コロナ感染で無症状、軽症であっても、その後長期コロナ症に悩まされるということも理解できるような気がします。つまり、感染しても呼吸器などではほとんどウイルスの複製が起こらず、その後消化管でウイルスが増殖するということが考えられるからです。そして、呼吸器系の症状と検査だけでは、本当のCOVID-19流行を捉えられないということも考えられます。

引用文献・記事

[1] Conger, K.: Feces of people with mild COVID can harbor viral genetic material months after infection. Stanford Medicine April 13, 2022. https://med.stanford.edu/news/all-news/2022/04/feces-covid-19.html

[2] Natarajan, A. et al.: Gastrointestinal symptoms and fecal shedding of SARS-CoV-2 RNA suggest prolonged gastrointestinal infection. Med Published April 12, 2022. https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001

[3] Gale, J.: Coronavirus Persisting in Feces Offers Clues to Long Covid Cause. Bloomberg April 15, 2022. https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-04-15/coronavirus-persisting-in-feces-offers-clues-to-long-covid-cause

引用したブログ記事

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

相変わらずの貧弱なPCR検査態勢

COVID-19パンデミックにおいて防疫対策の基本の一つにになるのが検査です。今はマルチプレックス TaqMan PCRプローブRT-PCRという非常に高精度、高感度の分子技法が、SARS-CoV-2を検出する標準検査法として世界的に用いられています。検査の意義は以前のブログ記事(→国が主導する検査抑制策)で示したとおりです。

残念ながら、日本では当初から厚生労働省や周辺の感染症コミュニティによるPCR検査抑制論があり、パンデミックが始まってから3年目に突入した現在の感染対策においてもそれが尾を引いています。日本の検査脆弱性の状況は数字にも現れていて、今日(4月14日)時点での累計感染者数では世界16位なのに、累計検査数になると23位に後退します。ちなみに100万人当たりの検査数で言えば世界132位です。

検査の充実度は検査陽性率に現れます。G7諸国の中で、日本はいま人口比で5番目の新規陽性者数ですが、検査陽性率になると2番目になってしまい、高い陽性率を維持したままです(図1)。いかに検査をしていないかがうかがわれます。

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図1. G7諸国における検査陽性率(Our World in Dataより転載).

日本は積極的に検査拡充をしてこなかったことが祟って、オミクロン変異体による第6波流行では、ついに検査リソースと労力不足を招き、国が率先して検査抑制の号令を全国にかける羽目になりました(→国が主導する検査抑制策)。その結果、検査陽性率の上昇に見られるように、まったく検査が追いつかない統計崩壊の状態になり、流行を正しく把握できなくなったと言えます(→統計崩壊で起こった第6波流行ピークのバイアス)。

厚労省が全国に検査抑制の号令をかけたのが1月27日です。それ以来、PCR検査数は減り続け、すでに第7波が始まったというのに復活していません(図2)。

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図2. PCR検査数の推移(実施機関別の推移:厚労省HPより転載).

なぜPCR検査が減り続けるのか、ひょっとして抗原定性検査でそれを補っているのかと思って、東京の検査状況をみてみましたが、抗原検査も増えてはおらず、どうやら検査全体で減り続けているようです(図3)。

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図3. 東京都における検査数の推移(陽性者、陰性者、PCR検査、抗原検査別:都のポータルサイトより転載).

検査が減り続ける要因として、医療機関でのPCR検査の診療報酬点数の引き下げが影響しているという意見もあります。厚労省は、昨年末、COVID-19の検査に係る診療報酬点数の見直しについて通知を出しました [1]。すなわち、当時で1800点(1点10円)であったものを1350点に引き下げ、今年4月1日で700点に下げるというものです。

この結果、医療機関が民間検査会社に検査委託すればするほど赤字になるという状況が生まれたとも伝えられ [2]、それが検査数の減少につながっているのではないかと言われているわけです。

しかし、図2からわかるように、医療機関での検査が極端に減っている様子はありません。どうやら、いまのところ、民間の検査が減る以上に、行政検査としてのPCR検査が減り続けているというのが実情のようです。相変わらずの行政主導によるPCR検査抑制論に根ざす検査貧国ぶりを露呈しています。とはいえ、4月からの更なる診療報酬点数の引き下げが、これから検査数に影響してくるかもしれません。

テレビの情報番組が伝えるところによれば、厚労省は現在のPCR検査能力について41万件/日、抗原定性検査について8万件/日としているようですが(図4)、問題はどのように運用するかです。図2に示すように、第6波の検査ピーク時から減らし続けている状態は、何をか言わんやです。

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図4. テレビが伝えた厚労省の検査に関する見解(2022.04.13. TV朝日「モーニングショー」より).

今日、東京都のスクリーニング検査によれば、BA.2系統のウイルスが76.7%を占めるという報道がありました。しかし、検査抑制の状況下では流行状況が正確に把握されているとは言えず、検査・隔離の基本に基づく防疫対策も機能しているとも言えないでしょう。もはや日本のPCR検査は、患者の確定診断のみに使われている状態であり、それを改善する意思もないようです。

加えて、元々感度が悪い迅速抗原検査はオミクロンに対してはさらに感度が低下していると考えられ、相当数感染者を見逃している可能性があります。PCR検査数の減少と抗原検査の感度の低下で、見かけ上感染者数が減っていることも考えられます。

SARS-CoV-2感染の恐ろしいところは、もちろん健康被害重篤度(最悪致死に至る)にあるわけですが、他の感染症にみられない特質として long COVID(いわゆる後遺症)が挙げられます。重要なことは、long COVIDは無症状感染者でも起こることです。日本のように検査をしない中途半端なwithコロナ戦略の状態では、感染の自覚のない多数の感染者と long COVID 患者が生まれ、労働生産性に影響を及ぼししかねないという懸念があります(→未来を変え続けるCOVID-19とwithコロナ戦略)。

引用記事

[1] 厚生労働省医政局地域医療計画課等: 新型コロナウイルス感染症の検査に係る診療報酬点数の見直しについて(周知). 2021.12.28. https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/475000/d030673_d/fil/R031228.pdf

[2] 藤亮平、田ノ上達也: 診療所「PCR検査するほど赤字」…国が報酬を大幅引き下げ、検査数減る懸念も. 読売新聞オンライン 2022.02.27. https://www.yomiuri.co.jp/national/20220225-OYT1T50062/

引用したブログ記事

2022年4月13日 未来を変え続けるCOVID-19とwithコロナ戦略

2022年2月24日 統計崩壊で起こった第6波流行ピークのバイアス

2022年2月14日 国が主導する検査抑制策

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

未来を変え続けるCOVID-19とwithコロナ戦略

日本はCOVID-19パンデミックの第7波流行に突入しています。一方で、このところ、テレビなどからきわめて楽観的な声も聞こえてきます。海外では全て規制解除しているとか、米国では誰もマスクをつけていないとか、withコロナの出口戦略をどうするとか、もう風邪みたいなものだから普通に社会経済を回そう、とかいう意見です。

しかし、パンデミックは終わっておらず、それどころかウイルスは変異を続けながら人間社会に深く入り込み、ますます先が見えにくくなっています。皮肉なことに、ワクチンや新しい治療薬の使用が、安易なwithコロナ戦略の導入を許し、混乱に拍車をかけている感もあります。私が個人的に恐れているのは、社会システムや集団的健康レベルがコロナ以前の状態にはもう戻れないとのでは?ということです。

現在、SARS-CoV-2に感染者は世界で5億人に至っています。ワクチンや新しい治療薬も登場しているとは言え、withコロナ戦略という名の下で規制緩和をしていく限り、感染者数はなかなか減っていかないでしょう。感染者数は重要ではなく、重症者や死亡を重視すべきだという意見がありますが、そこに大きな落とし穴があります。それは上述した世界における集団レベルでの健康悪化への懸念です。

COVID-19の特徴は、多くの患者においてウイルスが消失した後も何らかの症状が継続するという後遺症(long COVID)があることです。たとえ無症状感染者だったとしても、1/3にlong COVIDが見られると報告されています [1, 2]。COVID-19に罹患した際はもちろんのこと、long COVIDの状態になってしまえば、通常の状態で働くということが難しくなってきます。その結果、労働のリソースが至るところで不足するという事態になりはしないかという懸念があります。

Long COVIDは罹患した場合のみならず、類似の症状はワクチン接種後でも起こりえます。ワクチン後遺症に悩む人は少なくありません。さらにmRNAワクチン自己免疫疾患や免疫不全につながる副作用への懸念もあり、未知のリスクもあるでしょう。この先、数年の間に思わぬ健康問題に発展するかもしれません。

要するに、人類はコロナに自然感染することとワクチンで人為的感染することの両面において、大きな健康問題につながるリスクを抱えており、それがこの先社会システムに大きな影響を与えかねないのです。

このようななか、「大きくなり続ける"long COVID"の問題が労働力不足に拍車をかける」という記事が、Financial Times(FT)に掲載されていました [3]。この記事は、これからの社会の未来を暗示しているような内容になっています。

FT記事で指摘しているのは、健康問題に由来する労働力不足によって起こる社会経済の混乱です。特に英国では航空業界に特に大きな打撃を与えているようで、2年ぶりに活気は戻っているとしながらも、何万人ものスタッフが解雇されたパンデミックどん底から依然として立ち直る機会が制限されているとしています。

労働力不足の結果、ブリティッシュ・エアウェイズイージージェットは、先週、数十便のフライトをキャンセルしなければなりませんでした。ヒースロー空港は12,000人の新規雇用を計画していますが、それまでの間、春から夏にかけての旅行者の混乱が予想されるだろうと警告が出されています。

COVID-19による労働者の欠勤は、公共部門でも問題を悪化させ続けていると、FT記事は指摘しています。今週末、COVID-19で入院する人の数が急増し、NHSスタッフの病欠が増え続けています。そのため、NHSのリーダーたちは、英国政府の「withコロナ」戦略を非難しているようです。

労働力不足は、英国の食品産業が永久に縮小する可能性もあるとする英国議会の報告書もFT記事は伝えています。米国では、小売業から保養所まで、過去40年間で最速のインフレが進行する中、新規採用者を惹きつけるために初任給を引き上げ、既存スタッフの賃金を引き上げているようです。

そして、ビジネス界で問題が大きくなっているのが、long COVIDの影響です。FT記事によれば、世界中で推定1億人がこのこの後遺症に苦しんでおり、多くの人が以前のような労働生活に戻ることができないでいるのです。この病気は新しいものであり、各国政府はこの症状を障害として扱うべきか、職業病として扱うべきかをまだ明確にしていません。しかし、確かなことは、その数が増え続けているということです。

COVID-19で入院した患者の5人に1人は、5ヵ月後も仕事をしておらず、同様の割合で健康上の問題から仕事を変えなければならなかったことが、英国の調査で明らかになったとFT記事は伝えています。他のデータでは、長期にわたる体調不良を理由に仕事をしていない人、あるいは職を探している人の数が20万人も急増しており、英国企業の4分の1が長期にわたるCOVID-19を欠勤の主な原因の1つであるとしています。

米国では、1,060万人の雇用空席のうち、15%以上が long COVID である可能性があるとの調査結果もあるとFT記事は伝えています。

一方で、日本のビジネス界や公共部門における労働状況はどうでしょうか。厚生労働省はきちんとした調査を行っているのでしょうか。感染者が増え続ける限り、この問題はますます大きくなっていくと思われます。労働者不足のみならず生産性に大きく影響する可能性があります、

最近、中国で感染拡大が続いていますが、網羅的検査を行なっている中国では9割以上が無症状感染者であることが伝えられています。これは恐ろしい現実を私たちに突きつけます。つまり、日本で新規陽性者数として伝えられている実際の人数よりもはるかに多くの人たちが無自覚のままに感染している可能性があり、そしてわけもわからずに倦怠感やブレイン・フォグなどに襲われ、仕事に支障を来している可能性があるのです。

新規陽性者数の数字は、流行の先行指標として意義がありますが、long COVIDや労働力への影響という意味でもきわめて重要なのです。そして重症化や致死に至らないことはもちろんのこと、まずは罹らないことが一番なのです。

政府はこの問題をきちんと踏まえた上で、withコロナ戦略を練り直し、ニュー・ノーマル路線のレールをきちんと敷いていくべきではないかと考えます。

引用記事

[1] 日本経済新聞: 無症状者でも3割がコロナ後遺症 世田谷区調査. 2021/11/18. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC177SN0X11C21A1000000/
[2] NHL NEWS WEB: 新型コロナ 無症状でも3割に後遺症 東京・世田谷区調査. 2022.04.10. https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20220410/1000078824.html

[3] Dodd, D: Labour shortages exacerbated by growing problem of long Covid. Financial Times April 11, 2022. https://www.ft.com/content/836dd175-f923-478b-80cb-f83e287419f5

                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)

カテゴリー:社会・時事問題

オミクロン系統の新しい変異体

2022.04.05更新

COVID-19パンデミックは3年目に入りましたが、いまはオミクロン系統(関連ブログ記事→オミクロン変異体が意味するもの)のSARS-CoV-2変異体の流行が主体です。オミクロンは、日本で第4波流行をもたらしたアルファ変異体、第5波の原因であったデルタ変異体の系統とは系統樹上で深い分岐を示し、野生動物のなかで変異を起こして生まれたことも提唱されています [1](関連ブログ記事→スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染)。

いま日本では、オミクロン流行の主体としてBA.1系統からBA.2系統のウイルスに置き替わろうとしています。一方で、ヨーロッパではこれらとは異なるオミクロン系統変異体が発見されており、その感染拡大が懸念されています。その一つがオミクロンXEです。

オミクロンXEについては、最近、メドリヴァ(Medriva)社のCEOであるグルバクシ・チャハル(Gurbaksh Chahal)氏による解説記事が当社HPに掲載されています [2]。メドリヴァは彼によって設立された香港の会社で、体外診断用医薬品と注射・輸液の2つのラインを製品を製造・販売しています [3]。オミクロンXEに関する当該解説は、COVID-19パンデミックに対して、政府の緩和政策とともに私たちはどのように向き合うべきかについても示唆的な内容になっていますので、ここで紹介したいと思います。

解説記事のタイトルは、"What Is The Omicron XE Variant And Why Are Scientists Concerned About Its Rapid Transmission Rate?"「オミクロンXEとは何か、なぜ科学者たちはその速い伝播速度を懸念しているのか?」です。

COVID-19対策の規制が緩和されつつある今、新たなオミクロン系統の変異体が科学者たちの注目を浴びています。オミクロンXEと名付けられたこの変異体は、特に最初に発見されたヨーロッパで高い感染力と伝播力が見られています。記事は、「私たちは、この2年間、厳しい制限の中で家に閉じこもってきたが、この新しい変異体の登場が何を意味するのか、答えを出すのは簡単なことではない」と語り、そして、「オミクロンの猛威によって、雇用の喪失とともに経済の停滞が起こっているものの、健康は妥協できるものではない」とも述べています。とにかく、多くの国でオミクロンからの防御に失敗している状況において、起こりうる感染から身を守るためには、オミクロンXEについてもっと知ることであるということです。

●オミクロン亜変異体とは?

記事ではオミクロンの登場と経緯につして説明しています。

オリジナルのオミクロン・ウイルスが最初に検出されたとき、少なくとも臨床的にはその亜変異体は存在しませんでしたが、状況はすぐに変わりました。すなわち、ウイルスは変異を繰り返して人体に適応し、また検出をくぐり抜けることが起こり、世界中でBA.1とBA.2という2つの異なる亜型が発見されることになりました。BA.2はより感染力の強い亜型で、ヨーロッパで多発し、オミクロン関連の症例の中ではかなり目立つ存在になっています。

世界保健機関(WHO)は、オミクロンの原型であるBA.1のモニタリングを注意深く行なっていましたが、やがてBA.1型、BA.2型、BA.3型と名付けられた三つの変異型に注目することになります。 このうち、BA.2の遺伝子変異はそれまでのPCR検査で発見が難しく、ステルス・オミクロンと呼ばれることになりました(先のブログで紹介→ステルスオミクロン)。

オミクロンの親変異体は変異が多いSARS-CoV-2ですが、WHOと米国疾病対策予防センター(CDC)の両方で「懸念される変異体」(VOC)に分類されています。BA.2はそこからまた変異をもつウイルスですが、オミクロン系統であるため、引き続き注意が必要な変異体であることに変わりはありません。

BA.2型は、COVID-19の最初のきっかけとなった武漢SARS-CoV-よりも、はるかに急速に、かつ容易に拡散する能力を持っています。実際、過去のデルタ変異体やオリジナルのオミクロンなど、どの変異体よりも伝播力が強いのです。デンマークの科学者は、BA.2は、オミクロンのオリジナル型よりも1.5倍も感染力が強いと述べています。この分野のほかの専門家も、BA.2は英国だけでなく、米国など他の国々でも感染の波を広げる可能性があるとと警告しています。

●オミクロンのXD、XE、XF変異体

さらに、XD、XE、XF変異体について記事は述べています。

オミクロン・ウイルスの研究に携わっている各国の研究者は、最近になってオミクロンとデルタ型のハイブリッド型コロナウイルスをいくつか発見しています。 最初それが発見されたとき、精査した結果、それは誤報だとわかりました。しかし、安心する間もなく、英国ではオミクロンウイルスの亜系統である組換え変異体が、その親型よりも高い伝播力を示すということが後でわかるという醜態をさらしています。

英国健康安全局は、現在、XD、XE、XFという3種類の組換え亜系統オミクロンを認め、監視しています(図1)。

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図1. オミクロンの新しい亜系統XD、XE、XF. 英国健康安全局はXE型をはBA.1とBA.2という2つのオミクロン亜型の組み合わせであると発表している(記事 [2] より転載).

XDはBA.1とデルタ型のハイブリッドであり、デンマーク、フランス、ベルギーで多く確認されています。

一方、科学者や医師を最も不安にさせているのはXE変異体(BA.1とBA.2のハイブリッド)であり、それが、親ゲノム配列には存在しない3つの変異を有していることです。NSP3にあるC3241T、V1069I、そしてNSP12にあるC14599Tです。この変異体は、他のどのオミクロン系統ウイルスよりも感染力・伝播力が著しく強く、英国当局にとって重大な懸念材料となります。

3番目の亜系統はXFと呼ばれ、BA.1とデルタ型の組換え体で、英国でのみ検出されています。XEに比べれば比較的安全ですが、この変異体もいつ突然変異を起こし、はるかに深刻な脅威をもたらすか分からないということで懸念されます。

●XE変異体の伝播性

WHOによると、オミクロンウイルスのBA.2亜型は、ゲノム解読された全症例の86%がこれに起因するとされる、最も優勢なウイルス変異体です。またWHOは、XE変異体について、非常に伝播力が強く、これまで遭遇したCOVIDのどの変異体よりも伝播力が強い可能性があるとして警告しています。

XE組換え型は、2022年1月19日に英国で初めて報告・検出されました。3月22日までに、英国で確認された症例は637件でした。これらの症例は、ウイルスの地域的な広がりを示唆するように、英国内に地理的な分布が確認できました。英国で最も優勢なオミクロンBA.2のゲノムサンプルを比較したところ、XE亜型が最も感染力が強く、正確には9.8%多いことが判明しました。もし、この報告が事実であれば、XE亜型は現在最も伝播力の強い変異体という不名誉な称号を手にすることになります。

●結論

記事は以下のように結論を述べています。

英国では、またしてもCOVID-19が急増し、毎日多くのオミクロンが検出されています。これに、個人防護の甘さとCOVID-19対策の完全な緩和が重なると、時限爆弾を抱えるということになります。政府は、オミクロンの発生に関しては、同時に経済的な問題に取り組んでいるため、感染対策を緩和することで自分の道をなくそうとしているようです。

XE変異体は、これまでの症例のごく一部に見られるに過ぎませんが、高い伝播力を持っているため、近い将来、ダーウィン進化論的に、英国を皮切りに最も支配的なウイルス変異体となる可能性が高いと考えられます。

否定できないのは、英国ではオミクロンの感染の第二波が起きており、衰える気配がないことです。多くの国が行ったように、自由主義者の願望を満たすために、ウイルスのパンデミック規制緩和としてカーペットの下に押し込めるのは驚くべきことです。自己検査が無料で受けられるようになったため、人為的に感染者が減少したのかもしれませんが、オミクロン流行で経験しているように、入院や死亡は比例して減少していません。

私たちは皆、政府からの指示を必要としているのですが、政府は次から次へと問題に首を突っ込み、道を失っているようです。COVID-19の予防措置がすべて解除されたため、英国に住んでいる人は、自分で考え、油断しないようにする必要があるです。今後もCOVIDのガイドラインを責任を持って真摯に守っていくべきです。オミクロンのXE組み換えの脅威がある以上、ある程度の予防線と自己認識を持って防衛策を講じておきたいものです。

筆者あとがき

コロナの波がエンデミック(風土病)や風邪みたいものに変わるという科学的根拠はなく、私たちを次々と新しいSARS-CoV-2変異体が襲ってきます。今回の記事でも再認識できるように、オミクロン亜系統のXEはそのうちの一つです。そして記事では、経済優先したいために為政者が次々と規制緩和することに対して、道を失っていると批判し、私たちは自己防衛するしかないと主張しています。

英国を含めた海外で規制解除されているのは、確固たる科学的根拠があるわけではなく、経済活動を推進したい欲望がそうさせているだけであり、それをウィズコロナという名で、あたかも何かの科学ベースの方針があるかのように見せかけているだけのように思えます。そんな空虚な海外のCOVID-19対策緩和ですが、日本でもこれに続けとか出口戦略を考えるべきだという論調が見られます。

2022.04.05更新

このブログ記事を書いたあと、今日(2020年4月5日)、ブルームバーグがXE変異体について記事を配信しているのを目にしました。ここにそれを引用しておきます [4]

引用文献・記事

[1] Wei, C. et al.: Evidence for a mouse origin of the SARS-CoV-2 Omicron variant. J. Gen. Genomics 48, 1111–1121 (2021). https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1673852721003738

[2] Chahal, G.: What Is the Omicron XE variant and why are scientists concerned about its rapid transmission rate? Medriva April 2, 2022. https://medriva.com/what-is-the-omicron-xe-variant-and-why-are-scientists-concerned-about-their-rapid-transmission-rates-fueling-the-uk/#gs.vr9zrh

[3] Medriva: https://medriva.com/#gs.vrcj8r

[4] Lew, L. and Michelle Cortez, M.: China variants and omicron XE put fresh focus on Covid mutations. Bloomberg April 4, 2022. https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-04-04/china-variants-and-omicron-xe-put-fresh-focus-on-covid-mutations 日本語版: https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-04-04/R9TGKZT1UM0W01

引用したブログ記事

2022年3月9日 スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染

2022年1月24日 ステルスオミクロン

2021年12月11日 オミクロン変異体が意味するもの

                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)