Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

ボッシェ仮説とそれへの批判を考える

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2021/08/14/094816

 

ワクチン接種へのためらい率は高学歴者で最も高い

はじめに

今年6月、国立精神・神経医療研究センターの研究グループが、「COVID-19ワクチン接種をためらう人は低所得、低学歴の人が多い」という研究論文 [1] を発表し、メディアもすぐにこれを取り上げて報道しました。私は前のブログ(→ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?)でこれらを紹介しましたが、論文のミスリードとも思える部分を指摘しました。

すなわち、低所得者層を年収100万円以下の層と決めて分析していることに対して、独立した世帯としては現実にありえないのではないか(つまり実際は被扶養者を見ているのではないか)ということと、低学歴層にワクチン忌避が見られるけれども、同時に高学歴者にもその傾向があることがデータに現れているのではないか、ということです。

そうしたら、今度は、米国マサチューセッツ工科大学の研究者が「高学歴者にはCOVID-19ワクチン接種のためらい率が高い」と報告したことをウェブ記事が伝えました [2]。私は、この記事に関するツイートを引用しながら、以下のようにコメントしました。

さらに今月、 米国カーネギー・メロン大学ピッツバーグ大学の研究者が、高学歴の米国人は、最もCOVID-19ワクチンを躊躇しているとする内容をプレプリントの形で報告しました [3]。本ブログではこのプレプリントの概要を紹介するとともに、ウェブ情報メディアが早速この報告を取り上げていますので [4, 5]、それらも合わせてここで論評したいと思います。

1. プレプリントの報告

今回のプレプリントサーバーの論文 [3] は、2021年1月6日から5月31日までの期間、米国の成人約512万人を対象として行なったオンラインCOVID-19調査の結果を報告しています。調査は、COVIDワクチンの接種の「ためらい」について、「おそらく打たない」または「まったく予定していない」というアンケート回答を集計して評価されました。

その結果、ワクチン接種のためらいは、2021年1 月から 5 月にかけて 3 分の 1 ずつ減少し、その傾向は、黒人、太平洋島民、ヒスパニック系の人種・民族、および高校以下の教育を受けた参加者の減少幅が比較的大きく認められました。

このように、月日が経過するにつれてワクチンのためらい率は減少しましたが、2021年5月においてなおワクチン接種に消極的な人たちについては、「ためらいリスク因子」としては以下のことが認められました。

・年齢が若いこと

・アジア系以外の人種であること(とくに白人)

・博士号を持っていること

・高校卒業以下の学歴であること

・田舎の郡に住んでいること

・2020年のトランプ大統領の支持率が高い郡に住んでいること

・COVID-19について心配していないこと

・家庭外で働いていること

・他人との接触を意図的に避けたことがないこと

・過去にインフルエンザワクチンを接種したことがないこと

年齢が若くなる程忌避する割合が高くなる傾向について言えば、たとえば、ためらい率は65–74歳においては8.2%であるのに対して、35–44歳においては18.4%、18–24歳においては22.9%となりました。

ワクチン接種に消極的である理由として、回答者の約49%は、「副作用が怖い」、「COVID-19ワクチンを信用していない」と回答し、3分の1以上の回答者は、「政府を信用していない」(43%)、「ワクチンを必要としていない」(39%)、「安全性を確認するまで待つ」(34%) と回答しました。また、次に「アレルギーが心配」(24%)、「効くかどうかわからない」(23%) という理由がみられました。

結論として、ワクチン接種のためらいの程度は、人種・民族によって異なり、人口統計、地域、信念、行動によって異なると結んでいます。

年齢が若い程ワクチンのためらい率が高いというのは、日本と同様な傾向ですが、博士号を持っているなどの高学歴については、日本では関連性が指摘されていません(むしろ低学歴との関係が強調されている) [1]。しかし、日本の報告でもよく見ると、高学歴の人でワクチン拒否の幅があることは前回のブログ(ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?)で指摘しています。

2. ウェブ記事の伝え方

UnHardは早速上記のプレプリントの報告を取り上げ、「教育レベル別のワクチンに対する躊躇の割合」は驚くべきことだと伝えています [4]図1に示すように、学歴別では、博士(PhD)の人たちが、最も忌避の割合が高いことがわかります(23.9%)。そして、高校卒以下の低学歴の人たちが次に高くなっています(20.8%)。

一方、修士号を持っている人が最も躊躇しないこともわかり、法学博士(JD)などの専門家になると、またためらいが高くなることがわかりました。つまり、ワクチンためらいと学歴の関係はU字型のカーブを描き、学歴の低い人と最高学歴の人の間でためらい率が最も高くなるということです。

f:id:rplroseus:20210814190855j:plain

図1. 学歴別のCOVID-19ワクチン接種をためらう割合(文献 [4] より転載、原報 [3] の結果をUnHardが図示したもの).

Summit Newsも、UnHardの記事も引用しながら、この論文の内容を驚きをもって伝えています [5]。そのなかで強調されていることは、2021年の最初の5ヶ月間の調査に限定されますが、最も教育水準の低い人たちが月日の経過とともに次第にワクチンへの抵抗感が薄れていく一方で、博士号を持つ人は最も考えを変えない傾向にあった(最後まで拒否する)ということです(図2)。

f:id:rplroseus:20210814190340j:plain

図2. 2021年1月から5月における教育水準別にみたワクチンのためらい率の変化(文献 [5] より転載、原図は文献 [3]).

 今回の調査結果は、メディアによって増幅された、ワクチンを躊躇するのは「頭の悪い」人だけだという考え方を完全に否定するものだとSummit Newsは伝えています。NYTのホワイトハウス特派員であるアニー・カーニ氏が、オバマ大統領の60歳の誕生日パーティーに出席したエリートたちを「洗練された、ワクチン接種済みの人々」と表現したことも否定されたとしています。

UnHardの記事 [4] のコメント欄に書かれている読者の質問・感想も興味深いです。博士号を持つ人々のワクチンためらい率が高いとするなら、それは、一般的に自立した態度としてみられるのか、よりワクチンに懐疑的なのか(命題を受け入れる前に、その命題に対してより多くの証拠を必要とするという意味で)、一度形成された見解に固執するのか、あるいは自分自身を一般人の関心事よりも何らかの形で「上」にいると見なしているのか、というコメントがありました。

また、もし上記のことが当てはまるとしたら、それは博士号を取得した結果なのか、それとも元々そのような特徴を持つ人が博士号を取得する傾向が強いのか?という問いが続けられていました。

さらに、別の感想では、ジョージ・オーウェルの「知識人だけが信じるような愚かな考えもある」というコメントが頭に浮かぶと述べ、博士号取得者の数や対象者を見てみたいとありました。

おわりに

考えてみれば、SNS上やウェブ記事上で、現行のCOVID-19ワクチン(とくにmRNAワクチン)について、科学的な見地から懐疑的な意見を述べている人たちはすべてが学位(博士)をもつ科学者です(→核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える)。それを考えれば、MITの研究や今回のカーネギー・メロン大学らの研究で「博士のワクチンためらい率が高い」とする結果はむしろ納得がいくものでしょう。

その意味で、低学歴の人たちがワクチンに消極的であるということとは、理由が異なると言えましょう。低学歴の人たちは何となく怖いとか単純に信用していないという根拠のない理由であることが、世の中のワクチン接種とそれへの啓蒙が進むにつれて接種への抵抗感を薄れさせるのだと思います。

一方、博士の人たちは高度な知識情報に基づいてより合理的に科学的に解釈した上で拒否しているだと考えられますので、いくら時間が経過しようともワクチン接種が進もうとも考え方が変わらないのでしょう。そういう人たちが比較的高い割合でいるということが、今回の調査研究でも証明されたのではないでしょうか。

あらためて、日本の研究で「ワクチン拒否は低収入、低学歴者に多い」とされたこと [1] の再検証が必要でしょう。前のブログでも述べましたが(→ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?)、私の周辺でワクチン(遺伝子ワクチン)を拒否している人たちは、圧倒的に博士(知人に博士が多いので自動的にそうなるが)や知識教養人が多いです。一般的には、遺伝子ワクチンの勉強をすればするほど、それに懐疑的になるのはごく当然のことでしょう。

引用文献・記事

[1] Okubo R. et al.: COVID-19 vaccine hesitancy and its associated factors in Japan.  Vaccines 9, 662 (2021). https://doi.org/10.3390/vaccines9060662 

[2] Moran, R.: MIT Study: Vaccine Hesitancy Is 'Highly Informed, Scientifically Literate,' and 'Sophisticated’. RJ Media July 17, 2021. https://pjmedia.com/news-and-politics/rick-moran/2021/07/17/mit-study-vaccine-hesitancy-is-highly-informed-scientifically-literate-and-sophisticated-n1462591/amp?__twitter_impression=true

[3] King, W. C. et al.: Time trends and factors related to COVID-19 vaccine hesitancy from January-May 2021 among US adults: Findings from a large-scale national survey. medRxiv Posted July 23, 2021. https://doi.org/10.1101/2021.07.20.21260795

[4] UnHerd: The most vaccine-hesitan group of all? PhDs. The Post 2021.08.11. https://unherd.com/thepost/the-most-vaccine-hesitant-education-group-of-all-phds/

[5] Watson, P. J.: Study finds most highly educated Americans are also the most vaccine hesitant. Summit News 2021.08.11. https://summit.news/2021/08/11/study-finds-most-highly-educated-americans-are-also-the-most-vaccine-hesitant/

引用したブログ記事

2021年7月11日 ワクチン推進論文のミスリード−低所得者層が接種をためらう?

2021年6月26日 核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題

 

新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

この記事は以下のURLに移動しました。

https://drtaira.hatenablog.com/entry/2021/08/05/210027

イベルメクチンを巡るCOVID-19医薬品研究の課題

はじめに

今月はじめ、ネイチャー誌に、"Flawed ivermectin preprint highlights challenges of COVID drug studies"「欠陥のあるイベルメクチンプレプリントは、COVID医薬品研究の課題を浮き彫りにする」というNews [1] が掲載されました。このNews記事は、イベルメクチンの効果を報じた有力論文の一つの撤回とその背景を伝えています。

イベルメクチン(ivermectin)は、安価で有望なCOVID-19の治療薬(抗ウイルス剤)として期待の声がある一方で、開発元の製薬メーカーや先進諸国の多くは効果を否定したり、あるいは治療薬として無視する姿勢を示しています。

このようななかで、今度はイベルメクチンの効果を報じた有力論文の撤回となったわけで、本薬の支持派にとっては少なからず衝撃を与えています。そこで、本ブログではこのネイチャー記事の全訳を掲載して、イベルメクチンを巡る動向を考えたいと思います。

f:id:rplroseus:20210816212453j:plain


以下筆者によるネイチャー記事 [1] の全訳です。

             

Flawed ivermectin preprint highlights challenges of COVID drug studies

パンデミックの期間中、寄生虫薬イベルメクチンは、COVID-19の治療薬として、特にラテンアメリカで注目を集めていた。しかし、この薬がCOVID-19による死亡を大幅に減少させると報告したプレプリント論文 [2] のデータに広範囲にわたる不備があったことが最近分かり、イベルメクチンの将来性に陰りが見えてきたと科学者たちは話す。また、パンデミック時の薬効調査の難しさも浮き彫りになった形だ。

この研究には参加していない、コロンビアのカリにある小児感染症研究センターの小児科医、Eduardo López-Medina氏は、イベルメクチンによるCOVID-19の症状の改善の有無について調査し、以下のように述べた。「おそらく科学界の誰もがそうであるように、私もショックを受けた」。そして、「この論文は、臨床試験においてイベルメクチンが有効であるという考えにわれわれを導いた、最初の論文の1つである」と付け加えた。

このプレプリント [2] は、イベルメクチンがCOVID-19の死亡率を90%以上減少させたと解釈できる臨床試験の結果をまとめたものであり、COVID-19に対する薬剤の効果を検証した研究としては、これまでで最大規模のものであった。しかし、盗用やデータ操作の疑いがネット上で指摘されたため、7月14日、プレプリントサーバー、リサーチ・スクエア(Research Square)は、「倫理的な問題」を理由にこの論文を取り下げた。

この論文の著者の一人であるエジプト・ベンハ大学のアフメド・エルガザール(Ahmed Elgazzar)氏は、ネイチャー誌に対し、論文が削除される前に自分の研究について弁護する機会が与えられなかったと語っている。

パンデミックの初期に、科学者たちは実験室での研究で、イベルメクチンが細胞内のコロナウイルスSARS-CoV-2を抑制できることを示した [3]。しかし、人のCOVID-19に対するイベルメクチンの有効性に関するデータはまだ少なく、研究の結論は大きく対立しており、今回の大規模な試験の取り下げは特に注目されている。

世界保健機関(WHO)は、COVID-19の治療薬としてイベルメクチンを臨床試験以外で服用することを推奨しているが、世界の一部の地域では市販薬として普及している。まだ効果が証明されていないにもかかわらず、「ワクチンができるまでの間の応急処置」という見方をする人たちもいる。一方、科学者たちは、効果の高いワクチンの代わりにイベルメクチンが使われることに懸念を示している。

◆波及効果

この論文の不正が明らかになったのは、ロンドン大学大学院の修士課程学生であるジャック・ローレンスが、授業の課題として論文を読んでいた際に、他の出版物に掲載されているフレーズと同じものがあることに気づいたことがきっかけだった。科学出版物の不正チェックを専門とする研究者に連絡を取ったところ、重複していると思われる数十人の患者の記録、生データと論文の情報との間の矛盾、研究開始日以前に死亡したと記録されている患者、偶然に発生したとは思えないほど一致した数字など、他にも懸念すべき重要箇所が見つかった。

リサーチ・スクエア社は、社説で、ローレンス氏らが提起した懸念事項について正式な調査を開始したとしている。エジプトの新聞"Al-Shorouk"によると、エジプトの高等教育・科学研究大臣もこの疑惑を調査しているとのことだ。

エルガザール氏は、ネイチャー誌への電子メールで、「私に知らせず、尋ねることもなく、リサーチ・スクエアのプラットフォームから論文が撤回された」と書いている。同氏は論文を正当として擁護し、盗用疑惑については、研究者がお互いの論文を読む際に「しばしばフレーズや文章がよく使われ、参照される」と述べている。

過去1年間に何十ものイベルメクチンの臨床試験が開始されてきたが [4]、エルガザール論文は、最初のポジティブな結果の1つを報告しただけでなく、COVID-19の症状を持つ400人を対象にしたという規模の大きさと、薬の効果の大きさで注目された。死亡率をこれほどまでに減少させることができる治療法はほとんどない。英国リバプール大学で再利用医薬品を研究しているアンドリュー・ヒル(Andrew Hill)氏は、「有意な差があり、それが際立っていた」、「当時から注意を促すべきだった」と話す。

ローレンス氏も同じ意見でであり「誰も気づいていなかったことにショックを受けた」と述べた。

撤回されるまで、このプレプリントは15万回以上閲覧され、30回以上引用され、試験結果を統計的に重み付けして1つの結果にまとめる「メタアナリシス」にも、数多く含まれていた。イベルメクチンがCOVID-19による死亡を大幅に減少させたとするAmerican Journal of Therapeutics誌に掲載された最近のメタアナリシスでは、エルガザール論文が、効果の15.5%を占めている [5]

メタアナリシスの著者の一人である英国・ニューカッスル大学の統計学者アンドリュー・ブライアント(Andrew Bryant)氏によると、同氏のチームは論文を発表する前にエルガザール氏と連絡を取り、いくつかのデータを明らかにしたという。

「エルガザール教授の誠実さを疑う理由はなかった」とブライアント氏は電子メールで述べている。また、ブライアント氏は、パンデミックの状況下では、論文を書く際に患者記録の生データをすべて再分析することはできないと付け加えた。さらに彼は、調査をして研究の信頼性が低いと判断された場合は、結論を修正すると述べている。とはいえ、この研究部分が削除されたとしても、メタアナリシスでは、イベルメクチンがCOVID-19による死亡を大幅に減少させることが示されるだろう、と彼は言う。

◆信頼できるデータが必要

この論文の撤回は、イベルメクチンとCOVID-19の失敗研究における最初のスキャンダルではない。ヒル氏は、彼が探索した他のイベルメクチンの試験研究論文の多くは、欠陥があったり、統計的に偏っていたりする可能性が高いと考えている。多くの論文は、サンプル数が少なく、無作為化されておらず、十分に研究管理されていないという。また、2020年には、COVID-19に対する様々な再利用薬を調査したSurgisphere社のデータを用いた観察研究が、科学者からの懸念の声を受けて撤回されている。「信頼できない情報を公開するパターンが見受けられる」とヒル氏は語る。「COVIDと治療に関する研究は、データベースの歪曲なしでは実際難しい」。

スペインのバルセロナ国際保健研究所の研究者であるカルロス・チャッコウル(Carlos Chaccour)氏は、イベルメクチンに関する厳密な研究を行うことは困難であると言う。その理由の一つは、裕福な国の資金提供者や学術関係者が研究を支援してこなかったこと、また、イベルメクチンの臨床試験ほとんどが低所得国で行われていることから、それらを相手にしてこなかったことがあると彼は考えている。さらに、アルゼンチンのコリエンテス心臓病研究所の心臓病医であるロドリゴ・ゾニ(Rodrigo Zoni)氏は、特にラテンアメリカでは、多くの人がCOVID-19を予防するために、すでに広く出回っている薬を服用しているため、参加者を募るのが難しいと言う。

これに加えて、イベルメクチンの効果は証明されているものの、製薬会社は安価な治療法を国民には与えるつもりはないという陰謀論もあり、困難をきわめている。チャッコウル氏によると、この薬を支持するだけでなく、研究していることで「ジェノサイド(大量虐殺)」と呼ばれたこともあるという。

イベルメクチンの評価はまだ定まっていないが、今回の論文撤回は、パンデミック時に研究を評価することの難しさを物語っていると多くの人が語っている。エルガザール論文の分析に協力したオーストラリア・ウーロンゴン大学の疫学者ギデオン・メイヤロウィッツ−カッツ(Gideon Meyerowitz-Katz)氏は、「個人的には、これまでに発表された臨床試験の結果を全く信用できなくなった」と述べている。同氏は、イベルメクチンがCOVID-19に対して効果があるかどうかを評価することは、現在入手可能なデータが十分に質の高いものではないため、まだできないとしており、加えて、空いた時間に他のイベルメクチンの論文を読んで、不正やその他の問題の兆候を探していると述べた。

イベルメクチンを研究しているチャッコウル氏らによると、COVID-19に対してイベルメクチンが有効であるかどうかを証明するには、3,500人以上が参加しているブラジルでの試験を含む、進行中の大規模な試験が必要だと話す。2021年末までには、約3万3,000人が何らかのイベルメクチンの臨床試験に参加しているだろうと、ゾニは言う。

チャッコウル氏は、「潜在的なベネフィットをすべて出し切ることが私たちの義務だと思う」と語り、特に、ほとんどの国ではいまだにワクチンへのアクセスが普及していないことを考慮している。「最終的に試験を行って失敗したとしても、それはそれでいいのだ、少なくとも私たちは試みたのだから」。

             

筆者あとがき

このネイチャー記事を読んで、あらためてイベルメクチンを巡るCOVID-19治療薬の開発の難しさを感じました。製薬メーカーの思惑、研究資金や利権を通じた製薬企業と国、科学者との関係、富める国と低所得の国との立場の違い、そこから生まれる臨床研究に関する論文の質や不正の問題などが複雑に絡んでいる気がします。

イベルメクチンはとうに特許が切れ、ジェネリック製品がインド、中国などで大量に製造されている程度です。最初に開発したメルク社と日本MSD社は、COVID-19の治療薬としてのイベルメクチンの再利用には興味がなく、新薬開発に取り組んでいることを発表しています。

ネイチャーの記事は陰謀論と言っていますが、この方針の裏には、COVID-19の治療薬としてのイベルメクチンには商業的価値がなく、新薬を手がけた方がはるかに儲かるという側面もあるのではないか、というのがもっぱらの見方になっています [6]

WHOも米国もその他の先進諸国もイベルメクチンに積極的でないのは、こうした事情と無関係ではないでしょう。イベルメクチンは「効果なし」と思いたい人たちがたくさんいて、そこに低所得の国の研究者から出た「効果あり」の論文の撤回は、まさしく都合のよい展開ではないでしょうか。

寄生虫薬としては世界的に承認されており、抗ウイルス剤としての科学的知見もあるイベルメクチンですが、COVID-19の治療薬としての効果と安全性については、信頼性の低い論文が多いこともあって、まだ確定しないと言ってもいいでしょう。一方でCOVID-19治療薬としてのイベルメクチンについては、科学的根拠がないという批判も多く見られますが、それこそ根拠に基づく批判ではないように思います。

抗ウイルス剤としてのイベルメクチンの主な作用機序は、ウイルスタンパクのインポーティン依存性核内輸送の阻害と言われていますが、これは宿主細胞のタンパク質輸送と共有しています。したがって、宿主(ヒト)のタンパク輸送や機能に悪影響を与えず、ウイルスの減衰を達成できるレベルを臨床試験で確かにするというのが緊急課題というところでしょう。

現在、国内のイベルメクチン臨床試験は、北里大学興和と組みながらで取り組んでいるだけです [7]創薬を巡る商業的・政治的思惑、資金、被験者の確保など数々の難題があるなかで、どのように進むのか注視したいと思います。

引用文献・記事

[1] Reardon, S.: Flawed ivermectin preprint highlights challenges of COVID drug studies. Nature 596, 173-174 (2021). https://doi.org/10.1038/d41586-021-02081-w

[2] Elgazzar, A. et al.: Efficacy and safety of ivermectin for treatment and prophylaxis of COVID-19 pandemic. Res. Square https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-100956/v3

[3] Caly, L. et al.: The FDA-approved drug ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro. Antiviral Res. 178, 104787 (2020). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7129059/

[4] Popp, M. et al. Ivermectin for preventing and treating COVID‐19. Cochrane Data. System. Rev. Published  July 28, 2021. https://doi.org/10.1002/14651858.CD015017.pub2 (2021).

[5] Bryant, A. et al.: Ivermectin for prevention and treatment of COVID-19 infection: A systematic review, meta-analysis, and trial sequential analysis to inform clinical guidelines. Am. J. Ther. 28, e434–e460 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8248252/

[6] 馬場錬成: イベルメクチンはコロナ治療に有効か無効か 世界的論争の決着に日本は率先して取り組め. 読売新聞オンライン 2021.04.28. https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/cknews/20210427-OYT8T50019/

[7] 化学工業日報: イベルメクチン 興和、コロナ治験実施へ. 2021.07.21. 

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

 

COVID-19ワクチンとブレイクスルー感染:情報リテラシーが問われる

はじめに

いまパンデミックの最中にあって、欧米や日本で接種が進められているCOVID-19ワクチンは、mRNAワクチンが主流です。この核酸ベースのワクチンについては、以前から研究されてはいるものの、感染症のワクチンとして適用されたのは今回が初めてです。しかも従来のワクチン開発・実用化とは異なり、パンデミックという緊急性に鑑みて、短縮治験期間を経て緊急使用許可(EUA)されたという異例のワクチンです。わからないこともたくさんあります。

それだからこそ、さまざまな潜在的懸念材料もあって、一つ一つの課題について科学的に慎重に検討されるべきですが、どうやら接種のベネフィットが前のめりに強調されてきたために、ここへ来て、予見されていた問題がポツポツと露呈してきているとも言えます。

ワクチンに関するデマ情報も多く、各国政府や当局は注意を喚起しています。しかし逆に、日本の厚生労働省のように、常に無謬性に拘泥しエリートパニックを起こしやすい組織では、情報隠蔽や恣意的操作、詭弁と思われるような言動も見られます。そして、リスクコミュニケーションの欠落の上に、ワクチン推進派による逆インフォデミックという傾向さえ出てきています。

いま日本においてワクチンに関して最も誤解されているものの一つとして、「ワクチン接種を済ませればコロナに感染しない」というものがあります。mRNAワクチンはあくまでも罹っても発症しない、重症化しないという目的のものなのに、なぜ「感染しない」と一義的に置き替えられてしまうのか。それは国も自治体も専門家もそのようなニュアンスでワクチン接種を奨めているからです。

ここでは、いま感染拡大が顕著なデルタ変異体による感染状況、ワクチンの効果、ワクチン・ブレイクスルー感染(ワクチンの効果を突破して起こる感染)などに関するアップデートな情報を紹介しながら、ワクチンに関する情報リテラシーを上げることの大切さについて考えてみたいと思います。

1. 厚生労働省の見解

まずは厚労省がmRNAワクチンについてどのような見解で国民に情報を伝えているのか、ホームページから拾ってみたいと思います。ワクチンの効果についてはQ&Aとして感染症専門医忽那氏(現大阪大学医学部教授)による解説 [1] がありますので、それを引用しながら考えてみましょう。記載は6月30日となっていますので、約1ヶ月前です。

このページではmRNAワクチンの作用機序についてわかりやすく説明されていますが、気になる点としてmRNAやスパイクタンパクの消長に関する説明があります(図1注1)。mRNAや合成されたスパイクタンパクの行方や残存性についてはヒトの治験データがなく(あっても公表されておらず)、記載にある「接種後数日以内で分解、2週間以内になくなる」というのはあくまでも推測にしか過ぎません。

モデルワクチンの適正使用ガイドには、ラットに実験で臓器によっては接種後5日間mRNAが検出されたとされていますが、体内消長に関する研究論文はないようですし、スパイクタンパクの残存性に関する論文も私が知る限り1例しかありません(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)。

接種後1年以上が経ってからの副反応は推定されていません」というのも意味不明です。1年以上経過後の副反応(副作用)はないと言っているのか、意図的に考えないと言っているのか、わからないと言っているのか不明です。1年後のことについてはデータがないので、誰にもわからないと言った方がすっきりします。少なくともmRNAワクチンの副作用に関連して、予見可能な問題(自己免疫反応など)はあります(→COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。

さらに「長期的な副反応は認められていません」と断定的に言うのも変です(図1注2)。今世界中でmRNAワクチンのいわば"人体実験"が行なわれているわけですが、実際の接種からまで1年も経っていないこの段階で断言はできないでしょう。

f:id:rplroseus:20210730234858j:plain

図1. 厚労省HP: 新型コロナワクチンQ&A 感染症専門医が解説! 「分かってきたワクチンの効果と副反応」のページ1 [1].

図2注1には「感染を防ぐ効果も分かってきました」とありますが、これには注意が必要です。なぜなら、後述するように世界中でブレイクスルー感染が次々と起こっているからです。したがって、図2注2にある「接種者がその周り人に感染を広げる可能性は低くなる」ということも、半分聞き流す程度のものしかないように思います。ブレイクスルー感染者が無症状であれば、周りの人に感染させるリスクはあるわけですあり、むしろ非接種者にとって脅威となる可能性もあります。 

図2注3にある「自分の家族や周りの人を感染から守ることができるのであれば接種する意義は十分にある」という説明も、同様な理由で、誤解されやすい説明だと思います。つまり、冒頭にあげた「ワクチン接種を済ませればコロナに感染しない」という思い込みを誘導しかなねないメッセージになりやすいです。

現段階では、ワクチン接種は、あくまでも入院を防ぐ、重症化しない、死亡の可能性が低くなるという個人レベルでの意義を強調すべきでしょう。図2注4にある「感染予防効果」、「発症予防効果」も、時間経過とともに変わっていくことにも留意しなければなりません。

f:id:rplroseus:20210730234711j:plain

図2. 厚労省HP: 新型コロナワクチンQ&A 感染症専門医が解説! 「分かってきたワクチンの効果と副反応」のページ2 [1].

今回のmRNAワクチン開発が行なわれていた当初は、疫学情報がまだ少ない段階であり、ウイルスの変異に関しては予測はされていたもののに知見はほとんどありませんでした。現在猛威を振るっているデルタ変異体とmRNAワクチンの知見の間には大きな時間的ギャップがあり、ワクチンの意義については、逐次修正していかなければならないのです。

特に「自分の家族や周りの人を感染から守る」というスローガンは、国によるプロパガンダ(インフォデミック)とも言えるものです。これは逆に「ワクチンを打ったら安全」という感覚を抱かせ、国民の公衆衛生対策を緩めることにもなりかねません。そして無症候性ブレークスルー感染者は、むしろ周囲の非接種者にとって脅威になるかもしれないことにフタをするものです。

デマに注意と言っている政府やワクチン推進者自身がデマを飛ばしていては洒落になりません。ワクチンを推進するのはよいですが、そのためにはリスクコミュニケーションを適正に行なう必要があります

2. デルタ株とブレイクスルー感染

ロイターは、最近のデルタ変異体の感染流行とワクチンについて、COVID-19とSARS-CoV-2の有力専門家10人から取材しました [2]。それによれば、ワクチンは依然として発症・入院や重症化防ぐ上で高い効果を持ち、リスクが最も大きいのはワクチン未接種者であるという点に変わりはないという見解でした。

しかし同時に、デルタ変異体の流行は、ワクチン接種済みの人への感染力が強いことを示す材料が増えてきており、そこからさらに感染が拡大するのではないかとの懸念が生じているという専門家の指摘を伝えています。

たとえば、この記事では英国、シンガポールイスラエルのブレイクスルー感染を紹介しています。

英国イングランド公衆衛生庁(PHE)は、7月23日、英国でデルタ変異体の入院患者3,692人のうち、ワクチン未接種者が58.3%完全接種者が22.8%だったと明らかにしました。

シンガポール政府が7月23日に発表した報告では、国内感染の大半をデルタ変異体が占めており、感染者の75%はワクチン接種を終えた人だったと報告されています。

イスラエルの保健当局は、現在COVID-19で入院している人の60%がワクチン完全接種者だと報告しています。その大半は60歳以上で、基礎疾患がある傾向も見られたとしています。イスラエルはワクチン接種が最も早くから進行した国であり、ワクチンの効力が低下している状況も鑑みて、3回目の接種に踏み切るようです。

一方で、世界で最も感染者と死者が多い米国の場合、新規感染者のおよそ85%がデルタ型ですが、これまでのところ重症者の97%近くは、ワクチン未接種者だと報告されています。

米国疾病予防管理センター(CDC)が公表している7月26日までのブレイクスルー感染の事例 [3] について表1に示します。1億6千3百万人のワクチン完全接種者のうち、6,587人が感染している(95%が入院)と報告されています。注目すべきは、この中で19%の高率で死亡者が出ていることです。ただし、死亡例の24%は無症状かCOVID-19による死ではないと判定されています。

表1. 米国CDCによるブレイクスルー感染の報告 [3]

f:id:rplroseus:20210731131415j:plain

このように、1億6千万人のなかの7千人弱の入院患者ですから、一見ブレイクスルー感染率はきわめて小さいように思われます。ただし、これらの数字にはトリックがあることに注意しなければなりません。CDCのガイドラインでは、ワクチン接種を済ませた人の検査は、症状がない限り行わないとされていることから、ワクチン接種済みの人の感染をおそらく大量に見逃している可能性があるのです [4]

ジョージア州アトランタにあるエモリー大学のカルロス・デルリオ教授(医薬品・感染症)は、ワクチンの「感染予防効果」という過大評価を指摘しています。すなわち、ワクチンが最初に開発された時点で感染を予防できると考えた人はおらず、目的は重症化と死亡を阻止することだったはずだったということです。しかし、ワクチンの実際の効果が大きく、以前のいくつかの変異株の感染も防いでしまったせいで、かえって「われわれは甘やかされてしまった」とデルリオ教授は語っています。

このブログでも、4月2日の記事で、ワクチンの感染予防効果への過大な期待は禁物であることを述べました(→mRNAワクチンの感染予防効果)。

日本のメディアも、いま主流のワクチンであるファイザー製mRNAワクチンの有効性について、「感染予防効果39%に低下、重症予防は91%」という報道を行ないました [5]。米国ウォール・ストリート・ジャーナルは、COVID-19ワクチンが発症や入院を防ぐことはできるが感染を防ぐことはないという内容の動画を発信しています [6]

3. ワクチン接種済みの人が感染を助けている

ビジネス・インサイダーは「ワクチン接種済みの人がデルタ株の拡大を助けていることは疑いようがない」という専門家の見解の記事を配信しました [4]。この記事では以下の3点が強調されています。

・ワクチン接種を済ませた人は、デルタ変異体の感染が広がったとしても、重症化したり、死亡する可能性は低い

・しかし、2度のワクチン接種を済ませた人が無症状のまま、周囲にウイルスを広げる可能性がある

ホワイトハウスに助言をしている感染症の専門家は、ワクチン接種を済ませた人も引き続き、マスクを着用すべきだと述べている

記事では、COVID-19のワクチンは、身体をよりよく守るようデザインされており、非常に有効性が高く、それはデルタ変異体にに対しても同じだと紹介しています。しかし、感染を完全に防ぐわけではないとも述べています。

ワクチン接種を済ませた人の中には、ウイルスに感染し、頭痛や鼻水といった風邪のような比較的軽い症状を見せる人もいるし、感染しても自覚症状が一切なく、サイレント・​スプレッダーになる人もいるということです。

インサイダーの取材に対して、ワシントン大学医学部保健指標評価研究所(IHME)のクリストファー・マレー(Christopher Murray)所長は、「新規感染者数以上に入院者数が増えている州が複数ある」と答えています。そして、米国CDCのデータには、ウイルスの本来の広がりが含まれていない(覆い隠されている)可能性があると強調しています。

上述したようにCDCでは、5月からワクチン接種を済ませた人の検査は、症状がない限り行なっていませんので、ワクチン接種を受けた人たちの間の感染を大量に見逃している可能性があるわけです。

記事では、最悪の感染状況に陥っているスコットランドも例に挙げています。人口の半数以上が2度のワクチン接種を済ませていて、71%は少なくとも1度目のワクチン接種を受けているにもかかわらず、感染拡大が続いていることを伝えています。

このスコットランドの状況について、IHMEのマレー所長は、「ワクチン接種率の高さを考えると、接種済みの人たちが感染を拡大させる役割を果たしていないと、爆発的な流行を説明できない」と述べています。

NEJM誌に最近掲載された論文は、ワクチン完全接種済みの医療従事者のブレイクスルー感染の事例について報告しています [7]。それによれば、感染症の発症は感染前後の中和抗体価のレベルと相関しており、持続的に症状が続くこともあったが、ほとんどは軽度または無症状であった、としています。

つまり、ワクチン完全接種の人たちのほとんどは感染しても気づかず、したがって検査もされず、他の人にウイルスを伝播させる可能性もあるということです。しかし、このような懸念に対しては、まだ本格的な調査は始まったばかりです。

日本においては、このような調査は皆無であり、ブレイクスルー感染の実態についてはよくわかっていません。最近、ワクチン接種済みの主に医療従事者を対象としたブレイクスルー感染の予備調査の結果(130例)が、国立感染症研究所から発表されたばかりです [8]

若者による感染拡大が強調されていますが、ひょっとするとワクチン完全接種者の高齢者は、感染しても多くは無症状であり、同様に感染を広げている可能性もあります。

3. ウイルスの感染拡大と免疫逃避 

ビジネス・インサイダーは、また、「あとほんの数回の突然変異で」今あるワクチンから逃れる恐れがある可能性があるという専門家の見解を記事にしました [9]。これは、米国CDCのロシェル・ワレンスキー(Rochelle Walensky)所長が7月27日の記者会見 [10] で述べた見解です。この記者会見では「(ワクチン完全接種者でも)室内ではマスク着用を奨める」ことも述べています。規制を緩めた米国ですが、再度マスク着用などの行動変容の規制に踏み切るようです。

ウイルス進化の常識で言えば、感染者が増えれば増えるほど、ウイルスが複製されるチャンスが多くなり、それだけ変異ウイルスが生まれるチャンスも高まります。変異はランダム変異であり、その多くは公衆衛生上ほとんど影響はないものの、感染が広がれば、新しい危険な変異型が生まれるチャンスも高まります。今は感染力の強いデルタ変異体の影響もあり、世界中で感染流行が拡大し、その危険性は大きくなっているわけです。

記事では、デルタ型に感染した人はワクチンを接種しているかどうかにかかわらず他のSARS-CoV-2の従来型に感染した人よりもウイルス量が多いとCDCが発表したことを伝えています。これはつまり、ワクチン接種を済ませた人でも、ワクチン未接種の人々と同じように周囲にウイルスを広げる可能性があるということです。

記事では、ペンシルベニア州立大学で感染症の進化を研究しているアンドリュー・リード(Andrew Read)氏が、インサイダーのインタビューで「目下最大の懸念は、非常に多くの人々がウイルスを持っていて、非常に多くの変異株が生まれていることだ。その一部は強力で、デルタ株よりも強いかもしれない」と語っていたことを紹介しています。

今のところ、昨冬インドで最初に確認されたデルタ変異体以上に懸念されるSARS-CoV-2の変異株は見つかっていません。世界保健機関(WHO)は6月、デルタ株をこれまでで「一番強い」変異株だとよんでいます。リード氏はさらにその感染力を高める変異が起こる可能性もあると指摘していて、これを「デルタプラス」株と呼んでいることを記事は紹介しています。

ウイルス学者たちは、私たちが作り上げてきた免疫防御をすり抜ける変異株を「エスケープ変異株」と呼んでいいます。ウイルスが急速に広がり、変異し続ければ、こうしたエスケープ変異株はすぐに現れる恐れがあると、ケンブリッジ大学微生物学を専門とするラビンドラ・グプタ(Ravindra Gupta)教授はインサイダーに語っています。

日本では、感染対策と経済活動の両面から考えて、感染者数よりも重症者数を重視すべきという意見がチラホラ見られますが、上記のように感染者数が増えること自体が、変異ウイルスの出現を促すということでも非常にマズいわけです。加えて、ワクチンが選択圧となって、免疫逃避、エスケープ変異株の出現を促す可能性もあります。 

4. ワクチン接種の同調圧力

上記のように、デルタ変異体による感染やブレイクスルー感染の事例が次々と明らかにされている状況ですが、日本のワクチン接種の戦略はいまだに1年前の段階で止まっているように思えます。すなわち、感染状況、年齢別などのリスク・ベネフィット比も考えずに、「ワクチンを打てば感染が抑えられる」という曲解した認識1本槍で、政府、自治体、および医療専門家が進めているような感じを受けます。

医薬経済社の記者である長谷川友恵氏は、若い人や子供に対してワクチン接種を奨める風潮への疑問を呈しする記事を書いています [11]。これは「全国薬害被害者団体連絡協議会」の勝村久司・副代表世話人に対してのインタビュー記事であり、リスクとベネフィットを十分に知ったうえで慎重に判断すべきであるという、ワクチン接種至上主義に警鐘を鳴らす彼の声を紹介しています。

勝村氏は「社会が新規感染者数を減らしたいということにこだわりすぎているからではないか。もし、毎日、大きく報道される数字が新規感染者数ではなく、重症患者数ならば、若い人へのワクチン接種を急ぐ必要はないだろう」と述べています。

また、「家族やマナーを大切にしたいならば接種すべき」といわんばかりの同調圧力もあり、若い人たちが冷静に判断できる環境なのか、非常に疑問を感じているとも語っています。

私は、勝村氏による「新規感染者数を減らしたいということにこだわりすぎている」という主張には必ずしも賛同できません。なぜなら、新規感染者数が増えればそれだけ重症者数も死亡者数も多かれ少なかれ増えること、次の感染拡大への下地になること、ウイルスの変異も促進されることを考えれば、感染者数はできる限り抑えた方がよいからです。

ただ、「家族やマナーを大切にしたいならば接種すべき」といわんばかりの同調圧力という彼の指摘は、正論だと思います。

4. ワクチン推進コミュニティのいかがわしさ

厚労省や周辺のワクチン推進派のいかがわしさは、パンデミック当初から彼らが日本で起こしたインフォデミックにあります。すなわちPCR検査抑制論に伴うPCR検査の"低い精度"という誤ったメッセージです [12]。そして、感染力が強いデルタ変異体がまん延しているにもかかわらず、今なお空気感染を認めていません(→あらためて空気感染を考える)。

今回のパンデミック厚労省感染症コミュニティの専門家は、PCR検査を抑制という大きな間違いを犯しました。37.5度、4日間という受診の目安まで作り、検査対象者を限定することで検査待ちの人達の病状を進行させ、被害を拡大させてしまいました。検査抑制のために、PCR検査の精度は低いとか、ことさら偽陰性偽陽性に言及してきました。厚労省感染症コミュニティの専門家もこの対策の誤りについて公式に認めていません。

不思議なことに、PCR検査の精度が低いと貶してきた人達のなかで、より精度の低い抗原検査について揶揄している人は、私が知る限り1人もいません。日本での抗原検査はほぼ富士レビオ製品の独占状態となっており、それに言及しないということは何だが胡散臭い感じがします。ファイザーについても同様です。利権やメーカーとの契約内容でも絡んでいるのか?とも思いたくもなります。

これらのインフォデミック震源地にいる超本人のみなさんが、今度は「ワクチン打て打て」と言ってるわけですから、土台信用するのは無理でしょう。しかも今度は、ワクチンの意義を適切に述べるべきなのに、家族のためにとか、周囲の人を守るためにとか言い出す始末です。多くの自治体はこのスローガンを取り上げ、追従しています。

あらためて、厚労省ファイザー製ワクチンの緊急承認審議結果の報告書を見ると、「COVID-19の発症予防効果は期待できると判断した」としながら、「本剤の効能・効果は、申請時の効能・効果のとおり、SARS-CoV-2による感染症の予防』とすることが適切と判断した」となっています [13]。つまり、ワクチンの意義は発症を予防することとするべきにもかかわらず、感染症の予防とすることが適切と飛躍させているのです。

さらには、これまでmRNAワクチン接種後に発生した751人の死亡例を厚労省自身が報告していますが、ホームページ上では「ワクチンの接種が原因で亡くなった方がいるという事実は確認されていません」と述べています(図3注1)。そしてワクチン接種とは関係なく死亡することがあるので、ワクチン接種との因果関係を調査することが大切と述べています(図3注2)。

f:id:rplroseus:20210731211541j:plain

図3. 厚労省HP: 新型コロナワクチンQ&A 「新型コロナワクチンの接種が原因でたくさんの型が亡くなっているというのは本当ですか」のページ.

これはまったくの詭弁です。つまり、「ワクチンが原因で死亡した事実は確認されていない」ということを引用して、あたかも「ワクチン接種後の死亡例」を否定するような論法になっているからです。これは一種のダミー論証(ストローマン論証)です。

ワクチンが原因の死亡を認定するのも厚労省なら、そうしないのも厚労省です。実際は死亡例のほとんどを自ら「評価不能」としているにもかかわらず、そこから飛躍して「ワクチン原因の死亡は確認されていない」と自作自演しているのです。因果関係の調査が重要と言うならそうすべきであり、そして、死亡例については現在「調査中」とか「評価不能」とすべきなのです。

とはいえ、評価不能と片付けるのもおかしなやり方です。ワクチン以外の原因で死亡したとするならそれはランダムに起こるはずであり、ワクチン接種後から死亡までの時間経過(ランダムに発生したか特定の期間に集中しているか)を見ることでおおよそ検討がつきます。実際はワクチンを接種してから1週間以内にほとんどの方が亡くなっており(4割は4日以内)、ワクチン接種と因果関係があるとみなすのが妥当でしょう。

しかし、厚労省は、「ワクチン接種との因果関係を調査することが大切」と言いながらも、ワクチン接種後にどれだけ重篤有害事象が出ようとも何人死のうとも、決して因果関係を認めることはないでしょう。もしそうなら、そのような姿勢とワクチン推進の裏には、メーカーとの契約に絡んだ利権、官僚の無謬性主義、為政者の政治的思惑があるとすれば(勝手な想像ですが)、つじつまが合います。

ここで、厚労省のHPにある「こびなび」のワクチンデマに関するページを見てみましょう [14]図4注1、注2には、「個人の発信には注意が必要」、「行政機関や学会といった公的機関や複数の専門家による発信等、信頼できる情報源を..」という文言があります。しかし、上述したように、日本では権威筋からのメッセージが誤っていたというのが不幸でした。デマに注意と言っている当局自身がインフォデミックを起こしているという悲劇です。

f:id:rplroseus:20210731091339j:plain

図4. 厚労省HP: 誤情報に惑わされないために-情報リテラシーの重要性と正確な情報の受け止め方のページ [14].

科学の基本は、わからないことへ興味を抱くこと、既知情報を疑うこと、自分が知らないことを知ることです。したがって、科学者は断定的にものを言うことにきわめて慎重な態度をとります。ここまでは分かっているがそれ以上はわからない(知らない)という風に応えます。今までの常識が完全にひっくり返ってしまうこともあり、前言を撤回せざるを得なかったり、修正したりすることも割とあるわけです。

一方、行政は法律や規範や政策決定後の方針に従って物事を進めますので、そこに曖昧さはあってはならず、自ずから断定的にならざるを得ません。

科学ベースで進められる感染対策やワクチンについては、情報が常にアップデートされますので、その都度方針の変更が行なわれて然るべきですが、行政や公的機関はこのようなプロセスについてどうしても時間がかかります。

とはいえ科学者や専門家がいかにアップデートな情報を伝えるか、それに対して公的機関や行政はいかに早くそれを対策に折り込むかということが問われています。WHOも米国CDCもこれまで誤った情報を流してきましたが、逐次修正しています。

一方で、厚労省も周辺の医療クラスターの人達も無謬性に拘泥しすぎるためか、情報をアップデートできないままです。そして、上述したようにワクチンの政治問題化があります。それが国民に対して誤ったメッセージとなるのです。

おわりに

これまでの知見を踏まえて、現行のワクチンの意義や波及効果については以下のようにまとめられると個人的に考えます(予見できる問題点は上述のブログ記事参照)。

・現行のmRNAワクチンは発症と重症化を防ぐメリットがある

・ワクチンの完全接種によって感染が防止できるわけではない

・ブレイクスルー感染者の多くは無症状であり、感染に気づかない

・無症候性ブレイクスルー感染者は非接種者にとって脅威となる可能性がある

・ワクチン接種者もマスク着用等の公衆衛生対策を維持すべきである

・感染者数の増加とワクチン接種はエスケープ変異体を生み出す可能性がある

ワクチン接種の効果や意義はもちろんあるわけですが、問題は検査、追跡、接触削減、公衆衛生学的行動変容、医療提供体制、休業・生活補償などの他の感染対策が隅に追いやられ(実質無策)、政府がワクチン至上主義になっていることです。ワクチンの意義も発症や重症化を抑えるから、いつのまにか「コロナにかからない」、「他人にうつさない」、「感染拡大を防止する」というニュアンスに変えられてしまっています。そして厚労省周辺の専門家、自治体、メディアもそれを後押しし、国民、市民への誤ったメッセージ(もはや権威側からのデマ)となっています。

ワクチンのデマ情報は有害になるものが多いですが、それ以上に政府による怪しげなワクチン至上主義とプロパガンダの方がはるかに国民にとって害悪だと思います。なぜなら、そのような政府の姿勢が、ますます制御不能なデルタ型大流行をもたらすからです。

引用文献・記事

[1] 忽那賢志: 新型コロナワクチンQ&A 感染症専門医が解説! 分かってきたワクチンの効果と副反応. 厚生労働省 2021.06.30. https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/column/0001.html

[2] Steenhuysen, J.ら: アングル:デルタ株が覆すコロナの概念、規制社会に逆戻りも. ロイター 2021.07.26. https://jp.reuters.com/article/delta-covid-idJPKBN2EX0HL

[3] U.S. Centers for disease Control and Prevention: COVID-19 vaccine breakthrough case investigation and reporting. https://www.cdc.gov/vaccines/covid-19/health-departments/breakthrough-cases.html

[4] Brueck, H.: A leading US disease expert says there's 'no doubt in my mind' that vaccinated people are helping spread Delta. BUSINESS INSIDER Jul 8, 2021. https://www.businessinsider.com/covid-expert-vaccinated-people-can-spread-the-delta-variant-2021-7

[5] TBS NEWS: ファイザー製ワクチン感染予防効果39%に低下 重症予防は91%. 2021.07.24. https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4322177.html

[6] WSJ Video: Breakthrough Covid-19 cases raise questions about immunity. 2021.07.26. https://www.wsj.com/video/breakthrough-covid-19-cases-raise-questions-about-immunity/D0892C1D-AC5D-4434-BBF8-5FA7923A13A1.html?mod=article_inline

[7] Bergwerk, M. et al.: Covid-19 breakthrough infections in vaccinated health care workers. N. Eng. J. Med. Jul. 28, 2021. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2109072#article_references

[8] 国立感染症研究所: 新型コロナワクチン接種後に新型コロナウイルス感染症と診断された症例に関する積極的疫学調査(第一報). 2021.07.21. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10534-498p01.html

[9] Musumeci, N. et al.: How coronavirus variants called 'escape mutants' threaten to undo all our progress.BUSINESS INSIDER July 29, 2021. https://www.businessinsider.com/covid-variants-called-escape-mutants-could-throw-us-back-into-lockdown-2021-5

[10] Abutaleb, Y. et al.: CDC urges vaccinated people in covid hot spots to resume wearing masks indoors. Washington Post July 28, 2021. https://www.washingtonpost.com/health/2021/07/27/cdc-masks-guidance-indoors/

[11] 長谷川友恵: ワクチン接種「子供にも絶対」という風潮への疑問-同調圧力で思考停止せず各人が冷静に判断を. 東洋経済ONLINE 2021.07.27. https://toyokeizai.net/articles/-/442780

[12] 井上靖史: 「PCRが受けられない」訴えの裏で… 厚労省は抑制に奔走していた. 東京新聞 2020.10.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/61139

[13] 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課:審議結果報告書. 2021.02.12. https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000739089.pdf

[14] 黒川友哉ら: 誤情報に惑わされないために。情報リテラシーの重要性と正確な情報の受け止め方. 厚生労働省新型コロナワクチンについて. https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/column/0003.html

引用したブログ記事

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年6月9日 ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2021年4月29日 COVID-19ワクチン:免疫の活性化と課題

2021年4月2日 mRNAワクチンの感染予防効果

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

日本の嘘によって、いま選手が代償を支払う

2021.07.27:22:05更新

いまテレビをつければ東京オリンピック一色です。ニュース番組さえ、感染状況を差し置いて、冒頭で「金メダル云々」というニュースを流しています。

一方で、海外のメディアはこのオリンピックの問題点を指摘する記事を次々と配信しています。日本のメディアであれば書けないような内容が多く、このブログでもそれらを紹介してきました(東京五輪を支える見えざる手東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上東京五輪のオープニングを飾った悪名高き作曲家の曲)。

今日(7月26日)は、「日本の組織委員会は気候が温暖というウソをつき、いま選手がその代償を支払わされている」"Japan's Olympic organizers lied about its weather, and now athletes are paying the price"というヤフー!スポーツのウェブ記事が流れてきました [1]。類似の批判記事はデイリー・ビーストも発信しています [2]

ここでは、ヤフー!スポーツの記事を全訳として紹介したいと思います。

f:id:rplroseus:20210727112115j:plain

以下筆者による全訳

----------------------

"Japan's Olympic organizers lied about its weather, and now athletes are paying the price" by Dan Wetzel [1]

月曜の朝、男子トライアスロンのゴール地点は、まるで戦場のような光景になっていた。地面に散らばった体、熱を帯びた選手を助けに来たトレーナー、肩に腕をかけて助け出される選手もいた。

東京オリンピックでは、スタート時間を午前6時30分に変更し、暑さに負けないような対策への努力は見せた。スタート時の気温は85度 (*注)(29.4°C)、相対湿度は67.1%に達していた。

---------

*注)このコラムでは華氏で温度表記されているので括弧内に摂氏温度を併記する。

---------

灼熱の太陽、空高く舞い上がる気温、濃厚豆スープのような湿度、これらの天候について日本人が謝る必要はない。誰も母なる自然に命令することはできないのだ。

しかし、このようなコンディションの下で選手たちが体力を消耗していく以上、彼ら(大会組織)は選手全員にこれだけは謝らなければならない。彼らが必死になって嘘をついていたことだ。

温暖な晴天の日が多く、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる理想的な気候となっています

これは、2020年の夏季オリンピック開催に向けた日本の公式提案からの引用だ。

温暖?理想的?ここ東京の7月で?

ロシアのテニス選手、アナスタシア・パブリウチェンコワは、土曜日、アーチェリー選手、ボランティア、関係者の誰もが気を失ってしまうような状況の中で競技を行ったが、「全然楽しくなかった」と語った。

日中の気温は90度(32°C)を超え、露点温度は70度台(21–26°C)半ばで、暑さ指数が3桁になるのは確実である。ここはトロピカルな場所だ。テニス、ビーチバレー、サイクリングなどの会場は、オープンで炎天下に曝されている。

セルビアのスター選手であるノバク・ジョコビッチは、「高温多湿の中でプレーするのは、とてもチャレンジングなことだ」と語った。「東京に来る前からわかっていたことで、非常に厳しい条件になると聞いていたし、予想もしていた。だが、それがどれほど難しいことなのか、実際ここに来て経験してみないとわからない」。

文字どおり、彼らは世界で最も優れたアスリートたちだ。彼らが難しいと言えば、難しいのだ。では、なぜ日本側はそうではないと主張したのか。そして、国際オリンピック委員会は、予想される状況について何らコメントすることなく招致を許可し、なぜ彼らの言葉をそのままにしておいたのか?

日本の提案書では、「提案された大会期間中の気象条件は妥当である」と約束していた。

どのアスリートも同じ状況に置かれているのだから、不公平だと言うのはおかしい。しかし、オリンピックに出場するために人生をかけてトレーニングしてきたのであれば、選手はパフォーマンスを悪くさせる状況ではなく、最適化された状況を期待するのではないだろうか。

日本はそれが嘘だと知っていた。彼らは実際ここに住んでいる。東京の真夏を「温暖」とか「理想的」と表現する住民は一人もいない。2014年、東京都が招致に成功した直後のジャパンタイムズのコラムでは、「いったいどうやったらうまくいくのだろう? 」と疑問を呈した。

「真夏のマニラ、バンコクジャカルタプノンペンシンガポールに行ったことがあるが、私の経験では東京は最悪」と著者のロバート・ホワイティングは書いている。「想像できる最悪の場所は、カリフォルニア州のデスバレーかアフリカの角でゲームを開催することです」。

2036年のデスバレー? IOCにそんなアイデアを与えないでほしい。

東京は世界最大の都市であり、都市圏人口は3,400万人を超えている。近代的で、親しみやすく、美しく、清潔だ。信じられないようなところだ。ただし、この時期を除いては。

そして、彼ら(招致委員会)はそれを知っていたが、とにかくそうではないと主張し、「アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる場所」を提供するとさえ自慢してきた。

東京で最後に夏季大会が開催されたのは1964年である。この大会はこのような状況を避けるために10月に開催された。それは理にかなっていた。

政府の発表によると、日本のいまは平均で3.6度(1.2°C)高い。95度(35°C)以上の日が年平均1日だったのが、12日になった。2018年と2020年には過去最高の106度(41°C)を記録し、その熱波による事例として何百人もの人が亡くなった。

これまでのところ、良いニュースとしては、そこまで悪くなっていないということである。

ウェザーチャンネルの嵐の専門家であるカール・パーカー氏は、「通常通りの仕事を行うことは非常に困難です」と述べている。「このレベルになると、アスリートたちは本当にエネルギッシュになり、汗をかき始めます。体は蒸発を利用して体を冷やそうとしますが、ほとんど効果がないため、さらに汗をかくことになります」。

現在、夏季大会は7月中旬から8月下旬にかけて開催されているが、これは世界中でテレビの視聴率が高くなるからだ。特に米国ではその傾向が強く、NBCNFLや大学フットボール、学校の始業式などとの競合を考える必要がない

IOCにとってお金が第一であることが、このような状況を作っている。1964年の時点では、アスリートの問題が重要だったかもしれないが、それは当時のことである。いまは数十億ドルという金の話だ。

そこで日本は、北ウィスコンシンを吹き抜ける柔らかな風のような、牧歌的な夏の日というイメージ戦略で招致活動を行った。そして、IOCはそれに気づかないふりをして、うなずいていた。

「虚偽広告に対する罰則があるとすれば、それは何だろう」とジャパンタイムズは10年近く前に言っていた。

それが何であれ、それをいま支払っているのはアスリートたちのように思える。

----------------------

筆者あとがき

パンデミック下で強行された東京オリンピックは何かと問題が多い大会です。とはいえ、海外メディアから指摘されているなかで、大会の電通支配(東京五輪を支える見えざる手)、ホロコーストジョークの演出家の辞任(東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上)、超国家主義の作曲家の曲の採用(東京五輪のオープニングを飾った悪名高き作曲家の曲)などは、選手達のパフォーマンス自身にはあまり関係ない話でしょう。

一方で、今回の記事のように、酷暑という条件は、感染症対策とともに、選手達のパフォーマンスに直接影響する大きな問題です。招致段階での大きな嘘が、実際に大会を開いてみて、大きな問題だったことがあらためて露呈したということになるでしょう。まさにその代償を選手達が支払っているというは言い当てています。

IOCの商業主義、それに迎合した大会の招致、それらを利用する政治家の思惑、そしてそのマインドから行なわれるオリンピックは、もはやホスト国の人々の健康やアスリートのベストパフォーマンスさえも蹴散らすような、彼ら自身の強欲を満たすお祭りと化しているのではないでしょうか。

そしてテレビは、パンデミック下であることを忘れるかのように、ただただ歓喜と感動の物語としてオリンピックを垂れ流し、視聴者はありがたくそれをお裾分けしたもらい、オリンピックという無料商品を消費しているだけなのでしょう。その代償は、パンデミック下においては、少なからず視聴者にも降り掛かってくるかもしれません。

2021.07.27更新

「温暖な晴天の日が多く、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる理想的な気候..」とウソをついた当事者のツイッターのコメントをスクショで載せておきます。

f:id:rplroseus:20210728110440j:plain

引用記事

[1] Wetzel, D.: Japan's Olympic organizers lied about its weather, and now athletes are paying the price. 2021.07.26. https://sports.yahoo.com/japan-lied-about-the-weather-and-now-olympians-are-paying-the-price-010612634.html

[2] Naughton, P.: ‘Mild and sunny’: The weather lies Tokyo told to win these games. Daily Beast 2021.07.26. https://www.thedailybeast.com/mild-and-sunny-did-tokyo-olympic-bid-committee-lie-about-its-weather-to-win-right-to-host-games

引用したブログ記事

2021年7月 東京五輪のオープニングを飾った悪名高き作曲家の曲

2021年7月 東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上

2021年7月 東京五輪を支える見えざる手

                        

カテゴリー:社会・時事問題

 

東京五輪のオープニングを飾った悪名高き作曲家の曲

昨日の東京オリンピックの開会式では、ビックリすることが起こりました。噂されてはいましたが [1] 、選手の入場行進のオープニングで「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)のテーマ曲が流れたからです。なぜ驚いたかと言えば、この曲の作曲者は反LGBTQ超国家主義者として知られているすぎやまこういち氏だからであり、この不祥事続きのなかの出来事だったからです。

国内外のメディアは、早速、一連の不祥事の延長とも思えるこの開会式の出来事を批判的に伝えています [2, 3]。とは言っても、大手新聞やテレビは私が知る限りは無視を決め込んでいるように思えます。

そこでこのブログでは、米国のリベラル系ニュースサイトであるデイリー・ビースト(The Daily Beast)が掲載した「東京オリンピックのオープニングを飾った、悪名高き日本人作曲家の曲」(A notoriously hateful Japanese composer’s music just opened the Tokyo Olympics)という題目のウェブ記事 [3] を紹介したいと思います。以下に私が訳した全文を記します。

f:id:rplroseus:20210725001831j:plain

筆者全訳

-------------------

組織委員会は、多くの警告を受けていたにもかかわらず、強烈な同性愛排斥者で超国家主義者の歌をオリンピックのオープニングに使用するという、またしてもトンチンカンなことをやらかした。

世界の多様性と調和を称えるはずの2020年東京オリンピックパラリンピックは、スキャンダルとCOVID-19に悩まされてきた。外国人排斥、差別、残酷さを象徴するようになり、金曜(7月23日)の夜には、加えて、同性愛排斥・歴史修正主義を見ることができる。

日本の平和主義者である天皇陛下皇后陛下である雅子様が開会式を欠席したかったのは当然のことである。天皇は1ヶ月前にこっそりと、大会が日本にとってよくないかもしれないという懸念を口にしていたが、その最悪の懸念が現実のものとなった。

今夜のオープニングでは、組織委員会は、きわめて悪い状況を生むという警告にもかかわらず、同性愛排斥の超国家主義者として知られる日本人作曲家、すぎやまこういちの音楽を使用した。

すぎやまこういち氏は、ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽で知られる作曲家だが、過激な思想の持ち主としても知られている。自民党杉田水脈氏のようなLGBTQバッシングをする人と仕事を共にしたことがある。1930年代後半の日本軍による南京大虐殺を否定している。日帝の性奴隷として働いていた朝鮮人女性は、実は幸せな売春婦だったと発言している。彼は男女の平等を信じないミソジニストであり、子供たちに同性愛について教えるべきだとは思わないし、LGBTQの人々が "子供を生まない "として政府の支援を受けるべきだとも思わない、という同性愛排斥主義者である。

彼はまた、保守的なテレビ局の番組では、杉田氏と一緒に人種や民族の違いを笑いのネタにしていた。また、杉田氏は、安倍晋三(元)首相の伝記作家にレイプされたとされるジャーナリストの伊藤詩織さんを揶揄している。すぎやま氏はおかしな付き合いをしているものだ。

多くの人は、アーティストとその芸術を切り離すことができると主張するかもしれない。しかし、多様性を祝福するはずの大会において、それに声高に反対する人の音楽を使う正気の人がいるだろうか? 確実に、日本の戦争犯罪についての彼の発言は、調和を生み出すものとは言えない。

午後8時38分、「ドラゴンクエスト」のテーマに乗って新国立競技場にオリンピック第1号選手が入場すると、お馴染みだが"おぞましい"曲のイントロがテレビを通じて世界中に鳴り響いた。

日刊スポーツは、開会式に向けた競技場の準備状況を取材した際に、すぐにこの曲を確認した。JOC組織委員会が、2度にわたるクリエーターの不祥事の傷跡を癒すなか、日刊スポーツの記者は、オリンピック関係者にこの曲について尋ねた。

スタッフは「入場練習をカモフラージュするために、ダミーの曲を使うことがあります」と答えた。

それはウソだった。

2020年の東京オリンピックの人材採用・審査の担当者は、この数日間、見事に失敗している。この開会式は、始まる前から大失敗だった。先週だけでも、事態は最悪の方向に向かっている。

月曜日(7月19日)、オリンピック開会式の作曲家である小山田圭吾氏が、少年時代に障害を持つ仲間への性的暴行、傷害、殺人未遂をおもしろがりながら語っている雑誌のインタビュー記事が再浮上し、辞任した。

その2日後には、開会式の音楽監督を務めた小林賢太郎氏が、ホロコーストを「ユダヤ人を虐殺するゲーム」と表現したことが、コメディーパフォーマンスの古い映像に残っていたことが表面化し、辞任した。

サイモン・ウィーゼンタール委員会の副学部長であり、グローバル・ソーシャル・アクション・ディレクターでもあるラビ・エイブラハム・クーパー(Rabbi Abraham Cooper)氏は、ナチス強制収容所でも障害者を殺害しており、その殺害を冗談で表現することは、特にこの大会においては非常に不適切であると指摘した。

パラリンピックは障害者を祝福するものであり、障害者を侮辱するものではない。それだけでなく、ナチスは同性愛者も殺害した。東京2020オリンピックの秘密のテーマは、ナチスドイツ1936年のベルリンオリンピックへの頌歌(捧げる歌)なのだろうか? 誰か国際オリンピック委員会に訊いてみてほしい。

東京2020組織委員会は、野党のリーダーや一般市民が、すぎやま氏の極右的な意見をつかみ始めていることを知っていた。木曜日(7月22日)には、ツイッターの投稿やニュースは、この曲が今週の恥の上塗りになるのではないかという世間の不安を予感させた。おそらく、入場曲を変えるにはあまりにも遅すぎたのだろうか? JOC組織委員会)は、懐かしいビートに合わせて整然と行進する練習をしている選手たちに公平ではないと考えたのかもしれない。

日中戦争で日本帝国軍に殺された中国・南京の10~30万人の民間人や降伏兵、そしてその過程でレイプされ、体を切り刻まれ、殺された2万人の女性や少女の記憶に、同じ配慮がなされなかったのは恥ずべきことだ。日本が東アジアや東南アジアを占領していた時に、「慰安婦」として性的奴隷にされた何千人もの民間人女性や少女は一体何なのか?

慰安婦問題の解決と教育のための行動(The Comfort Women Action for Redress and Education )は、すぎやま氏の曲が使用されたことに対し、Twitterで次のように反論した。「オリンピックは「友情、尊敬、卓越」の象徴であると主張している。すぎやま氏は、戦時中にレイプの被害に遭った若い女性や子供たちを否定し、見下しており、これらの原則に反する。他の多くの日本のアーティストの方が、もっと良い人間性を表現することができます」

東京2020オリンピックは、日本の良いところをすべて見せてくれるはずだった。しかし、不注意、貪欲、無能さが露呈したことで、日本が基本的な人権や寛容さ、常識を理解していない骨抜きのエリートによって牛耳られていることが明らかにされ続けている。オリンピック招致に(数百万ドルの賄賂も使って)成功したことに協力した安倍(元)首相は、かつて日本のソフトパワー(文化的資産)を「クールジャパン」として押し出そうとした。今回のオリンピックでは、"クールジャパン "は完全に死んでしまい、"残酷な日本 "しか残っていないことを証明しているように思える。

次は何が起こるかわからない。

組織委員会は「前進」と「感動の一体化」をテーマに開会式を行ったが、反LGBTQの歴史修正主義者が指揮を執り、600万人のユダヤ人を虐殺することに笑いを見出したコメディアンや劇団員が演出し、障害者の同級生を辱めたり拷問したりすることに喜びを感じた作曲家がいた。オリンピックの理念である包容性と世界平和はもうこれまでだ。

-------------------

筆者あとがき

上記のように、デイリー・ビーストの記事はかなり過激で批判的です。ドラクエの曲からその作曲者であるすぎやま氏の思想・信条に言及し、それを旧日本軍やナチスが犯した蛮行へと投影させています。「東京2020オリンピックの秘密のテーマは、ナチスドイツのベルリンオリンピックへの頌歌なのだろうか?」とまで言っています。

ナチスへの頌歌というところまでいくと、さすがにこれは飛躍し過ぎとは思いますが、そう思わせるほど、大会組織委員会の人種とジェンダーの多様性、人権、人道に対する鈍感さやいい加減さの問題が根底にあるということでしょう。そうでなければ、これほど不祥事が出てくるということはありません。

ドラクエも含めて、普段は一般大衆、個人レベルの娯楽として消費物であっても、オリンピックのような建前上でも崇高な理念を掲げている世界的イベント(もはや世界へ向けた外交と化している存在)の前では、その採用にあたっては世界の歴史観や価値観に耐えうるようなものでなければならないということでしょう。

デイリー・ビーストは「日本が基本的な人権や寛容さ、常識を理解していない骨抜きのエリートによって運営されている」と言っていますが、これは先のブログ記事で紹介したニューヨーク・タイムズの記事(→東京五輪を支える見えざる手)に通じるところがあります。日本の政治、社会に横たわっている構造的問題です。

すぎやま氏は自身の公式ホームページで、「LGBTとそれにまつわる問題は、人類の歴史の最初からあったことでしょう。人々の性に対する考え方、感じ方は文字通り10人10色だと思っています。この問題は、あくまでそれぞれの個人の問題であり、他人がとやかく言うものではないでしょう。ただ、LGBTである事で理不尽に差別されるのは是正されなければならないと思います。そのために政治や行政の力が必要になる場面もあるかもしれませんね」と述べています。

しかし、これで彼の思想・信条が変わったとはとても思えません。なぜなら、反LGBTQの杉田水脈氏の発言を「正論」だと肯定したこと [1] を撤回する声明はこれまで出されたことはなく、彼のHPの文脈からは撤回をほのめかすような意図も感じられないからです。何よりも、LGBT法案成立阻止を是とする国家基本問題研究所 [4]評議員をすぎやま氏は務めています。

海外メディアによる東京大会に横たわるさまざまな問題について批判的な記事が出てくると、国際的に東京大会がどのように見られているかということがよくわかります。広告代理店に支配された日本のメディアでは、このような記事はとても書けないのでしょうね。

愚民政策と言われる3S(sports, screen, sex)政策のなかで、オリンピックは二つの要素(スポートと映像)をもっています。開会式は、ゲーム世代を虜にする音楽も含めて、まさしく視聴者の思考を停止させるのに十分な効果をもったのかもしれません。これからのテレビから流れる"感動"の競技、スポーツも、東京オリンピックに批判的な見解を持っていた人さえ、取り込んでしまう媚薬効果を発揮するのかもしれません。

引用記事

[1] Buisiness Journal: 開会式『ドラクエ』曲?報道…作曲者すぎやま氏、過去に「同性愛から子ども生まれない。決定的」発言. 2021.07.23. https://biz-journal.jp/2021/07/post_239947.html

[2] 日刊ゲンダイ:東京五輪入場行進にドラクエのテーマが…作曲家は”安倍応援団” 過去にはLGBT巡り物議醸す発言. 2021,07.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/9fd9526d43e5bf636e1258409a1ad45f9501edda

[3] Adelstein, J. & Kai, C.: A notoriously hateful Japanese composer’s music just opened the Tokyo Olympics. Daily Beast 2021.07.23. https://www.thedailybeast.com/music-of-koichi-sugiyama-the-notoriously-hateful-japanese-composer-opens-tokyo-olympics-in-latest-gaffe

[4] 公益財団法人国家基本問題研究所: LGBT法案の成立を阻止せよ 有元隆志(産経新聞月刊「正論」発行人). 2021.05.24. https://jinf.jp/feedback/archives/34284

引用したブログ記事

2021年7月21日 東京五輪を支える見えざる手

              

カテゴリー:社会・時事問題

 

東京五輪で露呈したホロコーストジョークの炎上

2021.07.23: 13:14 更新

今回の東京オリパラ大会は、パンデミックという危難に直面し、1年延期したにもかかわらず第5波流行の中での開催という難しい状況になり、さらに開会直前になって、立て続けのスキャンダルに見舞われています。

東京大会に関わるこれらの問題について、国内外のメディアはこぞって大々的に報道を続けていますが、海外の方がより客観的な内容で報道しているように思えます(図1)。

f:id:rplroseus:20210723131216j:plain

図1. 日本のテレビが伝える東京大会の問題に関する海外の報道(2021.07.23. TBS 「ひるおび」より).

今朝の新聞各紙の五輪に関する社説を見ましたが、問題を表面的になぞって批判しながらも、「大会の成功を祈る」的な論調が多いです。一方で海外のメディアはより厳しい目で東京大会を捉えており、日本の歴史的な背景や社会に横たわる構造的問題にまで踏み込んで、記事を発信しています。

その一つが、一昨日(7月21日)、ニューヨーク・タイムズ紙が掲載した東京五輪と広告会社電通との関係についての記事であり、このブログでも紹介しました(→東京五輪を支える見えざる手)。

今日は、米国ワシントン・ポスト紙が、”Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say"というタイトルで、今回の小林賢太郎氏解任に関わる五輪スキャンダルを掲載しています [1]。そこで、このブログ記事でその内容を全訳で紹介したいと思います。

以下、筆者による全訳

---------------------

20年以上前の反ユダヤ主義的なジョークが原因で、東京五輪の運営に関わった人物がまたもや解任された。多くの人が差別を無害なものとして感じている日本において、オリンピックが不快な事実を露呈させた最新の事件である。

東京大会は「Unity in Diversity(多様性の中の統一)」というスローガンを掲げており、一方のオリンピック憲章には、あらゆる差別との戦いについて少なくとも6つの項目が盛り込まれている。

そのため、組織委員会は、木曜日、開会式のディレクターである小林賢太郎氏を、大会開催のわずか1日前に解雇せざるを得なくなったという大きな困惑の下にあった。

組織委員会は、日本の伝統的な礼儀正しさやおもてなしの心、犯罪率の低さ、清潔で整然とした街並みなど、日本の優れた点の多くがオリンピックで強調されることを期待していた。しかし、ほとんど男性と高齢者のエリート層で占められている組織メンバーが、大衆の反感を買うような見解を持ち続けていることを、この大会は露呈させた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch、ニューヨーク)のグローバル・イニシアチブ・ディレクターであるミンキー・ワーデン(Minky Worden)氏はメールで次のように述べている。「指摘しなければならないこととして、このような男性リーダーたちの状況は、世界の注目を浴びることなく、あるいはオリンピックの聖火の炎を浴びることもなく、そのような彼らの態度や行動として日本社会で受け入れられていることを表しているということだ」。

組織委員会の前会長である森喜朗氏の「会議で女性がしゃべりすぎていると感じる」という発言から、開会式のクリエイティブディレクターである佐々木宏氏の「オリンピグ」に扮した太った女性の登場提案、そして作曲家の小山田圭吾氏による障害を持つ同級生へのいじめの暴露まで、公表、解雇、謝罪が相次いでいる。

これまでの日本では、このような発言は軽視されていたかもしれない。麻生太郎副総理は、2017年にヒトラーを称賛し、その2年後には日本の少子化を女性のせいにした。どちらの場合も、彼は発言を撤回し、仕事を続けている。

しかし、パンデミックの影響で1年遅れで開催されるオリンピックの準備に世界の注目が集まっているなかで、最近のこれらの論争は、すぐにではないものの、辞任という形に追い込むことになった。

それぞれの問題の前には、ソーシャルメディアでの怒りの嵐があった。その多くは、公式の謝罪が不十分だと感じた日本の若年層が主導したものであり、さらに、世界のメディアからの激しい注目と、オリンピックがもたらす監視とが組み合わさった結果である。

これまでのオリンピックでも論争や汚職のスキャンダルはあったが、東京大会での幹部スタッフ・関係者の入れ替わりは他に類を見ないものだった。

今、支持者が言うことは、日本の文化に永続的な変化をもたらすことができるかどうか、という難しい問題が待ち受けているということだ。

「ここからどうやって前進していくのでしょう? 結局のところ、オリンピックは一瞬の出来事なのです」と、マーク・ブックマン(Mark Bookman)は述べる。彼は、障がい者支援者であり、東京の大学の博士研究員として障がい者政策と活動の歴史を研究している。「大会そのものだけではなく、そのあとの波及効果も重要です。この大会のレガシーは何なのでしょう?」と話した。

今回のスキャンダルは、コメディアン、映画監督、漫画家として活躍する小林氏がホロコーストに言及したジョークを言っている動画が浮上したことから始まった。

小林氏ともう一人の芸人が、紙のバットとボールを使って野球の試合をするという演出を提案した。もう1人の芸人は、切り絵の人型を集めるためにステージの片隅に駆け寄ったと思われるが、ここで小林氏が言った。「ああ、あの時から『ホロコーストごっこをしよう』と言っていたんですね」。

サイモン・ウィーゼンタール・センターSimon Wiesenthal Center)は、このジョークが悪意に満ちた反ユダヤ的なものであるとし、さらに、小林氏が障害者に対して不快な発言をしていたというメディアの報道を引用した。

センターの副学部長兼グローバル・ソーシャル・アクション・ディレクターのラビ・アブラハム・クーパーAbraham Cooper)氏は、声明の中で「どんなにクリエイティブな人でも、ナチスの大虐殺の犠牲者をあざ笑う権利はありません」と述べた。そして「この人物が東京オリンピックに関わることは、600万人のユダヤ人の記憶を侮辱し、パラリンピックを残酷に嘲笑することになります」と述べた。

茂木敏充外務大臣は、小林氏の発言について、「文脈や状況にかかわらず、深く攻撃的であり、容認できません。また、このような発言は、オリンピック・パラリンピックが目指す一体感という価値観や、誰もが調和して暮らせる社会を実現するという我々の目標に完全に反するものです」と述べた。

「日本政府としては、2020年の東京大会がオリンピック・パラリンピック精神を真に表現するものとなるよう、引き続き全力で取り組んでまいります」と茂木大臣は述べている。

セレモニーのすべての要素を統括することになっていた小林氏は、謝罪の声明を発表し、橋本聖子東京2020会長がその声明を読み上げて、更迭を発表した。

「振り返ってみると、人々に笑顔を届けることができず、だからこそ深く考えていなかった」、「しかし、実際には史実をバカにしていたわけで、その後、後悔しています」という彼の言葉が引用されている。

しかし、ワーデン氏(上記)は、一連のスキャンダルは、世界経済フォーラムが発表した最新のジェンダーギャップランキングで120位と、主要先進7カ国の中で最悪の位置にあるこの国の、より深い側面を反映したものだと述べている。

5月、自民党は、性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入を、自民党議員の反対により断念した。保守派の議員の中には、党の会合で、LGBTは「種の保存」に反すると発言した人もいたと報じられ、その無神経さが露呈した。

また、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)は、LGBTの子どもや人々、スポーツ選手に対するいじめの問題を広く取り上げてきた。

「これらのスキャンダルは『単発な出来事』や『悪いリンゴ』ではなく、国に人権を守る基本的なシステムがないことの結果です」、「アジアでは一般的ですが、国の人権機関や委員会はありません」とワーデン氏は書いている。

とはいえ、活動家の中には、近年の日本には進歩の兆しがあり、悪いニュースが続く中で希望の光を見出す人もいる。

障害者政策の歴史家であるブックマン(Bookman)氏は、日本の障害者に対する理解や対応は変化しているが、意識やリソースの面ではまだギャップがあると述べている。

「このような問題は、オリンピックのように、変革を促す何らかの力を持っていたとしても、それがあまりにも早すぎた場合には、顕在化します」とブックマン氏は話す。「これらの問題意識や過去の問題の再燃という点では、一方では......失敗が明るみに出てしまっているということです。しかし、それは必ずしも悪いことではありません」と彼は言う。

さらにブックマン氏は「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドであり、私たちはそれを最後のフロンティアと呼んでいます」、「LGBTQコミュニティに対する多くの差別や偏見が起こっています」と述べている。そして彼は、いろいろな不祥事があっても、東京大会が社会にとって多様性と包容性を知るための強力なエージェントになることに期待を寄せた。

---------------------

筆者あとがき

今回のワシントン・ポストの記事は、東京大会のスキャンダルの背景には、日本社会に長年にわたって横たわる、人権、ジェンダー、差別に対する低い問題意識や人道主義、政治の後進性があることを指摘しているように思えます。それは、記事がわざわざ取り上げている、日本の男性上位社会、ジェンダーギャップランキングで120位、自民党による性的指向や性別による差別を禁止する法律の導入断念、などに表されています。

先のブログ記事でも紹介した「自民党電通がセットになった日本社会の支配」の問題も考え合わせると(→東京五輪を支える見えざる手)、旧態依然の政治体制と社会の意識の問題が、東京大会で露呈したということになるでしょう。

今回の小林賢太郎氏解任の後、開会式をどうするかについて、出席理事全員が開会式中止化か簡素化に賛同したということですが、組織委員会はその要望を聞かず、計画どおりの演出で開会式を行うようです。それについて私は以下のようにツイートしました。

IOCNBC、大会組織委員会などのスークホルダー間の意識の問題はあるとしても、民主的で真っ当な意見を反映させることができない、世界標準からズレた組織委員会の独善性と後進性は根深いと思います。まさに今の菅政権と自民党政治の相似形がそこにあるようです。

そして、「スポーツの場は(LGBTQコミュニティにとって)最も困難なフィールドである」というブックマン氏の言葉にはあらためてハッとさせられます。多様性を宣っている東京オリパラそのものが、実はLGBTQという性質を排除しているという現実があります。これはLGBTQを公言して参加する選手は多数いるものの、男女どちらかにソートされ、かつ差別的傾向があるということです。たとえば、世界的には、男性から女性に転換した選手を排除しようという動きもアスリート自身にあります。

引用記事

[1] Denyer, S. & Lee, M. Y. H.: Firing over Holocaust joke latest scandal exposing Japan’s elite, critics say. The Washington Post. 2021.07.23. https://www.washingtonpost.com/sports/olympics/2021/07/22/kentaro-kobaysahi-fired-tokyo-olympics-opening-ceremonies/

引用したブログ記事

2021年7月21日 東京五輪を支える見えざる手

              

カテゴリー:社会・時事問題

 

東京五輪を支える見えざる手

米国のニューヨーク・タイムズ紙は、7月20日、「東京五輪を支える見えざる手」"The invisible hand behind the Tokyo Olympic"と題した記事を掲載しました [1]。見えざる手とは日本の広告会社電通のことです。

記事の冒頭に「電通は、日本の主要な機関に深く食い込む広告会社であり、今年の大会で日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックはその計画を台無しにしてしまった」と書かれています。このブログでは、こので記事の筆者による全翻訳を載せたいと思います。

f:id:rplroseus:20210721151411j:plain

以下、筆者による全訳です。

--------------------

電通は、東京五輪の公式スポンサーではない。今週を待ち望んでいる何百万人もの視聴者には見えないままの存在だ。しかし、電通がなければ、東京大会は実現しなかった。

オリンピックの幕引きをしているのは、日本では神話的レベルの権力と影響力を持つ広告界の巨人、電通である。

電通は、世界第3位の経済大国の門番として、国際的なスポーツ界でも大きな存在となっている。東京五輪の招致に重要な役割を果たした後、オリンピックの独占広告パートナーに選ばれ、日本のスポンサーから36億ドルという記録的な金額を手に入れた。

電通は、オリンピックのマーケット利益をほぼ完全に掌握しており、今年のオリンピックでは日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックの影響でオリンピックは大混乱に陥り、いつもトップを取ることに慣れていた電通は不慣れな状況に立たされることになった。

莫大な利益を期待していた電通の期待は裏切られた。オリンピック前の数ヶ月間にスポンサーが行う広告キャンペーンやプロモーションイベントが、中止されたり、縮小されたりして、電通はスポーツの祭典で最も儲かる部分の一つを奪われてしまったと分析されている。

そして、オリンピックが始まろうとしている今、電通の最大のクライアントのいくつかは手を引き始めている。トップスポンサーであるトヨタは、月曜日、オリンピックをテーマにしたテレビ広告を大会期間中に日本で行なわないと発表した。これは、イベントを主催する企業に対する世間の反発を懸念してのことである。

オリンピックの広告キャンペーンを継続するクライアントのためにどうすべきか、電通はメッセージコントロールのための重大なテストに直面している。世論調査では、国民の約80%がオリンピック開催に反対しており、東京は非常事態の中での開催となる。

今、どのようなメッセージを発信するのか。電通のスポーツマーケティング部門のベテランで、現在は桜美林大学(東京)の客員教授経営学)を務める海老塚修氏は、「これは本当に難しい問題で、スポンサーは間違いなく悩んでいます」と語る。

電通は、オリンピックに対するクライアントのアプローチをどのように形作っていくのか、という質問に対して、「スポンサーではない」ので、「コメントする立場にない」と答えている。

困難な状況にあっても、電通は日本で比類のない力を持つ存在だ。電通は国内最大のマーケティング会社であり、日本の膨大な広告予算の約28%を握る

電通は1901年に通信社としてスタートしたが、やがてコンテンツを広告としてパッケージ化した方が収益性が高いことに気づいた。第二次世界大戦前には、国営の通信社に統合され、日本帝国陸軍プロパガンダを流していた。

米国の占領下で、電通は広告代理店の電通と、日本の二大通信社である共同通信社時事通信社の三つに分かれた。それ以来、電通は日本のほぼすべての主要機関に深く根を下ろしている。多くの企業やメディアとのつながりに加えて、75年以上にわたってほぼ連続して政権を握ってきた自民党の非公式な広報部門としても機能してきた。

陰謀論者の間では、電通は「日本のCIA」としばしば呼ばれるが、それは、その広大なネットワークを駆使して情報を収集し、国の運命を左右する操り人形の担い手のような存在だからだ。

ライバル社である博報堂を経て、電通についての記事を書き始めた作家の本間龍氏は、この比較は想像にすぎないと言う。しかし、電通は間違いなく、日本株式会社にとって必要不可欠な存在である。

電通は国のフィクサーであり、どんなに困難なことでもやり遂げるという世評がある。長年にわたり、「悪魔の十戒」と形容される冷酷な労働倫理主義で知られ、社員には「死んでも仕事を手放すな」と指示してきた。

電通のクライアントは日本の企業の顔であり、世界のトップ広告主100社のうち95社が電通のクライアントであると言われている。電通は、東京の一流大学から社員を採用し、政治家や有名人、業界の大物の子息を好むと言われている。

日本以外の広告会社の多くは、特定の業界の1社のみを担当することで利益相反を回避しているが、日本の広告会社はしばしばそうではない。電通は、同じ業界の競合企業を担当することが多く、それが電通が幅を効かしていることでもある

電通は、コミュニケーションに関わるほぼすべてのサービスを提供している。電通の広告担当者は、電通が監督するCMを売り込むが、それは電通が担当する俳優を起用し、電通が広告販売を担当するテレビ局に売り込むというやり方である。

同社は、広告を販売する前に、放送時間をすべて買い取ってしまう。テレビ広告に対する同社の支配力は非常に強く、公正取引委員会から2度にわたって警告を受けている。

電通は、放送局や印刷会社などの伝統的なメディアに大きな影響力を持っている。そのため、彼らは広告費を失うことを恐れて、電通やそのクライアントを怒らせることを嫌がる。

電通によるテレビの支配は、もはや日本の政治家にとって電通が必要不可欠なパートナーということである。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で、安倍晋三首相に任天堂のゲームソフト「マリオ」のキャラクターに扮して登場するように説得したのも電通であり、この任天堂電通のクライアントである。

スポーツは長い間、電通のビジネスの重要な位置を占めてきた。電通は、国際的なスポーツイベントがクライアントの海外での知名度を高め、新たな市場への参入に役立つことをいち早く認識した広告代理店のひとつだったと、国際オリンピック委員会マーケティング部門を長年にわたって率いてきたマイケル・ペイン氏は話している。

電通は、日本の広告費の窓口としての役割を活かし、世界の陸上競技や水泳の財政に欠かせない存在となった一方で、サッカーの統括団体であるFIFAメジャーリーグ野球などとも強い関係を築いてきた。

オリンピックとの関わりは、電通が広報を担当していた1964年の東京大会にさかのぼる。当時のオリンピックはまだ商業化されておらず、電通の役割は、電通の地位と政治的影響力を示すということだった。

しかし、1984年にロサンゼルスオリンピックが初めて全額民間資金で開催されたとき、電通は急いでクライアント企業を参入させた。日本で2回目のオリンピックである、1998-冬季オリンピックが長野で開催されたときも、電通は招致活動を主導した。そして、東京が2016年の夏季オリンピックに立候補することを決めたときも、電通は当然のように選ばれた。

東京は、電通が主導した招致活動の際に、マズいやり方で法外な予算を使ったと広く批判され、リオデジャネイロに敗れた。しかし、当時の政府のヒアリングによると、電通は東京都の招致委員会の支出の約87%を手に入れた。

電通の2016年の業績に対する懸念は、2020年の招致活動で電通が重要な役割を果たすことを妨げるものではなかったと、プレゼンテーションの進行役として招かれたコンサルタントのニック・ヴァーレイ(Nick Varley)氏は話した。

招致委員会は、ヴァーレイ氏に、電通は関与しないと断言していたという。しかし、契約書を受け取ったとき、それが電通との契約であることに彼は驚かされた。少なくとも表面上は、電通が後方支援を行い、国内でのキャンペーンを担当していたと、ヴァーレイ氏は語った。

しかし、その裏では、状況はより不透明なものになっていたようだ。

フランス当局は、2020年の東京招致活動をめぐる汚職疑惑を何年もかけて調査してきた。その疑惑の中には、電通の有力な元社員が、結果に影響するような、電通と長年のつながりを持つ人々にロビー活動を行ったという役割も含まれている。

このスキャンダルにより、東京オリンピック委員会の委員長が辞任した。電通は、この問題には一切関与していないと述べている。

大会の勝敗にかかわらず、電通は莫大な利益を得ることができた。東京五輪委員会は、1年以内に電通マーケティング・パートナーに指名した。競合他社が「当然の結果」と評した入札プロセスを経てのことだった。

電通が最初に行ったのは、商品カテゴリーごとに1社しか代表になれないという慣習をなくすことだった。これまでの大会では、例えば銀行や航空会社が1社しかスポンサーになっていなかったが、東京2020大会ではそれぞれ2社がスポンサーになっている。これにより、電通は人脈を駆使して、70社近い国内企業を説得し、30億円以上の協賛金を支払ってもらうことができた。

スポーツコンサルタントで元国際オリンピック委員会役員のテレンス・バーンズ(Terrence Burns)氏は、「東京大会は、我々業界人の間ではさりげなく「電通大」と呼ばれてきたが、これは決して蔑称ではない、と述べている。

「日本でスポーツ・マーケティング・ビジネスをするなら、正直なところ、(電通は)最初で最後の砦のようなものだ。彼らは多くのカードを握っている」と付け加えた。

電通は勝利を必要としていた。一方で、デジタルメディアの台頭への対応に苦慮していた。巨額の過大請求を伴うスキャンダルや、過重労働文化に関連した自殺によってダメージを受けていた。また、新型コロナウイルスが発生する前から、同社は損失を計上し始めていた。

しかし、パンデミックの発生により、電通のオリンピックへの賭けは失敗に終わったのである。電通への正確な経済的影響はまだ不明だが、元役員の海老塚氏は「苦しんでいることは間違いない」と話す。

今のところ、電通にできることは、クライアントがこの不透明な状況を乗り切れるよう、最善を尽くすことだけだと海老塚氏は言う。

電通ができることといえば、クライアントのために最善を尽くすこと。そして「未来に向かって、一緒にパンデミックを乗り越えていきましょう」と彼は言う。

--------------------

筆者あとがき

今回のニューヨークタイムズの記事ですが、電通とはどういう会社か、そしてオリンピックにどのように関わっているかを簡単に知るのに格好の内容だといます。一方で、この会社に支配されている日本のメディアは、なかなかこのような記事は書けないのではないでしょうか。

パンデミックということがなければ、東京五輪はすんなりと開催され、日本中で盛り上がり、電通のことなど話題にならなかったかもしれません。一方で、危難時ほど、その国の体制の矛盾や欠陥が露呈しやすいものです。記事にあるように、ほぼ自民党1党と電通がセットになった戦後独占支配の問題点が、はからずしもパンデミック下の五輪強行開催で一気にあからさまになったと言えるのではないでしょうか。

電通のマインドで進められてきた東京五輪の活動が、おそらく大会組織委員会のマインドにまで影響し、人権や差別等に関する世界の常識や商業主義の問題に対してきわめて鈍感になっていたことが、当初の招致活動時や最近の関係者辞任に至るプロセスの各所に見ることができるようです。そして、電通の息がかかった今回の大会も、裏では怪しげな金に絡む欲望がうごめいていることを予感させるものです。

引用記事

[1] Dooley, B. & Ueno, H.: The Invisible Hand Behind the Tokyo Olympics. The New York Times July 20, 2021. https://www.nytimes.com/2021/07/20/business/tokyo-olympics-dentsu.html

               

カテゴリー: 社会・時事問題

シミュレーションによる感染予測はなぜ外れるか

はじめに

シミュレーションとは、科学や工学の分野で言う場合は、ある事象を説明するのに、その場面を再現したモデルを用いて分析することです。モデル式およびさまざまなパラメータ(変数)の条件設定に基づいてコンピューターで計算し、実測データと照らし合わせることによって、そのモデルの正否を評価します。

実測が難しい未来の事象の予測については、シミュレーションがよく使われます。新型コロナウイルス感染症COVID-19)の流行予測にもしばしば使われています。シミュレーションによる感染予測はよく当たらないと言いますが、いままさにそんな感じです。

なぜ、当たらないかと言えば、人と人との接触によって伝搬する病原体の感染症の流行については、人の属性や行動生態による伝播の異質性 [1](→感染症と集団免疫)があり、対策の有無などにも強く依存するため、簡単な流行モデルでは説明が難しいからです。また、しばしば「こうなってほしい」あるいは「こうなってほしくない」という恣意的な操作が加わる場合があり、平行して大小さまざまな対策が進行していると、ますます複雑になり、予測は外れていきます。

理論疫学の専門家である西浦博教授(京都大学大学院医学研究科)は、BuzzFeed岩永直子氏のインタビューにおいて「あまり予測通りになってほしいとは思っていないのです」、「僕はSNSでも「西浦外れたな」とよく言われるのですが、外れてなんぼのおじさんです」と答えています [2]。これは「こうなってほしくないということでシミュレーションを出して問題提起されていますからね」という、岩永氏の誘導質問に対しての言葉です。

しかし、このやりとりは、冗談にしろ(?)、いささかいい訳じみていますし、少なくとも理論疫学の専門家が言うべきことではないと思います。「こうなってほしくない」というシミュレーションならば、「こうなるべき」といういくつかのオプションも同時に示すべきでしょう。

1. 筆者および大会組織委員会(三菱総研)の予測

約一ヶ月前になりますが、6月13日のブログ記事で、私はこの夏がデルタ(L452R)変異ウイルスの感染拡大とともにある感染五輪になることを予測しました(→感染五輪の様相を呈してきた)。ちょっと考えれば、誰だってそのような予測に至ると思います。その記事で、五輪大会組織員会が三菱総研に依頼した公表した感染予測シミュレーションの報道 [3] を引用しながら、私の感染予測も紹介しました。あらためてそれを並べながら図示して掲げます(図1)。

私の予測(茶色のライン)では、新規陽性者が1,000人に達する時期が7月15日頃であり、現時点(7月17日)までの、実際の東京の新規陽性者の報告数(水色のヒストグラム)ときわめて近似していることがわかると思います。一方で、三菱総研のシミュレーション結果(青色のライン)は、まったく現実とは異なる外れたものになっています。

f:id:rplroseus:20210717214320j:plain

図1. 東京都における2021年6月20日を起点とする新規陽性者数の推移の予測(青色および茶色のライン)と実際の推移(水色のヒストグラム、1週間の平均値):6月11日報道の三菱総研のシミュレーション(青色のライン)および6月13日に筆者が予測したパターン(茶色のライン)(東京新聞の報道 [3]および前のブログ記事(→感染五輪の様相を呈してきた)に基づいてリトレース).

ここで、私がなぜそのような予測をしたかを簡単に説明します。実は6月13日にブログをアップした直後に、なぜそのような予測になるのか、根拠を示せというツイッターのDMがいくつか届きました。そこで、その時に説明した内容を中心にあらためて示したいと思います。

私は、理論疫学の専門家でもシミュレーションの専門家でもない素人(専門は主に微生物学)ですが、今までの感染状況を注意深く見ていれば、素人でも判断できる範囲内の要素に基づいて予測することができると思います。

アルファ(N501Y)変異ウイルスの感染拡大が顕著だったのが、3月下旬から始まった第4波の感染流行です。この感染流行を参考にして、東京都において緊急事態宣言が解除された3月21日から、再発出された4月25日までの約1ヶ月間を、この予測のモデルとしました。この期間の新規陽性者数の1週間移動平均の増加率を計算すると、平均で121%になります。

そして従来株に対するアルファ変異体とデルタ変異体の感染力の強さはそれぞれ1.3倍および1.8倍です(→感染五輪の様相を呈してきた)。そうすると、この時期の東京の状況の条件下でのデルタ株の感染流行の1週間の増加率を想定すると、21×1.8/1.3 = 29%(アルファに比べて1.38倍の感染力)と計算できます。そこで、1週間の増加率を切りよく30%としました。

あと、6月13日時点における東京の新規感染者数の1週間の移動平均は約380人であり、底を打っている状態でした。そこで、前回の緊急事態宣言解除後と同様に、6月20日にそれが解除されると同時にリバウンドすると考え、6月20日の380人を起点に、1週間ごとに130%ずつ増加していくと想定しました。単純にこれだけです。

つまりこの予測は、緊急事態宣言解除時の都民の生態(自粛行動、自粛疲れ、人出と人流、緊急事態宣言に対する都民のマインド(慣れ)など)および変異体の広がりの状況を、最も時期的に近い春の流行状況に近似して想定しただけです。緊急事態宣言慣れと五輪大会突入ムードから、もはや宣言が発令されたとしても自粛による影響はそれほど見込めず、五輪大会開催中もそのまま新規感染者が伸びていくだろうという予測も入っています。

東京での第4波の感染流行をモデルとしてデルタ変異体による第5波に置き換え、起点のバックグランドを変えただけのきわめて簡単な素人の予測ですが(しかしながら現実的)、結果として現実の感染状況にきわめて類似したものになったわけです。

一方で、同時期の大会組織委員会と三菱総研のシミュレーションはどうでしょうか。どういう条件とモデル設定にしたらこのようになるのか?と思えるほど、考えられないようなラインになっています。オリンピック前に感染者が出ないような恣意的な条件設定にしたのではないかと思えるほど、現実離れした予測結果になっています。

大会組織委員会橋本聖子会長は記者会見で「数字は参考になる。この上で何ができるということを再度考える」と話していましたが [3]、この記者会見ためのシミュレーションというほかありません。

2. 国の専門家によるシミュレーション

6月中旬には、感染症学や疫学の専門家グループも感染者数と重症者数のシミュレーションを発表していますので、それを図2に示します。このシミュレーションは、京都大学の古瀬祐気特定准教授と東北大学、それに国立感染症研究所のグループが、6月16日に開かれた厚生労働省の専門家会合で示しました [4]

このシミュレーションはさまざまな条件設定を行なって予測されたものですが、ここでは、新規感染者数について、アルファ株と比べ、デルタ株の感染力1.2倍で、これから8週間かけて8割置き換わる(影響・小)という場合と、アルファ株と比べ、感染力1.5倍で、これから4週間かけて8割置き換わる(影響・大)という場合について、それぞれ緊急事態宣言が有り無しの場合の4つのパターンについて紹介します。

そうすると、デルタ変異体の影響が小さい場合(宣言解除後人流が10→15%増加)および大きい場合(宣言解除後人流が10→15%増加)の、新規陽性者数が1,000人に達する時期は、それぞれ7月23日頃(図2左)、7月5日頃(図2右)になると予測されました。そして緊急事態宣言が発出されると、そこから新規感染者数が減少していくと予測されています(図2下)。

f:id:rplroseus:20210718220339j:plain

図2. 専門家による東京都における新規陽性者数の推移のシミュレーション(資料 [4] からの転載).

このシミュレーションは現在の感染流行をかなり近似していると思われます。デルタ変異体の感染力をアルファ株の1.38倍とした私の予測はちょうど、図2右と左の間になるようなラインを描いています。

しかし、当該専門家による考察には以下のことが述べられており、都民の自粛疲れ、宣言慣れによる行動予測を見誤っているように思われます。

------------------
• デルタ株の影響が非常に大きい場合は、7月前半〜中旬にも緊急宣言の再発令が必要となる可能性がある(最も悲観的なシナリオ)。ただし、実際には感染報告者数がシミュレーションのように急増した場合には、宣言が発令される前の段階でも市民が自粛モードとなり、新規感染者数の鈍化が起こると考えられる。

------------------ 

3. メディアはどのように伝えたか

東京新聞は三菱総研のシミュレーションを報道し [3]NHKはこの国の専門家グループのシミュレーション結果をすぐに報道しました [5]。しかし、NHKが取り上げた絵は、図3のようにデルタ株の影響が少ない(宣言解除後人流が10%増加)とするパターンです。この場合だと、新規陽性者数が1,000人に達するのは、五輪で人流が5%増しになったとしても8月1日頃になります。つまり実際とはかなり外れたシミュレーションになります。

f:id:rplroseus:20210718210050j:plain 図2. NHKが伝えた専門家による東京都における新規陽性者数の推移のシミュレーション [5].

三菱総研のシミュレーションといい、NHKが伝えた国の専門家によるシミュレーション結果といい、東京五輪への影響を少しでも軽く見ようという、何か恣意的な思惑を感じるのですが。

おわりに

上記したように、第4波の感染流行をモデルに、デルタ変異体の感染力を考慮した簡単な予測だけで、(たまたまそうなったかもしれませんが)今回の流行を近似できることがわかりました。実際はデルタ変異体の拡大に伴って、これよりも新規陽性者数は急増していくでしょう。

このように考えると、感染を予測するためのシミュレーションがよく外れるというのは、一つはそれまでの流行パターンや住民の意識や行動生態を考慮せずに、単純にシミュレーション計算のためだけに条件設定するということがあるのではないか、ということを感じました。

そして、三菱総研のシミュレーションにあるように、当事者にとって都合のよい条件設定をすれば、完全に外れてしまうということがありますし、メディアがどのように報道するかで、シミュレーション結果が誤ったメッセージとして伝わる危険性も感じました。

今回の東京五輪は外側では感染流行、バブルの中でも陽性者続出で完全に失敗に終わるでしょう。まさに、カオス状態の、ウイルス交換国際大会になるはずです。酷暑のこの時期に大会を行うという上に、パンデミックというとんでもない状況下で強行しようとしているわけですから、むしろ当然です。もともと、この時期が温暖でスポーツに最適とウソをついて招致したことと、そのようなウソを是とする希薄な倫理観の大会組織委員会の姿勢や危機に対する楽観主義が招いた結果だと思います。

引用文献・記事

[1] 西浦博: 感染症の家庭内伝播の確率モデル: 人工的な実験環境. 統計数理 57, 139–158 (2009). https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/57-1-139.pdf

[2] 岩永直子: 緊急事態宣言「効果はあったが減らし切れなかった」 もったいない政策を繰り返していいのか? BuzzFeed News 2021.04.10. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210409-2

[3] 原田遼: 五輪開催で感染者が急増、東京1日1000人に…政府が試算 パラリンピック開幕を直撃. 東京新聞 2021.06.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/110157

[4] 厚生労働省: 第39回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年6月16日)資料3-2 鈴木先生提出資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000793713.pdf

[5] NHK特設サイト「新型コロナウイルス」: 宣言解除後 人出増えれば 五輪期間中に感染者増の可能性も. 2021.06.16. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/emergency_third/detail/detail_92.html

引用した拙著ブログ記事

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

2018年5月26日 感染症と集団免疫

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19