Dr. Tairaのブログ

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withコロナ vs. zeroコロナ

はじめに

日本では、コロナ禍における、ウィズ (with) コロナゼロ (zero) コロナという二極化する言葉がメディア上で飛び交っています。そして、ほとんどの場合、テレビの情報・ワイドショー・バラエティー番組のMCやコメンテータが、さも当たり前のように「ウィズコロナですから」「ウィズコロナをどのように進めるのか」と発言しています。

私の理解するウィズコロナという言葉は、「COVID-19の死の一定レベルを受けいれる」、「弱い人は死んだも仕方ない、強い者で社会を動かしていく」という、欧州で一般的な概念を意味するものです。一方、日本の為政者、メディア、TVコメンテータなどが発言するウィズコロナという言葉は、ちょっとニュアンスが違うような気もしますが、正直言ってよくわかりません。この意味で、私は少し前に以下のようにツイートしました。

上述のように、私が考えるウィズコロナは「死の一定レベルを受け入れる」という理解なので、この言葉が嫌いです。いかなる死も受け入れたくありません。現実問題として、COVID-19による死亡は起こりますが、可能な限りそれは減らしてほしいという思いです。その意味で私の考えはゼロコロナに近いのかなとも思いますが、これもニュージーランド(後述)で実践されている排除戦略 [1] とは違うような気がします。

このブログ記事では、ウィズコロナ、そしてゼロコロナがどういうものなのか、各国の状況も踏まえながら考えたいと思います。

1. テレビや為政者が使った「withコロナ」「zeroコロナ」

まずは、テレビで頻繁に使われるウィズコロナ、ゼロコロナという言葉を発した例を取り上げたいと思います。ウィズコロナという言葉をよく使う情報番組・ワイドショーの一つとしてTBSテレビの「ひるおび」があります。MCの恵俊彰氏自身が「ウィズコロナをどう闘っていくか」といった類いのフレーズを頻繁に使っています。彼はどういう意味で使っているのでしょうか? 以下はこの2–3週間の間にテレビのコメンテータなどが使った例です。

9月9日、テレビ朝日ワイドスクランブル」で、コメンテータの末延吉正氏は「野党はゼロコロナと言って先を見誤った」と発言しました。どこを見誤ったというのでしょうか。私から言わせれば、先を見誤ったのは日本政府と政府専門家会議です。昨年の第1波流行収束後のチャンスを生かせず、「クラスター対策が成功」とあぐらをかき、見事に戦略を誤ってしまいました(→専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想再燃に備えて今こそとるべき感染症対策)。当時(2020年6月初旬)、全国の県の感染者数がほとんどゼロであったことを皆さん忘れたのでしょうか?

9月17日、TBSテレビ「ひるおび」で、立憲民主党江田憲司氏の生出演に際して、ゲスト出演のタレント上地雄輔氏が「ゼロコロナというと拒否感があるし、(立憲の)説明を一々見ろということか」と発言しました。随分ウィズコロナに毒された発言だと思いましたが、逆に彼はウィズコロナの説明をどこかで読んだことがあるのでしょうか。あったとしてもそれも見ないということでしょうか。

上地氏の発言を受けて江田氏が「それならもうゼロコロナは使わない」と言っていましたが、これも情けない話であり、しかもそのように言い切ることは党としての責任が伴います。

9月23日のTBSテレビ「ひるおび」で、事業構想大学院大学教授・学長の田中里沙氏は、「ワクチンでウィズコロナを乗り越える」という発言をしていました。すごいパワーフレーズだと思いました(いい意味でも悪い意味でも)。

感染症の専門家や医者の方もよく発言しています。以下は政府分科会尾見茂会長の「ゼロコロナというつもりはまったくない」というNHK番組(9月19日)での発言を受けて私が投稿したツイートです。

尾見会長のこの発言にはちょっと驚いてしまいました。なぜなら、世界保健機構(WHO)が定義する西太平洋地域の国々・地域の中で、トップのフィリピンに続いて2位の約170万人の感染者と1万7千人の犠牲者を出している日本の専門家会議/分科会のの幹部の弁としては、「無責任ではないか」という感じを受けたからです。この感染者数は世界レベルでも24位です。とても感染症対策が成功したとは言い難く(むしろ失敗)、その言い訳にされてはたまらないと思いました。

9月21日のTBSテレビ「ゴゴスマ」では愛知医科大学教授三鴨廣繁氏が「ウイルスと共存しなければならない」と発言していました。これを聞いて私は以下のようにツイートしました。どう意味で使われたのかわかりませんが、軽い発言だと思います。

そして、わが国トップの菅義偉首相の記者会見での発言です [2]。「ウイルスの存在を前提に、繰り返される新たな感染拡大への備えを固め、ウィズコロナの社会経済活動を進めていく必要がある」と述べています。一体どういう意味でウィズコロナを使ったのでしょうか。政府のウィズコロナ戦略の具体性について、公式見解はこれまでないと思います。

2. withコロナとは?

ここでウィズコロナを改めて考えてみたいと思います。日本で最初にこの言葉を使った為政者は、東京都知事小池百合子氏だと思います [3]。昨年の5月の最初の緊急事態宣言が解除された後のことです。私がテレビで彼女の言葉を聴いた印象では、COVID-19との闘いは長期にわたることが見込まれるため、否応なくウイルスとともに生きていかなければならないとして、軽い意味で「ウィズコロナ宣言」を発したように思えました。

しかし、上述したように、当時は東舎京での新規陽性者数が10人前後であり、全国の多くの県が感染者ゼロという流行が収まった頃の話なので、実際どういう意味で使われたはわかりません。その気になれば、その当時に、中国と言わずとも、ニュージーランドや台湾のような強い対策をとっていれば、今のような甚大な被害を出すこともなく、ある程度抑え込んでいたかもしれません。ちょうど戦略の岐路に立っていた時期であったことは当時のブログ記事でも指摘しました(→再燃に備えて今こそとるべき感染症対策)。

たぶん、いまメディアで使われている ウィズコロナとは、コロナウイルスが存在する前提で新しい日常?を生きていく、経済を回していくという意味にとられているのではないかと思います。あるいは「一定の感染者数=被害を受け入れて」という意味で、明確にウィズコロナをいう人ももちろんいます。

いずれにせよ、それらの意味では、ウィズコロナという言葉には、ウイルスとどのように闘うか、どのように向き合うかという、科学的根拠に基づいた具体的方針が含まれていないように思います。コロナは流行っているけれども、とりあえず社会・経済は回していくというニュアンスが最も近いと思うのですが、はっきり言って、国内で統一化されたウィズコロナの考え方はないように思います。

官邸や自民党のホームページを見てもウィズコロナ戦略に関する見解は書かれていません。公式なものとしては菅首相ウィズコロナの社会経済活動を進めていく」と言ったことが唯一だと思います。

英国ジョンソン首相は、7月5日、「このウイルスと共に生きる (live with COVID-19) ことを学ばなければならない」と述べ、これまでCOVID-19を征服すべき敵として描いてきた政府のトーンを大きく変えました [4]。そして、「このパンデミックはまだ終わっていないことを最初から強調しておきたい」、「悲しいことに、COVIDによる死亡者が増えることを受け入れなければならない」と述べました。

いわゆる自由の日とよばれた7月19日にすべての行動制限を解除する、英国の大衆紙にも歓迎されました。このように「死の一定レベルを受け入れる」とことと引き換えに、自由を取り戻す(日常生活に戻る)というのが、英国のウィズコロナの考え方です。これには、検査、医療・治療、ワクチン接種などの具体的な対策の進行がベースになっています。

2. zeroコロナとは?

一方、ゼロコロナとはどういう考え方でしょう。基本は「排除戦略」(elimination strategy for the COVID pandemic)とよばれるもので、この戦略をとっているニュージーランドでは、対策を担う専門家が、昨年の4月に、論文上でその考え方と進め方を明示しています [1]。似たような戦略は中国と台湾でも進められており、この3つの国・地域では、英米や日本と比べれば、ほぼ感染者を抑えているというレベルです(後述)。

日本でも立憲民主党などがマニフェストでゼロコロナ戦略を掲げており、「感染拡大の繰り返しを防ぐことで早期に通常に近い生活・経済活動を取り戻す戦略」と簡潔に述べています [5]。感染対策として「感染を封じ込める」としていますが「zeroコロナ=ウイルス0」ではないことも並記しています。さらに具体策を見ることができます(印象としては散在的)。ひるおびで上地氏が「これを読めというのか」と言ったのが、このゼロコロナ戦略です。

2.1. ニュージーランドの排除戦略

ここで、2020年4月時点におけるニュージーランドの排除戦略を、Bakerらの論文 [1] に基づいて紹介します。基本戦略・対策は以下の5点です。

1. 入国した旅行者の厳格な検疫を伴う国境管理

2. 広範囲にわたる迅速な検査、迅速な隔離、迅速な接触者追跡、そして接触者の検疫

3. 集中的な公衆衛生策促進(咳エチケットと手洗い)と公共の場での手洗い設備の提供

4. 集中的な物理的距離の確保

現在はロックダウン(レベル4の警報)として実施されており、学校や職場の閉鎖、移動や旅行の制限、公共の場での接触を減らすための厳しい措置が取られているが、排除がうまくいっている場合はこれらの措置を緩和する可能性もある

5. 対策や体調不良時の対処法を一般市民に伝え、重要な健康維持メッセージを強化するための調整されたコミュニケーション戦略

さらに、この「排除戦略が失敗したらどうするか」ということも以下のように述べられています。

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排除戦略の成功は、ニュージーランドではまだ確実ではない。それまでの間は、抑制策緩和策への移行の可能性に備えて、準備を加速させておく必要がある。このような準備をすることで、脆弱な人々(特に高齢者や慢性疾患を持つ人々)の死亡率を大幅に下げることができる。特に、そのような人々を自宅や施設、コミュニティで保護するための「安全な避難所」プログラムが考えられる。これらのプログラムは、国内でのパンデミックの拡大状況に応じて、都市、地域、国別に展開することができる。

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結論として、「排除戦略の目標が達成できるかどうかは、これからの数週間の行動にかかっており、この介入が成功する可能性を最大限に高めるための努力をする必要があるが、これは公衆衛生にとって未知の領域である」と述べています。

さらに、「COVID-19がニュージーランドの環境でどのように作用するかについての情報の蓄積に伴って、戦略を微調整し、様々な手段で対策強化する必要があり、そのためには、革新的な方法で情報を提供し、多くの科学分野や技術を最大限に活用する必要がある」と結んでいます。

2.2. 排除戦略から何を学ぶか

昨年8月には、同じBakerらの執筆による「ニュージーランドの排除戦略から何を学ぶか」、という論説がNew England Journal of Medicineに掲載されました [6]。この論説に何が書かれているか、以下に、全文を翻訳しながら紹介したいと思います。

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中国の武漢でのアウトブレイクの最初の記述が共有されてから直ぐに、2020年1月下旬のランセット誌に掲載された報告 [7] では、COVID-19が深刻なパンデミックになることがほぼ確実であるとされた。

ニュージーランドは地理的に孤立しているにもかかわらず、毎年夏になると主にヨーロッパや中国本土から大量の観光客や学生が訪れるため、SARS-CoV-2の侵入が間近に迫っていることがわかっていた。疾病モデルによると、パンデミックは広範囲に広がり、ニュージーランドの医療システムを圧迫し、先住民であるマオリ族や太平洋諸島の人々に大きな負担をかけることが予想された。ニュージーランドでは、2月から本格的にパンデミック・インフルエンザ対策を開始し、患者の流入に備えて病院を整備し、また、パンデミックの襲来を遅らせるために、国境管理政策の導入も開始した。

ニュージーランドで最初のCOVID-19感染者が診断されたのは、2020年2月26日のことである。同週、WHOと中国の合同ミッションによるCOVID-19に関する報告書によると、SARS-CoV-2はインフルエンザよりも重症急性呼吸器症候群SARS)に近い挙動を示しており、封じ込めが可能であることが示唆された。

しかし、3月中旬になると、ニュージーランドでは市中感染が発生していることが明らかになり、ウイルスを封じ込めるための検査や接触者追跡の能力が十分でないことが判明した。ここで、科学的根拠に基づくという強力な方針により、国のリーダーたちは、緩和戦略から排除戦略への転換を断行した [1]

政府は、3月26日に国全体で厳重なロックダウン(警戒レベル4)を実施した。現地での感染者数が急激に増加していたこの時期、多くの人が「この徹底した管理が機能するかどうか」心配していた。5週間後、新たな感染者の数が急速に減少したため、ニュージーランドはさらに2週間、警戒レベル3に移行し、合計7週間、国を挙げての自宅待機命令が出された。

5月初旬、最後のCOVID-19の感染者がある地域で確認され、感染者は隔離され、その地域での感染拡大は終了した。6月8日、政府は警戒レベル1への移行を発表し、最初の感染者が確認されてから103日目にして、ニュージーランドにおけるパンデミックの終息を宣言した。

ニュージーランドは現在、感染排除後の段階にあるが、これには不確定要素がつきまとう。国内で確認された唯一の感染者は海外からの旅行者で、その全員が到着後14日間、政府が管理する検疫所または隔離所に収容されており、国内の排除状況を損なうことはない。もちろん、ニュージーランドは、もし国境管理や検疫・隔離政策の不備があるとすると、今後も発生する感染症の影響を受けやすい国である。

封じ込めを目指すほとんどの国(中国本土、香港、シンガポール、韓国、オーストラリアなど)では、このような失敗を経験し、対策を急速に強化している。ニュージーランドでは、これまで対応してこなかった大量のマスク着用を含む、さまざまな管理手段を用いて、再発生に対応する計画を立てる必要がある。

ニュージーランドの総患者数(1569人)と死亡者数(22人)は低い水準で推移しており、COVID関連の死亡率(100万人あたり4人)は経済協力開発機構OECD)加盟37カ国の中で最も低い水準となっている。公共の生活はほぼ正常に戻っている。国内経済の多くの部分が、COVID-19発生前のレベルに達している。一部の国境管理政策を慎重に緩和し、COVID-19を排除した地域や感染者がいなかった地域(太平洋諸島など)から検疫なしで渡航できるようにする計画が進められている。

封鎖とそれに伴う日常的な健康管理の延期が健康に負の影響を及ぼしたことは間違いないが、封鎖期間中の全国の週間総死亡者数は減少した。経済的な影響を軽減するために、政府は企業を支援し、職を失った、あるいは職が脅かされている従業員の収入を補うための支援プログラムを制定した。

ニュージーランドパンデミック対応からは、いくつかの教訓が得ることができる。科学的根拠に基づく迅速なリスク評価と、それにリンクした政府による早期の断固とした行動が重要であった。様々なレベルでの介入(国境対策、地域社会への感染対策、症例ベースの防疫対策)が効果的だった。ジャシンダ・アーダーン(Jacinda Ardern)首相は、共感できるリーダーシップを発揮し、重要なメッセージを効果的に国民に伝え、「500万人のチーム」が一体となってパンデミック対策へ取り組んだ。それが結果として、国民の高い信頼を生み、比較的やっかいなパンデミック対策のパッケージを守りきることへと繋がった。

ニュージーランドの今後の教訓としては、潜在的な脅威をより適切に評価・管理できる公衆衛生機関の強化と、世界保健機関をはじめとする国際保健機関への支援の強化が必要である。

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この論文 [6] にも文献 [1] にもあるように、ニュージーランドのゼロコロナ戦略は、緩和策からの換という断行であったことがわかります。そして、それは科学的根拠に基づけば、そうするのが正しいという強い信念があり、それがアーダーン首相の強力なリダーシップとコミュニケーションの力によって成し遂げられていることがわかります。今年7月に、英国のウィズコロナ戦略を「意味がない」と一蹴したことも頷けます(→ウィズコロナを意味のないスローガンとして否定するNZ)。

3. withコロナと zeroコロナの国の現状

ここで実際に ウィズコロナの代表国として米国、英国、イスラエルを取り上げ、ゼロコロナの国・地域である中国、台湾、ニュージーランドと比較してみましょう。ちなみに、COVID-19患者がほとんどゼロというのは、アフリカのいくつかの国にも見られます。

これらの国に日本を加えて、新規陽性者数の推移を比較したのが図1です。目立つのはイスラエルを筆頭に、ウィズコロナの国がこのところ感染者を急増させていることです。イスラエルに至っては、ワクチン接種が最も早くから進んだ国にもかかわらず、ワクチン接種前より、高い感染ピークになっています。

一方、中国、台湾、ニュージーランドはウィズコロナの国々に比べれば、ほとんどゼロにしか見えない新規陽性者数の推移です。

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図1. ウィズコロナおよび座ゼロコロナを代表する国・地域における新規陽性者数の推移(Our World in Dataより転載).

図2には、同様に、ウィズコロナとゼロコロナの国についてCOVID-19の死者数の推移を直近半年間にわたって示します。ウィズコロナの国々では、死者数は感染者数に比べてまだ抑えられていますが、それでも6月あたりから急増しているのがわかります。特に死者数については米国において急増が顕著です。米国では死者数のほとんどはワクチン未接種者と言われていますが、イスラエルでは必ずしも当てはまりません。

一方で、中国、台湾、ニュージーランドはウィズコロナの国々に比べれば、やはりほとんどゼロにしか見えないレベルで推移しています。

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図2. ウィズコロナおよび座ゼロコロナを代表する国・地域におけるCOVID-19死者数の推移(Our World in Dataより転載).

ワクチン完全接種でみれば、ゼロコロナの台湾およびニュージーランドでは達成率がまだ低く、ウィズコロナの国々に遠く及びません(図3)。しかし、感染者数、死者数とも抑えられているので、ワクチン接種よりも検査・追跡、公衆衛生などの防疫対策の方が、流行を抑えるという点からははるかに重要なことがわかります。

中国は比較的ワクチン接種率が高いですが、これはmRNAワクチンではなく、シノバック、シノファームの不活化ワクチンの投与実績によるものです。

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図3. ウィズコロナおよび座ゼロコロナを代表する国・地域におけるワクチン完全接種率の推移(Our World in Dataより転載).

図1からもわかるように、イスラエルでは3回目の接種である、いわゆるブースター接種が始まった7月末から急激に死者数が増加しています。これについて昨日、以下のようにツイートしました。

そして、感染者や死者数の急増に鑑みて、イスラエルはさらに4回目の接種も計画しているようです [8]

図1-3およびイスラエルでのブースターとともに増加する死者数を眺めていると、感染流行の抑制ということでは、明らかにゼロコロナ戦略の優位性があるように思えますし、果たしてmRNAワクチン戦略(特にブースター接種)がうまくいくのかという、疑問も出てきます。mRNAワクチン接種を繰り返すことによって、かえってその負の影響(ウイルス免疫逃避抗体依存性増強など)の方が強くなるのでは?という懸念もあります。

4. ニュージーランドのゼロコロナ政策とワクチン接種の矛盾

ニュージーランドでは、現在20人前後/日の新規陽性者数を記録しており、ロックダウン中です。一人でも感染者が出ればロックダウンという迅速介入方針が徹底しているのは相変わらずですが、これ以上広げずまたゼロにできるかどうかは今が正念場というところでしょう。

最新の数字によると、COVID-19による死者数よりもCOVID-19ワクチンによる死亡の数の方が多くなっているようです。その追跡システムによると、ワクチンが原因で40人が死亡し、COVID-19自体が原因で27人が死亡したと報告されています。ジャーナリストのエリジャー・シェーファー(Elijah Schaffe)氏は、この数字を丁寧にツイッターで伝えており、この件について私は以下のようにツイートしました。

Liberty Dailyの記事 [9] では、ニュージーランドを例外的な国だと述べ、現状をネガティブな面から見ています。ゼロコロナ(Covid Zero)という姿勢で世界で最も厳しいロックダウンを続けてきた国であり、その結果、COVID-19の死者数は非常に少ないけれども、一方で、ロックダウンが人々に与えている影響を完全に無視していると批判しています。

すなわち、ゼロコロナ政策によってどれだけの自殺、薬物過剰摂取、殺人、その他の回避可能な死が引き起こされたかわからないとし、その情報も隠されている可能性があると述べています。

さらに、40歳以下では、99.93%の回復率を誇るこの病気に対して、政府が実施している極端なロックダウンやワクチン接種の推進は、おかしなことであり、病気そのものよりもはるかに大きなダメージを与えていると批判しています。

確かにそうでしょう。ニュージーランドにおける2020年以降のCOVID-19による死亡者数27名であるのに対し、ファイザー社のmRNAワクチンに関連する可能性のある死亡者数40名となっています。

ニュージーランドではゼロコロナ戦略で感染を抑えた結果、理論的にはワクチンの方が実際のウイルスよりも致命的になっているのです。ただ、グローバルなパンデミック状況下では、いずれニュージーランドも感染拡大に見舞われるかもしれません。ワクチン接種と引き換えに、ウィズコロナ戦略に切り替わることも予想されます。

おわりに

ウィズコロナとゼロコロナ戦略の国々・地域を見ていると、感染症対策としては明らかに後者の方に分がありそうです。ニュージーランドの例を見れば、あまりにもCOVID-19の死者数が抑えられていて、ワクチン接種後の死亡の方が多いという矛盾まで起きています。

ただ、現実的に、ゼロコロナ戦略がどこまで続けられるかという疑問はあります。この先より感染力・伝播力の強い変異体が出現すれば、容易に突破される危険性がありますし、ワクチン接種が進んだということで、戦略の変更も考えられます。とくに中国でのゼロコロナ戦略の破綻の可能性とその影響が危惧されます。とはいえ、続行可能かどうかは別として、ゼロコロナの戦略は、科学的根拠と感染対策の方針がはっきりしているということは言えるでしょう

ウィズコロナの国は、基本はワクチン接種とセットの(ロックダウンや公衆衛生に関する)緩和策です。英国の例に見られるように、検査・追跡などの従来の防疫対策の強化やいざという時の迅速介入という方針についてははっきりしていますが、「緩和(あるいは全面解除)で行ける」という科学的根拠は不足しています。「一定の犠牲は受け入れる」としながらも、犠牲の大きさと対策の関係がはっきりしてません。

よりはっきりしていないのは日本です。具体的な感染症対策の準備もないままに、名ばかりのウィズコロナ(制限緩和)に向かおうとしています。検査、医療提供体制、ワクチン接種など、すべてにおいて具体的目標が曖昧です。この先のリバウンドでまた失敗の歴史を重ねるのでしょうか。

要は、ゼロコロナでもウィズコロナでも具体的な戦略・対策と目標があるかどうかということが重要です。

引用文献・記事

[1] Baker, M. G. et al.: New Zealand’s elimination strategy for the COVID-19 pandemic and what is required to make it work. NZ Med. J. 133, April 3, 2020. https://journal.nzma.org.nz/journal-articles/new-zealands-elimination-strategy-for-the-covid-19-pandemic-and-what-is-required-to-make-it-work

[2] 産經新聞: 首相「ウィズコロナの社会経済活動必要」. 2021.09.09. https://www.sankei.com/article/20210909-HSWU3LQCWBLNBL5YKWHVA7U5XA/

[3] The PAGE: 東京都・小池知事が「ウィズ コロナ宣言」 映画館・スポーツジムなどの休止要請は6月1日から緩和へ. Yahooニュース. 2020.05.29. https://news.yahoo.co.jp/articles/bb6683194d136f8f62432b2c0b65a58a8df7d24d

[4] Lawless, J.: PM Boris Johnson: U.K. must live with COVID-19 but restrictions can ease. CTV News July 5, 2021. https://www.ctvnews.ca/health/coronavirus/pm-boris-johnson-u-k-must-live-with-covid-19-but-restrictions-can-ease-1.5496563

[5] 立憲民主党: zeroコロナ戦略. https://cdp-japan.jp/covid-19/zero-covid-strategy

[6] Baker, M. G. et al.: Successful elimination of Covid-19 transmission in New Zealand. N. Eng. J. Med. 383, e56 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2025203

[7] Wu, J. T. et al.: Nowcasting and forecasting the potential domestic and international spread of the 2019-nCoV outbreak originating in Wuhan, China: a modelling study. Lancet 395, 689–697 (2020). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30260-9

[8] ロック, S.: 3回接種が進んだイスラエルで感染爆発、4回目を準備. Newsweek日本版. 2021.09.16. https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/09/34-16_1.php

[9] Rucker, J. D.: In New Zealand, there have been more people killed by the ‘vaccines’ than by Covid. The Liberty Daily Sep. 15, 2021. 
https://thelibertydaily.com/in-new-zealand-there-have-been-more-people-killed-by-the-vaccines-than-by-covid-19/

引用したブログ記事

2021年7月10日 ウィズコロナを意味のないスローガンとして否定するNZ

2020年6月1日 再燃に備えて今こそとるべき感染症対策

2020年5月31日 専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

ブースター接種を巡って交錯する科学と政治的思惑

2021.09.18: 15:21更新

はじめに

いまCOVID-19ワクチン接種先進国の間では、3度目の投与となるいわゆるブースター接種や4度目の投与が検討されています。イスラエルではすでに3度目の接種が実施されていますが、それにもかかわらず、いま感染者が急増し、1万人/日を超える新規陽性者数となっています [1]。この数字は、ワクチン接種前の流行をはるかに超えていて、ワクチン未接種者は全体の3割程度までに縮小されているはずなのにおかしな現象です。やはりロックダウンや公衆衛生学的対策の緩和が影響しているのでしょう。

一方で、米国FDAの研究者らは、いま米国の一般人に広くブースター接種をする必要はないという主旨の論文をランセット誌に出版しました [2]。この論文については、本文翻訳を前のブログ記事で紹介しました(→いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない)。

このブログでは、科学と利権と政治的思惑に振り回されるワクチン接種先進国の状況をAP Newsの記事 [3] (下図)を参照しながら紹介したいと思います。

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1. AP Newsの記事

AP Newsは、米国食品医薬品局(FDA)の第三者委員会である諮問委員会(government advisory panel )が、ファイザー社のCOVID-19ワクチンを全面的にブースター接種するというホワイトハウスの計画を完全に却下したことを伝えました [3]。以下、この記事を翻訳しながら紹介します。

1-1. 諮問委員会によるブースター接種に関する勧告

諮問委員会はブースター接種の全面的接種を却下し、代わりに65歳以上の高齢者や重篤な疾患のリスクが高い人にのみ追加のワクチンを接種することを支持しました。これは伝播力の高いデルタ変異体が蔓延する中で、ほぼ全ての米国人の予防を強化するという、1ヶ月前に発表されたバイデン政権の取り組みに大きな打撃となります。

外部専門家からなるこの委員会の助言は、FDAに向けたものですが、影響力はあるものの拘束力のない勧告なので、最終的な"言葉"というわけではありません。FDAは、この委員会の勧告を検討し、おそらく数日以内に独自の決定を下すでしょう。また、米国疾病管理予防センター(CDC)も来週意見を述べる予定です。

意外なことに、この諮問委員会によるブースター接種拒否は、16対2という圧倒的評決で決まりました。諮問委員会での数時間にわたる活発な議論の中で、メンバーは、特定のグループを対象とするのではなく、16歳以上のほぼ全員にブースターを提供することの有効性を疑問視しました。諮問委員会のメンバーは、この決定の理由として、追加投与に関する安全性のデータが不足していることをあげています。

その後、18対0の投票で、65歳以上の人と重篤な疾患のリスクがある人へのブースター接種を支持しました。また、医療従事者や感染リスクの高い人たちも追加接種を受けるべきということに合意しました。

1-2. 勧告への米国内での反応

これらの勧告は、ホワイトハウスのキャンペーンの一部を救うことになります。しかし、2回目の接種から8ヶ月後にファイザーとモデルナの両方のワクチンのブースター接種を米国人に提供するという包括的提案からは、まだ大きく後退しています。一方、ホワイトハウスは、今回の委員会の動きを前進と位置づけているようです。

ホワイトハウスのケビン・ムノス(Kevin Munoz)報道官は、「今日は、COVID-19から米国民を守るための重要な一歩となった」と述べました。「来週末にプロセスが終了すれば、対象となる米国人にブースターショットを提供する準備が整う」と述べています。

米国CDCは、すべての成人ではなく、高齢者、老人ホームの入居者、第一線の医療従事者に対するブースターを検討していると述べています。FDAとCDCは、モデルナやジョンソン・エンド・ジョンソンの接種を受けた人々がブースターを受けるべきかどうかを、今後決定することになるでしょう。

タフツ(Tufts)大学のコディ・マイズナー(Cody Meissner)博士は、「パンデミックの抑制にブースター接種が大きく貢献するとは思えない」と述べています。さらに、「全員に2回の接種を行うことが重要である」と述べています。

CDCのアマンダ・コーン(Amanda Cohn)博士は、「現時点では、ワクチン接種を受けていない人が米国での感染を促進していることは明らかだ」と述べています。

ファイザー社のワクチン研究開発部門の責任者であるカトリン・U・ジャンセン(Kathrin U. Jansen)氏は声明の中で、「ブースターはこのウイルスの拡大を抑制するという継続的な努力においては重要なツールであると引き続き信じている」と述べています。

ブースター接種の必要性については、最近、米国政府内外の科学者の間で意見が分かれているようです。また、世界保健機関(WHO)は、貧しい国が1回目の接種に十分なワクチンを持っていないのに、豊かな国が3回目の接種を行うということに強く反対しています。

今使われているmRNAワクチンについては、接種した人の免疫レベルは時間の経過とともに低下し、ブースターでそれを回復させることができるという研究結果があります。そして、デルタ変異体に対しても、ファイザーワクチンは重症化や死亡に対して高い防御力を持っています。

今回の予想外の出来事(諮問委員会の勧告)は、バイデン政権が科学的根拠に先んじてブースターを推進したという批判をさらに強める可能性があります。とはいえ、バイデン大統領は、トランプ政権のコロナウイルス対策に政治的な介入があったことが明らかになったことを受けて、早い段階で「科学に従う」と約束しましたた。

1-3. イスラエルファイザー vs. 米国

以上のように、FDAの第三者委員会は、7月に国民にブースターを提供し始めたイスラエルの保健関係者やファイザー社からブースターの必要性の訴えを受けたにもかかわらず、圧倒的な拒絶反応を示しました。

ファイザー社の代表者は、防御力が低下し始める前に免疫力の強化を開始することが重要であると主張しています。44,000人を対象とした同社の研究では、症状のあるCOVID-19に対する有効性は、2回目の投与から2ヶ月後には96%でしたが、6ヶ月頃には84%に低下していました。

イスラエル保健省のシャロン・アルロイ−プレイス(Sharon Alroy-Preis)氏によると、60歳以上の高齢者へのブースターの感染予防効果は10倍になり、「新鮮なワクチンのようなもの」で、感染予防効果を元のレベルに戻し、「第4波での重症化を抑える」のに役立つということです。

しかし、ファイザー社とイスラエルの代表者は、いずれも諮問委員会のパネリストから反発を受けました。委員会は、3回目の投与が、若い男性にまれに見られる心臓の炎症などの重篤な副作用を悪化させるのではないかという懸念も示しています。

一方、ファイザー社は、約300万人のブースターによるイスラエルのデータを示し、副反応の発生率はすでに報告されているものと同様であることを述べています。

フィラデルフィア小児病院のワクチン専門家であるポール・オフィット(Paul Offit)博士は、60歳以上または65歳以上の成人に対する3回目の接種には賛成だが、16歳以下の成人に対する3回目の接種はまったく問題だ」と述べています。

追加の予防接種を受ければ、少なくとも一時的には症状の軽い、あるいは症状のない患者が減ると思われますが、問題は、そのことがパンデミックの弧(the arc of pandemic)*に与える影響です。

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筆者注*

原記事にある「パンデミックのアーク」が何を意味するのか、読んでいてもわかりませんでした。

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1-4. 米国の今後の対応

FDAやCDCの責任者を含むバイデン氏のトップヘルスアドバイザーたちは、8月中旬に最初の追加接種の計画を発表し、9月20日の週をほぼ確実な開始日としました。しかし、それは、FDAスタッフの科学者が独自にデータを評価する前のことでした。

今週初め、FDAのワクチン審査官2名が、国際的な科学者グループと共同で、健康な人へのブースターの必要性を否定する論説を発表しました [2]。健康な人におけるワクチンの効果はまだ良好であるというのが理由のようです。

米国外科医総監のヴィベック・マーシー(Vivek Murthy)博士は、バイデン政権の発表は、規制当局に圧力をかけることを目的としたものではなく、国民に対して透明性を保ち、ブースターが承認された場合に備えるためのものであると述べました。「私たちは常に、この初期計画はFDAとCDCから独立した評価を条件とすると言ってきた」とマーシーは述べています。

また、バイデン・プランは、世界の貧しい地域が依然としてワクチンを切望していることについて、大きな倫理的問題を提起しています。しかし、政権側は、米国が世界の他の地域に大量のワクチンを供給していることを強調しながら、この計画は、「我々か彼らか」の選択ではないと主張しています。

以上、AP News記事の紹介ですが、米国はファイザーと睦び付きが深いイスラエルとはちょっと異なり、ブースター接種に慎重な姿勢を示しているようです。FDAの研究者らの「一般へのブースターは必要ない」という論文 [2] も出たばかりです。当面、65歳以上や重篤な疾患のリスクがある人たちに限定してブースターが進むのではないかと思われます。AP Newsは、すでに一部の医療機関では、リスクの高い人に追加投与を行っていると伝えています [3]

2. イスラエルの論文

ワクチン接種については、最先進国であるイスラエルは、ワクチンの効力の低下もあって、とにかくブースターについては前のめりです。上記のイスラエル保健省による、60歳以上の高齢者へのブースターの感染予防効果は10倍になると言う情報については、関連する論文がNJEM誌に9月15日付けで掲載されました [4]。この論文については早速日本語のウェブ記事でも紹介されています [5]

この論文はイスラエルの研究グループによるものです。一次分析として、ブースター接種を受けた高齢者(≥ 60歳)群(ブースター接種群)と受けていない高齢者群(非ブースター高齢者接種群)に分けて、SARS-CoV-2感染率および重症化率を接種後12日以降に比較しました。さらに、二次分析では、ブースター接種から4〜6日後と12日後におけるSARS-CoV-2感染率を算出しました。

その結果、一次分析においての感染率は非ブースター接種群に対しブースター接種群では感染リスク低下倍率の程度は11.3倍となり、重症化低下倍率は19.5倍になりました図1)。また二次分析においては、SARS-CoV-2感染率は、ブースター接種後4〜6日時点に対し12日時点では5.4倍低くなりました。

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図1. ブースター接種による感染リスク低下倍率の経時変化(文献 [4] より転載).

本論文は、以上の結果を踏まえて、「60歳以上へのファイザーワクチンのブースター接種はSARS-CoV-2感染率および重症化率を大幅に低下させる」、「デルタ変異体に対するmRNAワクチンのブースター接種の有効性を示すものである」と結論づけています。

私はこの論文を読んでいて、ちょっと変だと思いました。それは、ブースター接種から12日経過した以降に効果を判定するというアプローチの妥当性についてです。この12日という間隔を選択したことについて、著者らは以下のように記述しています。

We considered 12 days as the interval between the administration of a booster dose and its likely effect on the observed number of confirmed infections. The choice of the interval of at least 12 days after booster vaccination as the cutoff was scientifically justified from an immunologic perspective, since studies have shown that after the booster dose, neutralization levels increase only after several days.

すなわち、「ブースター接種を行ってから,観察された感染症例数に影響が現れると思われるまでの期間を12日とした.ブースター接種後、中和レベルが上昇するのは数日後であることが先行研究で示されていることから、免疫学的な観点から少なくとも12日以上の間隔をカットオフとして選択したことは、科学的に正当化される」と述べています。

しかし、この主張は二つの点で問題があると思います。一つは、著者ら自身がブースター接種後の中和抗体レベルを実際に調べないまま12日を選択していることです。しかもこの根拠のための先行研究として引用されているのが、ファイザー社自身のウェブサイト上の報告です。とはいえ、接種後"数日"ですでに中和レベルが上昇と述べています。別の先行研究では、モデルナmRNAワクチンの2回目の接種で遅くとも1週間後には中和反応が観察されていますので [6]、ブースターでもその程度かもっと早い反応が期待されます。12日を選択する理由がわかりません。

二つ目は、接種後12日目までに起こった感染症例が無視されてしまうことであり、そのことで当然非接種群に対して有意に感染リスク低下倍率が高くなることが予想されます。事実、ブースター接種群において接種後4〜6日時点に対し12日時点では5.4倍感染リスクは低くなったと記述しています。

つまり、接種後12日までの感染を無視することで、非接種群に対して過剰な感染リスク低下倍率が得られている能性があるということであり、恣意的な分析設計を疑わざるを得ないということも感じます。

さらに、これが「イスラエルのデータは不十分」と米国が指摘した点ですが、重症化の定義がICUで人工呼吸器をつけるという状態ではなく、パルスオキメータで一定レベル以下の数値を示した場合としていることです。

権威ある医学雑誌と言われるNJEM誌ですが、時々変な論文を掲載します。査読の過程でチェックできなかったのでしょうか。

おわりに

イスラエルと米国のmRNAワクチン接種、ブースター接種の経緯を見ていると、ワクチンが完全に政治問題化していることがわかります。ワクチン接種に前のめりのイスラエルとバイデン米政権、それにやや慎重な米国の専門家や科学者という構図が見えます。背景には製薬企業の商業主義や政治家、研究者への献金に絡む利権もあると思います。

人の命がかかり、かつ健康な人に接種するmRNAワクチンだからこそ、従来のワクチンのように臨床試験による安全性確認と科学的検証に時間をかけるべきところですが、パンデミックというリスク/ベネフィット比を考えた時に、大規模流行国はその時間をかける余裕がありませんでした。大量接種はもう始まってしまっており、世界は壮大な人体実験を進めながら、その都度修正していくしかないわけです。

今回のNJEM論文のように、科学的にちょっと不十分、あるいは恣意的と思われるものも出てくる始末で、学情リテラシーを上げないと状況を見誤ってしまいそうです。日本は幸か不幸か、米英、イスラエルと比べるとワクチン接種が遅れた分、逆に海外に学べる立場にあります。日本の政治家も専門家も海外のやり方を妄信することなく、適切に判断してもらいたいところです。

2021年9月18日更新(追記)

上記で、イスラエルのブースター接種に関するNJEM論文を紹介しました。この論文ではデータの分析で恣意的な部分があり、ブースター接種の感染予防率の過剰評価になっているのではないかと指摘しました。そう思っていたところ、やはり同じことを感じる研究者が沢山いるようで、今日以下のようなツイートを見つけました。

日本国内の人たちの同様なツイートも散見されます。みなさんこの論文は変だと感じているようです。やはり、ワクチン接種にかかわる政治的判断のみならず、一見根拠を与えると思われる科学情報にも気をつけなければなりません。

引用文献・記事

[1] Lock, S.: Israel, world leader in vaccine booster shots, hit by surge in COVID cases. Newsweek 2021.09.15. https://www.newsweek.com/israel-world-leader-vaccine-booster-shots-hit-surge-covid-cases-1629310

[2] Krause, P. R. et al.: Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses. Lancet Published Sept. 13, 2021. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02046-8

US panel backs COVID-19 boosters only for seniors, high-risk. AP News 2021.09.17. https://apnews.com/article/fda-panel-rejects-widespread-pfizer-booster-shots-1cd1cf6a5c5c02b63f8a7324807a59f1

[4] Bar-On, Y. M. et al.: Protection of BNT162b2 vaccine booster against Covid-19 in Israel N. Eng. J. Med. Published Sept. 15, 2021. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2114255

[5] 平山茂樹: ブースター接種でコロナ感染率が10分の1に. 時事メディカル(Medical Tribune) 2021.09.16. https://medical.jiji.com/news/47173

[6] Widge,  A. T. et al.: Durability of responses after SARS-CoV-2 mRNA-1273 vaccination. N. Eng. J. Med. 384, 80–82 (2021). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2032195

引用したブログ記事

2021年9月15日 いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

いま一般人に対するワクチンのブースター接種は必要ない

はじめに

世界のワクチン接種先進国の間では、いまCOVID-19感染のリバウンドやワクチンの効力の低下に鑑みて、完全接種後の余剰分について追加接種(ブースター接種を行なうことを検討しています。イスラエルのように、すでに実施している国もあります。

そのようななか、ブースター接種は慎重に行なうべきであり、ほとんどの人にとって直ちには必要ないと主張する総説が、9月13日付けでランセット雑誌に掲載されました [1]。この論文は、米国食品医薬品局(FDA)のフィリップ・クラウス(Philip R. Krause)博士を筆頭・責任著者として、世界保健機構(WHO)および米国、メキシコ、英国、フランス、南アフリカの大学の研究者の共同執筆によるものです。

国内外のメディアは早速のこの論文について、記事を発信しています [2, 3]。このブログ記事では、この論文の全本文を翻訳しながら紹介したいと思います。

1. ランセット総説本文の翻訳

Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses [1]

感染力の高いデルタ変異ウイルスを原因とするCOVID-19感染者の新たな増加は、世界の公衆衛生上の危機を悪化させており、ワクチン接種を受けた人々に対するブースター接種潜在的な必要性や最適な時期が検討されている。ワクチン接種者の免疫力を高めることで、COVID-19感染者数をさらに減少させるという考えは魅力的ではあるが、そのような決定を行う場合には、エビデンスに基づき、個人や社会にとってのメリットとリスクを考慮する必要がある。

COVID-19ワクチンは、デルタ変異体によるものも含め、重篤な疾患に対しては引き続き有効である。しかし、この結論の根拠となった観察研究のほとんどは予備的なものであり、おそらく潜在的混同や限定的な報告もあって、正確な解釈は困難である。ブースター接種に関する決定が政治的なものではなく、信頼できる科学に基づいたものであることを保証するためには、日進月歩のデータを慎重に、かつ公的に精査する必要がある。

たとえブースター接種が中期的に重症化リスクを減少させることが最終的に示されたとしても、現在のワクチン供給は、ワクチン接種を受けた集団にブースターとして使用するよりも、以前にワクチン接種を受けていない集団に使用する方がより多くの命を救うことができる。

ブースター接種は、一次予防接種(ここでは各ワクチンの最初の1回または2回の連続接種と定義)では十分な防御効果が得られなかった可能性のある人、たとえば、有効性の低いワクチンの接種者や免疫効果を得られない人などに適している可能性がある(ただし、一次接種に十分な反応を示さなかった人は、ブースターにも十分な反応を示さない可能性あり)。このような免疫不全者が、同じワクチンを追加接種することで、あるいは一次免疫反応を補完するような別のワクチンを追加接種することで、より多くの利益を得られるかどうかは分かっていない。

最終的には、一般の人々にとってブースター接種が必要になるかもしれない。なぜなら、一次接種で獲得した免疫力が低下するからであり、あるいは新しい抗原を発現する変異ウイルスが登場してきて、元のワクチン抗原に対する免疫反応ではそのウイルスの流行に対して十分に防御できなくなるからだ。

COVID-19の一次接種のメリットは、感染リスクを明らかに上回っているが、特に免疫介在の副反応を引き起こす可能性のあるワクチンについては、あまりにもブースター導入が早すぎると、あるいは接種が頻繁でありすぎると、それ自体のリスクを生じる可能性がある。このような副反応としては、一部のmRNAワクチンの2回目の接種後に多く見られる心筋炎や、アデノウイルスベクターワクチンに関連するギラン・バレー症候群などが含まれる。

もし不必要なブースター接種が重大な副反応を引き起こすのであれば、COVID-19ワクチンの有効性を超えて、ワクチンの社会的受容性にも影響を及ぼす可能性がある。したがって、広範囲にわたるブースター接種は、それが適切であるという明確な証拠がある場合にのみ実施すべきである。

無作為試験の結果は、いくつかのワクチンの初期効果が高いことを確実に示しているが、より信頼性の低い観察研究では、特定の変異体への影響やワクチンの効果の持続性、あるいはその両方を評価しようとしてきた。この論文の付録では、これらの研究からの公式および非公式の報告を特定化し、記述している。これらの文献の中には、査読付きの出版物もあるが、そうでないものもあり、いくつかの細かいところで重要な誤りがあったり、特定の結果が不当に恣意的に強調されている可能性がある。しかし、これらの報告書をまとめると、部分的ではあるが、状況の変化を示す有用なスナップショットとなり、いくつかの明確な知見が浮き彫りになる。 

図は、重症患者(様々な定義があるが)とSARS-CoV-2感染が確認された患者に分けてワクチンの有効性を推定した報告書をまとめたもので、一方を他方に対してプロットしている。一貫して言えることは、重症患者に対するワクチンの有効性は、いかなる感染に対する有効性よりもはるかに高いということである。症候性疾患に対するほとんどのワクチンの有効性は、デルタ型ではアルファ型に比べてやや低いものの、デルタ型による症候性疾患と重症疾患の両方に対して、依然として高いワクチン有効性を示している。

したがって、現在のエビデンスでは、重症疾患に対する有効性が高いままの一般集団においては、ブースター接種の必要性を示していないように思える。

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図. 重症疾患に対するワクチンの有効性とあらゆる感染に対するワクチンの有効性の比較. 重症疾患とあらゆる感染に対する結果を示した観察研究または無作為化研究(付録P3-4)におけるワクチンの有効性(95%CI付き)の公表データおよび非公式の報告をレビューしたもの. 報告されたワクチン効果の逆分散加重平均値(および95%CI)をプロット.(A)あらゆる感染症に対するワクチン効果(50%~80%未満、80%~90%未満、90%以上)で細分化してプロットしたもの. (B) ウイルスの変異体. (C) ワクチンの種類(アデノウイルスベクター,不活化SARS-CoV-2,アジュバントされたタンパク質サブユニット,またはmRNA).(D) 同一観察研究のフォローアップ期間中に、ワクチンの有効性を早期(ワクチン接種に対して最近)または後期(ワクチン接種に対して最近ではない)に報告した研究.

液性免疫が衰えているように見えても、中和抗体価の低下は必ずしもワクチン効果の低下を示唆するものではないし、軽症に対する有効性の低下は、重症に対する(通常よりも高い)低下を必ずしも予測するものではない。 この効果は、重症疾患に対する防御が、ワクチンによっては比較的寿命の短い抗体反応だけでなく、一般的に寿命の長い記憶反応や細胞性免疫によっても媒介されるためと考えられる。

パンデミックの初期段階の抗原(変異体に特異的な抗原ではなく)を提示したワクチンが、現在流行している変異体に対しても液性免疫反応を引き起こすことができる。このことは、これらの変異体が、ワクチンによって誘導される記憶免疫反応から逃避できるらしいと思われるまで程には、まだ進化していないことを示している。 

ワクチンの有効性に変化がなくても、大規模な集団にワクチンを打つことになれば、必然的にブレイクスルー感染の数が増えることになる。特に、ワクチン接種によって接種者の行動に変化が起きる(衛生対策を低くする方向の)場合はそうである。

ランダム化試験は、信頼性の高い解釈が比較的容易であるが、急速なワクチン展開の中で実施された観察研究に基づいて、ワクチンの有効性を推定する場合には大きな課題がある。そこからの推定値は、ワクチン展開開始時の患者の特徴と、電子カルテでは見落とされる時間的に変化する要因の両方によって混同される可能性がある。たとえば、ワクチン未接種と分類された人の中には、実際にはワクチンを接種した人、過去の感染によりすでに防御されている人、COVID-19の症状のためにワクチン接種を延期した人などが含まれている可能性がある。ワクチン接種を受けた人と受けていない人との間に系統的な違いがある可能性は考えられるが、より多くの人が接種を受けたり、接種を受けた人と受けていない人との間の社会的相互作用のパターンが変化したりすれば、その可能性は高くなるだろう。

パンデミックの初期にワクチン接種を受けた人の間で明らかに有効性が低下したのは、感染(または合併症)のリスクが高い人が早期に予防接種を受けることを優先したためとも考えられる。ワクチン接種を受けた人の場合、重症化したケースの多くが免疫不全者である可能性がある。このような人は、他の人に比べてワクチンの有効性が低くても、ワクチン接種を勧められたり、接種を求めたりする場合が多いと考えられる。

検査結果が陽性だった人と陰性だった人のワクチン接種状況を比較する test-negative designs(テストネガティブ・デザイン)は、結果の混同を減らすことができる場合もあるが、いわゆる collider bias (合流点バイアス)による結果の歪みを防ぐことはできない。また、医療機関への負担が変化することで、結果が時系列で影響を受ける可能性もある。しかし、重症者に対する有効性を検証する精密な観察研究は引き続き有用であり、軽症者の観察研究よりも診断に依存した時間経過によるバイアスの影響を受けにくいため、ワクチンの保護の変化を示す有用な指標となり得る。現在までのところ、これらの研究では、有症状疾患に対するワクチンの効果が時系列で低下しているように見えても、重症者に対する防御力が大幅に低下しているという信頼ある証拠は得られていない。

米国ミネソタ州で行われた研究では、入院に対するmRNAワクチンの有効性の点推定値が、2021年7月には、それまでの6ヶ月間よりも低下しているように見えたが、この推定値は信頼区間が広く、上述したいくつかの問題の影響を受けている可能性がある。

興味深いことに、イスラエルで報告されている重症者に対する有効性は、1月または4月に接種した人の方が、2月または3月に接種した人よりも低かったとされている。イスラエルにおいて、ブースター接種が承認され、広く展開され始めた直後の2021年8月の最初の3週間における観察報告では、3回目の接種の有効性(2回目の接種に対する)が示唆されている。しかし、平均追跡調査期間は約7日(しっかりした研究デザインに基づいて予想すればそれは短い)であり、さらに重要なことは、非常に短期間の防御効果が必ずしも価値のある長期的な利益を意味するとは限らないということである。米国の大規模な研究の最近の報告(米国CDCのCOVID-NET13と主要な健康維持組織の二つ)によると、重症や入院に対する完全ワクチン接種の有効性が引き続き高いことが示されている。

ワクチンは、無症候性疾患やウイルス感染に対しては、重症の対する場合よりも効果が低い。しかし、ワクチン接種率がかなり高い集団においては、ワクチン未接種がウイルス伝播の主な媒介者となっており、自身が重篤な疾患の最も高いリスクにさらされている。もし、ウイルスが現在のワクチンから逃避可能な新しい変異体に進化するとしたら、それはすでに広く拡散している株から進化する可能性が高い。現在流行している主要な変異体と、さらに新しい変異体に対するブースターの効果は、そのワクチンの抗原がそれらと一致するように工夫されていれば、より大きく、より長く続く可能性がある。インフルエンザワクチンにも同様の戦略が用いられており、毎年のワクチンは、出回っている株に関する最新のデータに基づいているため、株がさらに進化してもワクチンの効果が維持される可能性が高くなる。

ブースター接種がすぐに必要になるかもしれないというメッセージは、しっかりとしたデータや分析によって正当化されなければ、ワクチンに対する信頼性に悪影響を与え、一次接種の価値に関するメッセージを弱める可能性がある。公衆衛生当局は、特定のワクチンについてのみブースターを推奨することが、一次接種キャンペーンに与える影響についても慎重に検討すべきである。そのため、ブースター接種を広く推奨しようとする場合には、その国で利用可能なすべてのワクチンに関する完全なデータに基づくこと、ワクチン接種のロジスティックスを考慮すること、そして明確な公衆衛生メッセージを作成することが重要となる。

最終的に、ブースター接種を行なう場合は、原株の抗原を発現しているか、変異体抗原を発現しているかに関わらず、ブースターを使用することによる直接的、間接的なベネフィットが、バランスとしても明らかに有益であるような条件を特定する必要がある。 そのような状況を特定するには、さらなる研究が必要である。そして、いくつかのワクチンではしっかりとしたブースター効果が報告されていることから、低用量でも十分なブースター反応が得られる可能性があり、安全性への懸念も軽減される可能性がある。データギャップを考慮すると、ブースターを広範囲に展開する際には、ブースターがどの程度機能しているのか、どの程度安全なのかについて信頼できるデータを収集する計画を伴うべきである。一部の集団では、集団ではなく個人を対象とした極めて大規模な無作為化により、接種展開中にその有効性と安全性を最も確実に評価することができる。

したがって、ブースター接種の必要性や実施時期についてのいかなる決定においても、適切に管理された臨床データや疫学データ、あるいはその両方を慎重に分析し、重篤な疾患が持続的かつ有意に減少することを示すべきである。それとともに、ブースターによって予防できると期待される重篤な症例数を考慮したベネフィット・リスク評価を行い、用いるブースターのやり方が現在流行している変異体に対して安全かつ有効である可能性が高いかどうか、証拠に基づいて行うべきである。より多くの情報が得られるようになれば、一部の集団においてブースター接種が必要であるという証拠が初めて得られるかもしれない。しかし、このような重大な決定は、査読を経て一般に公開される研究データと、しっかりとした国際的な科学的議論に基づいて行われるべきである。

現在利用可能なワクチンは、安全で効果的であり、命を救うものである。限られた供給量の中で、重篤な疾患のリスクが高いワクチン未接種の人々に提供することで、最も多くの命を救うことができる。ブースター接種によって最終的に何らかの利益が得られるとしても、ワクチンを受けていない人に最初の保護を提供することのベネフィットを上回ることはない。ワクチンが最も効果的な場所に配備されれば、変異体のさらなる進化を抑制することで、パンデミックの終息を早めることができる。実際、WHOは、一次予防接種の効果が世界中のより多くの人々に行き渡るまで、ブースター接種のモラトリアムを呼びかけている。

2. 各国と日本の動き

世界で最も早くワクチン接種が進んだイスラエルでは、8月1日から2回目の接種から5ヵ月が経った60歳以上の高齢者を対象にブースター接種が始まり、8月29日からは対象年齢が12歳以上に引き下げられました [4]。バイデン米政権は今月20日からブースター接種を開始したい意向のようですが、これにはFDAと米国疾病管理センター(CDC)の承認が必要です [2, 4]。一方で英国は、全員にはブースターは必要ないとしています [5]

日本では、9月9日、政府分科会の尾見茂会長が「ワクチン3回目の接種検討を」と政府に提案しています。田村憲久厚生労働相は14日の閣議後の記者会見で、COVID-19ワクチンの3回目接種(ブースター接種)や、異なる種類のワクチンを打つ「異種混合接種」について17日の審議会で検討を始めると発表し、専門家の意見を踏まえ「結論はなるべく早く出していきたい」と語っています [6]

すでに先月、河野太郎規制改革担当相は、日本テレビのCS番組で、ブースター接種について、「米ファイザー製、米モデルナ製を今年2回打った方が(3回目を)打つのに十分な数は確保している」と明らかにしています [7]

おわりに

世界で2億人以上が感染した今回のパンデミックですが、これだけ拡大するとワクチンによる終息というシナリオは到底望めないでしょう。なぜなら、国・地域的に接種にムラを生じ、ウイルスのリザーバーの不均衡から、常にどこかで感染流行しているという状態を生じるからです。そしてワクチン接種を行なえば行なう程、免疫逃避をする変異ウイルスの出現を促すという悪循環もあります。そもそもCOVID-19ワクチンは、発症や重症化を防ぐものであり、感染を防いだり、伝播を防ぐものでもありません。

そういうなかでのブースター接種は、どういう意味があるかと言えば、局所的な一時しのぎに過ぎないのかもしれません。少なくとも、今回のランセット論文にある、「ブースター接種によって最終的に何らかの利益が得られるとしても、ワクチン未接種者に保護を提供することのベネフィットを上回ることはない」という主張は、まさにそのとおりだと思います

しかし各国は政治的判断でブースターを進めるでしょう。論文が主張する、「ブースター接種に関する決定が政治的なものではなく、信頼できる科学に基づいたものであることを保証するためにはデータを精査せよ」という主張は、各国政府の耳には届かないかもしれません。

WHOはマスク着用や空気感染について、米国FDAはイベルメクチンに関しておかしな言動や科学的誤謬も多い(多かった)組織ですが、論文のブースター接種に関する主張には、同意するところが多いです。ただし、たとえウイルスが進化しても、変異体の抗原に合わせてワクチン設計を工夫すればよいという見解は少し甘い気がします。到底時間的に間に合わないし、効果も限定的になるでしょう。

ワクチン接種率がかなり高い集団においては、ワクチン未接種がウイルス伝播の主な媒介者となっている」という言述も正しくないと思います。無症候性ブレイクスルー感染者の役割を過小評価していると思います。

引用文献・記事

[1] Krause, P. R. et al.: Considerations in boosting COVID-19 vaccine immune responses. Lancet Published Sept. 13, 2021. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02046-8

[2]  Kresge, N.: Most people don’t need Covid vaccine booster, scientists say, Bloomberg 2021.09.13. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-09-13/most-people-don-t-need-covid-vaccine-boosters-scientists-find

[3] 中央日報: WHOとFDAの科学者「一般人はブースター接種必要ない」. Yahooニュース 2021.09.15. https://news.yahoo.co.jp/articles/97b1ab0cb16f32477c014cf7fc9b3134fd572161

[4] デイリー新潮: イスラエルは4回目?ブースター接種を控えればワクチン先進国のメリットにもなる理由. Yahooニュース 2021.09.13. https://news.yahoo.co.jp/articles/7eae1c94e363018d7cdb16d45a0bb5e823472009

[5] ライト, K.: ブースター接種,「全員に必要ではない」英ワクチン開発者が主張. BBC News Japan. 2021.09.10. https://www.bbc.com/japanese/58512490 

[6] 日本経済新聞: ワクチン3回目や混合接種検討へ 厚労相表明. 2021.09.14. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA142Y80U1A910C2000000/

[7] JIJI.COM: ワクチン3回目分を確保 河野担当相. 2021.08.16. https://www.jiji.com/jc/article?k=2021081600948&g=pol

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

イングランドのワクチンパスポート導入中止

はじめに

英国BBCは、今日(9月13日)、いわゆるワクチンパスポートについて、ナイトクラブや大規模イベントへの入場に導入する計画は中止すると、保健相サジド・ジャヴィド(Sajid Javid)氏が発表したことを伝えました [1]。それ自体の目的化のために進めるべきではないということらしいです。同時に、ジャヴィド氏は、BBCに対し「適切に検討した結果だが、今後も選択肢の一つとして残る」と述べています。

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本件については、日本語でのニュース [2] も早速伝えられていますが、このブログでは、BBCの報道について翻訳しながらもう少し詳しく紹介したいと思います。

1. BBS報道 [1] の詳細

ワクチンパスポートの計画は、イベント業者や一部の国会議員から批判を受けていたのですが、今月末に導入されると考えられていました。1週間前、ワクチン担当大臣のナディム・ザハウィ(Nadhim Zahawi)氏は、夜の産業を維持するための最良の方法だと述べていました(後述)。

この計画では、クラブやその他の人が集まるイベントに参加するための条件として、二種混合ワクチンの接種、COVID-19の陰性証明、PCR検査陽性後の自己隔離の完了証明などを提示する必要がありました。

この問題に関する状況は以下のとおりです。

・誰がCovidパスポートを必要とするのか、そしてその入手方法は?

・ワクチンパスポートが必要となると、予防接種を受けるのがおっくうになる

スコットランドでは10月1日からワクチンパスポートが開始される

Night Time Industries Associationは、この計画が業界を麻痺させ、ナイトクラブが差別訴訟に直面する可能性があると述べていました。この業界団体は、日曜日のジャヴィド氏の発表を歓迎し、企業がある程度確実な計画を立て、業界の再建に乗り出すことを望んでいると述べました。また、草の根的な活動で会場を保護することを目的とするMusic Venue Trustは、ワクチンパスポートを「問題がある」とし、これが中止されることを歓迎しています。

自由民主党エド・デイビー党首は、ワクチンパスポートを「対立を生むもの、実行不可能で、高価なもの」と形容しています。

The Andrew Marr Showに出演したジャヴィド氏は、「我々は、目的だけのために、あるいは他の人がやっているからといって、物事を進めるべきではなく、あらゆる可能な介入を適切に検討すべきだ」、「日常的な活動をするために、書類を提示しなければならないという考えはまったく好まない」と述べ、「私たちはこの問題を適切に検討し、可能性のある選択肢として残しておくべきではあるが、ワクチンパスポートの計画を進めないことをお伝えしたい」と付け加えています。

ジャヴィド氏は、政府内の議員からの批判を受けて、政府がこの政策について「怖がっている」ことを否定しました。そして、ワクチンの高い接種率、検査、監視、新しい治療法など、「防御の壁」と呼ばれる他の要素があることから、パスポートは必要ないと述べました。

このような、ワクチンパスポートを廃止する動きは、政府による急激なUターンのように見えます。

先週の同じテレビ番組で、ワクチン担当大臣のナディム・ザハウィ氏は、18歳以上のすべての人がそれまでに2回のワクチン接種を受けているだろうから、大勢の人が集まる場所でワクチンパスポート制度を開始するには9月末が適切な時期であり、夜の産業を維持するための「最良の方法」であると述べていました。

インタビューの中でジャヴィド氏は、渡航時のPCR検査を「廃止」したいと考えていて、この問題について助言を求めているとも述べました。また、これ以上のロックダウンは「想定していない」が、「すべてをテーブルから外してしまうのは無責任だ」とも発言しています。さらに、もし英国の最高医学責任者(CMO)が12歳から15歳の子供にワクチンを接種すべきだと勧告した場合、「1週間以内に開始できる」とし、学校はすでに準備を進めていると述べました。

英国の諮問機関であるワクチン接種・予防接種合同委員会(JCVI)は、特定の健康問題を抱える子供を除き、ワクチン接種を行わないよう勧告していますが、最終的な決定権はCMOにあります。

スコットランドでは、イングランドとは異なるアプローチをとっており、10月からナイトクラブや大規模イベントに参加する18歳以上の人々にワクチンパスポートを導入する予定です。ウェールズでは、来週、大臣がこの制度を導入するかどうかを決定します。なお、北アイルランドでは同様の制度を導入する予定はありません

なお、日曜日に発表された最新の政府統計によると、英国では過去28日以内に検査を受けた人のうち、29,173人が新規陽性者となり、さらに56人が死亡しました。

2. ロイターのツイート

ロイターも、英国保健相のワクチンパスポートの断念の表明について、今日、以下のようにツイートしています。

おわりに

日本では、ワクチン完全接種者が5割を超えたこと、少なくとも1回接種では米国と並んだことが報道されています [3]。政府は、感染対策と経済を両立させる鍵となる若者へのワクチン接種率を上げ、ワクチン接種が完了する11月をめどに行動制限を緩和し、施設や飲食店利用におけるワクチンパスポートや検査陰性証明を導入することを基本方針としています [4](日本ではパスポートではなくワクチン・検査パッケージとよんでいます)。

しかし、日本政府の考えや動きを見ていると、どうもワクチン至上主義に走り、行動緩和にセットの経済活動再開に前のめりになっている感があります。つまり、ワクチン接種率や経済再開そのものが目的になっていて、肝心の感染拡大抑制策や医療提供体制の充実が後回しになっているという懸念があります。全国知事会からは、政府の行動緩和策について、国民の気の緩みに繋がるのではないかという懸念が出されています。

英国のジャヴィド氏が言うように、ワクチンの高い接種率、検査、監視、新しい治療法など、「防御の壁」と呼ばれる他の要素があることから、ワクチンパスポートは必要ないとすることは合理的のように思えます。この点でワクチンパスポートの考え一つとっても、英国と日本とでは雲泥の差があるように思えます。日本では検査、追跡、医療提供体制はいまだに当初のレベルから進んでいません。

商業施設や飲食店におけるワクチンパスポートを持つ人と検査陰性証明者を持つ人の混在はそもそもおかしいです。ワクチン接種者は自らを病気から守るのであって、他人に感染させないという保証はありません。一方で、検査陰性証明者は、罹患する可能性はあっても他人に感染させる可能性は低い人です。つまり、COVID-19に対して全く正反対の立場の人たちを混在させるというのが、いま日本政府が考えているパッケージです。

この意味で、米国もフランスも同じ誤りを犯しているように思います。もっとも弱い人は死んでも仕方ないという「死のレベルを受け入れるウィズコロナという考え方に立てばそうなるのかもしれません。

引用記事

[1] Jackson, M.: England vaccine passport plans ditched, Sajid Javid says. BBC News 2021.09.13. https://www.bbc.com/news/uk-58535258

[2] ロイター:英首相、冬に向けコロナ対策発表へ 接種証明は導入中止. Yahooニュース. 2021.09.13. https://news.yahoo.co.jp/articles/20c21a82f2cfd710004916e61436566eda7e17c3

[3] 東京新聞: 全人口の50%超が2回接種完了 米国に並び、欧州を猛追. 2021,09.13. https://www.tokyo-np.co.jp/article/130661

[4] FNNプライムオンライン:「ワクチン・検査パッケージ」で行動制限を緩和 政府が基本方針. 2021.09.10. https://www.fnn.jp/articles/-/236975

                

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第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

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はじめに

第5波のCOVID-19流行は大きな被害をもたらしていますが、東京や周辺の県での新規陽性者数はピークを過ぎて減衰に入ったように思われます。全国的にもやや遅れて減衰するか高止まりになっているようです。

政府は7月12日に緊急事態宣言を東京都に発出し、8月2日には6都府県へ拡大しました。それ以降23都府県に拡大されています。しかし、これといった新たな感染防止対策は施していません。それにもかかわらず、少なくとも東京や周囲を含めた首都圏では減衰に向かっている理由は何なのでしょうか。テレビやウェブ記事を通して専門家のコメントも聞こえてきますが、どれも決め手がありません。はっきり言って理由はわからないというところでしょう。

第5波以前の4回の流行も、第1波の大規模接触削減策の効果を除いては、なぜ減衰したのかわからないのが実状です。専門家による検証も行なわれていないように思います。ただ感染伝播の性質上、実効再生産数が1.0を割り始める環境条件になると、その条件が維持される限りは、一気に坂を下るように感染者数が減少していくことは一般的に見られる現象です。

問題はその環境要因が何かということです。ここで、かかわる要因の複雑性は承知の上で、減衰の理由を考えてみたいと思います。キーワードはSARS-CoV-2空気感染です。

1. 減衰に影響を与える要因

呼吸器系病原ウイルスの感染伝播に及ぼす要因を以下に挙げます。検査・隔離公衆衛生対策ワクチン接種という積極的な感染抑制対策に加えて、感染による免疫賦活宿主の抗ウイルス活性(RNA編集)という内的要因、人流、気温、湿度、風(室内では換気)、紫外線という生態的、物理的・自然環境要因が加わります。

1) 検査・隔離

2) 公衆衛生対策

3) 自然感染とワクチン免疫

4) 宿主抗ウイルス活性

5) 人流

6) 気温

7) 湿度

8) 紫外線

9) 風(換気)

10) 天気(降雨)

重要なのは上述したように空気感染です。SARS-CoV-2の場合は、その主要伝播様式がエアロゾル感染(広義の空気感染)であることは、パンデミックが始まった当初からこのブログでも指摘しました(新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。

当初からかなり最近まで、世界保健機構WHOも日本の医療専門家もSARS-CoV-2の空気感染を否定していたことには驚いたものですが(今でも厚労省は認めていません)、これまでの各国の経験や研究でそれは確実なものになっています(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスクあらためて空気感染を考える新型コロナの主要感染様式は空気感染である)。

つまり、感染流行の減衰を考える場合、ウイルスを含むエアロゾルの消長と接触に影響を与える要因を考慮すればよいということになります。

ウイルスは最初局所的に急激に伝播し、多くは人口密集地が起点になります。感染拡大するにつれて、ウイルス汚染の物理的範囲が広がりますが、それとともに人と人との距離と時間的経過が感染スピードに対して負に働く効果が強くなります。簡単に言えば感染可能な人口密度が低いところほど感染スピードは鈍くなります。

ここにロックダウン(大規模接触削減)、検査・隔離という感染者非接触対策が導入されると、それが大規模である程、徹底される程、ウイルスの伝播機会が失われていきます。マスク着用、手指衛生、物理的距離の確保、換気等の公衆衛対策はこれに輪をかけて効果的になります。

このように感染者の全体的な隔離スピード(接触削減等も含む)がウイルスの伝播スピードを上回ってくれば、感染流行はピークから減衰に向かいます。実際は、隔離による感染源数の低下に加えて、自然感染が進むことで起こる感染可能な(免疫がない)リザーバーの人口密度の低下が、流行減衰の大きな要因になります。流行の上昇スピードが速ければ速いほど、環境中のウイルス汚染の濃度が高ければ高いほど、感染可能リザーバーの密度低下が速く起こり、自然と減衰も早まります。つまり、対策の影響はありますが、自然に任せれば、流行ピークは左右対称の相似形になると考えられます。

これらには症状の有無に関わらない感染による集団的免疫賦活に加えて、感染者の抗ウイルス活性(APOBECによるRNA編集機構)が関わっている可能性もあります。つまり、ある程度感染伝播が進行すると、集団免疫に加えて感染者の抗ウイルス作用によって、ウイルス排出量が減少し、二次伝播のリスクを低くする可能性があります。

ウイルスの感染力とともに、残存性が大きな要素になります。一般に温度が高いほど、湿度が高いほど、紫外線が強いほど、呼吸器系病原ウイルスの残存性は低下します。すなわち、高温多湿の日本の夏はウイルスの残存力が低下すると考えられます。

2. 検査・隔離

感染伝播において、重要な事実として、ウイルス伝播の90%はスーパースプレッダーとよばれるわずか2%に相当するウイルス排出量の多い感染者によってもたらされることが挙げられます [1](→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる)。したがって検査・隔離が広がれば平均的に感染機会がなくなっていくというのではなく、スーパースプレッダーとその周辺が優先的に隔離されれば効果的に感染拡大を抑制できる(実効再生産数を下げる方向に向かわせる)ことになります。

これは、日本が当初からクラスター対策としてとった戦略の基本的考え方と同じです。しかし、これまでのクラスター対策の失敗は、検査でスーパースプレッダーを特定しなかったことと、その周辺を検査拡大して徹底的に追跡調査しなかったことです。特に有症状者に限定して、むしろ患者確定として検査を行なっていたことは、感染者のダダ漏れが起こり、防疫対策としては失敗でした。

スーパースプレッダーは症状にかかわりなく存在し、検体のリアルタイムPCRのCt値でおおまかに特定できます。感染拡大抑制のためには、低いCt値を有する感染者の周辺(住居、施設、職場環境など)は濃厚接触者の定義にかかわりなく、検査拡大して追跡調査すべきです。

第5波流行では、検査・隔離を行なっていく過程で、偶然効率的にスーパースプレッダーが捉えられ、感染拡大が抑えられたことも考えられなくはないですが、可能性は低いでしょう。東京都や神奈川県は8月から積極的疫学調査が縮小され、無症状の濃厚接触を追跡しなくなっているので、何とも言えません。むしろ、検査を縮小することで、見かけ上感染者数が減っている可能性もあります。

東京都では通常3割以上存在する無症状陽性者数が1割近くまで落ち込み、疫学調査縮小によって、見かけ上新規陽性者数が減っているように見えていることを、以下の引用ツイートで示しました。

今日(9月7日)の時点で、検査数は8月のピーク時の6割近くまで落ち込んでいますが、陽性率は依然として10%を超えており、無症状陽性者も10%台であり、検査が追いついていないのは明らかです。依然として新規陽性者数は過小評価されています。

2. 人流による影響

東京での緊急事態宣言は7月12日に発出されましたが、おそらく東京オリンピック開催のお祭り気分もあり、期待した以上の人流抑制効果は生みませんでした。事実、前回の緊急宣言発出後の人流低下と比べるとそのスピードは鈍く [2]、宣言発出も遅れました。しかし、注視すべきことは、主要都市圏の人出のバックグランドがそもそもパンデミック以前と比べて低くなっていた事実です。この低いバックグランドの上に、緊急宣言発出後、人流が(徐々にですが)減ってきた影響を考える必要があります。

東京、埼玉、千葉、神奈川の中心地における人出の推移を、NHKの特設サイト「新型コロナウイルス」から拾って図1に示します。人流抑制効果がないと言われた緊急事態宣言ですが、それでも首都圏は少しずつですが、主要駅や繁華街では人出が減少していました。そこで、図3のグラフを画像解析して、定量的に人出の推移を求めてみました。

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図1. 東京(左)の中心街および大宮駅(右上)、千葉駅(右中)、横浜駅(右下)周辺の人出の推移. が平日(藍色横線パンデミック直前のレベル)、赤色が休日(赤色横線パンデミック直前のレベル)の人出、

6月20日に3回目の緊急宣言が解除されてから7月12日までの人出の最大レベルと比較すると、8月10日時点(発症別感染者数が最多の日、後述)における人出の減少率は、東京駅周辺で19%、渋谷スクランブル交差点で28%、新宿歌舞伎町(夜間)で27%となりました。また首都圏の県では、6都府県に拡大された8月2日以降人出の減少が目立ち始め、8月10日の時点で大宮駅周辺で23%、千葉駅周辺で15%、横浜駅周辺で28%の減少率となりました。都営地下鉄の利用率は、お盆の時期で最大50%前後減少していました。

アドバイザリーボードの資料でも、7月12日の緊急事態宣言以後から8月中旬までの人流減少傾向が示されています [2]。また実効再生産数は7月末には下方に向かっていることが示されています。

結果として、首都圏の人出は第5波流行のピーク時においては、パンデミック直前と比べると3–6割まで低下していました。つまり、緊急事態宣言に慣れっこになってしまっている国民ですが、そもそも宣言前からの自粛生活・行動の連続で街中の人出のバックグランドを下げており、緊急事態宣言とともにわずかに外出控えが起こり、それが続いたということが見てとれます。感染者急増によるリスク回避行動の影響も多少あるかもしれません。

オリンピックという要素がなければ、緊急事態宣言発出は早まり、もっと人出は減り、流行の規模は小さくなっていたかもしれません。

3. 気温、湿度、降雨の影響

ウイルスは宿主以外の環境では単なる粒子(ヴィリオン)です。この粒子は温度、湿度、紫外線などの環境要因にランダムに影響を受け、その程度で残存性が決まります。また、空気中のエアロゾルの濃度は天候に左右され、風雨によって希釈・除去されます。

Casteroら [3] は腸管系ウイルス(TGEV) およびマウス肝炎ウイルス (MHV) を使ったモデル実験から、固体表面においては低温と乾燥がウイルスの残存性を高め、逆に40℃、湿度80%の条件では急速に不活化されることを報告しています。SARS-CoV-2についても気温低下、湿度低下で残存性が高くなり、空気感染の可能性が高くなることについて多くの報告があります [4, 5, 6]

Feng [7] は、数値モデルを用いて、相対湿度40%を下限、95%を上限としてエアロゾルの消長解析を行ないました。その結果、湿度40%は咳の液滴中の水分蒸発を活発にし、液滴の収縮と空気中での長時間の懸濁につながる一方、湿度95%では吸湿性の成長により液滴のサイズが大きくなり、人と地面の両方への沈着率が高くなることを見いだしました。

米国安全保障省のウェブサイト [8] には、紫外線強度、温度、相対湿度のパラメータを変化させることで空気中のSARS-CoV-2の減衰スピードを計算できるページがあります。このページを使って、紫外線強度を一定にして、温度と湿度を変えて計算したのが表1です。温度10℃、湿度50%という条件に比べると、30℃、70%の条件では半減期と99%減衰時間が半分程度に短くなることがわかります。

表1. 空気中のSARS-CoV-2の残存性と不活化に及ぼす温度および湿度の影響(米国サイト [8] に基づいて計算:温度30℃、湿度70%が設定できる上限)

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気象庁のデータによれば、東京における今年7月、8月、9月の相対湿度は、それぞれ平均値で83、80、90%ときわめて高いです [9] 。また平均気温は7月で30.3℃、8月で31.6℃です。ウイルスが活性を維持する条件としては、きわめて不都合な東京の夏の環境でした。ちなみに私の家では、8月中、ずうっとエアコンを使っていましたが、室内の相対湿度が70%を超えた日が今日まで10日以上ありました(図2)。

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図2. 東京および筆者自宅における平均相対湿度(%)の推移(2021年8月1日〜9月4日). 東京のデータは気象庁ウェブサイトより取得、自宅データ(1日3回以上換気を行なったエアコン付きリビングルーム内)は湿度計による9時、15時、21時計測の平均値.

降雨時の相対湿度は100%近くとなり、雨による物理的衝撃もありますので、外気中のエアロゾルは地面に沈着し、除去されると考えられます。一方、複数の研究例のメタ解析によれば、降雨量とCOVID-19の発生率と正の相関があるという報告もあり [10]、より湿度の高い屋外環境では、乾燥した室内空気を使用する機会が多くなるので、その結果、より多くのCOVID生存率を促進することになるとも説明されています [5]

しかし、国や条件の異なる事例でのメタ解析で降雨とCOVID-19発生率を論じるのは適切ではないと思われますし、湿度の高い外環境より、乾燥した室内環境にいることで感染を促進するというのを一般化するのも無理があると考えられます。

やはり、雨天の日は、外気環境のエアロゾルが沈着・除去され、室内外の相対湿度が上がり、さらに外出控えで人の接触が減ることで、ウイルスの減衰スピードは高まると考えた方が妥当でしょう。湿度上昇はエアロゾルの減少とともに、固体表面に付着したウイルスのエアロゾル化(再浮上)も防ぐ効果があると思われます(この点については研究が必要)。

その上で、東京の感染状況と天気(降雨)がどのような状況だったかを示したのが図2です。図では雨天の日を薄青色の影をつけて示してあります。今年の8月は雨天が多く、特に東京オリンピックが閉会する前後から、雨天が集中したことが特徴的であり、感染ピークと重なりました(図3上)。この雨天(8月7日−9日、8月12日−18日)は相対湿度の上昇と対応しています(図2)。この雨続きによって、感染ピークが頭打ちになり、減衰に向かうことは前のブログ記事でも予測しました(→デルタ変異体の感染力の脅威)。

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図3. 東京都における新規陽性者数の推移(上)、発症日別の陽性者数(下)、および雨天の日(薄青色の影部分). NHK特設サイト「新型コロナウイルス」および東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトからの転載図にgoo天気(https://weather.goo.ne.jp/past/662/20210800/)の情報を加えて作図.

発症日ごとの新規陽性者数(図3下)で見るとより明確になりますが、8月10日に最多数3,827人を記録しており、その少し前(8月8日)から、雨天が多くなり、お盆を挟む8月12–17日の期間は雨の日が続きました。すなわち、感染者が増え過ぎて追跡できなくなった(検査陽性率が飽和に近づいた)頃にオリンピックが終わり、幸運にも雨天が続き、雨で外出する人も余計少なくなったと同時に、住居・建物内の湿度が最高レベルに達し、室内外のエアロゾルが減少したということが考えられます。それにお盆の時期が重なり、都心から人影が減ったということになります。

要約して言えば、8月からの6都府県への緊急事態宣言の拡大とお盆に伴う人出の減少(パンデミック直前からみれば3-6割低下)に雨天が続いたという偶然性の重なりによって、一気に実効再生産数が1を割るような状況が生まれたのではないかと推察します。そして、首都圏からの感染の滲み出しが抑制され、ワクチン未接種のリザーバーが小さくなり始めた(感染の主体が症状の出ないワクチン接種者に移り始めた)ことで、やや遅れて全国レベルでの急速な減衰が始まったということではないでしょうか。

感染者集団の抗ウイルス活性(RNA編集)が効けば、ウイルス排出量は減る可能性がありますが、もしワクチンの効果もあるとすれば、ブレイクスルー感染者が増えて全体的にCt値が上がっていくことが予想されます。つまり、感染者集団の抗ウイルス活性に加えて、ワクチン接種によってウイルス排出量が少なくなり、伝播しにくくなるわけです。

9月に入ってからも首都圏は雨天続きです。もし、このブログ記事で述べるように、雨による湿度上昇とエアロゾル洗浄・除去がウイルス伝播抑制に働くとするなら、今日(9月7日)以降、未感染者およびワクチン未接種者のリザーバーの縮小とも相まって首都圏では新規感染者数はさらに激減するはずです。

4. 昨年夏との比較

昨年夏は第2波の感染流行が起こりました。そこで、今年の夏の流行と比較することでヒントになることがあると思いましたが、ウイルスの性質をはじめ両者でかなり状況が異なるので比較は難しいです。

第2波は今年の流行より時期的にやや早く、8月3日に最多の発症日基準新規陽性者数234人を記録しました。今年と比べれば1/16のレベルです。7月23日にはGoToトラベルキャンペーンが始まり、緊急事態宣言は発出されなかったにもかかわらず、第2波流行は9月に入って減衰しました。

この流行をもたらしたのは日本変異型のウイルス(B.1.1.284)です(→第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス)。この変異体は、メインプロテアーゼ酵素(3CLPro)に変異があり、従来の株に比べるとその活性(基質結合能)が半減していました。従来株に感染した患者に比べて重症度は1/4程度であり、軽症となる可能性が高かったとされました。今年のデルタ変異体に比べれば、感染力も重症化率も圧倒的に低かったと思われます。

緊急事態宣言がなかったことで、首都圏の街中での人出はほとんど変化がありませんでしたが、4月の第一回目の緊急事態宣言解除からの余波もあって、人出は元に戻らず、パンデミック直前の5–6割にとどまっていました。つまり今年の夏と同じレベルです。

この年の8月は雨天日がわずか2日(今年は9日)でしたが、7月は全体的に雨が多く、18日間を記録しました(今年は12日)。7月、8月の相対湿度の平均値はそれぞれ83%および80%でした。つまり、第2波は弱毒化した感染力の弱いウイルスによる流行であり、流行の立ち上がりからピークに至るまで、ずうっと雨が続いた影響でそれほどの流行にならず、8月以降は減衰に向かうことになったと推察します。

おわりに

以上、第5波流行が減衰した理由は様々な要因があって複雑であり、断定的に述べるのは難しいですが、SARS-CoV-2の主要感染様式が空気感染であるということを踏まえると、室内外環境中のウイルスを含んだエアロゾルの消長に絡んでいるのではないかというのが、ここでの個人的見解です。以下に考えられる主な理由を挙げます。

1) 8月中旬に雨天が多く、平均相対湿度80%以上の環境条件が外環境、住居・建物内のウイルスの残存性を低下させ、降雨で地域のエアロゾルが除去されることで、空気感染の機会が大幅に減った

2) 長期間の自粛による人流低下のバックグランドの上に発出された緊急事態宣言後(特に8月上旬以降)の人出減少・リスク回避行動と、雨天での外出控え、エアロゾルの洗浄が重なり、感染伝播減少に効果的だった

3) 積極的疫学調査の縮小による検査数減少が見かけの陽性者数を減らし、かつ潜在的無症候性感染者がカウントされなかった

4) 自然感染とワクチン接種率の上昇により、ウイルス排出量が減り、非免疫獲得者のリザーバーが小さくなる(集団免疫効果)と同時に、感染の主体がワクチン接種者に移ったことで、無症状ブレイクスルー感染がカウントされなくなった。

これらに加えて、冒頭で述べたように、感染宿主側からの抗ウイルス活性(ABOBECによるC→U脱アミノ活性)が働き、ウイルス排出量が激減した可能性もあります。いずれにせよ、政府によって、特別な感染対策が施されて感染流行が減衰されたわけではないので、いずれ下げ止まりが起こると予測されます。

ワクチン非接種者の宿主としてのリザーバーの枠がますます小さくなり、バックグランドが全国500人程度のレベルで続けば、それを土台としてこの冬、新しい変異体によるワクチン・ブレイクスルー感染を中心とする第6波流行が襲来すると予測します。コロナウイルスに対してワクチンによる感染予防戦略は、もはや一時的にしか通用しません。免疫逃避の新しい変異体によって繰り返し流行が起こります。むしろ、今の遺伝子ワクチンの繰り返し接種による弊害が問題になってくる可能性もあります。

引用文献・ウェブサイト

[1] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

[2] 第50回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年9月1日): 主要繁華街の滞留人口モニタリング. 2021.09.01. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000826601.pdf

[3] Casanova, M. L. et al.: Effects of air temperature and relative humidity on coronavirus survival on surfaces. Appl. Environ. Microbiol. 76, 2712-2717 (2020). https://doi.org/10.1128/AEM.02291-09

[4] Mecenas, P. et al.: Effects of temperature and humidity on the spread of COVID-19: A systematic review. PLoS One Published: Sept. 18, 2020
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0238339

[5] Ahlawat, A. et al.: (2020). An overview on the role of relative humidity in airborne transmission of SARS-CoV-2 in indoor environments. Aerosol Air Qual. Res. 20, 1856–1861 (2020). https://doi.org/10.4209/aaqr.2020.06.0302

[6] Raines,  K. S. et a.: The transmission of SARS-CoV-2 is likely comodulated by temperature and by relative humidity. PLoS One Published: July 29, 2021
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0255212 

[7] Feng, Y.et al.: Influence of wind and relative humidity on the social distancing effectiveness to prevent COVID-19 airborne transmission: A numerical study. J. Aerosol Sci. 147, 105585 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2020.105585

[8] U.S. Department of Homeland Security: Estimated airborne decay of SARS-CoV-2 (virus that causes COVID-19). https://www.dhs.gov/science-and-technology/sars-airborne-calculator

[9] 国土交通省気象庁: 東京 2021年(月ごとの値) 詳細(気温・蒸気圧・湿度). https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=2021&month=&day=&view=a2

[10] Majumder, P. & Ray, P. O.: A systematic review and meta-analysis on correlation of weather with COVID-19. Sci. Rep. 11, 10746 (2021) https://www.nature.com/articles/s41598-021-90300-9

引用したブログ記事

2021年8月27日 新型コロナの主要感染様式は空気感染である

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2021年2月10日 第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

東京オリパラと第5波感染流行

はじめに

今年の夏は東京オリパラと第5波COVID-19流行の夏でした。図1に、6月23日から昨日(9月5日)までの、全国および東京都における新規陽性者数の推移を示します。7月23日に東京オリンピックが始まる前後から新規陽性者数が急増し、8月半ばから下旬にかけてピークに達し、そして昨日(9月5日)東京パラリンピックが終わる頃までには減衰が明白になりました。これから急速に減衰していくでしょう(減少要因については後のブログで検証)。

まさに東京オリンッピクとともに大流行が始まり、パラリンピックとともに減少し始めるというパターンを示しています。ただし、実際の感染は陽性者検出時よりも1–2週間前だと考えられますので、大会開催前から感染急増していたことになります。

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図1. 全国(上)および東京都(下)における新規陽性者数の推移(6月23日〜9月5日、NHK特設サイト「新型コロナウイルス」からの転載図に加筆).

よく見ると東京での陽性者ピークはお盆の頃にありますが(発症日に基づくピークは8月10日)、全国でのピークは約1週間遅れているように見えます(1週間の移動平均 [図中黒線] ではピークが遅れて出ることに注意)。そして、東京での上昇は7月末にはすでになだらかになっています。見かけ上、実効再生産数が低下していることが推察されますが、検査が追いついていないという統計・疫学情報の不正確さはどうしようもないです。

図1の流行パターンから見ると、東京が震源地となって感染爆発し、その後に全国に染み込むように拡大していったことが読み取れます。

1. 第5波流行に影響した人為的要因

感染流行に及ぼした東京オリンピックの影響を検証することは容易ではありません。なぜなら、オリンピックを開催しなかった場合のコントロールデータがないからです。しかし、この祭典開催が人々の高揚感と気の緩みを誘導したことは間違いないでしょう。大会開催機運の高まりとともにそれまでの自粛行動から解放され、7月12日に緊急事態宣言が発出されるも、人流抑制にそれほど機能しなかったことを考えれば、これは明白です。

もっとも、今年からずうっと緊急事態宣言続きなので、人流はパンデミック直前と比べてそもそも2–3割減程度で続いていますので、7月12日の発出で少しぐらい人出が減ったとしてもそれほど目立たなかったということでしょう。実際は、首都圏では8月初めの緊急事態宣言拡大からオリンピック閉会の時期にかけて、徐々にですが人出が減り続けています。オリンピックが終わってやっと我に返り、危機回避行動に移ったということが言えなくもありません。

だとすれば、東京オリンピックが開催されるという機運と実際の大会開催が直接的、間接的に首都圏での人流に伴う感染増加に影響し、夏休みと重なった全国への人流で感染が拡大したと見なせなくもありません。少なくとも、東京オリンピックを中止してその分の資金や資源を防疫や医療提供体制につぎ込み、政府がコロナ対策に集中していたならば、人流抑制効果はもっと高まり、今よりはるかに被害が少なかったであろうということは否定できないでしょう。

不幸なことに、東京オリンピックバブル方式の感染抑制作戦と医療提供にワクチン接種プログラムが重なり、この二つのオペレーションに多くの医療従事者の労力が割かれました。これらは時給が高いということで、現場のコロナ対応を避けて選択するインセンティヴになった可能性もあります。

もちろん、ワクチン接種は必要ですが、東京オリンピックを強行するにしても、それへの重なりを避けて早く行なうべきでした。当初のワクチン戦略の失敗と言えますし、それにも増して、東京オリンピックは、国民の命と健康を守るという優先課題にとってはつくづく負担になっていたと感じさせられます。

加えて、特措法31条の2には、「都道府県知事は医療機関が不足し、医療の提供に支障があるときは臨時の医療施設を作って医療を提供しなければならない」と明示されていますが、これはほとんど実行されませんでした。東京オリンピックとワクチン接種への医療従事者の労力分散は、法律の順守・励行さえ阻害的に働いたかもしれません。

政府は東京オリンピックに伴う人為的要因と第5波流行との関係について検証を行ない、国民の前に報告する義務があると思います。しかし多分やる気がないでしょうね。この国の行政は、いわゆるPDCAサイクルのCAが欠けるという欠点があります。つまり、政策の結果を検証し、失敗した場合にはそれを認め、改善していく力がきわめて弱いです。ひたすら無謬性に拘泥します。

オリンピックの報道で騒いでいたマスコミもそれが終わってしまうとまるで何事もなかったかのように、今の感染流行への影響については言及していません。

2. この夏の被害状況

日本国民はこの期間甚大な命と健康の被害を受けています。それを忘れてはいけないのです。図2に、全国の重症者数と日ごとの死者数の推移を示します。重症者数は新規陽性者数に遅れて増加し始め、昨日時点では2,207人に至っています。この数は今世界12位のレベルです。死者数はさらに遅れて増加傾向にあり、50人を超える日も出るようになっています。そして全国の自宅療養者数は13万人に達しています。

東京オリンピックが始まってパラリンピックが終わるまでの期間(7月23日〜9月5日)に限って言えば、累計感染者数は約712,138人、累計死者数は約1,242人に上ります。

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図2. 全国の重症者数(上)と死者数の推移(6月23日〜9月5日、NHK特設サイト「新型コロナウイルス」からの転載).

これだけのコロナ被害があったわけですから、デルタ変異体の感染流行に東京オリンピックが重なって被害が拡大したと考えてもおかしくないように思います。

そしたら今朝、ウェークアップのMCを務めている野村修也氏による以下のツイートが目に留まりました。

オリンピック・パラリンピックの開催という回避できない国際社会への約束を、もがきながらも果たすことができた日本の底力を誇りに思う。様々な思惑が絡んだネガティヴ・キャンペーンに国民が扇動される中、それに屈しない頑固親父が、全ての責任を背負う覚悟で総理を辞任されることを忘れずにいたい。

私は、感染流行と被害に一切触れないで、日本の底力という形容でオリンピックを行ったことを讃えた彼の言葉に著しく違和感を感じ、以下のように引用ツイートしました。

日本の底力と言うなら、東京大会を開催してなお感染流行を抑えられたという成果があってこその表現であるべきでしょう。事実はまったく逆であり、パンデミック以来最大の感染被害を出す波になりました。

もっと言えば、菅政権が発足してから(2020年9月16日から)今日までの累計感染者数は1,505,090人累計死者数は14,910人です。政権として感染対策をきちんと覚悟をもってやったとは、とても言えない数字だと思います。

3. 他国との比較

これらの数字の意味を考えるために累計死者数について、東アジア・西太平洋の先進諸国・地域との比較を行なってみましょう。図3に、菅政権発足後の期間における100万人当たりの累計死者数の推移を示します。この期間、各国における死者数は横ばいか、少し増える程度でしたが、日本は比較にならない程増え続けているのがわかります。

ちなみに、mRNAワクチンや、アデノウイルスベクターワクチンの接種率で言えば、、シンガポールを除いて日本より下位の国・地域ばかりです。つまり、他国では、検査・隔離・追跡・医療という基本の防疫・感染対策がしっかりなされ、死者数を抑えているということがわかります。ワクチン接種前の昨年から横ばい状態・微増状態が続いていることがそれを明確に物語っています(ただ、シンガポールでは行動緩和策に舵を切り、感染者が増え始めている)。

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図3. 東アジア・西太平洋の先進諸国におけるCOVID-19死者数の推移(Our World in Dataより).

おわりに

第5波の感染流行は、デルタ型ウイルスが広がりつつあった頃から、それなりに予測できました(→感染五輪の様相を呈してきた下げ止まりの時こそ行なうべき強化策ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎えるシミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか)。

それにもかかわらず、菅政権、そしてそれを支えた与党は、検査・隔離、医療提供体制・治療の改善・強化という面でほぼ無策でした。菅首相は、東京オリンピックを前にして「国民の命と健康を守ることが大前提、そのことが私の基準」と言いながら、具体的な基準を示しませんでした。これまでの緊急事態宣言の発出・解除基準についても、政権は「総合的に判断する」という曖昧な答弁に終始しています。

この政治的不作為が、上記したような甚大なコロナ被害を出し、今なおそれが継続中であることは誠に悲しい限りであり、国民にとって大きな不幸です。東京オリンピックの強行開催は、医療の分散という面から、おそらく、この被害を拡大させる方向に働いたのではないかと思いますが、専門家による検証を待ちたいところです。

引用したブログ記事

2021年7月17日 シミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか

2021年7月2日 ついに検査抑制方針を改善できないまま感染五輪を迎える

2021年6月14日 下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

SARS-CoV-2スパイクタンパク質とヒト生殖系タンパク質の分子擬態

はじめに

SARS-CoV-2感染症COVID-19)が女性の生殖能力に影響を与える可能性を示唆する新しい研究結果が、イスラエル、イタリア、フランス、ロシアの共同研究チームによって発表されました。本研究の成果は、American Journal of Reproductive Immunology誌に8月18日付けで掲載されています [1]

f:id:rplroseus:20210831202848j:plain研究の主旨は、ウイルスのスパイクタンパク質と女性の生殖に関連するタンパク質との間で多くのペプチド相同性があり、このような分子擬態分子相同性molecular mimicry)が有害な自己抗体の生成につながり、感染者の自己免疫疾患の発症にも関与する可能性があるというものです。つまり、女性の不妊症の原因になるのではないかというものです。

研究チームは、SARS-CoV-2感染が女性の生殖能力に及ぼす可能性についての理解を深めるため、この分子相同性という切り口で系統的分析を行いました。この研究概要はウェブ記事 [2] でも紹介されています。このブログではこのウェブ記事も参照しながら、当該研究の概要と意義について紹介します。

 1. 研究チームの作業仮説 

COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2コロナウイルスは、感染した患者に重篤な呼吸器疾患を引き起こすことでよく知られていますが、重要なことは、呼吸器系のみならず、心臓、腎臓、肝臓、脳などの多数の臓器に影響を与えることであり、Long COVIDとして知られる後遺症にも繋がることです。研究チームは、COVID-19が体内の生殖機能(特に女性の生殖機能)にも影響を与え、感染した患者が不妊症になる可能性について探ることにしました。 

卵巣で卵が作られる過程(卵形成)には、卵母細胞を作るための複雑な分化プログラムが存在します。このプロセスは、細かく制御された一連のステップで構成されています。女性の不妊症の原因としては、このプロセスにかかわる遺伝的要因や免疫反応の異常などが考えられます。

SARS-CoV-2の感染が生殖能力に影響を与える可能性については、これまで何度となく問題にされれ、議論されてきました。なぜなら、女性の生殖組織には当該ウイルスの受容体であるアンジオテンシン変換酵素-2(ACE2が多く発現していることがあり、COVID-19のオートファジーの機能不全による生殖細胞(卵母細胞)へのダメージの可能性があるからです。

以上の点から、研究チームは、COVID-19が体内の生殖機能、特に女性の生殖機能にも影響を与える可能性について、以下の三つの作業仮説を考えました。

一つ目は、SARS-CoV-2によるアンジオテンシン変換酵素-2(ACE2)受容体への直接的作用です。ACE2は、腎臓、心臓、甲状腺、脂肪組織、生殖系(精巣、卵巣、子宮、膣、胎盤)に存在し、様々な生理現象に重要な役割を果たしています。女性の生殖系においては、卵胞の発育、排卵、黄体変性、子宮内膜の変化、胚の発育などに関与していることがわかっています。ACE2が受容体としてウイルスの宿主細胞への侵入を促進することで、それを介した生殖器機能の破壊が起こる可能性があります。

二つ目は、SARS-CoV-2が宿主細胞のオートファジー(自食作用)を回避することによる卵子成熟の阻害の可能性です。オートファジーは、細胞が不要なゴミ、変形したタンパク質、損傷した小器官などを除去する自浄作用ですが、このオートファジーと酸化ストレスはともに、卵子の寿命に関与しています。SARS-CoV-2は、宿主細胞のオートファジーを阻害することで、卵子の成熟や受胎能力に影響を与える可能性があります。

三つ目は、宿主とSARS-CoV-2のタンパク質間の分子擬態を介して、受胎能力に影響を与える可能性です。宿主細胞のタンパク質とSARS-CoV-2のタンパク質のアミノ酸配列は類似していることがあります。その結果、感染者が産生する抗体がSARS-CoV-2に対して交差反応を起こし、感染者の細胞が害される自己免疫状態に陥ることが考えられます。

実際、ネズミのミエリン塩基性タンパク質とB型肝炎ウイルス(HBV)の間に短いペプチドが共有されていると、動物モデルにおいて病原性の自己免疫交差反応を引き起こす可能性があることが示されており、HBV感染後に脱髄疾患の発生率が高いことが報告されています [3]

研究チームは、COVID-19感染者において、特にタンパク質の分子相同性に着目し、それが生殖機能に影響を与えるかどうかを調べました。すなわち、この研究の主要な仮説は、SARS-CoV-2タンパク質が卵形成に関与するタンパク質と共通のペプチド配列を共有しており、それによって交差反応性の抗体が産生されるというものであり、この交差反応性抗体が自己免疫疾患の発症につながるのではないかということです。

従来、ペプチド特異的な抗体を誘導し、抗原・抗体反応を起こすエピトープは、最低限5個のアミノ酸からなるペプチド配列(ペンタペプチド)が必要であることが知られています [4]。そこでこの研究では、ペンタペプチドをプローブとして、ヒトの卵形成関連タンパク質とSARS-CoV-2由来のスパイクタンパク質の類似性を調べ、免疫反応性を検討しました。

 2. 研究概要 [1]

研究チームは、卵形成、子宮受容、脱皮、胎盤をキーワードとして、UniProtKBデータベースを用いて、82個のヒト卵形成関連タンパク質のライブラリを作製しました。そして、解析のためにこれらのタンパク質を結合させて、人工的にポリプロテインを構築しました。

次に、SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質の一次配列を、1残基ずつずらしたペンタペプチドに分解し(たとえば、MFVFL、FVFLV、VFLVL、FLVLLなど)、得られたペンタペプチドのポリタンパク質内での出現率を分析しました。 そして、ヒットしたペンタペプチドについて対応するタンパク質のアノテーションを行いました。

SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質と卵形成関連タンパク質の間で共有されているペプチドの免疫学的可能性については、Immune Epitope DataBaseを用いて解析しました。すなわち、共有ペンタプタイドを含むSARS-CoV-2スパイク糖タンパク質エピトープを検索し、共通タンパク質の免疫反応性を調べました。

その結果、SARS-CoV-2スパイクタンパク質に見られる41個のペンタペプチドとの相同配列が、27個のヒト卵巣形成関連タンパク質に存在することがわかりました。これらの中には、CXA1 (Gap junction alpha-1 protein, SALGKL, QAGST)、ERCC1 (DNA excision repair protein ERCC-1, GRLQSL, VLGQS)、KiSSR (KiSS-1 receptor、ANLAAT) なども含まれ、ヘキサペプチドや複数のペンタペプチドの共有(水色字)も認められました。

さらに、シンシティン2(SYCY2、Syncytin-2 precursor)も、スパイクタンパク質とLSSTAの共有配列を含むことがわかりました。

ちなみに、シンシティンは、母体と胎児との間で栄養素、ホルモン、ガスの交換に基本的な役割を果たし、正常な胚の成長に必要とされる胎盤タンパク質であり、以前からスパイクと類似性があると噂されています(→COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?)。

研究チームによるImmune Epitope データベースを用いた解析の結果、驚くべきことに、一致したペンタペプチドのうち、4つを除くすべてのペンタペプチドがSARS-CoV-2スパイク糖タンパク質由来のエピトープにも存在し、免疫反応性があることが確認されました。これらの発見は、COVID-19患者が生殖能力に影響を及ぼす自己免疫疾患を発症する可能性を示しています。

3. 成果の意義

今回の研究成果で重要なことは、ヒトの卵形成関連タンパク質とSARS-CoV-2のスパイクタンパク質との間には多数のペンタププチドの類似性があることを見いだしたことであり、交差反応性の抗体を産生する可能性を示したことです。これは、感染患者の生殖能力に影響を与え、生殖機能に障害を引き起こす可能性があることを示唆します。

ヒトの卵形成関連タンパク質を攻撃する交差反応性抗体の影響としては、生殖細胞の喪失、精巣や卵巣の著しい縮小、男性の性決定の変化、性転換、卵胞形成の変化、性的二型遺伝子の発現バランスの変化、受胎能力の低下、思春期早発症などの思春期の変化、性成熟の欠如または不完全な状態、生殖機能の障害、非閉塞性無精子症、早発卵巣機能不全などがあります。

ここで注意すべきことは、今回発見された分子相同性は、女性のCOVID-19患者自身の生殖機能障害を示すものではないということを研究チームが強調していることです。 そして、今回の研究結果は予備的なものであり、今後、特にCOVID-19患者から採取した大量の血清を専用アレイで卵形成に関連するヒトタンパク質について検査するなど、より詳細な実験的研究が必要であるとしています。

その上で、SARS-CoV-2に感染した患者が不妊症になる可能性があるという問題については、今後も注意を払う必要があると主張しています。

おわりに

今回の研究 [1] では、SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質が、卵形成、子宮受容体、脱皮、胎盤に関連する27種類のヒトタンパク質と、多数の最小免疫決定基(ペンタペプチド)を共有していることがわかり、実験的に免疫反応性が確認されているスパイクタンパク質由来のエピトープにも存在していることが明らかになっています。

ここで気になるのが、いま世界中で使われているスパイクタンパク質をコードするmRNAワクチンアデノウイルスベクターワクチンの影響です。英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの生殖免疫学の専門家であるヴィクトリア・メイル(Victoria Male)博士は、COVID-19の自然感染やmRNAワクチンが妊娠や生殖への悪影響を示唆する科学的データはないと述べています [5](→COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?)。ワクチンを推進をする人たちの見解も同様です。

果たして、SARS-CoV-2の自然感染およびスパイクをコードする核酸ワクチンの接種は、卵形成関連タンパク質を攻撃する交差反応性抗体を産み出し、生殖系へ悪影響を及ぼすことはないのでしょうか?

引用文献・記事

[1] Dotan, A. et al.: Molecular mimicry between SARS-CoV-2 and the female reproductive system. Am. J. Reprod. Immunol. August 18, 2021. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/aji.13494

[2] Thailand Medical News: BREAKING! New study suggests that SARS-CoV-2 infections can affect fertility In females through molecular mimicry and other ways! 2021.08.30. https://www.thailandmedical.news/news/breaking-new-study-suggests-that-sars-cov-2-infections-can-affect-fertility-in-females-through-molecular-mimicry-and-other-ways

[3] Oldstone MB. Molecular mimicry and immune-mediated diseases. FASEB J.
12, 1255-65 (1998). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7164021/

[4] Kanduc, D. Pentapeptides as minimal functional units in cell biology and immunology. Curr. Protein. Pept. Sci. 14, 111-120 (2013). https://www.eurekaselect.com/108982/article

[5] Male, V.: Are COVID-19 vaccines safe in pregnancy? Nat. Rev. Immunol. 21, 200–201 (2021). https://www.nature.com/articles/s41577-021-00525-y?s=09

引用したブログ記事

2021年6月27日 COVID-19ワクチンは妊娠、生殖への影響があるか?

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

新型コロナの主要感染様式は空気感染である

2021.08.27, 21:31更新

はじめに

前のプログ記事で、新型コロナウイルス感染症COVID-19は新しい概念の空気感染によって広がることを述べました(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスクあらためて空気感染を考える)。この空気感染がSARS-CoV-2の主要伝播様式であることは、世界の常識になりつつあります。

今日(8月27日)、サイエンス誌に、新型コロナや呼吸系ウイルスが空気感染で伝播するという事実をだめ押しする論文 [1] が出ましたので、ここで紹介したいと思います。タイトルはずばり"Airborne transmission of respiratory viruses"です。

この論文は台湾、イスラエル、米国の共同研究チームによる成果をまとめたもので、比較的長文です。そこで、要旨と図表と考察のみを和訳して載せたいと思います。考察には空気感染に対する感染防止策が述べられています。要旨と考察を読むだけで、空気感染について十分に理解できると思います。

以下、筆者による論文(一部)の和訳です。

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"Airborne transmission of respiratory viruses" by Wang, C. C. et al. [1]

1. 主旨

COVID-19パンデミックは、呼吸器系病原体が宿主間でどのように伝播するかについての論争を起こし、未知数の部分を浮き彫りにした。従来、呼吸器系病原体は、咳で生じる大きな飛沫や、汚染された表面との接触フォマイト)によって人の間に広がると考えられていた。しかし、いくつかの呼吸器系病原体は、空気の流れに乗って浮遊・移動する小さな呼吸器系エアロゾルを介して拡散することが知られており、感染者からの距離が短い場合、長い場合ともに、それを吸い込んだ人が感染することがある。

われわれは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2感染症やその他の呼吸器系病原体の拡散の研究で得られた空気感染の理解について最近の進捗状況をここでレビューする。SARS-CoV-2を含むいくつかの呼吸器系病原体では、空気感染が主要な感染形態である可能性があり、空気感染による感染のメカニズムをさらに理解することで、感染の緩和策がより明確になることを示す。

2. 背景

呼吸器系病原体の主な感染経路は、感染者の咳やくしゃみから発生する飛沫への曝露や、飛沫に汚染された表面(フォマイト)への接触であると広く認識されている。空気感染とは、主に感染者から 1~2 m 以上離れた場所で、5 μm 以下の感染性エアロゾルや「飛沫核」を吸い込むことと定義されており、このような感染は「珍しい」疾患にのみ関係すると考えられてきた。しかし、重症急性呼吸器症候群コロナウイルスSARS-CoV)、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)、インフルエンザウイルス、ヒトライノウイルス、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)など、多くの呼吸器系ウイルスの空気感染を裏付ける確かな証拠がある。

COVID-19のパンデミックでは、飛沫感染、付着物感染、空気感染に関する従来の考え方では不十分であることが明らかになった。SARS-CoV-2の飛沫感染や付着物による感染だけでは,COVID-19パンデミックで観察された多数の超拡散現象や,屋内と屋外での感染の違いを説明できないことがわかった。COVID-19がどのように伝播するのか、またパンデミックを抑制するためにどのような介入が必要なのかをめぐる論争により、呼吸器系ウイルスの空気感染経路をより深く理解する必要性が明らかになった。

3. 新たにわかったこと

呼吸器の液滴やエアロゾルは、様々な呼気活動によって発生する。空気力学的粒子径測定法や走査型移動度粒子径測定法などのエアロゾル測定技術の進歩により、呼気エアロゾルの大部分は 5 μm 以下であり、呼吸、会話、咳などのほとんどの呼吸活動では大部分が 1 μm 以下であることが示されている。呼気エアロゾルには複数の大きさのモードがあり、これは呼吸器における生成部位や生成メカニズムの違いに関連している。

エアロゾルと液滴の区別には、これまで 5 μm が用いられてきた。しかし、エアロゾルと液滴の大きさの区別は、1.5 m の高さで5秒以上静止した空気中に浮遊し、通常は放出者から ~2 m の距離に到達し(エアロゾルを運ぶ気流の速さに依存する)、吸入できる最大の粒子径を示す 100 μm であるとすべきだ。感染者が作るエアロゾルには、感染性のあるウイルスが含まれている可能性があり、小さなエアロゾル(< 5 μm)にはウイルスが濃縮されているという研究結果がある。

ウイルスを含んだエアロゾルの移動は、エアロゾル自体の物理化学的特性や、温度、相対湿度、紫外線、気流、換気などの環境因子に影響される。人が吸い込んだウイルスを含むエアロゾルは、気道のさまざまな部位に沈着する。大きなエアロゾルは上気道に沈着することが多いが、小さなエアロゾルは上気道に沈着することもあり、肺胞の奥深くまで侵入することもある。

空気感染を示す強力かつ明白な証拠としては、換気が感染に与える強い影響、屋内と屋外での感染の違い、十分に立証されている長距離感染、マスクや目の保護具の使用時に観察されたSARS-CoV-2の感染、SARS-CoV-2の屋内での高頻度のスーパースプレッダー現象、動物実験、気流シミュレーションなどが挙げられる。

SARS-CoV-2の飛沫感染ははるかに効率が悪く、飛沫が支配的になるのは、個人同士が0.2 m 以内で会話をしているときだけであることがわかっている。エアロゾルと飛沫の両方が感染者の呼気活動中に生成されることがあるが、飛沫は数秒以内に地面や表面に速やかに落下するため、飛沫よりもエアロゾルの方が多くなる

空気感染の経路は、これまで飛沫感染とされてきた他の呼吸器系ウイルスの感染拡大に寄与していると考えられる。世界保健機関(WHO)と米国疾病予防管理センター(CDC)は、2021年にCOVID-19を短距離と長距離の両方で拡散させる上で、ウイルスを含んだエアロゾルの吸入が主な感染様式であることを公式に認めた。

4. 今後の展望

病原体の空気感染は、これまで十分に評価されてこなかった。その理由のほとんどは、エアロゾルの空気中での挙動についての理解が不十分であったことと、少なくとも部分的には、逸話的観察結果が誤って伝えられていたことによる。飛沫感染や糞尿感染の証拠がないことや、エアロゾルが多くの呼吸器系ウイルスの感染に関与しているという証拠がますます強くなっていることを考えると、空気感染はこれまで思われていたよりもはるかに広く起こっていることを認識しなければならない

SARS-CoV-2感染について分かったことを考えると、すべての呼吸器系感染症について、エアロゾルによる感染経路を再評価する必要がある。換気、気流、空気ろ過、紫外線消毒、マスクの装着などに特に注意して、短距離と長距離の両方でエアロゾル感染を軽減するための予防措置を講じなければならない。これらの対策は、現在のパンデミックを終わらせ、将来のパンデミックを防ぐための重要な手段である。

5. 図表について

表1 呼吸器系ウイルスの空気感染
様々な呼吸器系ウイルスの空気感染の代表的な証拠とその基本再生産数(R0). ダッシュのついたセルは該当しないことを示す.

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筆者注: Table 1に示されている括弧付き番号は引用文献番号であり、それぞれのカラム項目に関連する代表的研究事例を示しています。米国CDCの内部資料によれば、SARS-CoV-2デルタ変異体の感染力は水ぼうそうウイルス(varicella zoster virus、VZV)並みであり、感染者1人が平均5–9.5人にうつす可能性があるとされていることが報道されています [2]

 

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図1.呼吸器系ウイルスの空気感染.
ウイルスを含んだエアロゾルの空気感染には、(i) 発生・呼気、(ii) 輸送、(iii) 吸入・沈着・感染、の各段階がある。各段階は、空気力学的、解剖学的、および環境的な要因の組み合わせによって影響を受ける。(ウイルスを含むエアロゾルの大きさは縮尺なし).

 

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図2 ウイルス入りエアロゾルの物理化学的特性.
ウイルスを含んだエアロゾルの挙動や運命は、物理的な大きさ、ウイルス量、感染力、エアロゾル中の他の化学成分、静電気、pH、気液界面の性質など、エアロゾルの特徴的な性質によって本質的に支配される.

 

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図3 エアロゾルは空気中でどのくらい滞留するか?
静止した空気中のさまざまなサイズのエアロゾルの滞留時間は、球状粒子に対するストークスの法則から推定できる。例えば、100 μm、5 μm、1 μm のエアロゾルが 1.5 m の高さから地面(または表面)に落下するのに必要な時間は、それぞれ5秒、33分、12.2時間となる.

 

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図4 室内空気感染に影響を及ぼす要因.
大きな液滴の動きは主に重力に支配されているが、エアロゾルの動きは気流の方向やパターン、換気の種類、空気のろ過や消毒などに強く影響される.

 

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図5 エアロゾルのサイズに依存した気道内への沈着メカニズム.
(A) ヒトの呼吸器の各部位における主な沈着メカニズムとそれに対応する気流の流れ. 大粒のエアロゾルは慣性力によって鼻咽頭に沈着し、小粒のエアロゾルは重力沈着とブラウン拡散によって気管支と肺胞に沈着する傾向がある. 気管支と肺胞の拡大図で沈着のメカニズムを示す. (B) ICRPの肺沈着モデルに基づいたエアロゾルの直径の関数としての気道の異なる領域でのエアロゾルの沈着効率を示す. 大きなエアロゾルの大部分は鼻咽頭領域に沈着し、十分に小さいエアロゾルだけが肺胞領域に到達して沈着する.

6. 考察

空気感染は、呼吸器系ウイルス疾患の感染に寄与する経路として、長い間、十分に評価されてこなかった。その主な理由は、ウイルスを含んだエアロゾルの生成と移動プロセスの理解が不十分であることと、逸話的な観察結果が誤って伝えられていることにある。SARS-CoV-2の空気感染の優位性を示す疫学的証拠は、時間の経過とともに増加し、ますます強くなっている。

まず、屋内と屋外の感染の違いは、飛沫感染では説明できない。なぜなら、重力で動く飛沫は屋内でも屋外でも同じ動きをするからだ。屋外での感染に比べて屋内での感染が多いことから、空気感染の重要性が指摘されている。屋内での感染と超拡散クラスタにおける換気の悪さの役割が実証されているが、これはエアロゾルの場合にのみ当てはまるものであって、飛沫やフォムライトによる感染は換気の影響を受けないからである。SARS-CoV-2の長距離空気感染は、感染が非常に少ない国のホテルの検疫所や大規模な教会で観察されている。

新種の呼吸器系ウイルスが出現した場合、リスクを軽減し、感染拡大を防ぐためには、すべての感染様式(空気感染、飛沫感染、排泄物感染)を考慮した、より包括的なアプローチが必要である。空気感染を認識して対策を立てようとする前に、サンプリングしたエアロゾルの感染性を示す直接的な証拠が必要であるとしてしまうと、人々を潜在的なリスクにさらしてしまう。SARS-CoV-2、インフルエンザウイルス、およびその他の呼吸器系ウイルスの感染経路に関する従来の定義にとらわれなければ、これまでの証拠は、ごく近距離にいる人の粘膜に吹き付けられたまれにしかない大きな飛沫による感染よりも、100 μm 以下のエアロゾルによる感染の方が、はるかに一貫性があると言える。最近、WHOや米国CDCがSARS-CoV-2の空気感染を認めたことで、この感染経路に対する防御策を近距離と遠距離の両方で実施する必要性が高まっている。

空気感染のメカニズムを十分に理解した上で、エアロゾルによる感染は至近距離で最大であるということを認識すると、飛沫とエアロゾルの両方に対する予防策や緩和策(距離を置く、マスクをするなど)は重複することになるが、近距離と遠距離の両方でエアロゾルによる感染を緩和するためには、特別な配慮が必要になる。具体的には、換気、気流、マスクの装着と種類、空気ろ過、紫外線消毒などに注意し、屋内と屋外の環境を区別して対策を講じる必要がある。われわれの知見は依然として増え続けているが、呼吸器系ウイルスの空気感染をより確実に防ぐための防護策を追加するには十分な知識があり、「飛沫予防策」は置き換えられるものではなく、むしろ拡大されるものであることを指摘しておきたい。

SARS-CoV-2に感染しても、検査時に無症状の人の割合は高い。SARS-CoV-2に感染した人の約20~45%は、感染後も無症状のままであるが、一部の感染者は発症前の段階を経て、感染後数日後に症状が出始める。SARS-CoV-2の感染力は、症状が出る2日前にピークを迎え、1日後まで続く。また、インフルエンザウイルスやその他の呼吸器ウイルス感染症でも、高い無症候性感染率が報告されている。

空気感染は、特に唾液中のウイルス量が少ないと思われる無症状の人や軽度の症状の人にとっては、効率的な感染経路ではないとする研究もあるが、発症前の人のウイルス量は、症状のある患者と同程度である。症状のない感染者が話したり、歌ったり、単に呼吸したりしたときに発生する感染性ウイルスを含んだエアロゾルにさらされないような管理を行うことが重要である。これらの人々は、自分が感染しているという自覚がないため、一般的に社会活動を続けることで、空気感染を引き起こしている

ユニバーサルマスク着用は、ウイルスを含んだエアロゾルをブロックするための効果的かつ経済的な方法である。モデルシミュレーションによると、マスクは無症候性感染を効果的に防ぎ、COVID-19による感染者数や死亡者数を減らすことができる。マスクはその配分を最適化することが重要である。サージカルマスクは、感染者が大気中に放出するエアロゾル< 5 μm 中のインフルエンザウイルス、季節性ヒトコロナウイルス、ライノウイルスを最大で100%減少させることが示されているが、減少しない人もいる。とはいえ、マスクは飛沫を制限するのに効果的である。異なる生地を組み合わせたマスクや多層構造のマスクは、漏れなく適切に着用すれば、0.5~10 μm の粒子を90%までブロックすることができる。

マスクの素材と皮膚の間にわずかな隙間があると、全体のろ過効率が大幅に低下してしまう。2.5 μm 未満のエアロゾルでは、相対的な漏れ面積が1%の場合、ろ過効率が50%低下する。ある研究では、モデルウイルスを用いてN95マスク、サージカルマスク、布製マスクのウイルスろ過効率を比較したところ、N95マスクと一部のサージカルマスクの効率は99%を超え、テストしたすべての布製マスクの効率は少なくとも50%であった。SARS-CoV-2を含むエアロゾルを遮断するためのN95マスク、サージカルマスク、コットンマスクの有効性が、対面式のマネキンを使って調査されました調べられた。その結果、感染したSARS-CoV-2を遮断する効果が最も高かったのはN95マスクであった。

ほとんどすべてのマスクは、少なくともある程度の保護効果があるが、100%の効果はない。医療施設では、医療用マスク(エアロゾルではなく飛沫用に設計されている)や目の保護具を使用しているにもかかわらず、SARS-CoV-2の感染が発生している。このことは、特にリスクの高い屋内環境では、適切な個人用保護具(PPE)を使用し、空気感染に対して複数の介入を重ねる必要があることを示している。

医療施設は、呼吸器系ウイルスに感染した患者を収容する可能性が高い。そのため、医療従事者には、空気中への曝露を低減するための適切なPPEを提供する必要がある。屋内で生活している人は、高濃度のウイルスを含んだエアロゾルにさらされる可能性が高く、特に換気の悪い場所や混雑した屋内では、ウイルスを含んだエアロゾルが容易に蓄積される。飛行機、電車、バス、船、クルーズ船など、比較的狭い密閉された空間で、最適な換気が行われているとは限らない状態での移動は、常に予防策を講じる必要がある。

多くの研究では、屋外環境での空気感染のリスクは屋内環境よりも大幅に低いことが示されている。しかし、屋外での感染のリスクは、近接した状況、特に長時間にわたって話したり、歌ったり、叫んだりした場合には存在する。屋外での感染リスクは、SARS-CoV-2のある種の変異体など、ウイルスの寿命や伝達性が高まると上昇する可能性がある。ウイルスを含む廃水や病院の糞便のエアロゾル化も、潜在的な屋外暴露リスクとなるが、これを過小評価してはいけない。

効果的な換気システムを導入することで、感染性ウイルスを含んだエアロゾルの空気感染を減らすことができる。十分な換気量を確保し、再循環を避けるなどの戦略が推奨される。二酸化炭素センサーは、呼気の蓄積の指標として使用することができ、換気をモニターして最適化するための簡単な方法とる。エアロゾルセンサーは、HEPAおよびHVACのエアロゾルろ過効率の評価にも使用できる。最低限の換気量を4~6回/時とし、二酸化炭素濃度を700~800 ppm 以下に維持することが推奨されているが、換気の種類や気流の方向、パターンも考慮する必要がある。HVACシステムの空気ろ過の効率を上げたり、独立型のHEPA清浄機を導入したり、上階の部屋に紫外線消毒システムを導入することで、ウイルスを含んだエアロゾルの濃度をさらに下げることができる。

また、飛沫感染の緩和策として導入されている物理的な距離をとることも、エアロゾルを吸い込む機会を減らすのに有効である。WHOや多くの国の公衆衛生機関は、物理的な距離を 1 m または 2 m に保つことを推奨しているが、この距離では、その範囲を超えて移動するエアロゾルを防ぐのに十分ではない。もし大きな飛沫が感染の主役であれば、距離をとるだけでSARS-CoV-2の感染を効果的に抑えることができたはずである。

超広域感染で繰り返し示されているように、空気感染は換気の悪い部屋で、居住者が感染した部屋の空気を吸い込むことで起こる。さらに、距離を置くことは、呼吸プルームの最も集中した部分から人々を遠ざけるのに有用だが、距離を置くだけでは感染を止めることはできず、換気やろ過、感染性エアロゾルを放出している人の数、密閉された空間で過ごす時間など、他の対策を考慮しなければ十分ではない。特定の環境下に存在する無症候性(発症前を含む)の感染者の数が不明であることは、呼吸器疾患対策における新たな課題である。空気感染のリスクを低減するためには、換気、ろ過、上室の紫外線消毒などによりエアロゾル濃度を低減する工学的対策が重要である。

呼吸器系ウイルスの空気感染についての認識は高まっているものの、さらなる調査が必要な問題が数多く存在する。例えば、エアロゾルや飛沫に含まれるウイルスの濃度を大きさの関数として直接測定し、新たな感染を引き起こす可能性を調べる必要がある。さまざまなサイズのエアロゾル中のウイルスの残存性については、体系的な調査が必要である。エアロゾルや飛沫によってもたらされるウイルス量と感染症の重症度との関係を定量化するためには、さらなる研究が必要である。また、病気の重症度がエアロゾルの大きさや数、気道に付着した場所と相関しているかどうかを調べることも重要である。

このように多くの研究が必要であるが、空気感染がSARS-CoV-2をはじめとする多くの呼吸器系ウイルスの感染拡大の主要な経路であることは明白な証拠がある。換気、気流、空気ろ過、紫外線消毒、マスクの装着などを中心に、短距離と長距離の両方でエアロゾル感染を軽減するための予防措置を講じなければならない。これらの介入は、現在のパンデミックを終息させ、将来のパンデミックを防ぐための重要な戦略である。室内空気の質を改善するために提案されたこれらの対策は、今回のCOVID-19のパンデミックを超えて、長期にわたる健康上のメリットをもたらす改善法であることに留意すべきである。

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筆者あとがき

今回のサイエンス論文は、SARS-CoV-2の空気感染に関する先行論文(例:[3, 4])を強化し、空気感染に対する対策について内容を深めたものになっています。従来の 5 μm 以下の飛沫核による空気感染という古典的概念を一新して、100 μmまでのエアロゾルによる感染を空気感染としてとらえています。そのように解釈しないと、SARS-CoV-2の主要感染形態を説明できないとしているわけです。その上で、感染緩和策としての換気対策、マスク着用、物理的距離の確保などに提言を行なっています。

翻っていまだに古典的医学ドグマに拘泥して「空気感染」を認めていないのが、わが国の厚生労働省感染症コミュニティ、および周辺の医クラの皆さんです(→あらためて空気感染を考える)。PCR検査の精度にことさら言及しながら検査抑制論を展開した人たちが、SARS-CoV-2の主要感染様式についてもアップデートな情報に基づいて解釈することなく、いまだに国民に対して誤ったメッセージを送り続けています。一方で、これらの人たちが、ワクチン接種になると途端に積極的に推進しているというのも不思議です。

記事更新(2021.08.27, 21:31)

このブログを公開した後すぐに、朝日新聞が当該サイエンス論文 [1] を取り上げて記事にしていました [5]

引用文献

[1] Wang, D. C. et al: Airborne transmission of respiratory viruses. Science  373, eabd9149 (2021). https://science.sciencemag.org/content/373/6558/eabd9149

[2] NHK NEWS WEB: “デルタ株「水ぼうそう」と同程度の感染力か” 米CDC内部資料. 2021.08.01. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210801/k10013174941000.html

[3] Kimberly, A. et al.: Airborne transmission of SARS-CoV-2. Science 370, 303-304 (2020). https://science.sciencemag.org/content/370/6514/303.2

[4] Greenhalgh, T. et al.: Ten scientific reasons in support of airborne transmission of SARS-CoV-2. Lacet 397, 1603–1605 (2021). https://doi.org/10.1016/S0140-6736(21)00869-2

[5] 野口憲太: コロナは空気感染が主たる経路」研究者らが対策提言. 朝日新聞デジタル 2021.08.27. https://news.yahoo.co.jp/articles/694fc9ee7cb1a79c830e23126ba994f8ca93f64a

引用したブログ記事

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?

-はじめに

前のブログ記事で、COVID-19ワクチン接種者のワクチン・ブレイクスルー感染について取り上げ、いま世界中の国が進めている大量ワクチン接種プログラムについて、デマやプロパガンダに踊らされない情報リテラシーをもつことの大切さについて述べました(COVID-19ワクチンとブレイクスルー感染:情報リテラシーが問われる)。

特に気をつけなければならないのは権力側からの情報です。ワクチンを打ったからと言って必ずしも感染防止ができるわけではないにもかかわらず、わが国では、あたかもそれで感染終息ができるような「あなたの家族や周りの人を守りしょう」的なプロパガンダが政府主導で進められている状況があります。

もとより、パンデミック下での大量ワクチン接種は人類史上初めてであること、使われている主要ワクチンも前例のないウイルス株特異的核酸ワクチン(mRNAワクチンアデノウイルスベクターワクチン)であること、変異を繰り返すウイルスについて未知の要素があることなどが、先行きをきわめて不透明にしています。加えて、新薬開発の裏には常に商業主義があり、利権も絡むことや時の政府の政治的思惑を考えると、特に権威側からの情報鵜呑みにすることは禁物です。

懸念されてきたように、最近、現行のCOVID-19ワクチンプログラムにいささか水をさすような、あるいは修正を迫られるような論文報告が相次いでいます。それらをここで紹介したいと思います。

1. ワクチン接種者のデルタ型への感染

まずは、先月にメドアーカイブ(medRxiv)に掲載されたプレプリント論文3編です [1, 2, 3]。いずれもデルタ変異体のブレイクスルー感染を報じたもので、ワクチン非接種の感染者と同じウイルス量を保持することも示されています。

米国ベイラー医科カレッジの研究チームの調査研究 [1] では、 ブレイクスルーが疑われる症例で検査陽性判定されたワクチン接種者6人の患者を対象として、検体中ウイルスの塩基配列が解読されました。これらの患者のうち1名は介入的モノクローナル抗体治療が施され、1名は死亡しています。

シークエンス解析の結果、6人の患者全員がデルタ変異体(B.1.617.2)に感染していることが明らかになりました。これらの事実は、デルタ型ウイルスがファイザー社のBNT162b2、モデルナ社のmRNA-1273、コバクシン社のBBV152を接種した患者の免疫回避能力を持っている可能性を示唆します。結論として、デルタ型は、現在流通しているSARS-CoV-2変異体の中で最もリスクが高く、急増するワクチン・ブレイクスルーは、世界の公衆衛生にとって大きな脅威となる可能性があると述べられています。

もう一つはやはり米国の研究グループによるもので、ワクチンの接種率が高い環境でウイルスがどのように、そしてなぜ広がっているのか、そして、ワクチン接種者が感染した場合に他の人にウイルスを伝播させる可能性があるかどうかを評価する目的で調査が行われました [2]

研究チームは、ウィスコンシン州でデルタ変異体が主流となった時期に,ワクチン接種状況と最終的な予防接種日を自己申告した人の検査陽性検体に含まれるSARS-CoV-2の量を比較しました。その結果、ワクチン未接種の感染者とブレイクスルー感染者を比較しても、ウイルス量に差は認められませんでした。さらに、ブレイクスルー感染者は、感染性ウイルスを排出する能力があると思われるウイルス量で陽性となることが多いことがわかりました。

今回の結果は、予備的なものではありますが、上述したプレプリント論文 [1] と同様に、ワクチン接種を受けた人がデルタ型に感染した場合、その人が他の人にSARS-CoV-2を感染させる原因となる可能性があることを示唆しています。

三つ目はシンガポールの研究チームによる報告で、デルタ型感染症で入院した患者を対象に、臨床的特徴,ウイルス学的および血清学的動態を,完全にワクチンを接種した人とワクチンを接種していない人とで比較しています [3]。.

調査したデルタ型感染者218名のうち、88名がワクチンを接種し(mRNAが84名、非mRNAが4名)、そのうち71名が完全ワクチン接種者でした。酸素補給を必要とするCOVID-19の重症化のオッズは、ワクチン接種者で有意に低下しました。診断時のPCR検査のCt値はワクチン接種群と非接種群で同程度でしたが、ウイルス量の減少はワクチン接種者の方が早いことがわかりました。ワクチン接種患者では,抗スパイクタンパク質抗体が早期に上昇しましたが、これらの抗体価は従来株に対するものと比較して有意に低いものでした。.

結論として、mRNAワクチンは,デルタ型感染に伴う症候性および重症のCOVID-19を予防するのに非常に有効であり、ワクチン接種がCOVID-19のパンデミックを抑制するための重要な戦略であると述べられています。つまり、デルタ型はブレイクスルー感染を起こす可能性はあるものの、ワクチン接種は重症化予防として有効だというニュアンスです。

デルタ変異体は,他の変異型に比べてウイルス量が多く、従来株に比べて1,000倍程と報告されています [4]。感染力は従来株の約2倍であり、死亡リスクは約2.3倍です。伝播性が高いだけでなく,ポリクローナル抗体やモノクローナル抗体から部分的に逃れることもわかっています [5]。ワクチン接種は一時的には発症や重症化を防ぐ効果があるものの、デルタ型のような強力な変異ウイルスの出現は、世界的に進行しているワクチン接種プログラムを無力化していく可能性があります。

2. ワクチン接種者は脅威となる

さらに、2021年8月10日付でPreprints with Lancetに掲載されたプレプリント論文では、COVID-19ワクチンの展開に深刻な影響を与える憂慮すべき結果が示されました [6]。すなわち、ワクチン完全接種者は、ワクチン非接種と比べて高いSARS-CoV-2ウイルス量を鼻孔に保有している可能性があり、ワクチン接種者自身が感染源として周囲への脅威になることが示されたからです。

Defenderはこのプレプリントを取り上げて早速記事にしています [7]図1)。そこで、Defenderの記事も引用しながら、この脅威について述べたいと思います。

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図1. Chauらのプレプリント論文を論評したDefender記事 [7].

上記したように、現行のCOVID-19ワクチン接種の意義は、発症を和らげる、重症化を防ぐなどの感染の症状を緩和する有効性にあります。一方で、ワクチンを接種した人は、最初から病気になることが少ないので、無症状のまま異常に高いウイルス量を保持することができ、潜在的無症状スーパースプレッダーになる可能性があるというのがこのプレプリント論文の意味するところです。この示唆は、世界中のワクチン接種を受けた人々がワクチン接種後に起こっている衝撃的な感染急増の原因となっていることを説明しています。

このプレプリント論文の著者であるChauら [6] は、ベトナムホーチミン市の病院で厳重に管理された状況下で、ワクチン接種の失敗とも言えるブレイクスルー感染が広範囲に及んだことを実証しました。調査研究の対象者は、オックスフォード大学/アストラゼネカ社(AZ)のCOVID-19ワクチン(AZD1222)を受け、2週間病院に滞在していた医療従事者です。

調査の結果、当該医療従事者は完全ワクチン接種が終了した約2カ月後に、デルタ変異体に感染し、ウイルス保有者となり、おそらくワクチンを接種した同僚に感染させたことがわかりました。また、ワクチンを接種していない人(患者を含む)にも感染させた可能性があります。SARS-CoV-2を感染させたのは、従事者同士であることが、ウイルス株のゲノム解読の結果から確認されました。

ブレイクスルーとなったデルタ株感染症例の患者のウイルス量は、2020年3月~4月に検出された古い株に感染した症例のウイルス量の251倍になることがわかりました。診断からPCR陰性化までの期間は8~33日(中央値:21日)であり、症例のワクチン接種後および診断時の中和抗体レベルは、ワクチンを接種した非感染対照者よりも低いことがわかりました。

このように、ブレイクスルー型デルタ株感染症は、ウイルス量が多く、PCR陽性期間が長く、ワクチン誘発中和抗体レベルが低いことで特徴付けられ、ワクチン接種者間での感染を引き起こす危険性があるということです。

この調査研究の肝は、ワクチン完全接種者がスーパースプレッダーとなって、ワクチン接種者および非接種者の両方に感染を広げる可能性を示したというところにあります。この結果は、Farinholtら [1] やRiemersmaら [2] による米国での研究結果と基本的に一致しており、COVID-19ワクチンがSARS-CoV-2の感染を阻止できなかったことを認める米国疾病対策センター長のコメントとも一致しています。

Defender記事では、AZD1222ワクチンの有効性については、今年2月11日、世界保健機関(WHO)が63.09%と発表したことを述べながら、Chau論文 [6] の結論は、3種類のCOVID-19ワクチン接種による獲得免疫が、2020年のワクチン接種前のサンプルと比較して251倍のウイルス負荷をもたらすということを述べています。

そして、完全にワクチンを接種した人がCOVID-19の"患者"として参加することによって、"腸チフスのマリア"のような強力なスーパースプレッダーとして機能することになると述べています。ワクチン完全接種者は、濃縮されたウイルスを地域社会にまん延させ、新たなCOVID-19の急増に拍車をかけ、ワクチンを接種した医療従事者がほぼ確実に同僚や患者に感染させ、甚大な巻き添え被害を引き起こしていると考えられると、主張しています。

さらに記事では、ワクチン接種プログラムを続けることは、特に脆弱な患者をケアしている最前線の医師や看護師などの医療従事者の間で、この問題を悪化させるだけと指摘しています。その上で、医療機関は、ワクチンの義務化を直ちに取りやめ、現在ワクチンを接種している医療従事者がハイリスクの患者や同僚に対する潜在的な脅威となっていることの影響を考慮すべきであるとしています。

このDefender記事はやや過激な論調になっていますが、注意しなければならないことは、Chauら [6] が報告したワクチン接種者と非接種者(ワクチン接種前の時代)のウイルス量の比較は、SARS-CoV-2の2つの異なる変異体のものであるということです。つまり、デルタ株に感染したワクチン接種者と非接種者を比較したものではありません。したがって、この2つのグループの違いは、必ずしもワクチン接種の状況だけによるものではないと考えられ、Defenderの記事は曲解です。

3. ワクチン先進国の状況

ここで、ワクチン接種先進国の状況を見てみましょう。図2に、直近10ヶ月間における米国、英国、イスラエル(ワクチン接種率6-7割)の新規陽性者数と死者数の推移を示します。一時期抑えられていた新規感染者数が直近2ヶ月で急増しており、この前の冬のレベルに近づいていることがわかります(図2上)。死者数は比較的抑えられていますが、それでも増加傾向にあります(図2下)。

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図2. 米国、英国、およびイスラエルにおける新規陽性者数と死者数の推移(2020年11月から現在まで、出展: Our World in Data).

これらの国の新規陽性者数の増加は、ワクチン非接種者を中心に広がった結果であるとの報道が一時期されていましたが、特にイスラエルにおいてはほとんどがブレイクスルー感染であることがわかっています。このため3回目の接種(ブースター)を進められています。

おわりに

当初の予想どおり(→mRNAワクチンの感染予防効果)、COVID-19ワクチンによる感染予防効果は、過大な期待であったことが明白になってきました。それどころか、ワクチン接種者がスーパースプレッダーになる可能性も出てきました。

ワクチン接種プログラムが進んでいる現在の世界の状況は、ボッシュ博士の仮説どおりに展開しているような気がします。すなわち、ワクチン接種が進むと免疫逃避変異ウイルスの出現を促し、まず非接種者の感染リスクが高まり、そのリザーバーが減少すると、次にワクチン接種者がウイルスの標的になるというものです。SARS-CoV-2は、想定以上のスピードで変異しているため、当初の楽観論に基づく防疫上のワクチン戦略はすでに通用しません。

ワクチンを受けて獲得免疫ができると、発症も抑えられるために、その人が発症しない限り感染を自覚しにくくなることは容易に考えられます。そのために、ワクチン接種者は自分は感染していない、感染するはずがないと錯覚し、周囲にウイルスを拡散する危険性も予測できます。特に、ベトナムでの症例のように、ワクチンを接種した医療従事者がこの立場になると、脆弱な患者にウイルスを伝播し、発症させることもあるかもしれません。

無症状のワクチン接種感染者がスーパースプレッダーとなった場合、一番被害を受けるのはワクチン未接種の人たちです。ワクチン接種が進めば進むほど、ワクチン未接種の感染者が急拡大していきます。そしてこれは、見かけ上感染が未接種者に限定されることで、ワクチンが感染防止に効いているように錯覚する危険性があります。

ワクチン接種による一時的な感染拡大抑制はあるにせよ、それは単に発症を抑えていることと見分けがつきません。いまのデルタ変異体のまん延は免疫逃避変異の兆候をうかがわせるもので、ひとまずデルタ型で行きついた感もあります。とはいえ、この先ワクチン接種が進んでくると、新たな変異体の脅威が訪れることも覚悟しておく必要があるでしょう。

引用文献・記事

[1] Farinholt, T. et al.: Transmission event of SARS-CoV-2 Delta variant reveals multiple vaccine breakthrough infections. medRxiv Posted July 12, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.06.28.21258780v4

[2] Riemersma, K. K. et al.: Vaccinated and unvaccinated individuals have similar viral loads in communities with a high prevalence of the SARS-CoV-2 delta variant. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.31.21261387v1

[3] Chia, P. Y. et al.: Virological and serological kinetics of SARS-CoV-2 Delta variant vaccine-1 breakthrough infections: a multi-center cohort study. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.28.21261295v1

[4] Li, B. et al.: Viral infection and transmission in a large, well-traced outbreak caused by the SARS-CoV-2 Delta variant. medRxiv Posted July 23, 2021. 

[5] Planas, D. et al.: Reduced sensitivity of SARS-CoV-2 variant Delta to antibody neutralization. Nature 596, 276–280 (2021).  https://www.nature.com/articles/s41586-021-03777-9

[6] Chau, N. V. V. et al.: Transmission of SARS-CoV-2 delta variant among vaccinated healthcare workers, Vietnam. Reprints with Lancet, Posted August 10, 2021. https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3897733

[7] McCullough, P: Study: Fully vaccinated healthcare workers carry 251 times viral load, pose threat to unvaccinated patients, co-workers. Defender 2021.08.23. https://childrenshealthdefense.org/defender/vaccinated-healthcare-workers-threat-unvaccinated-patients-co-workers/

引用したブログ記事

2021年7月29日 COVID-19ワクチンとブレイクスルー感染:情報リテラシーが問われる

2021年4月2日 mRNAワクチンの感染予防効果

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

デルタ変異体の感染力の脅威

はじめに

東京では、東京オリンピック開始直前からSARS-CoV-2デルタ変異体(Delta variant)による第5波感染流行が本格化しました。新規陽性者数が急増し、8月13日には全国で初めて新規陽性者数が2万人を超えました。とはいえ、東京でのこの1週間の感染の動きを見ると、どうやら頭を打ったように思えます(図1)。ただし、追跡調査が縮小され、検査不足で感染者数が過小評価されている可能性については注意が必要です。

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図1. 東京都におけるCOVID-19新規陽性者数の直近1ヶ月間の推移(NHK特設サイト「新型コロナウイルス」から転載).

東京では、東京大会終了前後から雨天が多くなり、直近5日間はずうっと雨続きです。私はこの雨が感染流行を減衰させる要因になると考えています。なぜなら、降雨と室内外の湿度上昇によって空中のエアロゾルが減少(沈着)し [1]空気感染の機会を減らすと思われるからです。

雨天は同時に外出控えにもなり、7月12日の東京への緊急事態宣言、8月2日の6都府県への緊急事態宣言拡大の効果と相まって人出を徐々に減らしています。東京オリンピックが終わったことと感染急拡大によって、お祭り気分から人々が我に返り、リスク行動回避に目が向いた?ことも減衰要因になります。検査・隔離が進み、ワクチン接種率の上昇によって未接種者のリザーバーが縮小すればさらに見かけ上の減衰効果が生まれます。

この雨と外出控えによる相乗効果(そしてワクチン未接種者の縮小)によるピーク越えの予測が正しいかどうか、この後の新規陽性者数の出方で判断できるでしょう。その際にまた考察したいと思います。

デルタ変異体の感染力の強さと重症化リスクの高さはすでに知られています。日本でも第5波流行でまさにそれを経験しているわけですが、重症者と死者の数はこれから増えていくでしょう。東京をはじめ首都圏では医療崩壊しています。いま死者数は30人以下/日ですが、これから9月にかけて増加し、残念ながら自宅療養での死亡も増えると思います。

デルタ変異体の感染流行については、中国の研究チーム、Kangらによる興味深い報告 [2] が出ました。まだ査読前のプレプリントですが、デルタ変異体の感染力を裏付けるデータとそれに対する対策が示されています。

1. デルタ変異体とは

まずは、このKangら論文のイントロの記述を参照しながら、デルタ変異体とは何か、簡単に復習したいと思います。デルタ型ウイルスについては、以前のブログ記事でも少し触れています(→感染五輪の様相を呈してきた)。

デルタ変異体は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のパンゴ(Pango)系統B.1.617.2とよばれる変異ウイルスです。2020年9月7日にインドで初めて検出された変異型であり、当初はインド株とよばれていました。その感染力の強さから、2021年5月11日に、世界保健機関(WHO)は「懸念すべき変異体」(variant of concern, VOC)に分類しました。

デルタ変異体はSARS-CoV-2の他の変異型をまたたく間に凌駕し、世界各地で優勢になっています。2021年8月3日時点で、合計135カ国からデルタ型の感染者が報告されており、6月中旬以降、世界の新規感染者の80%以上がデルタ型によるものと推察されています [3, 4]

最初の野生型(いわゆる武漢ウイルスと比較して、デルタ変異体には、T19R、G142D、156del、157del、R158G、L452R、T478K、D614G、P681R、D950Nといった9–10個の特徴的な変異があり、他の変異体との競合において優位性をもつ原因となっている可能性があります [5]

受容体結合領域に位置する452番目のアミノ酸残基のスパイク(S)変異は、免疫回避能力や抗体中和に対する耐性を高める可能性があります。また、日本人の6割が持つ白血球の型であるHLA–A24による細胞免疫から逃れるとの報告もあります [6]。

S遺伝子のS1/S2領域にあるP681Rは、タンパク質分解過程に影響を及ぼす可能性があります[5]。これらの変異は、受容体であるアンジオテンシン変換酵素2ACE2)の親和性を高めるだけでなく、中和抗体に対する抵抗性を強め、伝播性の増加につながると考えられています [7]

デルタ型ウイルスの基本再生産数(R0)は、他の型に比べて55%–97%高いことが示唆されています。米国疾病予防管理センターCDCの内部文書では、デルタ変異体のR0は5.5–9であり、その感染力は水疱瘡並みと記述されています。つまり、SARS-CoV-2の主要感染様式は、(少なくともデルタ変異体については)空気感染であることが世界的な常識になっています(→あらためて空気感染を考える)。

2. 研究対象となった中国での事例

Kangら論文 [2] の調査研究の対象となったのが、中国広東省でのデルタ変異体の流行です。2021年5月21日、広東省で中国本土初のデルタ型患者が確認されました。その後、数日から数週間の間に局所的な大流行が発生し、遺伝子配列の解析により、この大流行で確認されたすべての症例がデルタ変異体によるものであり、この指標となる症例まで遡ることができたと述べられています。

ではこの中国での流行事例がどのくらいの規模であったのか、日本の流行と比べてみたのが図2です。図のように、中国の流行はまったく見ることができないほど小さなものだということが分かります。

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図2. 日本と中国における新規陽性者数の推移(6月3日−8月15日、Our World in Dataからの転載図).

それでは中国だけの流行を抜き出してみたらどうなるでしょうか。それが図3です。図2と比べると縦軸が1/1,000–1/10,000のスケールになっていることに注意してください。すなわち、中国では流行といっても日本のそれと比べるときわめて小さく、人口規模が10倍以上あるとしても日ごとの新規感染者の絶対数で言えば、日本の1/100程度にしかなりません。

そして、新規陽性者数の発生がスパイク状になっていることがわかります。つまり、陽性者が発生すると、その度に、まだ感染が大規模にならない前に迅速に介入し、網羅的な検査・隔離を行なって封じ込め、収束させているということがわかります。

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図3. 中国における新規陽性者数の推移(6月3日−8月15日、Our World in Dataからの転載図).

この広東省での感染流行では、積極的かつ厳密な症例発見戦略が実施され、すべての感染者を特定し、感染拡大を迅速に抑制・制御することができました。実施された戦略・アプローチとしては、リスクの高い地域での複数の包括的な大規模PCR検査、指定された場所に隔離された密接な接触者に対する定期的な検査、臨床機関における入院患者および外来患者の核酸スクリーニングなどです。結果として、デルタ型感染に関するユニークで豊富な疫学的データを提供することになりました。

3. 研究結果とデルタ変異体の感染力

Kangらの研究 [2] は、広東省で発生したデルタ変異体の感染動態と疫学的特徴を明らかにすることを目的として行なわれました。2021年6月18日までに広東省で発生しているデルタ症例は167例が確認されました。このうち41.3%が男性であり。年齢中央値は47.0でした。症例は無症状、軽症、重症・重篤までありますが、死亡の報告はありませんでした。また、16例(9.6%)が不活化COVID-19ワクチンを2回接種し、30例(18.0%)が1回接種していました。

これらのなかで、発症とウイルス排出開始の時間変化を推定するのに十分な情報を持つ101例について調べたところ、平均潜伏期間は4.0日と推定されました。また、有症者95名から推定された平均潜伏期間は5.8日でした。

発症日が報告されているデルタ型症例の94組のペアごとについて感染性プロファイルを推定したところ、発症4日前から感染力を持ち始め、感染力は発症2.1日前にピークを迎え、それ以降ピークに徐々に低下し、発症前に73.9%、発症後4日以内に97.1%の感染が起こりました。推定された基本再生産数R0は6.4となりました。

発症の4日前から34日後までに採取した1314本の咽頭ぬぐい液を検査したところ、159人のデルタ型陽性がわかり、発症前4日目から発症後7日目までは高いウイルス量(低いCt値)が維持されていました。その後、20日目頃までにわたって検出可能なレベルまで徐々に減少しました(図4A)。

重症・重篤な症例とワクチン(不活化ワクチン)接種を受けた症例を除いた結果では、ウイルス量が多い時期(発症後0~7日目)には、デルタ変異体のN遺伝子のCt値の中央値は23.0で、従来型のN遺伝子の値よりも有意に低いことがわかりました(図4B)。つまり、従来型よりウイルス排出量が多いということです。

発症日数、年齢、重症度を調整した解析を行なうと、ワクチンを1回または2回接種したデルタ型症例のCt値は、ワクチン非接種の症例に比べて平均で0.97高いということがわかりました(図4C)。すなわち、ワクチン接種者のウイルス排出量は未接種者よりも約1サイクル分低いということです。

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図4. デルタ変異体と野生型(従来型)SARS-CoV-2のウイルス排出の時間的パターン(文献 [2] からの転載図). (A) 発症日を基準(day 0)とする全デルタ型感染症例のN遺伝子の閾値サイクル数(Ct値)の変化 (薄赤色の曲線と薄ピンク色の陰影部分は、一般化加法モデル [GAM] から推定されたフィットCt値と95%CIを表示). (B) デルタ型(赤)および従来型(青)のN遺伝子のCt値の発症日からのサンプル採取時間に対する変化. (デルタ型のデータには、重症、重篤、ワクチン接種を受けた症例は含まず). (C) ワクチン未接種例(赤)とワクチン接種例(青、1回または2回接種)の多変量GAMから予測されるCt値の変化.

4. Kangらの研究の意義

デルタ変異体は、従来型SARS-CoV-2と比較して、基本再生産数が高いこと、潜伏期間や潜伏期間が短いこと、連続感染の間隔が短いこと、ウイルス排出量が多い(従来株に比べて1000倍 [8])ことなどから、強い感染力があることが指摘されていますが、これらは今回の研究 [2] でも支持されています。論文では、デルタ型に感染した症例ではウイルス量が多く、より迅速で強力な感染に寄与している可能性があると指摘しています。

Kangら論文の重要な知見の一つとして、デルタ型二次感染は約74%が症状が出る前に発生していると推定され、他の変異型に比べて高い値であることです。このことは、デルタ型感染者が検査で発見される前にすでに他者への感染伝播起こっている可能性が高いことを示唆しています。この可能性は、本研究で示された発症の少なくとも4日前の高いウイルス量(基本的に発症時と変わらない)によって裏付けられています。

デルタ型感染者でウイルス量が多いということは、デルタ型では接触者あたりの感染率が高くなる可能性を示しています。さらに従来型と比較して、PCR検査の検出限界値に達するまでのウイルス量の減少が緩やかであるので、感染期間が長くなっている可能性があると論文では指摘しています。

デルタ型では発症前の感染リスクが高いことは、デルタ型流行を抑制するためには、接触者の追跡範囲をより拡大し、より長い時間軸で追跡する必要があると論文は主張しています。しかし、流行率が高い地域では、接触者数が常に感染者数の数倍存在するため、完全な接触者の追跡や家庭外での検疫は不可能であるとも述べています。むしろ、家庭環境での感染リスクは高くなるけれども、自己隔離や家庭内検疫などの物理的な距離の取り方が適しているとしています。

いずれにしろ、強力な感染力をもつデルタ変異体のようなウイルスの感染流行では、従来よりも厳格な複数の対策・早期介入が重要だということが強調されています。このような早期介入の結果が、今回の広東の感染流行において1週間以内の実効再生産数(Rt)の急速低下をもたらし、介入の有効性が示されたと述べられています。

具体的には、今回のデルタ型感染流行では,複数のPCR検査を用いた積極的な症例発見戦略が実施され,無症候性の症例を含むほとんどの感染者を特定することができたとされています。さらに、地方政府は、患者の隔離、接触者の追跡、検疫などの個人ベースの介入に加えて、ロックダウンなどの集団レベルの物理的な距離の取り方を実施したことが述べられています。

さらに重要なこととして、コミュニティ全体で実施されるPCR検査や、隔離された身近な人を対象とした定期的な検査プログラムが、接触者の追跡やロックダウンなどの対策と連携したことで、早期の症例の特定化と隔離に繋がり、感染の連鎖を断ち切ることを可能にしたということです。

Kangら論文ではまた、中国では2021年3月以降、不活化COVID-19ワクチンの接種率が大幅に上昇しているため、ワクチン接種とウイルスの排出および感染との関連を調べることができたとも述べています。ワクチンを1回または2回接種したデルタ型症例のCt値は、ワクチン未接種の症例に比べて平均0.97高く、ウイルスRNAコピー量が約3倍減少していることを確認しています。したがって、ワクチン接種を受けたことによりウイルス量が減少したことで感染の可能性が減少したと考えられ、デルタ型感染に対する不活化ワクチンの有効性を述べています。

一方で、米国 [9] シンガポール [10] のデルタ型感染事例ではワクチン接種者と未接種者の患者においてはウイルス量は変わらないと報告されています。核酸ワクチンかあるいは不活化ワクチンかという違いはありますが、Kangら論文のCt値の0.97という差を考えると、ブレイクスルー感染が起きた時は、感染者の抗体値と関係があるのかもしれません。つまり接種が、比較的フレッシュな(抗体価が維持されている)間は、未接種者と差がつくようなウイルス排出量でも、接種から時間が経てば同じウイルス量を排出すると思った方がいいかもしれません。

いずれにしろ、Kangらの論文からは、検査・隔離、ロックダウン、ワクチンという防疫・感染症対策のセットの早期介入がきわめて重要であるということをあらためて学ぶことができます。

おわりに

今回のKangら論文では、デルタ型感染患者のウイルス排出量が多いことは先行研究と同様な結果ですが、発症4日前から高い排出量で発症時とほぼ同じであること、およびウイルス排出量の時間的減少が緩やかであることを示したことは特筆すべきことです。このようなデータは対策や介入戦略を立てる場合に重要な基礎情報となります。事実、中国では常にウイルス感染が蔓延する前に早期介入し、流行を沈静化させていることがうかがわれます。

驚くべきことは、研究者がこのような流行事例を詳しく追跡し、2-3ヶ月という短期間でプレプリントサーバーへの投稿までこぎつけ、情報公開していることです。

翻って日本の場合はどうでしょうか。このようなウイルス変異体の感染症例を追跡した研究はきわめて少ないですし、政府の対策となるとお粗末としか言いようがありません。ワクチン至上主義に走り、上述したようなロックダウン、コミュニティのPCR検査、徹底した追跡・隔離など、実施された試しがありません。蔓延しすぎて手に負えず、積極的疫学調査が縮小される始末です。

今回のデルタ型による第5波流行も、緊急事態宣言を発出した以外には、運を天に任せると言った方が相応しく、検査・隔離の進行と二次伝播機会の減少、人々の自粛行動・外出控えと雨天という偶然の重なりで収束に向かうのではと予測されるところです。そして、ワクチン接種の効果がこれに拍車をかけるのではないかと思われます。

引用文献・記事

[1] Feng, Y.et al.: Influence of wind and relative humidity on the social distancing effectiveness to prevent COVID-19 airborne transmission: A numerical study. J. Aerosol Sci. 147, 105585 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2020.105585

[2] Kang, M. et al.: Transmission dynamics and epidemiological characteristics of Delta variant infections in China. medRxiv Posted Aug. 13, 2021.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.12.21261991v1

[3] B.1.617.2 Lineage Report. Alaa Abdel Latif, Julia L. Mullen, Manar Alkuzweny, Ginger Tsueng, Marco Cano, Emily Haag, Jerry Zhou, Mark Zeller, Emory Hufbauer, Nate Matteson, Chunlei Wu, Kristian G. Andersen, Andrew I. Su, Karthik Gangavarapu, Laura D. Hughes, and the Center for Viral Systems Biology. outbreak.info, (available at https://outbreak.info/situation-reports?pango=B.1.617.2). Accessed 10 July 2021.

[4] World Health Organization. Weekly epidemiological update on COVID-19 - 3 August 2021. Coronavirus disease (COVID-19) Weekly Epidemiological Update and Weekly Operational Update, (available at https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19---3-august-2021). Accessed 5 August 2021.

[5] Zhencui, L., et al. Genome characterization of the first outbreak of COVID-19 Delta variant B.1.617.2 — Guangzhou City, Guangdong Province, China, May 2021. China CDC Weekly 3, 587–589 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/en/article/doi/10.46234/ccdcw2021.151

[6] Motozono, C. et al.: SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe Published online June 14, 2021. https://doi.org/10.1016/j.chom.2021.06.006

[7] Tada, T. et al.: The spike proteins of SARS-CoV-2 B.1.617 and B.1.618 variants identified in India provide partial resistance to vaccine-elicited and therapeutic monoclonal antibodies. bioRxiv. 2021:2021.05.14.444076. https://doi.org/10.1101/2021.05.14.444076

[8] Li, B. et al.: Viral infection and transmission in a large, well-traced outbreak caused by the SARS-CoV-2 Delta variant. medRxiv Posted July 23, 2021. 

[9] Riemersma, K. K. et al.: Vaccinated and unvaccinated individuals have similar viral loads in communities with a high prevalence of the SARS-CoV-2 delta variant. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.31.21261387v1

[10] Chia, P. Y. et al.: Virological and serological kinetics of SARS-CoV-2 Delta variant vaccine-1 breakthrough infections: a multi-center cohort study. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.28.21261295v1

引用したブログ記事

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19